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 その日、ディナーはジャケットを要したものだった。
 とはいえ、どこかへ食べに出たというのではなく、アントワンの豪邸のバンクウェットで催されたものであり。
 気軽に酒も振舞われ、あっという間にその日は過ぎた。
 シャンクスは相変わらずアントワンの側から離れず、寝る前に、自室から出るな、と釘を出される始末だった。
 いっしょにねるだけ?と尋ねていたシャンクスに、アントワンは添い寝はコイビトに頼め、と譲らなかった。
 大人しくしているから、というシャンクスの言葉は信用されなかったらしい。
 
 
 翌朝。
 食べないシャンクスを交えて、4人で揃って朝食を。
 その後に、アントワンは仕事に出かけていった。帰宅予定は深夜。
 一人で眠ったからなのか、シャンクスはぼけーっとそれを聴いていたが。
 日中、仕立の出来上がりを一々確認されている中、タイヘン不機嫌だった。
 
 リカルドは、アントワンの許可を得て、庭の写真を一日撮っており。
 オレはといえば、一人一人に与えられていたゲストルームに引っ込んで、オレの仕事に取り掛かった。
 夕方になり、ロビンがシャンクスを迎えに来。二人で出て行ったようだ。
 主の帰らない館で晩御飯は憚れたので、リカルドを誘ってダウンタウンで晩御飯を済ませ。ビーチで夜の海をフィルムに
 切り取ってから帰宅。
 屋敷に戻ってから、リカルドは自室に寝に行き。オレは部屋で仕事の続きを再開した。
 
 1時近くにアントワンが戻り。シャンクスはそれより更に1時間遅く。
 既に眠りについていたアントワンを起こすことはさすがにせず。シャンクスも自室に引き上げて落ち着いたらしい。
 その前に顔を覗かせ、さらりとオヤスミのキスをしていったのが、その日初めてのコミュニケーションらしい遣り取りだった。
 そんなものか、と納得している自分はアントワンが望んでいるような“フツウのコイビト”には成り得ないのだろう、やはり。
 
 すきだよ、とぽつんと言って戻ったからには、なにかしらロビンに言われたことでもあったのだろうか。
 疲れている風だったので、頬を撫でて平気かと尋ねたが。首を僅かに傾げられただけで、明確な返事は無かった。
 僅かに目を伏せ、にこ、と笑ったが、これで“平気”かどうかは疑問だ。
 一人では寝付けないのだろう、と訊こうか迷ったが。シャンクスが何も言わないのなら、黙っていようと思った。シャンクスも一人で
 居たい日もあるだろうから。
 明け方になって潜り込んできたから、抱きしめて眠った。
 ほんの3時間ほど。
 シャンクスも、それで少しは眠れたのか?
 
 
 朝食を終えた後、仕立て直した服を着たシャンクスを、アントワンがチェックしていた。
 鼻血が付いたというレェスのシャツからはきれいに染みが落とされ。
 ふわふわと柔らかく笑むシャンクスに、服はさすがにぴったりとフィットしていた。
 新しい靴をアントワンがシャンクスにプレゼントしており。盛大なお礼とキスとハグ。
 やりすぎだ!とまた叱られていたが、シャンクスは懲りてはいないのだろう。
 過激なコミュニケーション。
 
 白い上下にファーの付いたケープを着たシャンクスは、立派にフランス貴族に見えた。
 太陽王が輝いていたという時代。遠い昔の生き人形。
 けれど確かに、シャンクスは“生きて”いるようだった。
 アントワンも、出来には満足だったらしく。仕立のスタッフたちを呼んで労っていた。
 それをキレイに着たシャンクスにも、「エクセロン、」と短い拍手。
 “一流のプロフェッショナル”と刺青師の女性が言ったように、アントワン・ブロゥは仕事には手を抜かない。
 満足の行く仕事をしたスタッフたちには、惜しみない労いを。
 今回は金になる仕事ではなかったが、それでもきっちりと完璧を目指して取り込んでくれたらしい。
 にこお、と笑い、使ってあげられなかったしね、と小さくアントワンに言ったシャンクスの頬にさらりとキスをし。ゆっくりと背中に
 腕を回したシャンクスの背中をとんとん、と叩いて。
 それを着て出歩くなよ、と笑っていた。
 “特別なのだから”と言ったその意味。その衣装が特別なのか、それを着たシャンクスが特別なのか、明確にはされなかった。
 言い切ることが好きなアントワンは、含みを持たせるのも同じくらい好きらしい。
 きゅう、とシャンクスが抱きつき、予定していたことは総て終了。
 
