ふつ、と。ラインが繋がった気がした。
深い、深い場所から、ふわ、と意識が浮かび上がるのを自覚する。
さらさら、と。やさしいタッチであちこちを撫でられてるのを、意識がない間もずっと感じ取っていたのを“思い出し”、小さく笑った。
耳に届くのは、柔らかな潮騒。
ゆっくりと、重たい瞼を持ち上げる―――――うわ、まぶし……っ。
はたはた、と瞬きをしたつもりでも、実際には酷く緩慢な仕草で目を瞬いた。
じ、と見詰めてきていたやさしいやさしいキャッツアイが、笑みを溶け込ませていた。
そのまま、ふ、とそれが近づいてきて。
目元、濡れて熱い唇が押し当てられた。
「オハヨ」
甘くやさしい声だね、コーザの……コーザ、の…?
は、と。意識が覚醒する。
「う、わ」
一気に記憶が流れ込んできて、声を上げた――――ひでぇ掠れまくり…ッ。
す、と恋人が片眉を引き上げていた。
や、でも、だって、オマエ、うわ、うわあ、うわああああッ……!
枕にカオを埋めようとしたけれども、重たい下肢が動く気配はゼロだ―――――どんなに踊り疲れたって、ここまで四肢が重たく感じることなんて、いままでなかった。
にぃ、と。コーザが笑った――――見覚えのあるソレ。
意地悪で、ハンサムで、昨日散々……ッ。
思い出す。
泣いたこと、鳴いたこと、高められて、高められ続けて、高められすぎて―――――うわああああっ!!!
ゆっくりと口を開いた恋人から目を逸らし。
「どうした……?」
酷くオトナっぽくて渋くて耳に残る声で訊いてきたコーザと自分の間に線を引く。
重くて仕方がない腕の力を総動員して、ざ、とリネンをなんとか目の上まで引き上げた。
「うわあああああああ……っ!」
絶叫――――したつもりが、低く掠れて頼りなく小さな声だけがあがった。
「セェト、」
甘い声に、ぎゅう、と目を瞑る。
げほ、ごほ、と勝手に咳が零れ出す――――喉、痛ェ……ッ。
それでも。
頭の中で渦巻くのは、痛みに対するアラートではなく。散々“愛して”くれながらオレを呼び続けていた恋人のコト。
通常ならすぐさま、欲情しちまうようなソレも、けれど今朝は違った。
―――――今朝?ああもう時間なんか知るもんか……ッ!!
こぽこぽ、と間近でグラスに液体が注がれる音がする。
「大猫サマ、飲める?」
笑っていてもセクシィなトーンの声が続く。
「それとも飲ませてやろうか?」
水、うううう、酷く欲しいけど、でもでもでもでもでも…ッ。
ねーこちゃん、ねこねこー。そう呼びかけられて、ばさ、とリネンを剥ぎ落とした。
「――――ううううううーーーーーっ」
「うわ、せっくしぃ」
あ、ダメじゃん。視界潤んでるし、オレ泣いてるし。
いた、イタイ、目、目の奥?皮膚??すげえイタイ……泣きすぎだって、オレっ。
にか、と笑った恋人が、トン、と鼻先に口付けてきた。
そのまま、する、と頬にもキスがされ。ぎゅう、とリネンごと、その腕に抱きこまれる――――昨日、オレをココに引き止め続けたソレ。
「こー…ざ」
「おはよ、」
げほ、と咳き込む。あああ、イタイ……響く、喉がイガイガする。
とんとん、と背中を撫でられ、はふ、と深く息をする。
つい、とグラスを差し出され、腕を伸ばそうとする――――うわ、グラス、重い…っ。
グラスは手放されることなく。オレがゆっくりと引き寄せるのにあわせて、一緒に支えてくれているソレが動く。
口許、縁を押し当て。そうっと傾けて、ゆっくりと最初の一口を飲む――――水が甘いよ……。喉に染み渡るようなソレを、ゆっくりゆっくり呑んでいき。
グラスが半分以上空になったところで、恋人の声が届く。
「もっと、欲しい?」
ぴん、と頭の中で記憶が弾かれる。
ああ、それ。そのセリフ……っ。
かああ、と。またカオを赤くしたオレを見て。くぅ、と恋人が口端で笑った。
「も、い…っ」
「なァ……?」
すう、と声が色味を帯びた―――ダメだぞ、ムリだぞ、オマエの相手は今日はもう……!
