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 偏食家というよりは。食べることに興味がないのだろう。
 味には興味があっても、満たされることに興味が無いのかもしれない。
 少食のシャンクスは、だから絶えず"飢えた"顔をしている。
 
 リカルドが、相変わらずさっさと皿に盛り。
 「ちゃんと食べないと保たない」
 そんなことを言い。コイビトは、僅かながらも口に運んでいた。
 けれど主食は、ワイン。
 
 デザートには、バスケットで届けられていたフルーツをいくつか切った。
 マンゴーやマスカット、ブラッド・オレンジにレッド・チェリィ。
 適度に摘んでから、リカルドが現像を終えていた写真を取りに行っていた。
 本日の、修練の結果。
 
 「いる?」
 すい、とシャンクスにグラスを差し出された。重めのレッド・ワイン。
 「美味いよ、」
 そのままグラスに口を付けた。添って傾けられたグラスから、一口貰う。
 シャンクスの目が僅かに笑みを乗せていた。
 舌に乗る渋み、甘み、香りで味わう深み。
 「美味いな」
 「ン、」
 唇に乗った雫を舌で拭って笑った。
 翠がじい、と見詰めてきた。
 
 深くなった闇。
 窓からは街の喧騒は届かない。
 部屋の明かりは、空間を隅々まで照らすような眩しさをわざと持たない。
 古い建物、古い家具。
 切り取られた空間は、どこからも浮き、そしてどこへも通じている。
 ゆったりと柔らかな甘い白の生地が。シャンクスの身体に添って纏われていた。
 17世紀の王子にも。
 21世紀の若者にも。
 望む方に成れる空間。
 演出に添うことに慣れているシャンクスは、だから。
 過去を持ち、過去を持たない、生きているけれど、生きてはいないモノになっている。
 イビザで出会った頃よりも。穏やかになったのかもしれない、少しは。
 
 「おれの色は何だ、ってリカルドに訊かれたんだ」
 静かに話しかけてくるシャンクスの声。
 「無い、って応えたよ」
 「そうか」
 「そう。コドモのころにはあったんだけど、」
 「その頃は何色だったんだ?」
 「シロ」
 告げて、すい、と目を細めていた。
 白、ねえ。
 
 「けど、同じ頃に全部剥がされちまってね?だから無い」
 穏やかな声だ。
 「なるほど」
 頷いて、ワインを満たしてやる。血の色をした、液体。
 「ウン、」
 一口飲むのを見守る。
 「リカルドはまた、面白い質問をしたものだな」
 カメラマンは、なにを見たがったのだろうな。
 答えは切り取られているのだろうか。
 
 「オマエの色と、リカルドの色も訊かれたよ」
 「へえ?」
 先を促す。
 「応えてる間中、撮られてた」
 さら、とシャンクスがグラスを揺らし。赤がクリスタルの中を巡回する。
 「水の色と、後は―――」
 水の色。
 それは親友であり、フォトグラファのことであろう。
 様々に容を変えても、尚も根底では同じモノを思い出す。
 命を育み、時には奪うソレ。
 リカルドのグラスに残された液体に目線を遣った。
 
 「まだ決めかねてる、」
 シャンクスの言葉に視線を戻すと。すい、と合わせられた。
 「ふぅん?」
 口端を引き上げて笑う。
 自分はそんなに難しいオトコなのだろうか、と。
 けれど。決めかねている、というからには。イメージはあるのだろうな。
 「目の前にしても、まだ迷うか?」
 それとも、イメージは固まったのだろうか。
 「全部の色を混ぜ込んだクロ、鏡、あとは完全な無色。どれだろうね…?」
 ワイングラスに向かって、首を少し傾けていた。
 
 「色は波長なんだろ、それなら無色、だな」
 光の三原則。
 透明を透明にするもの。色を色として浮き立たせるもの。
 手がすう、と伸びてき。瞼の辺りを指先が触れていった。
 僅かにあたたかい感触。
 アルコールのせいで体温が上がっているのか。
 
 とん、と肩に額を預けられた。
 「誘拐されたんだヨ、ガキの頃にね。それをすこし思い出した、」
 静かな声。
 髪をそうっと撫でてみる。
 "誘拐。"推測が裏付けられた。
 「いくらコロスつもりだからって、なんだってああしたい放題できるかなァ、」
 他人事を語るような静かな口調。
 「ただのガキ相手にね、」
 くすん、と笑ったシャンクスの髪に唇を押し当てる。
 
 「解りたくも無いな、」
 赤に落とす、囁き。
 「オマエとオヤと医者だけな、コレ、一般人で知ってるの」
 さら、と告げられた事実に、シャンクスの身体を引き寄せる。
 イスを斜めにし、身体を抱き寄せ。膝の上に座らせる。顔を首筋に埋めさせたまま。
 せっかく忘れたフリが出来ていたのにな。
 オレがあンたの記憶を揺らしちまったか?
 
 く、と僅かに額を押し当てられた。
 「オレは妹にキスできなかった。漸く見つけたのにな」
 朽ちかけた遺体を思い出す。
 森の中、薄汚れた布地の切れ端と、泥まみれの髪の名残。
 頭蓋骨は小さく。そしてたくさんの皹が入っていた。
 妹は。
 知った妹では最早なかった。
 そこにあったのは死体だけ。
 
 静かに聴いているシャンクスの髪に口付ける。
 「あンたが生き延びたのが、あンたにとって僥倖なのか不幸なのかはわからん」
 それはあンたが決めることだ。
 「けどあンたにはキスができる、」
 さらりと髪を梳く。
 「オレにとってはそういうことだ。あンたが何色だろうと、構わない」
 そしてあンたが、どんな傷を抱えていようと。
 
 シャンクスがゆっくりと息を吐いていた。
 熱い背中を撫で下ろす。
 「オレはあンたを愛しているし。オレからあンたを放そうって気はない」
 あンたから切れるっていうのなら、話は別だが。
 く、と背中に両腕が回された。
 とんとん、と軽く叩いてあやす。
 「うん、」
 素直な声が、言っていた。
 
 パタンと扉の閉じる音に視線を上げれば。
 出来上がったばかりの写真の束を持ったリカルドが居た。
 すい、と視線が絡む。
 『出ていようか?』
 ハンドサイン。
 首を横に振った。
 シャンクスの髪に口付けを落とす。
 すい、とシャンクスが顔を上げていた。
 
 「色なんてものは、個人によって見方が違うらしいぞ」
 同じ赤を見ても。同じ赤を見ていない。
 ただ、同じモノを見ているというだけのこと。
 シャンクスの翠が、僅かに細められた。
 「フォトグラファの視線から見えたあンたを、見てみようか」
 頬に口付けて、笑いかける。
 くう、と。リカルドがシャンクスに笑いかけていた。
 
 「その挑戦、受けてたぁつ。」
 そう言って、シャンクスが笑った。
 さらりと膝から重みが消える。
 かた、と元の椅子に。シャンクスが座っていった。
 リカルドの肩を、小突いてから。
 
 
 
 
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