一度眼が覚めた時に、開けておいた窓から遠い波音が聞こえているのだと思っていた。覚醒とまどろむような浅い眠りの狭間で。
明け方近くに、セトを腕に抱いて眠って、朝の内に一度、癖で眼が覚めてから、また眠ったから。
くたりとしたまま眠り続ける恋人は、おれが少しの間離れてもリネンに横顔をくっつけてぴくりとも動かずに眠っていて。
その、うっすらと気だるい風情を佩いた目元だとか、ほんの少し開かれた唇であるとかを見詰めた。
泣いてもやめない、とセトに告げたことは別にジョウダンでも脅しでも何でもなくて、ただの真意だったわけだ。
滑らかな頬のラインをそうっと指先で辿る。そのほわりとした温かさが届いてこないと、精巧なギニョルめいてみえる。ベルメールのソレより遥かに艶めいて罪深い代物。
アンドリュウに笑われちまうかナ?所詮はまだまだおれも唯の我侭な小僧だ、って。
誰にも見せてなんかやるモンかヨ、って思ってる、真剣に。
たとえ、コイビトの親友にだろうと世界一のカメラマンにだろうと。
我侭上等、それがドウシタ、で。済ませてるオレもオレかもだけどさ。
額から流れる柔らかな金色、それに唇で触れる。
起きっこないこともわかってるから。
細い高い鼻梁、すう、ときれいなラインを描く眉と、目元。
沢山泣かせちまったから、すこし瞼の辺りが火照ってる、まだ。
ちゅ、と。触れて。
宥めるように指先でそうっと触れて、また口付ける。
ふ、と静かに息づいていた寝息が途切れるのに、一切の動きを消して動かずにいた。
そしてまたセトが深く眠りに戻っていったのを確かめて、する、と頬へ口付ける。
身体を深く繋げたまま。セトが仰向いて涙を零すのを、その引き伸ばされた首筋に唇で触れて、痕を幾つも残しながら押し包み内へと蠢くようだった熱さのなかをゆっくりと穿ち続けて。
そのときに着けた痕に日差しのしたで口付ける。
『は、あ…ァ?…う、あ……ッ、』
熱い前には触れずに。身体の内を快楽の通り道に沿って柔らかく刺激し続け。
抱きしめた身体は、セトがとりわけ震える場所、そのポイントを唇で舌で味わい続けていれば。
戸惑いを含んだ声が聞こえて。
引き上げたい、と思っていた状態にセトの身体がふわりと達したのがわかった。
息が、思わず上がるくらい締め上げられちまったけど。
とろ、とまた僅かに熱が濡れて。セトがいままでの快楽のピークから、またふわりと引き上げられていったのがわかる。
戸惑いは、ソレのためだろう。そして、腕のなかの身体が小さく跳ね上がって、さあ、と染まっていっていた。
快楽の先、たかまったまま終わらない感覚に翻弄されるように瞼が開き。
濡れた蒼が現れてもぼう、と視線が甘く蕩けたままで。
く、と内を穿てば、震えにあわせてきゅうと瞼が閉じられていく。
『セト、』
波間に落ちていき、また引き上げられ。落ちることのないラインに留まったままの恋人の名を呼ぶ。何度も。
呪文でもかけてるみてェだな、と我ながら思った。“いま”とおれの声が直結しちまえばいい、とか。
『は、ハ、ぁ、あぁア…ッ、』
ぐうう、と反った背中に爪を立てれば。甘い、高い声が零れ続ける。
『きもちイイ…?』
耳に直接声を落としこみ。耳朶を食む。
多分、聴こえていないんだろうに。
『ん、んぅ、こ…ざ、ぁ…っ』
いつもより熱い吐息に混ぜて応えられ。
『セェト、綺麗だね、あンた』
抱きしめて、告げてからまた次の波に引き上げる。
小刻みに身体が震えているのが、どうしようもなくイトオシイ。
『ふぁ、は…ぁう、』
ぽた、と。涙が零れて引き乱されたリネンに落ちていく。
快楽に身体がコントロールを手放しちまうくらい、おれはあンたに気持ち良くなって欲しかったから。
ひとまず、目標は達成、ってことか。

