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 はじめに。
 こちらは、Arizona Noon Honey Moonの番外連載(I Can't Believe…)のメイン・キャラ、セトをこれまた外伝連載(La
      Pueruta…)
 のメインキャラ、ライターのベン・バラード氏が出て来ます。
 要は、ライタがセト王子を取材しております。スピン・オフのスピン・オフ?
 他のメイン連中は直接的には登場しませんが、もちろん、間接的には出て来ます。
 
 それでは、お仕事モードな彼らをどうぞ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 Crystalline
 
 
 
 
 
 
 
 
 「ハロゥ」
 「お久しぶりです」
 ソファから立ち上がって長身の男と握手を交わした。すぅ、と浮かべられた笑みが思いがけず優しくて、セトも視線を和らげる。
 ロスにある父の家で初めて会った頃より男は随分と落ち着いて見えた。生活は順調らしい、とセトは考える。
 「出版社から仕事の依頼が舞い込んだ時には驚きました。直々の指名とのことで、大変光栄に思います、プリンス・セト」
 「一度ハタケが全然違う人間とこういう仕事がしたくてね。貴方なら面白いし、なにより信用できる。だから”バラード”じゃなきゃ
 嫌だとワガママ言ったんだ」
 ふわ、と男の表情がまた和らいだ。ますます光栄だ、と低い声が言い。座るように促せば、長身がすいと身軽に腰をかけていった。
 セッティングしてくれた出版社の人間が部屋を後にし。残ったのは自分とインタビュアの”ベン・バラード”、そしてここ一年ほど一緒に
 いてくれているマネージャのジェン・オコーナの三人だけ。
 ジェンはエージェントが紹介してくれた女の子で、元ライフセイバだ。スケジュールの管理や雑用、果てはボディガードまでこなして
 くれる。日焼けした小麦色の肌と金髪が昔の弟のようで、いまではすっかり仲の良い友達でもある。
 
 ジェンがテキパキと飲み物を支度している間に、ベンは録音機器のセッティングを始めた。PCに繋いだマイク、電源、そして見慣れ
 ない小箱。
 「ベン、それなに?」
 「音声を自動的に文字に変換する機械です」
 「そんな便利な物できたんだ?」
 「機械弄りが好きな人間と仕事で知り合いまして。試作品として使わせてもらっているんです」
 「なるほど」
 しばらくしてセッティングが整い、飲み物もテーブルに乗せられたところでジェンは部屋の隅にペーパバックを持って座り込みに
 いった。ジェンは仕事の内容に口を出してくることはほとんどない。あるとすれば相手が信用できない、と二人の意見が一致した時
 だけだ。
 セトはペンとノートを持った男に視線を向ける。
 「貴方のアンファン・テリブルはまだアントワンとパリで遊んでるみたいだね」
 「帰りに拾って帰るつもりです」
 す、と金属を思わせる闇色の双眸が合わせられた。
 「ここからは英仏海峡を渡ってすぐですからね。セトは近々海外公演があると」
 「そうなんだ。今度はモナコ。でも踊るのは一日だけだからすぐに帰ってくる。後の予定も詰まってるしね」
 「モナコの後はまたロンドンですか?」
 「定期公演でラ・シルフィード。チケット送ったら来る?」
 「最終日が有名ですよね」
 男がふわりと笑った。セトもくすっと笑みを漏らす。
 
 「最終日だとハネた後にディナーできないよ」
 「予定がおありで?」
 片眉を引き上げた男にセトはフフンと笑った。
 「ベン・バラードほどの人間が何も情報を掴んでないとは言わせないよ」
 「”彼”にも大いに興味はあるのですが」
 「だろうなあ。でもダメだよ、貴重な時間だから」
 笑みを浮かべれば男は小さく会釈した。ごもっとも、と柔らかな眼線が語る。百パーセントの嘘ではないにしろ、軽口の範囲内だと
 知れた。この男が本当に”彼”に”会いたい”のであれば、仕事用のルートを使って本人直々に申し込むだろう。その辺りが”信用”を
 情報提供者から勝ち取っている所以だろう、とセトは考える。
 「では最終日以外の日に鑑賞させていただきましょう」
 一応三枚送るよう手配させる、そうセトが言えば、男はできれば二人を引率していくよと笑った。
 
 「ちなみに今日のコンセプトは何?オレは貴方を指名しただけで細かい話は何も聞いてないんだ」
 「出版社の人間は何も?」
 「オレが時間とれなくてね。今日もトレーニング終えてから来たんだ。それに貴方の口から聞きたかったし」
 そう言ってセトが肩を竦めれば、男が一冊の雑誌を渡して寄越した。
 「ゴシップ系ではなく少しタイトな内容を扱っているので安心していいですよ。コンセプトはセト・ブロゥの恋愛と表現。
 ここ一年ばかりで随分と変わられたでしょう」
 「それは貴方の目にも明らか?」
 スティールグレイの双眸を見つめれば、男は静かに笑みを浮かべた。
 「綺麗な花がより強く甘い香りを放つようになられたかと」
 「貴方のような男にも作用がでるほどに?」
 「美しさは万人に作用してこそ本物でしょう。少なくともセト・ブロゥの踊りを一度観ればしばらくは忘れられませんね」
 男の称賛の言葉にセトはふわりと口端を引き上げた。
 「お前のような人間でも引きずられるか?」
 「ライブで観たことがないので、まだ引きずられる感覚を味わったことがないのですが」
 「ならお前だけでも来いよ。退屈はさせない」
 楽しみにしています、と男が微笑を浮かべた。セトが口調を変えても男の態度に変化はない。
 
