| 
 
 
 
 最初に、押し切られるような形でベッドインした時。
 こと、と眠りについていたシャンクスは。
 満足そうな顔から、僅かに不安げな顔になっていっていた。
 どこか渇きに悩まされた表情。
 そんな顔をシャワーから上がって、仕事の続きの文章を書きながら見ていた記憶がある。
 隣にいたはずの“相手”がいないことへの不満というよりは、奥底からにじみ出てくるような不安定さ。
 “シャンクス”に溺れてしまっていれば、きっと見てとれなかった顔。
 
 こういう“顔”をする人間と、他にも多く接触したことがある。
 風俗関連の仕事に就いた人間や、水商売の人間。
 マフィア、プッシュダディ、コールガール。
 サドのクウィーンも、こういう顔をして眠ることが多いな、と。
 インタビュウした後の“サーヴィス”代わりで相手をした時のことを思い出したりした。
 『Mのコたちは、全部委ねてしまえるでしょう?でもワタシタチはダメなのよ。毅然としていなけりゃね』
 疲れたタダのオンナの顔をしたクウィーンは、そうぽつりと呟いてウィードに火を点けていた。
 
 何度かカラダを重ねた後。
 時折、仕事を続けて夜中にカタカタとタイプをしているのに気付いたシャンクスが、目覚めるようになっていた。大抵は、
 オレとだけで過ごした日の遅くに。
 ひく、と肩を揺らし、一瞬酷くおびえた顔をして目覚め。
 けれど直ぐにそれを消して、とろりと笑みを浮かべて“誘って”来た。
 不安を打ち消すように、快楽を求め。
 
 その回数が減っていったのは、“愛している”と言葉にするようになってから。
 どんなに酷く他の人間と交わって帰ってきても。シャンクスがドアをノックすれば迎え入れ、風呂を用意してやり、出てきたところで
 ただ腕で包んで眠り。
 どんな壮絶な笑みを浮かべ、足りない、と目が訴えても。
 内を欲望で満たす変わりに髪を撫でて、口付けるだけで終えた夜などには。
 いつもどこか強張っていた背中が、ふわりと緊張から解れるようになっていた。
 魘されずに朝まで、眠れるようになっていた。
 
 シャンクスが何度もオレの元に帰って来るのは。きっと他にそうした安心を与えることのできる相手が少ないからだと推測した。
 眠りは人間の生活サイクルのなかで、かなり重要なファクタであり。
 本人が理解していようといまいと。シャンクスの生存本能が、オレを選んだのだろうと、理解している。
 ―――オレ自身が、サラの失踪後。睡眠のコントロールが出来なくなるようになり。
 カウンセラに相談することもなく、身を以ってその大切さを知ったから。
 
 リカルドが切り取った一瞬に目を落とす。
 オレが目にしているシャンクスの寝顔より、数段柔らかく映し出されている表情。
 技術云々というよりは、やはり感性の問題だろう。
 見るリカルドの目が“好意”と“優しさ”だけで満ちているからこそ―――そういった瞬間を映し取れるのだと思う。
 
 リカルドの内にはシャンクスに対する肉欲は微塵もないのだろう。
 好きだからこそ、ただ愛しい。
 愛しいから、ただ見守りたい。
 リカルドの“対象”に対する距離は、そのものが秘める傷や痛みを包み込んでいるかのように和らげる。
 
 『好きだったから、幸せでいてくれと願った』
 最初のカノジョと別れたリカルドが言っていた言葉。
 『オレは一緒に傷ついたりするのが耐えられないから、別れて欲しいと思った』
 別れた時の理由。
 『一緒に乗り越えてこそのコイビトじゃないの、って言われたけど―――オレにはできない。痛みを分かち合ったりなんか、
 怖くてできない』
 痛みを見る目を持つから、その深さが理解できてしまう。
 そして。
 強さも見て取ることができるから、一人で大丈夫だよ、と言ってしまえるのだろう。
 
 リカルドの内に潜む傷は、本人が処置したがっていない。
 そして共有したがってもいない。
 ただ痛みを知っているからこそ、どんなものの中にでもある愛情ってものを捕らえることができるのだろう。
 痛みの裏側の願い。
 シャンクスの内側は。少しくらいは満たされているのだろうか。
 オレと居た14ヶ月の間に?
 
 写真の中の寝顔。
 リカルドの願いも込められた一瞬。
 “安らかであれ”と。ただそれだけの想い。
 「…いい顔してるな」
 紫煙を吐き出しながら述べる。
 「だから言ったろ、“愛し合ったんだろ”って」
 リカルドが笑った。
 
 リカルドが切り取った“優しさ”を閉じた瞼の裏に貼り付けてから、シャンクスを見上げる。
 んん?と言わんばかりににこ、と笑ったシャンクスに言う。
 「少なくとも。こういうあンたの顔を見れるのは、あンたを愛しているオレの特権だと思いたい」
 当然の権利だとは言わないが。
 「だから、それをあっさりと“あンた”を知らない他人に、見せてやるのは勿体無いと思う」
 上辺だけを知り、深層に潜むものに気付きもしなかった他人たちには特に。
 「ワガママと言われれば、その通りだな」
 肩を竦める。
 「だからソレは、オレのリクエストであって、判断じゃない」
 
 ふわ、と。匂い立つように笑ったシャンクスに、肩を竦める。
 「どうするかは、被写体であるあンたと。カメラマンであるリカルドが決めるべきことだ」
 オレはあンたのコイビトではあるが、マネージャでも管理人でもないからな。
 けれど、見せるというのならせめて5年ぐらいは隠匿しておきたいものだ。
 将来どうなるかは、なってみないと解らんが。
 それくらいあンたと愛し合っていれば。隠す必要もなくあンたが幸せな顔になっていてくれることを望んでいるしな。
 
 
 
 
 next
 back
 
 
 |