「卑屈じゃないよ、真実の一端」
びし、と指を突きつけてきたアントワンをそのまま見上げた。
「それに寧ろ自慢……?」
「ああ言えばこう言う!自慢するなら大いに胸を張りなさい!」
袖口のレェスをひら、とさせてから。そして極めなさい、と言ってきたアントワンの眼を覗いてみた。
「けれどオレを練習台にしようとは思うなよ、色ガキ。そして時と場所も選びなさい!」
その言葉に、ちらっとベンを見遣った。
「うーん?まだ練習っておれに必要……?」
「テクニックはともかく、駆け引きがな」
どう思う、と聞いたなら返された。
「駆け引き?それはオマエ相手にはいらないからー、他所でするかな要るなら」
に、とわらったコイビトに返した。
「どうでもいいが。セイフ・セックスには拘りなさい」
「基本だよ、アントワン」
にこお、と微笑んで見せてから。
「忘れていないようで嬉しいよ」
諦め口調なアントワンにまた向き直った。
「これ、具合どうかな……?ちょっとデカイのは抜きにしても」
「んー…ウィンスコット!!ちょっと来てくれ!!」
「あ、いまダメだと思う」
「は?ジェイが鼻血出した後でもクリーニングか?」
アントワンの頬をレェスで撫でた。思い切り眉根を寄せてる顔をまた見上げてみる。
「ご自分の、更なる血痕をレェスから取り除き中」
「バカモノ。予定な手間をかけさせよって。妨害しているんじゃない」
おれは、なぁんもしてないヨ……?
言う間もなく、ぽか、とアタマに拳が一つ落っことされた。
「ひっどいな、着るの手伝ってもらっただけなのに」
だから来て、ってアナタに頼んだじゃないか、とアントワンに甘えて。
「オマエね。抑えることも覚えなさい。垂れ流すだけじゃ情けないぞ」
オレが行ったって一緒だろうが、と付け足したアントワンに。ジャケットの銀のボタンを留めながら、言った。
「だから、来てくれてればアナタのこと考えなかったから随分違ったと思う、って」
なぁ?とコイビトに目線を投げる。
「だからなんでオレのことを考えて色っぽくならなきゃならんのだ?」
「好きだから、……あいしてるし?」
「ハイハイ」
ごち、とアタマにもう一回。
「告白する度に拳固だネ、アントワン」
微笑んで、また頬に触れた。
「あのなあ、オレに色仕掛けされても困るだけなんだが。ハナタレが色気づいているようにしか見えん」
「仕掛けてません」
「そういう仕種を色仕掛け、とフツウは言う」
袖のカフス留めてクダサイ?と腕を差し上げた。
すい、と手馴れた仕種のアントワンに留めて貰って。
「ね?袖がちょっと長いよね、」
首を傾けた。
「それともこれは元々9分丈くらいだったのかな?」
「うううん…ウィンスコットが使えないのが痛い。マリアベル!!」
「ゴメンなさい、後で謝ってこようか、」
「謝りなさい」
オンナノコが走りながら廊下をやってきた。
部屋へ入るなり、ソファの客を見て頬がすこし上気した。ぽ、って具合。
ふぅん?カワイイのな。
「アントワン、あのコかわいい、」
「かわいいだろう、使う子だから無視しろ。考えるならディナーのメニュー」
「でもおれには興味ナイみたいだし」
「妨害するな、ということだ」
針を、しかるべき箇所に留めていく横顔は真剣そのもので。言われなくてもわかってるって。
袖からウェスト周りもピンで留めていって。
たしかに、背丈は一緒でもクリストファ横にでかかったからな。
「もう、ジャケット脱いでもイイ?」
フランス語で会話中の二人に話し掛ける
「いまラインの位置を調整している、じっとしていろ」
「はぁい」
カノジョ、もういいって言ってたのに。
あぁ、そうか背中ね今度は。ハイハイ。終わったのはサイドだったのか。
ちぇ、仕立て屋ウィンスコットの方が仕事は早いや。
自業自得?けどおれなぁんにもしてないし、妨害は。意図的には、だけどね。
完全に面白がってる目線の連中に視線を投げた。
「リカァルド、大体どのラインも似たような感じだけど。こういうのでオッケイ?」
「何着もいらない」
「オーケイ、これで十分か」
白と黒?