するん、と頬から顎まで、恋人が指先で撫でていった。
「こんどから、絶対セトのこと長い間放っておけなくなっちまったネ」
や、オマエが案外意地悪だってのはうすうすしってたケド。オマエ、長い間、じゃなくても同じ風にオレのこと抱けるだろう……ッ。
睨み付けようとしても、哀しいかな、踏ん張りが利かない。
きゅ、と眉根を寄せたら、けれどそれだけでもオレの考えを読んだらしい、コイビトがにぃって笑った。
なんだよぅ……っ。
ああ、でも。アトのアレは全部、ひとまずオイトイテ。
「――――も、やだ」
どうにかコトバにする。
あんな風に寂しくなるのは、もう勘弁してほしいよ……。
するん、するん、と唇を撫でられ、軽く息を吐いた。
すう、と首を傾げ、短すぎる言葉から意味を読み取っていたコーザが、ふわ、と微笑んだ。
「二度と、寂しい思いなんかさせない、って約束は出来ねェけど。可能な限りは足掻くからさ?」
「コー、」
手を伸ばして、そうっとコイビトの身体に触れる。
「んん?」
す、と目を覗き込まれ、こくん、と頷いた。
「オレも、あがく」
「ン、よろしく」
ぎゅ、と腕に閉じ込められ。目を閉じた――――あー…やっぱり、オマエの腕のなかにいるのがスキだし、オレ。
「まだまだハジメテのことってあるしさ、」
かぷ、と耳朶を齧られ、小さな刺激に、びくん、と肩が跳ねた――――あら?
下半身は、漬物石のごとく、重くてなんにも感じないけれども。
そっから上は、むしろ過敏?
ああ、ニンゲン加減ってものが必要だよね。うん……ってそんなことは昔から知ってるわい!
かじ、と頬まで齧られ、んぁ、と思わず喘いだ。……声が少し戻ったよぅ。
あむあむ、と下唇を食まれ、は、と息を吐いた。
舌を伸ばして、ぺろ、と舐める―――あ、キスはいいです。息するのも実はちょっとタイヘンなので。
くく、とコーザが笑った。
―――――あーあ。チクショウ。どんなことになってたって、そうやってオマエが笑ってくれてると、オレってば底なしに嬉しくなっちまうじゃないのヨ。
むぎゅ、と抱き締められ、間近でコイビトが笑い続ける。
「あー、クソ、カワイイ……ッ」
その声に、ふ、と小さく笑ってしまった。
「それ、オレのセリフ…」
ああ、クソ。
オマエが愛しいよ、コーザ。
ぶっ壊れたアタマは、それだけしかもう導き出さない。
「コォザ、」
すり、と肩に頬を擦り付けた。
「愛してるんだ」
天地がひっくり返っても、間違いなくオマエのことを。
すう、と笑みを目元に浮かべたまま、コーザが目を見詰めてきた。さらさら、と髪を撫でられて、くすんと笑う。
「あンたは、おれの命の火。宝石だよ」
キラキラと煌めくキャッツアイ、あいしてる、って言い続けてくるその眼差し――――昨夜も、その何日も前も。
オレを見詰めてくる目線の強さは変わらない――――真摯に愛情を伝えてくる。
「オレ、な?」
きゅ、とコーザの腰辺りを手で握り締める。
「オマエがいないと、もう輝けない」
わかる?知ってた?信じる?―――――目を覗き込んで、微笑む。
きゅ、と一瞬だけ目を細め。コーザがまたすうっとそのキレイなキャッツアイで見詰めてくる。
「世界中のニンゲンなんかクソクラエ、で。じゃあセトのためにだけ、オレもあンたの側にいるよ」
オトコマエな宣言をした、と思ったら。
あ、違うか、と恋人が少し笑った。
「側にいさせてナ?セェト」
甘い声に、ふわりと勝手に笑みが零れる。
「側にいろ、ダーリン」
こてん、と肩口に額を預け。そのまま恋人の目を見上げて笑う。
「でもって、」
くう、と。恋人が浮かべた笑みのニュアンスが変わったのを知る――――なぁん?
「ニューフロンティアの感想はいかがでしたか、王子」
「ば……っ、」
なんてこと訊きやがる!馬鹿!この素敵ダーリンめが!!
きらきらと煌めくキャッツアイに、一度起こした頭をまたゆっくりと恋人に預ける。
「あー……イキ狂って死ぬかと思いマシタ」
つうかオレもなに正直に答えて―――――馬鹿だ、オレも相当な馬鹿だ。
く、と恋人が笑い出し。その肩に軽く歯を立てた。
「笑い事じゃねェの。マジで―――すンごかったんだから」
「オトコマエだ……!すげえ、あいしてるよ、っていててっ」
笑ってる声に、さらに顎の力を強める――――といっても、昨日散々食いしばったせいか、まったくもって力なんか入って無ェのはしってるけどナ?
