ふわりと、目に見えはしなかったけれども。
肺に落とし込む空気が、確かにあまくなったかと思った。セトの浮かべた微笑みの所為で。
「セト、」
「ん…?」
目元に唇で触れ。僅かにまだ水分を残す肌の滑らかさを感じ取る。
額をあわせるようにし、まだ濡れて重い髪を指で梳き。
言葉に乗せた。
「セト、」
「なぁん…?」
すう、と笑みがさらに濃くなって。
大輪の華、それが綻んでいくさまを連想する。
「無理だった、」
ゆら、と揺れた蒼を覗き込む。
「…ん?」
なにが、とあまく掠れた声が囁いてくる。
「一息とか、ナントカ。無理だ、セト。もうあンたに触れたいよ」

「…いいヨ、」
すい、と首が傾けられて、頬に柔らかな口付けが与えられて、聞こえた。
「もっと触れて、オレを愛して、」
羽根よりかるく空気に乗り、ゆっくりと降りてくる言葉。
蒼が、ふわりと細められ。言葉を捉まえきるより先に、腕に一層抱きしめた。
肩口に、唇が押し当てられ。抱きしめ返される。
「セト、」

ゆっくりと髪を手指に絡ませたなら。すい、とセトの手が背中を滑っていった。
――――アウト、完璧に。
ベッドルームまでの距離が気が遠くなるくらい遠い。
前代未聞、ってヤツだ。
シャレでも冗談でもお遊びでもなく。切実な理由により、あー……

カーペット。つか、フロア。
少し、抱き寄せて。
ゆっくりと、驚かせないように、フロアに身体を預けさせていった。
前髪を指先で辿れば、わらってセトが見上げてきた。目をあわせたままカオを近づけ、すい、と額に口付けて。
「怒る?」
訊いてみる。
「なンで?」
すい、と頬に指が滑らされる。その手首を捕まえた。
そのまま滑らせて、指先に口付けた。

「余裕ないみたいじゃねェの、だってさ?」
欲情を隠さない蒼、溶け出したアイスブルーがそれでも煌めいているのをみつめながら言った。
けど、実際。欠片だって余裕なんざ、ナイのかもしれねぇけど。
捕まえたままだった指先を口に含み、あまく歯を立て、切り揃えられたエナメルの薄さを舌先で辿った。
「オレ、オトコだからね、」
ひどくやさしい音節、やわらかなセトの声が告げてくる。
「ん、」
見上げてくる顔、その両脇に軽く肘を突き、ふわり、と長い毛足のなかに埋まったのを感じた。
ちゅ、とハナサキにキスを落とした。

「セェト、」
頬に掌で触れる。押し当ててすっきりとした、それでもどこか柔らかい線を慈しんで。
口付ける直前、薄く空気だけを介した距離で。
吐息が触れて、言葉になっていった。
「Come(来い)、」
抗えるはず、あるわけがない。



毛足の長いカーペットに横たわって、暗くなりつつあるリヴィングで、オトコを見上げていた。
ベッド以外の場所でメイク・ラヴするということに。
余裕が無いクセに、気遣ってくるどこまでも優しいオトコが愛しくなる。
だから、自分から誘う。
来い、と。

オマエと愛し合うなら。
オマエと二人きりなら。
きっと、オレはどこでもいいんだろう。

ああ、カーペット。
まあ、うん、高そうだけど。
汚したら、弁償すりゃいいだけのハナシだし。
金より、今湧き上がりつつある衝動のほうが大事。
それくらい、どうとでもなる。

口付け、深まっていく。
頭を引き寄せて、奥深くまで舌を咥え込んで絡めた。
背中、シャツを辿っている間に、コーザの手がバスローブの襟元を拡げていっていた。
肩から半分、下ろされて剥き出しになっている。
「んン、」
声が甘い、自覚する。
んーオレも脱がせたいんだけどなあ、ダーリン?
頭の中で問い掛けてみる。

少し強引に身体の間に手を差し込んで、片手でボタンを外していく。
すい、と垂れ落ちてきたクロス、すい、と肌をかすめ、唸った。
く、と舌を甘く噛まれて、ふる、と身体が僅かに震えた。
スラックスからシャツの袖を抜き取り、今度はベルトを緩めさせる。
ボタン、ジッパー、指はさっさと動いて。

緩く結んでいたローブの紐を解かれた。
「ん、」
小さく笑う。
ああ、なんつーの?ゴチソウの気分?
シャツ、脱がそうと背中で引っ張っている間に、コーザは裸足で履いていたスリップオンを脱いでいたみたいだった。
ガサガサゴソゴソ、あーなんかさ、ティーンエイジャみてェ。

「んんふ、」
つい笑うと、コーザもく、と笑っていた。
ああ、うん、幸せな瞬間。
急いている、余裕が無い、だけど笑う小さな余裕がぽこんと生まれる。
「ん、」
舌を押し出して、口付けを解いた。

