― Three Days Since ―
体調を考えてくれている恋人は、オヤスミの挨拶コールの後は絶対にかけてこない。
だから朝一にかけるオハヨウのコールの前にメッセージが入っていることはない。
今朝も繋がらなかった電話にメッセージを吹き込んでおいてから、ジェンと一緒に朝ご飯を食べた。
それから一日は慌しく。バレエ専門雑誌からちょっとした総合情報誌までのインタビューとフォトセッションをこなしていく。
合間を縫って昼ごはんと晩御飯を食べ。
NBSのスタジオで最後のレッスンを一緒にやってから、また入っていたインタビューを受けた。
その日、ホテルに戻ってきたのは11時を過ぎてからだった。
セッション中、昼休み前にコーザからのメッセージが残されており。少し草臥れの伺える声が、それでも優しく言葉を告げてきてくれているのに耳を傾けてから昼ごはんを終え。
結局それだけが一日に残されたメッセージだった……溜息ばかりが出る。
けれど、それでも気分は少し向上していた。だから、テキパキと荷造りをして、シャワーを浴び。少しだけ浮ついた声で、オヤスミとアイシテルのコールを入れた。
一日動いたせいなのか、眠りは直ぐにやってきて。
あっという間に朝……。
― Four Days Since ―
朝4時に起きて、1時間ストレッチをして。シャワーを浴びてからジェンと一緒に朝ごはんを摂り、最終パッキングを済ませて。
6時半に荷物の郵送手続きとチェックアウトを済ませ、ホテルスタッフのほとんど全員に見送られ、ホテルの車でバラハス空港まで向かう―――市街から東に向かい約15kmの高台に位置しているそこまでは30分弱で着き。8時45分のLHR行きの飛行機をキャッチするために、ジェンと二人、手荷物一つでチェックインを済ませる。ゲート前では、朝早くから恋人との別れを惜しむ恋人たちや夫婦が、熱烈なお別れを交わしているのに、ちょっぴり嫉妬する―――自分だって同じ立場でいれば、そうするに決まっているのに。
ラウンジで一息吐いている間にコーザに電話を入れ、オハヨウのメッセージを残しておく。
今日も昨日と変わらず忙しい旨を伝えておいて、録音を終了させた。
BA機に乗り込むために移動して、ファーストに乗り込む。
飛行機は順調に飛んで、2時間20分のフライトを終えてロンドン・ヒースロゥに到着した。
予定通り明日、スペインを発つのならば、そのまま飛行場を後にするところだ。けれど、ジェンと示し合わせて予定を変更した今日は、そのままトランジットのために違うターミナルに向かう。
顔見知りのフライト・アテンダントや空港スタッフたちと挨拶を交わしながら移動を終え。1時間50分の待ち時間を潰すために入ったラウンジで恋人に連絡を入れる―――オヤスミとアイシテルヨのメッセージが入っていた。ロスは今、日付が変わったばかりの午前1時だ。少しは早く仕事が終わっていたらしい、漸く息が吐けると言っていた恋人の声が、僅かに弾んでいた。会えるまであと2日だね、そう言っていた恋人の声に、にんまりと笑った―――会って驚きやがれ、飛び掛ってヤル。
ロンドン時間、午前10時55分。マドリッド時間、午前11時55分に、LHRからLAXに飛ぶフライトに乗り込んだ。ここからは11時間の長旅だ、ジェンと二人で、ターミナル内のブックストアで購入した本に没頭する。
ロンドン―ロサンジェルス間のフライトには乗りなれたから、ファースト・クラスには知り合いになったアテンダントたちがいる。もっとも最初に声をかけてくれた後は、用事がない限り邪魔はしてこない。客が少ないこともあって、立ち上がって少しストレッチする様子を遠巻きで見守ってくれる。
客室でかかっている映画は無視して。ひたすら眠ったり、本を読んだり、ストレッチをしたり、ジェンと話したり。アテンダントたちと会話したりして、なんとか時間を潰す。
すっかり馴染んだLAXに到着したのは、ロサンジェルス時間午後2時55分、マドリッド時間だと午後11時55分、日付変更線を跨ぐ直前、だ。
(― Five Days Since in Madrid Time ―)
ジェンがメキシコに向かうためのトランジッド・エグジッドへと向かっていくのを見守ってから、手持ちのかばんを一つ提げて、こちらでもすっかり顔なじみのアテンダントたちやスタッフたちと軽く挨拶を交わしながら入国手続きを済ませ、ゲートを潜る。
携帯の電源を入れたら、コーザではなくルーファスからメッセージが入っていた。
コーザは今日、全ての仕事の予定が順調にこなせていたのならば、トキ・ミクーリャ氏と会っている筈だ。晩御飯まで一緒に食べてから帰宅する予定だと前に言っていたのを覚えている。それでもって、ロス時間の明日午前9時過ぎ、マドリッド時間の午後6時過ぎにプライベート・ジェットでマドリッドまで飛んでくる手筈だった――――12時間くらいの時間をかけて、早朝のバラハス空港に降り立つスケジュールで。
つまり、今日のコーザの行動はプライヴェートということになる。ジェンが先にマドリッドから連絡を入れておいてくれたのだろう、今日はコーザから離れて行動しているというルーファス自身が迎えに来てくれていると、メッセージには残されてあった。
コーザからは今から7時間前くらいに、オハヨウのコールが入っていた。
今からムッシュ・ミクーリャを迎えに行くんだ、とかなんとか―――ああ、ヤッパリ。ふふん、じゃあ今頃、あの楽しいセンセイとなにやら楽しい時間を過ごしている真っ最中ってワケだな。
