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 「フォトグラファに任せるよ、」
 ふわりとまた柔らかい笑みを浮かべたシャンクスが言った。
 「おれ、練習台だし、」とリカルドににぃ、と笑いかけながら。
 「…オレは。ベンと居て幸せなシャンクスを撮りたかったから。ベンがNOと言えばそれでいい」
 にか、とリカルドが笑う。
 「少なくとも、今の段階で。オレは作品を外に出したいとは思っていないし」
 
 「じゃ、こんどエロ顔撮ってな?それならオフィシャル、」
 けらけらと明るい笑いで、シャンクスが茶化した。
 「ん。エロく撮れたらナ」
 リカルドも、笑って頷いた。
 ふ、と思い出す。
 “被写体”によって変わる評価。
 世の中、理解のある目を持った人間ばかりではないということ。
 リカルドが、マイノリティと呼ばれるバックボーンを持つ人間であるということ。
 
 リカルドの額を小突き。
 「なにおう、モデル誰だと思ってら、」
 そう笑ったシャンクスに向き直る。
 「そういう写真でも、“あンた”の写真なら名が売れるまで出し控えた方が賢明じゃないか?」
 リカルドの才能を。
 被写体の“良さ”だけで知らしめることはマイナスにしかならないかもしれない。
 
 ふい、と。シャンクスの目が真剣になった。
 リカルドは、一歩引いた目線で見詰めてきている。
 パブリフィケーションとディストリビューションの問題。
 マテリアル・ワールドの非情さと不公平さ。
 シャンクスの目線が。同じ考えに辿り着いたことを知らせてきていた。
 オレよりもきっと、シャンクスの方が間近で知っている“事情”。
 
 「ん、……めーわく掛けられないよな、才能を見ようとしないバカが多い」
 軽めの口調は、リカルドを気遣ってのことだろう。
 古傷も痛んだのかもしれない―――深層で。
 「ベンに任せる。オレは写真撮ることしか考えてないから」
 いまはまだそれだけでイッパイだから、と。
 リカルドが告げてきた。
 
 「いずれにしろ。初物食いはおれの得意技ってことは“みんな”知ってるからネ」
 後でも先でも連中、驚かないぜ?
 そう言ってリカルドに、シャンクスがにこお、と笑いかけていた。
 「“真実”を万人が必ずしも知る必要はない」
 そう言って、リカルドがふわりと笑う。
 「アンタのことがスキなのは、本当のことだし」
 さらり、と赤い髪を撫でて言っていた。
 
 シャンクスの目がきゅう、と細まり。幸せそうに翠を煌かせていた。
 「けど。ベンのオフィスの人間として雇われるのなら、そういった売り方に気を付けなきゃいけないのは解るから」
 すい、と目線を移され、苦笑した。
 解っている。一任されているから、責任も負えば、判断する権利を委ねられていることも。
 ゴツ、と拳を打ち合わせる。
 それから壁にかかっていた時計に目を遣る。
 11時前。窓の外はいい天気だ。
 
 「ま。オフィスを構えられるのは、家のリノベーションが済んでからだな」
 もちろん、準備は始めておくが。
 「丁度いいから、物件を実際に見ておこう。リノベーションの契約を正式に交わしてから、“あの家嫌だ”なんてことになったら
 ムダだからな」
 立ち上がる。
 煙草は灰皿に押し付けて消す。
 「なんで二人しておれ見るんだよ」
 にぃい、とシャンクスが笑って言った。
 「「他に誰が言うんだ??」」
 なァ?と視線をリカルドと合わせる。
 
 「リカルド、最初の仕事だ」
 に、と笑いかける。
 「カメラ持っていけ。現在の状態を撮っておいて欲しい」
 雑用で悪いな、と言えば。リカルドは小さく笑って「何事も練習」と呟いた。
 心外!とでも言い出しそうな顔をして右手で心臓を押さえているシャンクスの頭を撫でる。
 「中の家具のイメージかなんかも見ておこう。推薦するインテリア・デザイナがいれば連絡するぜ」
 「アーネスト呼ぶぞ、名誉毀損で告訴してやら」
 そう言って笑ったシャンクスに肩を竦める。
 「連絡入れたら、弁護士を呼び出された」
 可愛そうなジェム。
 いや、案外―――いい対戦カードかもな。
 間近で見たくはないが。
 
 「契約を作るのが遅れたら、アーネストの責任だ」
 笑って軽いジョークを。
 そうでもしなきゃ―――むかついてくる。
 「そしたらあンた。あのいけすかないドクトールにネチネチ文句言う絶好の機会だぜ」
 見逃すなよ、と。額に口付ける。
 
 『あの方の気に相当合ったんですね。喜ばしいことです、“ベン・バラード”』
 ああクソ。思い出しちまった。
 『その調子で励んでください。こちらとしても連絡がしやすくて助かります』
 アンタの役になんかこれっぽっちも立ちたきゃないがな、とは言わなかった。
 『貴方の何がそうあの方の気に入られたのか解りませんが。調子に乗るようでしたら―――ご理解いただけますね』
 ハイハイ。アンタ方がシャンクスがかわいいのは解ってるって。
 わざわざ宛て付けで毎度毎度同じ脅しをかけてくるなっての。しかもご丁寧に語句だけ変えやがって。
 アンタが有能な弁護士なんてことは、きっちり知っているさ。
 『カイザーには、多少似ておられるか、』
 独り言なのか嫌味なのかはっきりしやがれ―――いや。有耶無耶に真綿で窒息、ってのが連中の得意技だっけか。
 共演者の犬の事なんざ、知るか。
 
 嫌味なジジイのトーンとセリフを思い出し。凶悪な面になりつつあったのだろうオレの顔を。
 シャンクスがじい、と見詰めてきていた。
 ヒトツ、溜息。
 「―――行くか、」
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