「アントワンお勧めはどうするー?」
笑いを殺した。
「イラナイ」
背中、ピンで刺されたくないし、いくら下がベストだからってね。
「だってさー、アントワン」
わらうリカルドにウィンク。アタリマエだよな。
「なんだと?倒錯の心がわからんのか!?」
「倒錯はいらない」
「おれ、似合うのにねェ」
くくっと喉奥でわらう。
「興味ない。欲しいのは具象であって仮想じゃないから」
「む…」
「な?さすがイイオトコだろ、」
アントワンに微笑みかけた。
「むう!遊び心が足りん!!」
「次は真面目に撮るので」
「真面目もいいが遊びもいいぞ!!」
むしろ遊び心はいつでも必要だ!とアントワンが持論を展開して。
「じゃあ、この次は素材で遊んでヨ?」
リカァルドに声をかける。アントワンの話を聞きながら。
「この間遊んだだろ?」
にこ、とリカルドも笑みを浮かべてきて。ベンも、軽く吹きだすみたいに笑っていた。
「微妙に遊びの種類が違う気がする、」
アントワンに訴えた。
「人生いろいろ、人もいろいろだ」
さ、とオンナノコがフロアに膝をついた。
「もう上着取ってもいい?」
「ああ、勝手に脱ぐな、じっとしてろ」
次は裾を手直しするんだろうし。
肩を動かそうとしたら、アントワンがあっさりとジャケットを脱がせてくれた。
「ありがとう、」
「ううううん……ウィッグ…」
うん、それなんだよねぇ。
「そう、それが相談なんだよ」
真面目な顔で、アントワンがおれの顔を見つめてきた。
端正だね、いつ見ても。嬉しくなってくる。
「どうするリカルド?カメラマンの要望は?」
アイスブルゥがさら、と流れた。
「汗で髪が貼り付くだろうからイラナイ」
リカルドもさらりと返してくる。こと、画に関しては見えているイメージを大事にするヤツだし。
「どのみち汗はかくと思うんだが」
「髪が寝るので。時間は置きたくないし」
「軽く後ろにでもじゃあ手櫛で。それにー、冷房死ぬほど効かせて欲しいよ」
「嫌だ。オレが寒い」
「リカァルド、いくらおれがプロでもシンじゃウヨ」
気合で汗ナンザカカナイけど?
だれるよ、暑いのおれ苦手。
「窓は開ける」
「窓はあけてせめて湿度はなんとかして欲しい」
扇風機も、と言ってきたリカルドを横目でアントワンに上半身で倒れ掛かる。
「除湿しておいてもらう、撮影直前まで。それでいい?」
「ねえ、アントワン…?」
「もたれかかってるんじゃない!気合が足りんぞ!!」
ぴし、と仕事中の声だし。
「どうせ脱ぐなら問題ないかな、」
「設定を生かすのなら、夜に蝋燭明かりだけで撮りたいもんだな」
あぁ、だったら風も少しは涼しい。
けれどあれには特殊レンズがいる、と。アントワンが思案顔を作っていた。
「撮るのは夕方から夜にかけてだよ」
そう言ってきたリカルドに眼を戻した。
「蝋燭は手が足りないから使わない。万が一があったら対応しきれない」
「―――ん、」
「他人も入れたくないし」
「うううん…そうか」
いつの間にかアントワンも自然と会話の中に入っていた。
「おれは、オマエのモデルだから。好きに使ってイイヨ」
要は、そういうこと。
「とか言ってオマエ、好きに使われたコト無いだろうが!」
笑うアントワンに向かって、
「―――いままで、リカァルドのモデルをしたことも無いヨ?」
そう答えて。
キスしてもいい?と付け足した。
そして、返事を聞く前に。頤に唇で触れた。
ちょうど顎鬚のトコロ辺り。
「会話に脈絡がないぞ、バカモノ」
ふン、とハナ鳴らしてるけど、怒ってはいないよな。
「さあ、終了だ。向こうで着替えて来い。シャワーは部屋でな」
「ほかにオプションでも?」
「ない」
すい、とさっきでてきた奥の部屋、仮縫いをしてたところを指差して言ってきたアントワンに返せば。あっさりと言い切る返事を貰った。
「―――ツマラナイの」
「人生の面白みはそんなところにはない!」
ベストの銀の鎖と繋がったボタンを一つ二つ外した。
「”人生はいろいろ、ひともいろいろ”」
言われた言葉を繰り返してみる、本人に向かって。
「また鼻血出させたらオマエに掃除させるぞ」
「じゃ、さ。鼻血出さないヒト用意してくれなきゃ」
「ベン、行け!」
ざ、とベストの下のブラウスも広く肌蹴させた。
「それは足りてる、」
ばち、と音がしそうな勢いで頭を叩かれた。
「向こうでと言ったろうが!」
「怒らないでってば?ちゃんとします」
躾の悪いガキは嫌いだ、と言い募るアントワンに微笑んでから。
「じゃあ、“すこし離れますが”」
「いいコでな」
宮廷風に一礼してから、奥の部屋へ全部脱ぎに行った。
「おれはね?」
ひら、と振り返り。一言付け足しておいた。
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