「こーざ、」
笑い混じりの声で名前を呼ぶ。
シャツ、するりと脱いでいったオトコが、目で笑っていた。
砂色の髪をざ、と掻き上げる。
剥き出しになった肩、撫でられて。腕が抜かされた。
「あ、前髪落とすなって」
ますます、ティーンエイジャみたいじゃねェの、と言葉を続けたオトコに笑いかける。
「いいんじゃね?」
前髪が垂れてるときのオマエの顔もスキ。
「どーせ気付いたらぐしゃぐしゃになってるんだし?」
つーか。
オマエがスキ。

「ん、あンたそういえば」
「なン?」
すい、と足からアンダーごとスラックスを脱いでいた。
欲情した証がすい、と触れて、なんだかまた少し照れて笑った。
ヤ、いい勝負なんだけどナ?
「おれのアタマ、くっしゃくしゃにするよね?感じてくれると」
「うーわ、」
に、と笑ったオトコに、ナンテコトイウンダ、という顔をしてみせる。
満面の笑顔だから、あーウン。説得力は期待してない。
肩口にそっと口付けられた。
する、と触れてくるクロスの冷たさに、少し震えた。
「コォ、ザ」

オトコの裸の背を撫でる。
筋肉、浮き上がった肩甲骨。
掌で慈しむ。
背中にオトコの熱い腕が差し入れられて、きゅう、と抱きしめられた。
「あちィね、」
「ん、でも」
熱い肌が触れ合ってキモチガイイ。
首筋にく、と甘く歯を立てられた。
「なぁん?」
「気分イイよ」
「だな」

ぎゅう、とオトコの上体を抱きしめながら、同じ様に肩口に甘く歯を立てた。
塩気が舌に乗る。
「…ンまい、」
オマエ、美味いね、コーザ。
く、と喉でオトコがまた笑っていた。
身体の間に挟まっている二つの熱が擦れ合って、少しもどかしい。

コーザの腕が、身体の線に沿って降りていっている。
暖かな熱の移動に、熱くなりつつある息を吐く。
何度もコーザの肩口に口付けた。
背中で筋肉の起伏を辿り、背骨の窪みに沿って指を滑らす。
腿を捉まえられ、ゆっくりと引き上げられていく。
柔軟で充分に解された筋肉は、従順に従っていく。

「可愛がっちゃ、ダメなんだっけ…?」
「…へ?」
可愛がる?
すい、と胸元に唇を滑らされた。
…あああ、乳首?
「…いいよ、もぅ…気付かれたら気付かれたで、なんだってぇの」
声に出して笑う。
あんまり大きく育つようだったら、まあ、宣言撤回するかもしんねーけど。
しばらくは平気ダロ。

くくく、とコーザがまた笑っていた。
あ。そうか。
背中から腕を一本下ろし、くり、とオトコの胸の飾りを指先で押し潰した。
「オマエのも、な?」
「は?」
「キモチイイから、ウン、意外と」
くりくり、と指先でちっさな突飛を弄くる。
「あとで舐めさせて、」
「ちょ、こら、…わ、」
くすぐったそうに身を捩って騒いでいるコーザの肌を舐めた。

「セェト、あンたいまの墓穴」
笑って言ったオトコに笑いかける。
「なンで?」
きゅ、と指先で小さな飾りを摘んで、押し潰す。
ん…楽しい。
「決意したね、ぜったい余裕残してやらねえって、いま」
にいい、と笑みを吊り上げたコーザが、くう、と熱を握りこんできた。
「ん、ぅっ、」
一瞬息が詰まる。
「…ケ、チ」
いーじゃねーかよ乳首くらいサ?
けれど。ああ、だからさ、オレ。
笑ってたら説得力ナイっての!

指先が、湧き出し始めた蜜を掬っていった。
「やだよ、オレクスグッタガリなの」
「び、んかん、じゃね、かよ」
感度イイなら、キモチイイって。
きゅ、と唇で乳首を挟まれて、笑った。
「オ、レも乳首、舐めたぁい、」
だってボクタチオトコノコでしょーが。
乳房ないのは、しょーがねーけど。
ソコがスキなのは、しょーがねーだろ?

「指で譲歩?」
「…んー…せっかく、なのに」
ひら、と唇の前で手を振られた。
……今度、絶対に味あわせてもらおうっと。
「ん、クレ」
ぱか、と口を開いて、舌を閃かせた。
「それにさ?どうせなら」
「んン?」

する、と指で舌を撫でられて震えた。
ちゅ、と吸い上げて、僅かに指先に残るニコチンを味わう。
んーナツカシイネ。
きゅ、と指先と掌で昂ぶりを扱かれた。
「別のトコで妥協してくれるといいね」
じゅ、と強く指先を吸い上げてみた。
両手でコーザの手を掴んで、ゆっくりと舌を滑らせる。
「いいよ?」

コーザが、ふ、と笑って。
「うわお、」
そう言っていた。
ふふン。
ニーサン、チャレンジャーなんだぜ、実は?




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