ホテルを出てニュー・オーリーンズの街並みを通り抜けて帰った。
シャンクスとリカルドは、放っておいても大丈夫だろう。
いきなり、「セット組んだ」等といって、趣味に直走った作品作りに猛進はしない。
ティーネイジャの恋愛のように、手探りにまず、手を握り合うぐらいのところから始めるだろう。
カメラマンと被写体。
自分自身は撮られるのを嫌っているから。どういうスタンスで二人が向き合っているのかは解らない。
けれどリカルドのことだ、しっかりと静かに内面に向かっていっているのだろう。

部屋に戻ってまずしたことは、洗濯物を片づけること。
リカルドの荷物は丸ごと持つとして。
あとはシャンクスと自分の着替えを何着かを鞄に詰めた。
頼まれていた現像機をパックして。
それから部屋を片づけてから、書きあがっていた仕事を二つ送信。
カタログを請求するメールをし。
ジェムから入っていたメールに笑った。
『スイス人にディナーを奢らせた。申し分のないコースメニュウ。ワタシとしては美味い居酒屋のほうが好みだが』
―――仕事は順調らしい。

締め切りが間近に迫っていた仕事を1つ書き上げ、それも送信してから、次に必要な書類を漁る。
"刺青と儀式"
L.B.Seguiriaという人物が書いた論文が、テーマに沿っていたからそれを引き出した。
ケンタッキー大学院生が書いたソレ。CD-Rに落としてある。
あとは、東洋の論文もあれば…ああ、あった。アンソニー・シマブクロ。
日系の大学教授が書いた、比較文化論文だ。

他に必要になるとすれば、取りに戻ればいいとし。
冷蔵庫の中の物で、食べてしまわなければ持たなさそうなものをアイスボックスに詰め込んだ。
ちょっとしたピクニック。
持っていく物は3人分の服に、ガジットとデータとフード。
量は2週間のビジネストリップより多い。
戸締りを確認し。
セキュリティがかかっているのを確認してから、それらを持って部屋を出た。
レンジローヴァに積み込んで、夕暮れが迫りつつある街並みを抜ける。

今夜のメニュウは何にしようか。
煙草を咥え、考えながらマーケットまでドライヴ。
新鮮なシーフードでも買い込んで、パエリヤでも焼くか。
そうなると、白ワインだな。
他にはサラダと。
フルーツは届いていたからいいとして……柘榴。
ふン…小道具としておいておく分には楽しいか?
柘榴の花は白く、まるでバラのようなのにな。
内面には情熱の赤。
モチーフとしては美味しすぎるか?

買出しを終え、ホテルに戻り。
ベルボーイを従えて部屋に戻る。
荷物は総てエントランスに下ろさせ、チップを払い、声をかける。
食べ物はしかるべきところに仕舞い。
仕事道具はまとめてリヴィングのロゥテーブルの上。
服をどうしようか迷い、ディヴェロパと一緒に脇に寄せておく。
さて連中は。どこで何をしているのやら。



フラッシュが光るのが見えた、目の端。
二人揃って書斎とはな。
意外だ。

マーケットで買ってきた柘榴を片手に、書斎に入る。
本棚には無数の本が並んでおり。
『縁のございましたお客様のものを多く入れてございます』とは、チーフ・コンシェルジェのミッシェルの説明だ。

良く磨かれたウッドのフロアの上。
寝そべるように腕を伸ばしてカメラを抱えたリカルドと。対面に、同じようにフロアで腹ばいになったシャンクス。
手許には開かれた画集。
く、とレンズがこちらを向いた。
「足発見」
ぱしゃ、と撮られる音。

コツ、と硬質の音が響き。
深い赤のワインを口に含んだシャンクスが、飲みながら見上げてきた。
「土産」
差し出す。赤い柘榴、まだ季節モノというには早い。
す、と微笑んで、手が伸ばされた。
眼下には、閉ざされた空間の中でエクスタシィに浸る裸婦の画。
黒と金を基調としたコントラスト。
クリムトの絵だ、「ダナエ」

シャンクスに視線を戻すと。弾けた果肉の部分にゆっくりと齧りついていた。
潰された赤が唇に乗る。
果汁が零れていくのが見えた。
「ハンカチを」
白いソレを渡す。目の先で、果汁が頤にかけて伝わり落ちていった。
目線が合わされる。すう、と誘い顔。
しゃがみこみ、頤に落ちていった雫を指先で拭い取る。
紗がかかったような色味の顔。
額に口付ける。

「楽しんでたみたいだな」
囁きの間にも、なんども落とされているシャッター音。
無視しても感知しざるを得ないフラッシュは、一瞬一瞬が焼き付けられていっていることを知らせる。
ちいさな頷きに笑う。
「腹減ってそうだな」
指先で唇を拭ってやる。
ちろりと舐められて笑った。
「晩飯はパエリヤだぞ」




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