 一瞬の柔らかい沈黙を挟んで男が口を開いた。
 「貴方がバレエを始めたきっかけがどのようなものだったか、貴方の口から聞かせて貰えませんか?」
 これはよくきかれる質問で、沢山の雑誌にその答えが載っている。だからこれは足掛かりの様なものなのだろう、そうセトは受け
 止めた。この男が基本情報を得ずにこういった場に来ることなどありえないだろうから。
 「初恋の人が好きだったんだよね、バレエ」
 にっこりと笑い掛ければ、男が頷いた。
 「確かバレエダンサの」
 「そう、ボディガード兼マネージャ。元々は警察官だった人。ステージで練習する恋人を見つめる姿勢がとても素敵だった」
 「お名前を、よければ教えてもらえませんか?」
 「オフレコだよ」
 「もちろんです」
 頷いた男に小さく笑みを向ける。
 
 「ナターシャ。ナターシャ・マレフトフ。彼女が愛したダンサの名前はユーリ・サスロゥ。彼は素敵なダンサで、オレは彼の様に
 彼女の視線を釘づけにしたかったよ」
 語りながらセトは思い出す、ステージの上で一心不乱に踊っていたソビエト連邦からの亡命者と、彼を母国の人間から守るために
 そもそも雇われたボディガードだった初恋の人のことを。
 「名前をお聞きする限りはお二方とも」
 「ナターシャの家族は大戦前にロンドンに移り住んだ家系で、ユーリはまだ鉄のカーテンが在った頃に単身渡ったロシア人だよ」
 なるほど、と男が頷く。バレエ関係者ならユーリの名前を聞いただけで解るものだけれど、バラードは20年以上前に活躍した踊り手
 は解らないらしい。きっと帰宅したら調べるのだろう、とセトは読んでいるが。
 男が声のトーンを少し変えた。
 「どういった所に惹かれたのですか?」
 「一番印章的だったのは視線だね。いくら恋人同士だとはいえ、彼女はボディガードでもあるわけだから。彼と視線を交わらせる
 そのほんの一瞬だけ慈しむ温かな視線になって。後の時は冷静に周りを見遣っていた、怖がらせるようなきつい眼差しじゃない
 けど、何も見逃さないような」
 ナターシャのソフトブラウンの眼差しを思い出す。じっと見つめていた子供の自分と視線が合った瞬間、冷静で警戒を怠らない
 ソレが温かく柔らかな笑みに解けたことも。
 「…彼女の特別になりたかったけど、勝ち目ないってことは三歳児にも解るんだよね。でもどうしてもユーリを見守る彼女が
 観たくてアントワンの仕事場に通っている内にバレエに興味を持ってさ。ユーリが踊る姿が素敵だったっていうのもあるんだけど」
 くすくすとセトが笑う。
 
 「”プロフェッショナルな人間”がお好きなのはその頃から?」
 男の質問にセトは首を傾げる。これは過去にセトが好みの人間についてきかれた時に出した答えだ。
 「どうかな。ベンも知ってるだろうけど、アントワンは万事あの調子で、趣味が仕事でそれ中心で生きている人間だし、シャーリィも
 結構仕事には熱心な方だからな。血筋なのかもしれないし、環境による刷り込みかもしれない」
 「シャーロット・ラクロワ夫人もホテルなどの内装を手掛けているデザイナでいらっしゃいますよね」
 「そうだよ」
 「ミセス・ラクロワは御実家であるダリュー一族が運営している宿泊施設等をメインに手掛けていらっしゃいますが、評判は良い
 ですね」
 すい、とセトが男を見遣る。
 「嫌なじじいだけど、親ばかで仕事を任せるようなタイプじゃないからな」
 「グループの総帥、エティエンヌ氏のことですか?」
 セトは肩を竦め、手をひらりと振った。
 「そういやあのクソジジィも公私混同だけはしないタイプだな」
 弟は顔を合わせることすら嫌がる祖父は、知人の屋敷で働いていたメイドに手を出し、認知していない娘を一人設けている。
 自宅に居るメイドだったならば、と祖母が一度ならずとも漏らした言葉をセトは思い出した。それを振り払う−−−いま思い出しても
 仕方のないことだ、と。
 