『あ、あああ…ッ、』
ずく、と腰奥が重くなるくらいに濡れた声が間近で上げられて、小さく笑う。
『セト、』
震えるからだが、熱い。掌で、腕で、唇で、触れる全てが。
背中に埋められた指先がまた深まるのにも、苦笑する。
そして、受け入れられたままのジブンが引き絞られるのにも。
『喰ってる分、喰われちまってるって実感すンね』
する、と首元に顔を埋めて、薄い肉にやんわりと牙をたてる。
びくん、と跳ねる身体を抱き上げて。
『あ、ううううううう…ッ』
ぐう、と刺激し続けていた位置が変えられたから、そのことにだけでも波に新しく襲われたセトがあまく歌うのを聞く。
細い腰を手で捕まえて。ぐ、と引き寄せ。狭い熱さのなかを全て味わって。口付けた。
齎される感覚が全て快楽に繋がるようになっちまうってのは、ツライ?
舌を絡めながら、僅かに漏れる甘い声に思う。
『ん、んぅう、んン、』
ほろほろと蒼から絶え間なく零れ落ちる透明な雫。
−-―――−あぁ、ダメだ。前言撤回。セト、かわいすぎる、あンた。信じられねえくらい、綺麗で可愛くて艶めいて。
ツライって泣いても、ダメって言ったっけ?おれ。……あぁ、言ってたな、で。セトからもオーケイもらってたっけ。
つる、と指先が滑っていく。
セトの身体が一瞬、重みを全部無くしたみたいに後ろへ傾き。
『んうぅ…ッ』
『セト、』
また、達しいくサマに眼を奪われる。
背中を抱き寄せて、緩く下から穿ち。仰向いた首筋が曝される。
『セト、』
ひく、と上下する喉元、幾つもつけた痕が見える。
喉下から舐め上げて。顎を軽く食む。
『はぁ、あァ…ッ』
荒い息が零される。
眩暈がしそうだ、実際。
『すっげえ、イイ。サイコウ、あンた』
軽く揺らぐ腰を手指で押さえて、言葉にする。
絡め取られるように熱い内にもっと取り込まれて。息を呑む。
『セト、』
腕を伸ばして、恋人の前髪を梳き上げる。
『愛してるよ、』
現れた蒼に告げる。
ん、聴こえてっか?まぁ、いまは無理でも。
『ふ、っく…うぅ…ッ、』
ぽろ、と。見開かれた蒼から涙が零れて。
『ばーか、泣くなってば。セト』
ぺろ、とソレを舐め取って。信じられないほど幸福だった。
きゅう、ろ閉ざされた蒼を。瞼に唇で触れて閉じ込め直して。
とろ、とした仕草で腕が首に回された。
『うん、ありがと、オレもだよ』
言葉よりも、仕草。
伝わるね、さすがオレの……王子様ってな?
『は、ァ、…』
深くセトが喘ぎ。
くく、とわらっちまった。余裕なんてオレもギリギリだったけども。
かぷ、と肩にかじりつかれて。
あやすように背中を引き上げて、抱きしめ直してわらった。
そして、それからも。何度か、セトの奥まで熱を注ぎ込んで。
すう、と意識を手放したセトをバスルームに連れて行ったのが明け方前だった。

「んー、オハヨウってそろそろオレ言いたいんだけどね」
まだ、あンたが目覚めるのには間があるのかな?
ミネラルウォーターも、なんだって手の届くところにはもうあるから、いつだって甘やかせるんだけどね?
く、と小さく笑いが零れてきたのを押し止めずに。酷く幸福な気分のまま、腕のなかで眠るセトを見詰める。
ま、起きれなくてもいっか……?
「オハヨウ、愛してるよ、オカエリ、ゴメンな?」
マドリードまで行ってやれなくて。寂しい思いさせちまったね……?
「けど。十分その代わりに愛し愛され生きちまおう、って?」
はは、とジブンの独り言にわらって。
とさん、とセトの横に顔を埋めた。まーだ、起きねぇな、眠れる王子は。じゃあ、横で番でもしてっか。




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