当日編・第一部


Allons-y!! - Le Matin

11月11日。
時刻は午前7時45分。
快晴。
風はまずまず吹いていて、海の波は穏やかだ。
けれど、せっかくの航行日和だというのに、今日は海から上がってしまうのだ。
すでに島影は見えていて…朝ごはんを食べるために、入港する前に一休みしているところだ。
もちろん、ナミさんの天才的な計算によって、きっちりここに辿り着いた。
予定の時刻ピッタリに。

島の名前は「グラスグヴィコッチ・カルタヘルタントロ・エーデン」。
昔この島を発見し、開拓した人間の名前そのものらしい。
けれど、誰もその名前で呼ばない。（アタリマエか）
地図を製作している会社の人間だって、この舌を噛みそうな長ったらしい名前を嫌う。（やっぱり）
そして、よほどしっかりした地図でない限り、この島の名前はこう省略されている。
「エデン」と。

「ナミさん、いくらなんでもソレは狙いすぎなんじゃないですかね？」
エデン、といえば、ナントカ教の教えの中に出てくる「楽園」の名前だ。
ゾロの誕生を祝うのに、「楽園」に来るなんて…。
だけど、ナミさんは笑って言うのだ。
「イイ名前じゃない」
「???」
「あら、サンジくん、知らないの？最後にはカミサマによって追い出されちゃうのよ？『人間よ、自活しなさい』って」
「?????」
（アレって、そんな教義だっけ???）
「楽しくも苦しい航海の日々の中で数日間だけ夢を見て、それでそこを出たらハードな日常に戻るの。素晴らしいじゃない。ユーモアのセンスが」
「…ナミさんて…」
（実は、ものすごくブラックなのか…？）
「なにかしら、サンジくん？」
にっこりと笑みが刻まれ。
「いえ、なんでもないです、ナミさん」
一瞬ナミさんの頭に角が生えた気がして、急いで頭をプルプルと振った。
（まぁ…ナミさんは美しいから、別にいいんだけどさ）

「おはよう！今日もいい天気だな!!」
明け方から見張りに付いていたルフィが、見張り台から飛び降りてきた。
朝食の支度を終えて一服していたオレを見ながら、にしゃ、とイタズラ猫のように笑った。
「ひひっ、今日は楽しみだな!」
遠くに浮かぶ島影を見て、堪えきれない様に笑い出す。
「あー、待ちきれないぞ!!早く行きてェ！」
「おー、んじゃ、ウソップ起こして来い。ゾロもな」
「あ、ルフィ。ウソップだけこっそり起こしてきて。今日の行動を説明しなきゃ」
「おう！わかった！こっそりウソップだけな！」
きししし、と笑いながら、ルフィが船内に消える。ナミさんが、くすっと笑う。
「でも、本当に楽しみね、エデン」
「はぁ…」
（う、…なんだか、妙な胸騒ぎが…？）

「うーはよー…っぷしッ、てやんでェ」
グズッと洟を啜るウソップ。ウソップはいつだって、賑やかだ。
「んふふ。今日はゾロの誕生日ね」
にこにことナミさんが笑う。
（ん〜…ラブリィだ、ナミさん…うっとり）
「多分、本人はキッチリ忘れてると思うけどね。そんなこんなで、今日はゾロを労わりましょう」
「ハイ！」
シュタッと手が挙がった。
「なにかしら、ルフィ？」
「労わるって、どうやるんだ？」
ク、と首を傾げ、ナミさんを見る。
「そうねぇ…とりあえず、アンタがトラブルに巻き込まれなきゃイイと思うわ」
「はっは。それは言えてるな」
オレがそう言うと、ウソップがウンウンと大きく頷いた。
「そ、れ、で！今日の予定なんだけどね。ゾロを起こして朝ごはんを食べて、それから上陸するわよ」
フムフム、と３人で頷き。
「エデンは島一つが巨大なリゾートアイランドなの。ショッピングにカジノ、バー、ホテル、そういった施設は全部揃ってるわ。イヴェントは、今月はマジック・ショーがあって、ほかにもええと…ダンスホールに劇場、室内プールに温泉もあるわね」
パンフレットを見ながら、ナミさんが目を輝かして言う。
「今日はお昼ご飯をあちらのパラダイス・ホテルのバイキングでとって、後は自由行動よ。プレゼント渡すなら、昼ごはんの時か、その少し後ね。ここのセキュリティは万全だから、今日は揃ってホテルに泊まりましょう。部屋は抑えてあるの。あとで部屋割りをしましょう。フフフ」
（んん？今ナミさんにシッポが…？）

パンパンとナミさんが手を打ち。
「それじゃ、プレゼントを忘れないコト。それと、くれぐれもランチまでゾロには何も言わないこと。オーケィ？」
「合点だ！」
ウソップが大きく声を張り上げ。
ルフィが隣で、「それってウマイのか？」とボケ倒している。
「それじゃ、サンジくん。ゾロを起こしてきてくれないかしら？ワタシ、ちょっとルフィとウソップに確かめたいことがあるから」
「ええー？オレが行くんですかぁ？朝ごはんの支度…」
「ま、たまにはいいじゃない。ね？お願い、サンジくん？」
「わっかりました！ナミさんのお願いとあらば、なんだって！！」
「フフ。じゃあ、起こしてきてね。バースディボーイだってことを、お忘れなく」
「いいですよ、いたってフツウで」
「まーたまた」
ヒラヒラと手を振られ。なんだか悄然としないまま、船内に向かう。

あまり日が入らず、薄暗い男部屋のハンモックの中で。
緑色の獣が、だらしなく眠りこけていた。
（…なんだかなぁ。隙があるんだかないんだか…）
フゥ、と溜め息を吐き。
ゆっくりとゾロの傍に近寄る。
眠っている時でさえ寄っている眉根がおかしくて。
「おーきろー…」
囁きながら、伸ばしてみようと企む。
両人差し指で、眉毛をなぞる。
「…ゥ」
ゾロが小さくうめき、瞼がピクピクと動いた。
「…プッ」
（…こーゆートコは、まだガキだよなぁ？）
濃い緑の睫毛の中に、数本薄い金色が混じってるのが見えて、なんだか笑える。
不意にバチッと目が開き。
「うわぁ！」
思わず飛びのこうとしたら、スーツのボタンがハンモックに引っかかって…。
「わわわわわ」
ゾロの上に、引き戻された。
「あ!?」 不機嫌なゾロの声が耳元でしたと思ったら…
くるん、と体重を載せていたゾロの体がまわり…

どっすん!!

