結局。
"オオカミの群れ"を満員御礼にしてから1時間半ばかり。連中は符合めいた単語をいくつも並べて「改装」のブループリントを
大体は作っちまったらしい。
おれは。多分。
最後の方だな、口出すの。アレクセイと、ジョセフと、フェイシェイ、あの辺りの連中を捕まえて途中から内装に口を出すくらいだ。
楽しそうだな。あのデザイナ連中は楽しい、一緒にいても。あの屋敷を散々隅から屋根裏まで歩いて回ろう、面白そうだ。

店を出て、パーキングまで歩いていき。
ドライヴァは行きと変わらずベンで、リカルドはやっぱりバックシート。
そのまま、フツウに戻っている途中で後ろから急に声がして少し驚いた。
振り向く。
「なん?」
そうしたなら、まるっきり玩具をみつけたコドモ、そんな笑顔とぶつかって。
「アレに行きたい」
リカァルドが窓の外を指差していた。その示す先は。
この辺りでも知るひとぞ知る、って3星。
Vermillion、宮廷をそのまま移築してきたような古いホテルだった。

「行きたいって、」
ドライヴァ役に言った。
ベンは口端で笑ってみせると、そのままリクエスト通りにヴァ―ミリオンへと繋がる道の方へクルマを進めて。
「行けるみたいだネ」
バックシートでにこやかなリカルドに報告した。
返事は、ふにゃ、って笑い顔。だからさ、かーわいいって、それ。

近付いてくる建物をちらりと視界に収めて。
「で?」
とご機嫌な子犬様に訊いてみた。
なにが?って顔で見てきたけど。
「うん、だから。そろそろ着くけど」
「中、見たい」
あ、なるほど。
納得していたら。
「部屋か?」
そうベンが言って。
「そう、」
と至ってシンプルな返事をリカルドがしていた。ウン、やっぱりいいコンビだねオマエら。

感心していたならクルマはもうエントランスに横付けで。ドアマンがにこやかだった。
重たげな風情のライムストーンのエントランスに、似合う風貌。
さっさと降りて、キィを出てきたスタッフに預けているベンを眺めて。
面白そう、であるとか。楽しみだ、とか。プラスの良い感情が全部混ぜ合わさった顔で、リカルドもカメラ片手に降りてきて。
その姿もちょっと眺めた。
時代を経てきたなりの落ち着いた華美、ってヤツ。悪くないロビーだし。確か――――
なにかのイメージと合致したのか、リカルドが嬉しそうで思わず考え事を放り出してにっこりしちまった。
そして、ちゃっかりアポ無し取材のアレンジか?
ネームカードをさらっとマネージャに渡して、アレンジ中らしい「ライター」の背中をちらっと眺めて。
ただ立っているのも芸が無いから、フロント係りに笑みでも一つ二つ。

「気に入りそう?」
それからリカルドに訊いた。
「ん、」
「部屋が撮りたいんだ?」
ひら、とロビーのインテリアを指差した。
「それもある」
「ふゥん…?」
に、と笑みを浮かべるリカルドに目をあわせる。
そして、交渉成立らしい「ライター」に呼ばれて振り向いた。
「ライター」と「フォトグラファ」と、あとは、―――なんだ?おれ、「エディター」か?
「行くぞ、」
すい、と上を指差し。
「行くってさ」
「ん」
リカルドの肩をとん、と軽く押す。
「気に入るとイイね?いい具合に退廃的だよ、なか」
「ん」
にこ、と笑って長い歩幅で歩いて行く。

先に立って案内するのが、どうやらコンシェルジェ。ビジン、マネージャかな。
洩れ聴こえる話は、ホテルの由来だとか、だれが設計した、とか。「ブリーフィング」ってヤツ。
クラシックなエレヴェータに消えるまで、遠慮がちな視線がいくつか付いてきてたけど。
妙齢のご婦人が多かったから、どうせ黒いの目当てだね。どっちか、までは視線だけだと微妙。
おそらく?

エレヴェータのなかで、コンシェルジェと視線があって。笑顔、アイサツの代わり。
最上階、とはいっても5階は直ぐで。
カノジョの好みはおれじゃないって。ハイハイ。ただのアイサツだってば。
両翼にひろがる建物のちょうど真ん中にエレヴェータが付いているらしかった。
きれいに、平均してひろがる廊下のカーブが非常に、「エレガント」なことも特徴なんだとカノジョが説明を続けていた。

「―――だってさ?」
エレガントな廊下だと思うか、とフォトグラファに訊けば。
「ん」
にこ、と笑み。
可愛いなあ。
カノジョに案内されて、そのままプレジデンシャル・スイートに通された。
―――あ。
「ここ」だったんだ。おれ覚えてるし。
けど……ハハ。中は覚えてるけど、誰と来たかは忘れてるヨ。
ヒトの記憶はいい加減なモンだね、と実感しながら。あぁでも幾つか家具は変わっているな、と気付いた。

カノジョがスイートの部屋を全部案内して周りはじめるから、リヴィングのソファに座って。リタイア宣言を無言でした。
ライターとフォトグラファは、ツアーに着いて回ってナ?
細かな説明、さすがプロだね、家具まで説明付き。
「仕事中」の「ライター」が真剣な顔で拝聴。
「フォトグラファ」はここがイメージ通りだ、とオーラが饒舌だ。
よって。笑みを僅かに浮かべた「ライター」が、ここを2週間借り切る手はずを整えていた。
オフシーズンで、ホテルもイキナリの上客に大喜びだね。

「―――2週間?」
戻ってきていたリカルドの耳元で聞いた。
「足りると思う」
「そんなに何撮ンの、オマエ?」
ふわ、と微笑むリカルドに追加する。
ひょい、と。
インデックスフィンガー、それが
こっちに向けられた。―――ハイ?
「―――ハ?」
「ダメ?」
こくん、と。首が僅かに傾けられいた。
ぱた、と静かにドアが閉じる音がして、コンシェルジェはベンにエスコートされて一旦消えていた。後からどうせ支配人と
戻ってくるんだろう。

「リカァルド、」
笑いかける。
「ダメなはず、無いって」
「ん。よろしく」
「フフン。みてろよぉ?惚れたってしらねぇぞー?」
わらったなら。
とん、と。
唇にキスが落ちてきた。
アイサツ?いいスタートだね。




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