帰ってきた恋人や家族や友達を迎えるのに溢れた空港ロビィから真っ直ぐに出口に向かって歩けば、相変わらず黒尽くめのドーベルマンのようなルーファスが少し離れた所に立っていた。
サングラス越し、視線が合わされる―――軽く会釈された。
「ハァイ、いきなりでごめんね」
ひらりと手を上げて挨拶。
「おかえりなさい」
軽く言葉を交わす。荷物が手で持っているバッグ一つだということを認めて、先を促してきて歩き出す。
「忙しかったみたいだね、こっちは」
そう言えば意味有り気な笑みのみが返された―――それ以上は突っ込まないし、突っ込ませてもくれない。
す、と視線が落とされる。
「しかし、本当に告げておかなくて平気ですか?」
「屋敷に着いて、シャワー浴びさせてもらう前に連絡入れようと思って。アナタの立場上、先に連絡を入れておかなければ不味い?」
ちらりとシャープな眼に視線を合わせれば。それが僅かに笑みに和らいだ。
「そういうわけではありませんが」
「そう?だったらイイ―――オレひとりのワガママのために、全員のスケジュールを狂わせることって嫌いなんだ、本当は。けど今回ばかりはゴメン、ダメだった」
「少しお疲れのようでいらっしゃる」
「疲れたというか―――ああ、疲れたのかもしれない。ちょっとこの辺りがピリピリしてんの、アナタには見えるデショ」
自分の肩あたりを指差せば、ルーファスがくっと笑った。
「ええ、随分とシャープな目線になられていますね。屋敷まできちんとお送りいたしますから、その間はお休みになっていらしてください」
「アリガトウ、お言葉に甘える」
エアポートのガラスのロビィを抜ければ。
相変わらず突き抜けるような空と、マドリッドよりは僅かに遠くにあるように感じる太陽からはきらきらと強い日差しが照り付けていた。
「こちらに帰っていらっしゃるのはお久し振りですね」
「そう、だね。この間はロンドンの屋敷だったもんな―――コマーシャル・フライトはロンドンでトランジッドだったから、一日あっちで過ごしてから来ようかとも考えたんだけど…」
「ブリティッシュ・エアウェイズをご利用でしたね」
「そう。あそこが一番オレは落ち着く。……ああ、ジェンとはさっき中で別れたんだ」
ロータリィに止まっていた黒いリムジン、バックシートのドアを開けて貰ったついでに背後の建物を指差せば。
「彼女から電話連絡を戴きました」
にっこりと笑みを浮かべられた。
「真っ直ぐプエルト・エスコンディードに向かうと伺いましたが」
「3時50分発のフライトだって。オレには考えられない。バラハス、ヒースロゥ、ロス、それでフライトがトランジット時間入れて15時間チョットでしょ。で、ここでトランジットで55分待ってから、アメリカ・ウェスト航空でメキシコシティまで行って計8時間44分のフライトかな。着くのが夜の11時半で、一泊して。朝一でそっからコンパーニャ・メヒカーノ航空で更に1時間のフライトでしょ。―――考えただけで死にそう」
「真似したくはないですね」
笑ったルーファスにドアを閉められ。顔なじみの運転手に挨拶してから、バックシートに頭を預けた。
パティション越しにルーファスが振り返った。
「楽になさっていらして結構ですよ。あとはこちらが無事に送り届けるだけですから」
「よろしくお願いします」
す、とパティションが上げられ。
窓の外の青にちらりと視線を投げ遣った。
気をきかせてくれたのか、カースピーカーから静かにモーツァルトのオペラが流れ始め。
ゆっくりと眼を閉じた―――ここは恋人の腕から、どれくらい遠いのだろう…?
待ちきれずに携帯電話を取り出した。
コールして、やっぱり留守番電話に繋がり、苦笑した。
今日残す、最後のメッセージ。
ゆっくりと音に乗せる。
「Coza, it's me. I really need to see you. How many more hours would it be until I can lay my eyes on you? ……. I think I’ll just sleep myself away, as I wait for your return. Don’t get mad at me for this, ‘cause I just can’t hold myself any longer. ……. I love you. I really wanna say these words looking straight into your eyes, darling. I’ll see you around.」
『コーザ、オレ。オマエに会いたいよ、凄く。あともう何時間でオマエに会えるかな……少し眠って、オマエの帰りを待つことにする。怒るなヨ、もう限界なんだ……愛してる。早く、オマエの眼を見てちゃんと言いたい。それじゃ』
録音させて、またそれをポケットに押し戻す。
広いバックシートで窓に頭を預け、窓の外を見遣ってから目を閉じた。
屋敷に着いたらシャワーを浴びて。
着替えたら、軽くストレッチをやって、それから少し眠ろう。
オレの愛する恋人は―――ちゃんとメッセージの意味に気付くかな…?
する、と捕まえた眠りの尻尾。うとうとと眠りながら、海の傍の家に“帰る”。
会えるまで、あと……?
FIN
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