「うっわ！重いッ！ゾロ！どけっ!!」
「ってぇ〜ッ！クソコック、何しやがるッ!?」
二人して床に落っこちた。
「え？痛い？け、ケガとかしてねェよな!?」
「あ!?…あ、ああ」
ペタペタと体を触って確かめるオレを、ゾロは「不可解だ」という顔で見下ろした。
「えと…おはよう、ゾロ」
「…」
これがマンガだったら、きっとカラスの鳴き声がしたに違いない微妙な間を挟んで、ゾロがゆっくりと起き上がった。
「まったく、最悪な寝起き…くぁあ」
ガシガシと頭を掻いて、それから大きな欠伸をした。
なんだか妙にケモノくさくて。少しドキドキする。
「あー…今、何時だ？」
「８時間近」
「…早ェな。んで？オマエはいつまでソコに転がってンだ？」
(むむ。誰のせいで転んだんだよ!?…ハッ、そうだそうだ、バースディボーイだった…）
ヤサシクスル、ヤサシクスル。
口の中で、二回唱えて。
「…起こして？」
「ああ!?何言ってンだ？」
「いーじゃねェか。ケチケチすんなよ。ほら、早く、手」
ヒラヒラと手を振ると、ゾロはムッとしながらも、手を差し出してきた。
グッと握ってゾロを引き寄せる。
「わっ、テメ、なにす」
「おはようのチュウ。ん〜」
喚くゾロを遮って、目を閉じて唇を突き出す。
「…オマエ、何モンだ？」
つん、と額を突付かれる。
「なんだよ、ケ」
チ、と続く筈だったのに。なんだかすごい蕩けた笑顔が目の前にあって。
…思わず見惚れる。

「ホラ、立て」
ぐい、と引っ張り上げられて。立ち上がった動作そのまま、ゾロの腕の中に閉じ込められる。
「ン？」
その瞬間、キラリと間近で緑の目が光って。
唇が奪われた。
「ん…」
キュ、と下唇を齧られて。スルリと舌が滑り込んできた。
舌を絡めて、招きよせて。強く吸うと、ゾロの口角が上がったのが解った。
ちゅッと音を立てて、ゾロから離されて。
「…堪能したか？」
低くからかう声に、ゾクリとした。
「い、まのは…」
「あ？」
「今のは『おはようのチュウ』じゃねェッ!!」
げし、と蹴りを繰り出す。
（〜ッ!!エロエロ魔人め!!）
「今日朝ごはん、味噌汁だからな!!さっさと来やがれ!!」
そう言い捨てて。ダッシュで部屋を飛び出す。
残されたゾロが、大声で笑うのが背後で聞こえた。
（くっそーッ！なんで、あんな巧いンだよ、ちくしょーッ!!）

キッチンに戻ると、ナミさんが振り返って、
「あら？早かったわね」
と仰った。
「ナミさん…？」
（どういうイミなんでしょう…？）
「ゾロ、今日はすんなり起きたのね。珍しいこともあるもんだわ」
そう、誤魔化されて。
（ん？誤魔化されたんだよなぁ？）
「なぁなぁ。サンジ。早くメシ！オレもーお腹空いちゃったよ。なにコレ？開き？」
「こら、ルフィ！今日は我慢しろよ？」
ウソップが兄貴のように、ルフィに諭す。
（…誰がドコまで気付いてンだ???）
最近、なんだかオレとゾロのことを、みんな知ってるような気がしてくる。
（…でも、今考えてもしゃーないしな）
とりあえず、気を取り直してお味噌汁を温めなおし。本を参考に作ってみたヒカリアジの開きを網で焼く。炊いておいた野菜の煮物と、小松菜のお浸し、ナスとキュウリの浅漬けを皿に盛り付け、大根を下ろすよう、ウソップに手渡し。ホカホカふっくら炊き上がったお米を櫃に移し。
「こぉら！今日はつまみ食いダメでしょ！」
ゴン、と拳骨でルフィを殴るナミさんを横目で見ながら、ゾロが来るのを待つ。
「…お？今日は和食か。美味そうだな」
やっと来たゾロの顔を一瞬見てから、盛り付けに移る。
「遅ェよ。とっとと席に着きやがれ」
「へいへい…おお？開き？ああ、この間干してたヤツか」
「おう！オレ様の手作りだぜ！すげェだろ？」
エヘン、と胸を張ると、ゾロはにしゃ、と笑った。
「あーすげぇすげぇ…って、ルフィ。お預け食らってる犬みたいな顔でオレを見ンな」
「だーってぇ」
「ハイハイ。もういいのよね、サンジくん？」
「ハイ。ナミさん」
「じゃあ、いただきましょう」
「「「いーただーきまーす!!!」」」
オトコどもは、きれいにハモッて。目の前の皿に飛びついた。
ガツガツはぐはぐモリモリ食い始めた仲間に満足し、オレも席に着く。
（アジの味はどうかな…なんてな）

　





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