「そのうち、もっとタイヘンになっちまうよ?」
「あんなのクセになったら、マジで腹上死するって」
あっけらかんと笑う恋人に、やっぱりあっけらかんと笑って応える。
「悪いのに捕まったネ、セト」
「まったくだ。こんなに悪くて絶倫でテクニシャンで愛情タップリなダーリンの愛情一本独り占めなんて、嬉しくて泣けるって」
柔らかく抱き締められて、くすくすと笑った。
うーわ、とコーザが陽気に笑った。
ああ、そういうオマエのこと、すごいスキだヨ。
“悪い”オマエも――――やっぱり相当スキなんだけどサ。
「あ、でも」
恋人の肩に、がじ、とまた齧りつく。
「いま相当タイヘンなことになってるんだけど、下肢が」
する、と返事代わりに背中を撫でられ、さきに白旗を上げておく。
「じわじわじんじん熱いってこと以外、重くてだるくて、なにも感じねェのヨ」
「いいよ、午後はマッサージでも何でもしてやるって」
「中もちょっと酷使しすぎた―――――だからちょっとアレも休憩、ナ?」
ああ、クソ、何言わすんだオマエ――――でも、言っておかねぇとナ?
「あのネ?」
すい、と目を覗き込まれて、こくん、と首を僅かに傾ける。
ハイハイ?解りきってることは言うな、って?
す、と恋人が真面目な表情を作った。
「アフターケアもおれしたから、ウン」
にか、と微笑まれ、小さく頷いた。
「明日の朝くらいはオヤツにしようかな」
あはは、と。酷く機嫌よく笑う恋人に、小さく笑った。
「んー、オレが動けるようになってれば?」
あ、オレも懲りないバカだね。
―――――オマエのことがスキでスキで、しょうがないからしょうがないんだけどな!
「指一本動かせないセトってのも、絶対セクシーだけどね」
にーっと笑った恋人に、小さく首を横に振る。
「ダァメ。オマエにしがみ付けないのはつらい」
「Tata, My Prince]
ちゅ、と。礼と一緒にキスを貰って、小さく微笑んだ。
「I love you more than anything or anubody, my love」
何よりも誰よりも、オマエのことを愛してるヨ。
囁いて、する、と恋人の首下に鼻先を擦り付けた。
「お。惚れ直すかもよ?トキセンセ、すげえの作ってきてくれてるから」
「あー、ハニィ」
すい、と恋人の唇を、人差し指で押さえた。
「ハイ?」
「トキセンセのことはもう少し後で。いまはオレとオマエだけのことで、アタマをいっぱいにしよう」
独占欲とか、嫉妬心とか。オレにも人並みにあったんだぜ?驚きダロ。
ふわ、とコーザが微笑んだのに、くしゃん、とカオをゆがめて笑う。
「もっとオマエでいっぱいにして、オレのこと」
セックスはもうすこし、お預け希望ダケド。
あいしてるよ、と。声には出さずに告げられ、ぎゅう、と引き寄せられた。
ふわ、とそれだけで幸せになる―――――ああ、オマエの腕のなかに帰ってきたんだなあ……!
「あと少ししたら軽いモノもってこさせるから、」
そう告げられて、うん、と小さく頷く。
「食べさせろ?」
「アタリマエ」
笑って甘えた声を出したら――――わぁお、そうなのか?
鼻先を髪に埋めてきて笑った恋人にくすくすと笑う。
「でもって、一日べたべた引っ付かせろ」
「モチロン」
甘やかすトーンの声に、ふふ、と笑う。
ダーリン、と吐息で呼びかける。
「骨が蕩けるまで、愛してるって言っててナ、」
「コチラコソ、アリガタク言わせてイタダキマス」
ばーか、せーと、アタリマエ。
そう続けられて、酷く幸せな気分になった――――あ、この幸福感の津波ダメ押し感覚、アレに似てる。昨日味わっちまったアレ……。
妙なところがリンクしちまって、くう、と笑った。
アレがクセになっちまったら考えものだけど。
こういう風にずっと幸せなのは、素敵なコトだよナ。
じわ、と幸せになったから、目を瞑ってコトバにした。
「I'm so damn happy, thanks to you. And remember――――I love you, I love you, I love you, Coza」
クソ幸せだっての、お陰さまでナ。だから覚えとけよ――――愛してる、愛してる、愛してるヨ、コーザ。
FIN
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