それからしばらく、リカルドが舞台のセットの話し等をし。
ウィスラーに軽く珈琲とサンドウィッチを出され、摘んでいる間に、アントワンの携帯電話が鳴った。
番号を見たアントワンが、ちっと舌打ちしていた。
『ジェイが貧血って言ってるけど?ねぇアントワン、どうする……?』
仕立て屋がじゃないし、と甘い声で言ったシャンクスに、ばっかもおおん、と。アントワンの怒声が鳴り響いた。
「無駄な色気振りまいて遊ぶなと言っているんだ!昔から言うことを聞いたタメシのないクソガキだな!ディナー放り出すぞ!!」
『アナタのことを思っていただけだよ……?』
「思うな!思うなら遠いアラスカの天気のことでも考えてろ!無駄に発情しているなクソガキが!!」
ぷち、と電話を切っていた。
圧巻。
さすがの“アントワン・ブロゥ”か。
じろ、と見据えられた。
「…オマエに教育しろと言っても無駄なんだろうな」
「エエ、まあ」
「その調子だと浮気もさせ放題か」
「繋ぎとめようとは思っておりませんから」
「…それくらいでないとやってられないってか。オマエも無駄な苦労を背負い込んだな」
「別に苦労ではないですよ、割り切れば」
「ハ!クソガキが言ってくれるわ」
鼻をむぎっと摘まれて、苦笑した。
リカルドが、ぷっと笑っていた。
「まあアレが“生きている”のはオマエがいる所為でもあるんだろう。無理せずに頑張りたまえ」
「認めていただいたと思っても?」
に、と口端を引き上げれば。アントワンは、オロカモノ、と呟いた。
「ハタチも過ぎたニンゲンの生き様をどうこう言うようなオトナではないわ。アレがどうしようとアレの人生だろう。オマエも
認められたからといってどうこうするニンゲンでもあるまい?」
「確かに」
「失敗しようと成功しようと、挑戦しようとしまいと。そんなものは個人の勝手であり責任だ。生きようと生きまいと、な。
リカルド・クァスラ、それはオマエも同等だ。オレみたいな人間はただ、成功した先輩の責任の一つとして、後輩の手助けを
するだけだ。やる気も見せない人間に差し伸べる手はないが。努力している人間に助力は惜しまない。またなにかあればおいで」
さら、と。リカルドの頬を僅かに指先で触れたアントワンが、にこ、と笑った。
思いがけず優しい穏やかな笑顔。
ふわ、とリカルドが微笑んだ。ぺこ、と。小さく頭を下げ。
アントワンが僅かに困った顔でオレを見た。
なんですか、と目で尋ねれば。
「いいなあ、コイツ!!」
コドモのようなコメント。強いて言えば、シャンクスが出すような。
「オレの親友ですから」
そう言えば、アントワンは一瞬考えるような顔になってから、リカルドの頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜてから言った。
「逸材ってどこかにはあるもんだなあ!!」
ウチのスタッフにならないか、とアントワンが訊いたのに、リカルドが首を横に振る。
「んー。そっか。それも選択だな!うし!気に入ったぞう!!」
にか、とアントワンが笑って。それから再度鳴り出した携帯電話を取った。
『クリストファとおれの背がいま一緒って知らなかった。黒のもフィッティングしてイイ?』
クリストファとは、前の出演者の一人なのだろう。
『これはちょっと横にでかいかもだから、』
そんなことを甘いけれど僅かに真面目なトーンを滲ませて、シャンクスが言っていた。
『それともアナタほかになにかお勧めある?』
嬉しそうなトーンだ。
「ジーンが着てたドレスも持っていけ。アントワネット風のひらひらびらびら」
アントワンが笑って言っていた。
『エエええ!!』
「なんだとう?オレの申し出を断るのかオマエは!?」
笑いながら、アントワンがシャンクスに返していた。
傍から見れば、親子とも仕事仲間ともとれる不思議な気軽さ。
『じゃあアナタが着せてくれないとヤだよ』
「アホ抜かせ!そんな暇あるかバカモノ!!」
くっくと笑っているシャンクスにさらりと返し。ぷち、とまた通話を切っていた。
「なんだってアレはそんなにオレに懐くかね?」
「“惑わされない”方だからでは、と」
「…ハ!オマエと同類とでも言うか、若造」
「とんでもない。惑わされてばかりです、ムッシュ」
「ああ、アントワンでいい」
「では、アントワン」
「嘘ばっかり言っているとケツ叩くぞ、ベン・バラード!!」
「ベンです、アントワン。そしてオレのケツは叩いてくださらなくて結構です」
「リカルド・クァスラ!オマエの親友はツレないぞ!」
「あの、」
リカルドが、すい、と目を上げていた。
「なんだね?」
「リカルド、です」
「……リカァルド!!」
むんぎゅ、とアントワンが立ち上がって、リカルドを抱きしめていた。
「――――あ!!」
す、と絶叫をあげていた方を見遣ると。黒い宮廷衣装を着たシャンクスが叫び声を上げていた。
蜘蛛の巣のようなレェス袖からびしりと指を突き出しながら。
「おやシャンクス」
すい、とアントワンが視線を上げてシャンクスを見遣った。
「アントワン、リカァルドに手ェ出した!!」
「バカモノ。そういう表現で纏めるのは止しなさい」
ふン、と鼻を鳴らしたアントワンが、リカルドの頭をすい、と放していた。
すいすい、と優雅に3歩で歩み寄ってきたシャンクスを、なにか文句でも、といった仕種で見据えていた。
「なにしろ色事しか能の無い暇人なモノで」
見上げ、にぃ、と笑ったシャンクスに、アントワンがオロカモノ!と叫んでいた。
「“しか能の無い”とか言っている暇があったら他のことに修辞し、鍛錬しなさい!」
ぺしん、と頭を叩いて一喝。
「オレはそういう卑屈な態度は大嫌いだ!」
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