 「でもさ、バラード」陶器のカップに入ったディカフィネーティッドの紅茶を揺らす。なんですか、と男が鋼鉄を思わせる瞳を合わせて
 きた。
 「オレは確かにプロフェッショナルな人間を好むけどさ。それ以上に相手自身のと同等にオレのプロ意識を尊重してくれる人間を
 求めているよ」
 スティールグレイが僅かに細められた。
 「”恋愛がいつも途中で冷め、こじれてしまうのは相手が私の環境とスケジュールについてこれなくなるから”と何度かおっしゃって
 ますね、別のインタビュウでも」
 セトが頷く。
 「耐えられなくなる、と何度も言われたよ。尊重したいけれど、感情が先走って貴方を責めてしまうってさ」
 「プロフェッショナルな人間であるほど、極めて個人的な関係を結んだ時に感情に曝されやすくなる傾向にありますね」
 頷いた男に笑いかける。
 「ベンはもてそうだね」
 「割り切った関係の中で甘えられる分には付き合えるのですが」
 さらりと”浮気”を肯定した男の言葉にセトはくすりと笑みを漏らした。
 「オマエは残酷に優しいタイプなんだな、ベン」
 ライタは小さく肩を竦めた。”特別”な人間意外には踏み込まれることをヨシとしない、明確なラインを持っているのが解る。
 
 「貴方が同業者と恋愛関係を結ばないことは有名ですよね」
 「公言してるからねぇ」
 にひゃ、と笑みを浮かべる。男がすい、と片眉を引き上げた。
 「理由などありますか?」
 「オレの好みはナイスバディだから」
 「グラマラスな方がいいと」
 男がふわりと笑った。「そう。腕を回した時に骨が当たるのは嫌なんだ。踊る相手の理想はまた別なんだけどね。でも無理な
 ダイエットをしている相手は駄目だな。体調管理もプロなら仕事の内だと思っているから」
 「ああ、それはよく解ります」
 男が頷いた。
 「では性格としては、どんな方がタイプですか?」
 「タイプとしては喜怒哀楽がはっきりした人が好きだな。で上手に甘えて、かつさりげなく甘やかしてくれる人。オレは10年近く
 一人っ子で、それからおにーちゃんになったからね、世話焼きではあるけど我が儘も通すからなぁ。それでもって、ダンサのオレも
 そうでないオレも受け入れてくれる人。そこが案外難しいんだよね」
 「そのポイントは先の質問の答えにも含まれていましたね」
 「あぁ、プロフェッショナリズムについてのところでだったね。うん、弟の口癖なんだけどさ、バランスが問題なんだよね」
 「それは言えてますね」
 なかなか慧眼でいらっしゃる、と言って男が笑った。
 
 「弟もついこの間までちびちゃんだと思ってたら、あっという間にオトナな顔するようになったよ」
 「それはどんな顔です?」
 「覚悟を決めて責任を担う決意を固めたカオ。まあ結構セクシィな表情もするようになったけどね」
 会う度に色艶が増しているサンジの仕種や表情を思い出す。
 「あどけなさや幼さは、迷いのない表情と置き換えられるよね。笑顔ひとつとってみてもさ」
 にこお、とサンジがよく浮かべる表情を形作る。
 「戸惑っても迷うっていうのとは違う」
 困惑の表情を浮かべ、おずおずと男の方に手を延ばす。
 「興味を示して警戒と秤にかけながら一歩を踏み出す。これがナイーブさの表現でもある」
 ひらりと手を翻す。
 「子供っぽさは反対に、戸惑わずに真っ直ぐ飛び込む迷いの無さでも表現できる」
 ひょいと男の目の前に掌を差し出した。
 「指先に至るまで迷いがないですね」
 くすっと男が笑った。
 
 「それが恋をするとどうなるんですか?」
 「アンファン・テリブルも表現者だからオマエも解ってると思うんだけど。恋すると感情を秘めるんだよね」
 すい、とセトは口端を引き上げる。
 「動作のリズムも…」
 するりと手を男に向けて延ばす。
 「”溜め”があることによりエレガンスが生まれる、でしょ?」
 「滑らかで色味がありますね」
 ふむ、と男が唸った。
 「セックス・アピールは服装等で大幅に増幅されるけれど、本当に重要なのは目線や表情のつくり方。雄々しさや艶めかしさは
 力の入れる部位と強さによって象られる。何を主張したいかによって強調するものが変わってくる」
 す、と目線に力を入れて、”王子”の表情と”娘”の表情を浮かべる。男が”狩る者”の笑顔を浮かべ、セトを見下ろした。
 「文楽はご存知ですか?」
 「人形浄瑠璃?」
 「そうです。貴方はとてもノンセクシュアルに整った顔のバランスを持った方ですから、同じ容のままアングル一つ変えるだけでも
 表情が大幅に変わりますね。血気盛んな青年も、恋する乙女も。それに合う仕種を選び取る能力はさすがですし、表情を動かす
 ことで更にバリエーションを増やすことが出来るのにも感服します」
 すい、と一枚のコピーを渡される。親友のカメラマン、アンドリュウ・マッキンリィが撮った写真集の中の一枚。
 男がふんわりと笑った。
 
 
 
 
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