I CAN'T BELIEVE THAT YOU'RE IN LOVE WITH ME
拍手の嵐、目の前に広がった客席から上がる。
メドゥーラとアリの手を繋いで、一列に並んだまま両手を挙げる。
心臓は、まだ走ったままだ。
ライトが眩しい、笑ったまま頭を下げた。
くら、と酩酊、いつもの状態。
「セト、次が最後」
メドゥーラ役のフィリッパに囁かれて、小さく頷いた。
落ちていたカーテンがまた上がって、両腕を上げられた。
ライトの向こう側、気になるのはたった一人、たくさんのニンゲンの中で。
頭を下げている間にカーテンが落ちていった。
くぐもった拍手が向こうから鳴り響く中、ダンサーたちに挨拶される。
ハグ、キス、言葉をいくつか交わし。
マスターに、いい出来だった、相変わらず楽しそうだったね、と声をかけられて、笑った。
「楽しいさ、」
踊るためにステージに立つのだから。
踊るために、備えてきたんだから。
ぐら、と身体が勝手に揺れる。
疲労、アドレナリンのおかげで痛みは感じないけれど。
身体は重い。
群舞の子何人かにサポートされながら楽屋にどうにか引き上げた。
きゃあきゃあと騒ぐ子たちに、どうにかアリガトウ、と口にして。
全員が引き払ったところで、倒れこんだ。
花束の花畑に。
「クソ、化粧落とすのかよ、」
面倒臭ェ、と呟く。
視線の先、白い大きな花。
ニオイの濃い、カサブランカ。
もう何度も、こうしてこの花束に埋もれてきた。
送り主、
「コーザ、」
名前を呟く。
オトコの面影が頭を過ぎった。
どんな顔してオーダしてやがるんだ、この大量の花束を?
ディスプレイしたスタッフは、もうイイカゲン慣れたのだろうか、他の人たちからの花束はみなテーブルに乗せられていた。
目を瞑り、重くなった身体の状態を測っていたら、軽い足音が聴こえてきた。
…この場所で、あの足音を聴くのは何回目だろう?
ぶっ倒れているオレをスキになった、と白状した年下のオトコの目には、いったい自分はどんな風に映ってンだろうね?
口の端に笑みを刻んで、ノックの音を待つ。
あー…チクショ、楽しかったゾー…。
何人かのもう見知った顔がにこにこと笑みを乗せながら目線を投げてくるのを受けて、先へ進む。
冗談のルーティーンが、限りなく本気に移ったのを自覚し始めた頃も、そしてそれを白状してしまった今も大してかわらない
距離を行く。どの街でも、劇場の作りっていうのはあまり変わらないものなのかな。観客席から、細長い通路を抜けて
バックステージまで。
ひらひら、と蝶が過るように、まだ衣装をつけたままのバレリーナがプリンシパルの部屋を指差してくれた。ウン、教えて
もらわなくてもわかってるけどね?
アリガトウ。
言葉の代わりに微笑み。返されるのは舞台の終わった高揚感と重力を感じ始めた身体との間でバランスを取られて浮かぶ、
笑顔。キレイだな、と食指がほんの少しばかり動くのは美人サンに対する礼儀だろ。
あぁ、でも。まだ気の会う「ダチ」のポジションの天辺近くにセトを据えていた頃も、そういえばつまみ食いして遊ぶ気には
ならなかった。なにしろイチバンのビジンがアイジンだったからな。厭きずに会いに行くこと既に……数えるのも面倒だ。
NYC、ボストン、SF、シカゴ、あとは、どこだ?
あぁ、ロンドンと。パリと。うん、―――ミラノの公演のときはちょうど仕事と重なったか。
大抵の大都市のオペラハウスとホール、それから、あぁー、アレだ。
トルチェが直々でご推奨のお仲間のフロリスト共。どの街の連中ともすっかり馴染みになった、まったく大笑いだけどな?
最初は色の艶やかなブーケを嬉々として作っていた連中も、誰に送るのか勘付き出してからは「クリーンな」ブーケを自由に
イメージして作り始めた、のだそうだ。
どうやらアーティスト連中の、「フェイバリット・リスト」の上位におれの「コイビト」はランクインしているらしい。
ふうん?たしかに。
あれだけ鮮やかな生命の躍動する様を見せられたら、惚れないほうがどうかしているのかもな。
「王子様」で、「クールビューティ」で、「美神に愛されて」いる「生きる芸術品」で、云々。セトへの賛辞。
そういうことは右から左。おれは、あのどうにも気丈なぶっ倒れた豹みたいなオトコが気に入ったんだよ、我ながら良い趣味だ。
そっけない木の扉をノックする。
2回。
「Who is it?」
なぁ、セト?舞台で神はみえたか、と。聞いてみたくなる声だ。
気力の欠片で声帯から息を押し出してンのがバレバレ。
「オレ、」
応えて、もう一度ノックした。
「Come、」
ふい、とドアの前で口端がつり上がった。
単語の羅列。
あーあ、セト。おれな、あンたのことどうしようもないくらい好きなんだけどな。
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