 その日もバンクウェットでディナーを終え。
 翌朝、朝食を揃って採ってから、玄関先でアントワンに見送られた。
 アントワンも数日後にはパリの方に旅立つらしい。
 ギリギリで捕まえられて、ついていたとしかいいようがない。
 会えて本当に嬉しかった、ありがとう。そう言ったシャンクスの頭を撫でてから。
 写真が出来上がったら3人でまたおいで、と。誘われた。
 「仕上がり、見たい?アナタはトクベツだから見せてあげるよ?」
 そう言って、満開の笑みを浮かべたシャンクスに。アントワンは、それはカメラマンが決めることだろう、と言って額を突付いていた。
 それから、頬にキス、アンド、ハグ。
 ジェイに送られて、あっという間にLAXからニュー・オーリーンズ国際空港に戻ってきた。
 
 シャンクスは機内で眠り、リカルドは相変わらずアテンダントたちに構われ。
 オレはといえば、仕事の3つ目を。
 隣のシートで眠っていたシャンクスは、妙に満足気な顔をしていたからには、楽しい旅だったのだろう。
 4日間の禁欲は、シャンクスの生活の中では長い方に入ったと思うが、アントワンのパワーに吹き飛ばされて、それどころでは
 なかったか?
 預けていたレンジローヴァで、リカルドとシャンクスと荷物をヴァーミリオンに置いてから、一度一人で部屋へと戻った。
 
 翌週のどこかで、建築家と銀行家とミーティングをしたい、と。弁護士からの連絡。
 シティカウンシルも交えて、とのことだったから、シャンクスは出たがらないかもしれない。
 リカルドのフォトグラフィ・セッションの進み具合にもよるが。
 
 ポストには他にも、昔の知り合いからの手紙が入っていた。読んで、破棄。
 仕事絡みでなければ、“また会いたい”と言われたところで興味が湧かない。
 薄情な“元恋人”を貫くだけだ。
 
 部屋を一度換気し。掃除機をかけてから、資料を入れ替え、ヴァーミリオンに戻った。
 長旅の疲れなのか、リカルドはすでにベッドに入って眠っており。シャンクスはひとりで赤ワインを飲んでいた。
 新しい資料をライティング・デスクに置いてから、シャンクスに戻ったと挨拶のキス。
 すでにシャワーは浴びていたようで、いい匂いがしていた。
 くう、と首を片腕で抱かれ、背中をトントンとリズミカルに掌を。それから、赤い髪に口付けを落とした。
 「おかえり、」
 告げられ、タダイマ、と返す。
 非日常的な空間の中で、日常的な遣り取り。
 
 「抱いて欲しい、」
 囁かれて、髪を掻き分け、目を覗き込んだ。
 「疲れていないか?」
 揺れる翠の下に唇を押し当てる。それから頬と、唇にも口付ける。
 く、と腕に力を込められ、抱き上げた。
 「寂しくなっちまった、」
 耳元でそうっと言葉にされ、ベッドルームに運びながら背中を撫でた。
 「そうか、」
 
 アントワンの居たパワフルな空間から、ヴァーミリオンの静かな時の停まった空間に戻れば。寂しさも一入だろう。
 静かに側に居てくれるリカルドも、この調子ならば早く寝付いたのだろうか。
 吐息を混ぜていたシャンクスをベッドに下ろし、口付けながら服を脱がせた。
 服をさらさらと寛げられて、静かに笑った。
 
 深くやさしく抱いて、シャンクスを眠りに落とす。
 大人しく抱かれ、眠ったシャンクスに口付けを落としてからシャワーに入れ。
 リネンを替えたベッドに下ろしてから、グラス1杯分、ウィスキーを流し込んで。
 それから眠った。
 
 
 朝はゆっくりとやってきた。
 
 
 
 
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