リカルドが、カメラケースの中を覗き込んでいた。
フィルムの残量、バッテリーチャージャ、スペアバッテリなどなど。
確認することはあるらしい。
すっかりカメラマンの顔になっていた。
モデルはといえば、ソファに座ってすっかり寛いでいた。
前にも来た事があるらしい。この場に既に"馴染んで"いた。
最も―――知らない場所に早急に馴染むことは、職業上必要だったこともあるのだろうが。

リカルドはスタジオ撮りはあまりしないらしい。
だから、カメラの性能と技術で撮ることに慣れていた。
フィルムを選び、シャッタースピードを調整する目安に。部屋にある元々のライティングの量を調べているのだろう。
すっかりカメラマンの顔で仕事に突入しているリカルドを、楽しそうな目線でシャンクスが見ていた。
念願適ったり、でよかったなあンた。
内心で呟いて、窓際に近寄る。

庭。遠い向こうに、黒い柵があるはずだ。
その向こうに広がるニュー・オーリーンズの街並み。
すい、と背中に視線が当たるのを感じた。振り返る。
アンティークの赤いビロード張りのソファ。脚は艶のある赤茶。
Vermillionの特色、赤を基調としたルーム・セッティング。
シャンクスの赤と被るか、と思えば。明るさの差で、むしろ引き立てている感もある。
とんとん、と座っている横を手で叩いていた。
近寄って、腰掛ける。
煙草を口に咥えた。

持っていたライタをするりと手から抜き取られ、火が点いた。それを煙草に移す。
「サンクス、」
ふわ、とシャンクスが笑った。
「久しぶりに、被写体としてじっくり立つ気分はどうだ?」
「んー、」
トン、と肩に額を預けてきた。髪を撫でて、そこに口付けを落とす。
「すげぇ、珍しいことにね」
柔らかい声に、紫煙をそっと吐き出す。
「楽しみだよ、オシゴト」
「それはなによりだ」

「おまえは……?いっしょか?」
ステイするのか、ということらしい。
「一度帰るけどな」
「ラゲッジ持ってこないとなぁ、」
にこ、と笑ったシャンクスの赤い髪を、くしゃりと撫でる。
「2週間、けどまぁ篭りきりってか?」
「さあ?多分な。オレは篭りきるわけにはいかないが」
がじ、と肩を齧られて笑う。
「寂しいか?」
なわけないだろうけどな。
リカルドが嬉々として部屋の中を写しながら通っていった。
パシャと、オレンジ系のフラッシュ。
白系の眩いフラッシュは、どうやらリカルドの好みじゃないみたいだ。

艶っぽく微笑んでいたシャンクスの頬を撫でる。
「おれ、欲張りだからね……」
甘い声に低く笑う。
「どこまで撮らせてやるつもりなんだ?」
さらりと唇に口付ける。
「望む先まで……?」
「ふン」
笑う。
すぅ、と笑ったシャンクスの唇が押し返されてきた。
啄ばみ、放す。
これから総支配人が来ると言っていたから、何かを始めるにしても、その後からだろう。

ジッジャー、と。ポラロイドがフィルムを吐き出す音が、そこここで響いていた。
「ベーンー、」
リカルドの声。
「あン?」
「フィルム・ディヴェロッパ、あるって?」
現像機。
「家にな」
「持ってこれるかな」
「問題ない。1箇所、作業場所に空けとけ」
「ん、」

撮影に戻ったリカルドの気配が、遠のいていくのを感じる。
ソファの背もたれにたらんと身体を預けていたシャンクスの頬を指先で撫でた。
「支配人と挨拶したら、オレは一度戻る」
翠を見詰める。シャンクスが、それを筈かに細めていた。
「意見など?」
なんの?と。蜂蜜のような声が零されていった。
「どうされたい、とか。何が欲しい、とか」
指先で、僅かに濡れた唇をそうっとなぞる。
「知っていることを訊くんだ、」
ちろ、と濡れた赤が指先を辿る。
「……餓えた顔もイイもんだがな」
笑って唇をそうっと触れ合わせる。
「じゃあ、まずは。それでも撮ってもらおうかな」
吐息に混ぜられた囁き。
「あンたの”誘い顔”をリカルドがどれくらい変容してみせるか、試したいだろう?」
にぃ、と間近で口端を吊り上げる。

古めかしいチャイムの音。
かぷ、と柔らかく喉に噛み付いてきたシャンクスの髪をそうっと撫でて放させる。
溜息混じりに笑ったシャンクスに。
「総支配人は見るなよ。後々面倒だ」
注意事項を告げて、きつく噛み付くように口付けた。
目で笑って立ち上がる。
く、と一瞬息を呑んでいたシャンクスの髪を撫でてからドアに向かう。


インペリアル・スウィートの良いところ。
ここまでデラックスな部屋だと。エントランスがきちんとあること。
奥までホテルスタッフを入れることなく用事を済ませてしまえること。
大人しくソファでシャンクスがしなだれているのを確認してからドアを開けた。
総支配人と、先ほどのマネージャ。
く、と。二人が室内の空気の変容に気付いた。
に、と口端を吊り上げて、用を訊く。
すい、とフルーツのバスケットとシャンパンを冷やしたバケツが乗ったトロリが、別のボーイによってエントランスに運び込まれた。
かすかな足音に振り返れば、シャンクスが仮の撮影会を終えたらしいリカルドに、のんびりとした歩調で近づいていっているところ
だった。

「この度は、当ホテル・ヴァーミリオンをご贔屓にしていただきまして、ありがとうございます。バラード様」
淀みない口調の総支配人に笑いかけた。
マネージャにも目礼。
ボーイはトロリの上の物をダイニングに運び。それからエントランスに戻っていった。
挨拶を交わし、送り出す。
雰囲気に呑まれないところは、さすが、か。
扉を閉め、ソファの脇のテーブルに設置してあった灰皿の上から、煙草を引き上げた。
灰を落としてから、咥え、紫煙を吸い込んだ。
―――どんな2週間になるやら。




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