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 歯の間で弾けた透明な赤、その果肉が唇を濡らして。甘味が口中にふわりとひろがった。
 粒が幾つも弾けていき、零れ落ちたソレを指先が拭っていった。
 ゆらりと、触れられた先からその温度が伝わる。
 水紋めいて、じわり、とひろがり消えていき。
 シャッターの音に慣れ切った耳はもう意識しなければそれを拾わなくなっていた。感覚で追うけれども。
 
 眼差しをあわせた。
 迷いの無い力強さで触れられ。それでも仕種はあくまでも穏やかに優しい。
 見上げた先、銀灰は微かに笑みを含ませて、それと同時に。
 イタズラめいた光もゆっくりと過ぎらせていった。腹が空いているようだ、と言われ。
 言われなくても、「そういうカオ」を晒しているのはとっくに知ってる。
 
 サプリメント、と言ったのは嘘じゃあない。
 あの後も、2度くらいか?補給。
 フォトグラファとの手の内の探りあい、っていうよりは。
 別のモノ。
 休憩代わり、プラス。
 微妙にまだ遠く感じられるレンズの距離が狭まるかと思ったけれど。
 どうやらこの「距離」はリカルドの目線と連動していて。
 1回目の遊びで崩すのは中々ハードだ、と知った。
 オちてこない、さすがは親友って?
 モラルを振りかざすヤツに限って、シツコカッタリしたけど。完全にそういった「モラル」とはまた別のモノがしっかり内包されてる。
 面白いよな。
 
 そんなことを思って、カメラの前にいたから。
 「先」に繋がる口付けの一つや二つ、腹が空いてるンだから寄越せ。
 舌先に爪の感触を残しながら、「食い物」の話に切り替えたコイビトを見遣った。
 焦らされるのは嫌いだ。ヒトからは特に。
 
 「ダナエ」、開かれていた頁、さっきまで眺めていた表情。
 画布に残される恍惚。
 好きなモノを見ていていい、といわれたから書架から抜き取った画家の描く女は。
 どれもが美しいけれど。オンディーヌとダナエ、二人の浮かべているカオは特に好きかも知れない。
 
 離れていく素振りに、知らずと溜め息めいたモノを零しかけたときに。
 頤を上向かされて口付けられた。
 深く重ねられる、濡れたなかを弄られて喉が微かに鳴った。
 傾けられた角度に背中が僅かに強張る、それ程度に「キツい」。じわりと尾を長く引いていくよりは。断ち切れる程度の深い質。
 当然のように、意識の隅に音が聞こえた。
 絵の切り出し方次第で、どっちにも転べるナ、と。
 ちらりと思い。
 ジャケット越しに、腕を緩く掴んだ。
 さら、と指先で撫でる。
 
 薄く開けた視界に、片目を細める様がうつる。間近。
 口付けを解けば、する、と頬を撫でられた。
 立ち上がる姿を見上げた。
 何を作る気ナンダロウネ?―――妙に食欲は無いけど。
 流れるような動作で立ち上がり、「支度」に行くのだなと知れる。
 
 「ベン、」
 呼んでみた。
 振り返る、すい、と。
 暮れ掛けた陽射しの名残、それに身体を半分だけ残して。
 残りは、ジャケットの暗い色と一緒に夕闇に溶け入っていた。
 「明日はもっと楽しいかも」
 身体を半分、フロアから起こした。
 カメラに目線を半ば向けて。
 「そうか、」
 齎される声はやさしい。
 「丁寧に、剥かれてくのもイイね」
 すい、とわらいかけた。
 
 「このフォトグラファ、シンシだね、」
 「イイ男だろう?」
 に、と。二人に向けて笑みを浮かべて見せた。
 「おれ、一流しか相手にしねェもん」
 と。
 本格的にキッチンへ向かった背中に宣言して。
 アタリマエだな、とひらりと手を動かす背中に追加した。
 「シャシンとオンガクに限らず」
 とわらって。
 
 シャッターの音がまだする方に向けて、腕を伸ばして掴まえた。
 「撮ってばっかいないで構えってば」
 イイオトコだもんな、と笑っていたフォトグラファを。
 「現像するから構えない」
 「ええええ」
 トン、と。頬へキスが落ちてきた。
 ダメだ。ふにゃけたカオしちまったか?
 
 
 
 
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