Day Ten: New Oreleans
ほんとうに安心してするりと意識を手放してしまえることがあるなんて、信じることはなかったけれど。
意識の落ちていく底まで、響いて、伝わってくるものがあるからそのまま眠ってしまえるんだ、知らなかった。
夢も見ない、深くで。
眼、まだ開かないし、開けてないはずなのに。「みえる」気がする、横たわってる場所、包み込まれた身体の上を凪いで行った
風だとか。
あわせて揺らいだ、上からかかる薄い絹の透けた向こうに広がる深い赤の壁だとか。
千切れそうな高みまで引き上げられて、それでもまた解けて和らいだ感覚が尖りすぎたままでいる、のかもしれない。
途切れがちで、あやふやでも。昨日、起きたときには記憶を辿ることができたけれど。
いまは、ただ。肌のした、酷く浅いところに残る、何度も拡がって溶けていった名残が深く、愛されたことだけを覚えてる。
だって、いまだって―――ハチミツだか、シロップ、それも温められた中に浸けられてたなかから引き出される、そんな感じだよ―――?
包み込む腕、知覚して。
ぽん、と不意に身体が思い出す。……おれ、肩―――噛んじゃってたかも…?
意識だけだった身体が、徐々にリアルにリネンに預けられる重みだとか、あわさった肌の部分の溶け合ってる熱であるとか、
すこしづつ、戻ってきて。
だけど、指の先までどこかふわふわと覚束なく温まったまま。
「―――…ぉ、ろ、」
――――声、かさかさ。
ク、と額を押し下げて、その在ることをどうしても確かめる。
ほんの少し瞳をあければ、ゾロが横になったまま身体を長く伸ばしていて。ぼう、としたままイメージする。
何かでみた、寝起きの獣がくう、と身体を伸ばしていた様子。
「オハヨウ、」
グリーンが間近で光を映しこんで柔らかに色味を冴えさせて。
それから、小さな笑いが付加されて。知らずに詰めていた息をゆっくりと再開していたなら、
「もう昼だけどな、」
「―――ぉろ、」
あぁ、まだ、声。うまく出てこない。
「――――――よ、」
おはよう、の一部分だけが音になった。
おれがまた奇妙な顔でも作ったのかな、くすくす笑いながらゾロが水がいるか訊いてくれたけど。
自分で引き上げられないくらい、まだふわふわと重い腕をなんとか胸の側まで持ち上げた。
「―――――…め、」
こく、と息を一つ呑む。これじゃあ、意味わからないから。
すい、と真上。グリーンが近くて煌めいて。
「何言ってるかわかんねェよ、」
ちゅ、と唇にキスが落ちてきた。また、ほわりと身体が気体に戻りかける。
指先、どうにかもっと引き上げて。
ゾロの目元、そうっと触れた。リネンから引き上げただけなのに、まだ蕩けそうに熱いままだった。
そしてもういちど、言葉の切れ端を伝えようとしたなら。
そのまま、軽く食まれて。
愛してるよ、と。言葉にされた。
指先を、あわせたまま眦を少し撫でるようにして名前の切れ端になってしまったものを呼んだ。
「―――目、おまえの、」
言葉を一回きった。あんまり掠れるから―――
「……たべて、って。言いたくなるよ、たくさ…あいしてくれたの、知ってても」
ああなんか、また頬の辺り熱くなってるよ―――照れる。
グリーンが、くう、と細められて。笑みが目元に刻まれるのを、うっとりと見詰めていた。
無茶言うなよ、と笑いを混ぜ合わせた声が聞こえても。
「ほんとのことだも…」
言葉が消えてく。
軽く唇を啄ばまれて。
目を合わせれば、
「辛いだけだぞ、」
「―――つら……?」
くく、とゾロが喉奥で笑いを殺して、グラスに注いだ水を差し出してくれて。
手を伸ばしかけたときに、ぱし、とどこかとシナプスが繋がって。
グラスを捕まえる前に手が途中で止まった。
涙腺は壊れっぱなしで、喘いで。泣いてたジブン―――『も、…な、ぁ…いゃ、ア、ぁッ』
こく、と喉が小さくなった。――――――…わ、
さあああとまた顔中が熱くなってきた―――
零れる、溢れるものはなくなっても、快楽は尽きないってしっ……
穏やかな笑みを浮かべたゾロがじい、とおれをみてくるのがわかっても。
だって、いま、おれ動けな―――
す、とグラスの縁が唇に宛がわれて。
―――水、そうだ、いまは。かさかさした喉を何とかしたい、よね……?
喉を滑り落ちていく冷たさ、溶けてなくなってみたいな身体はそれを受け止めていって。
渇いている自覚はなくても、身体は素直だった。
ゆっくりとグラスを傾けてくれるにあわせて、最後まで飲み干す。―――――素直すぎ、なとこも。あるんだろうけど…また顔が
火照りそうだし。
でも。
呑み終えて、零れていった息は。
どこかあまいままだった。
「いいコだな、」
額に、とん、と唇で触れられ。
腕をゾロの首に回した。
「――――はょう、」
右腕、伸びていって。サイドテーブルにグラスの置かれた音が小さく響いた。
背中を撫でてくれる掌がきもちいい。
だから、もっと、と強請って。
ゾロの、肩に額を、頬を預ける。
「腹減ってないか?」
「―――――んー…?」
―――あぁ、ここ。眼差しの落ちるさき、やっぱり…痕付いちゃってるよ。
ちゅ、と軽く唇で触れた。早く消えますように。
肩口にキスを落とす。
喉奥で低くわらう音が聞こえて。きゅう、と腕に力をこめた、まだ全然ダメだけど。
髪、何度も撫でられてまた、瞼を閉じたくなってくる。
「寝るなよ」
柔らかく、こつ、と顔を押し当てられて。甘ったれた声が勝手に零れていった。わかんなぃよ、と。
「ふわふわしてるンだ、」
ベッドもふわふわしてるしね、と呆けたままの口調なのは、忘れてもらおう、あとで。
グリーンに目をあわせたなら。
「なにか腹に入れたほうがいい、」
言葉と同じタイミングで腕がする、と放されて。
途端に、何かが足りない気持ちになる。また積み上げられたピローに埋もれた。
ゾロはそのままの動作で置き上がると、ベッドルームを出てい――――…あ、
剥き出しの背中が見えて、そこに―――
長く引かれた線が、肩甲骨の上辺りから斜めにずうっと……って、
ぱ、とジブンの手を引き上げた。
いつもなら、絶対。そんなことはしないのに――――おれ、もしかして
ゾロの背中、引っ掻いた……のか―――?
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