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 「では、最後になりますが、恋愛全般についてお伺いします。やはり恋愛はするべきだと思いますか?」
 「するっていうのもオカシナ表現だね。気付いたらしているのが恋であって、想いを強く寄せずにいられないのが愛だろ。
 恋愛関係を結ぶべきかどうかは、そりゃ個人の采配の自由だと思う。けど、恋愛に限らず、色々な経験はするべきだと思う。
 背伸びしたり、自重したり、苦しんだり、喜んだり。
 経験したことから何を学ぶか、それをどう活かすかは、個人の力量と考え方にかかってくるけどね。少なくとも、オレはいままでの
 恋愛も失恋も全部、無駄じゃなかったと思うよ。例え後に残ったのが苦いばかりの想い出でもさ」
 静かに言い切れば。長時間、ありがとうございました、そう言って男が手を延ばしてきた。軽くハンドシェイクする。
 
 「オマエと話すのは楽しかった。これから編集が大変だね」
 「こちらこそ、大変興味深かったです。ありがとうございます。編集していくのが楽しみです。それから、”彼”のことはきっちり
 伏せさせていただきますので」
 にっこりと笑ったライタに、よろしく、とセトは微笑む。
 「隠してはいないんだけどおおっぴらに宣伝したくもないから。自慢の恋人ではあるんだけどね」
 にひゃあ、と笑ったセトに、男は静かに微笑んだ。その眼差しは温かで、立場は理解している、と告げてくる。
 「ベンはこのままパリへ?」
 「英仏海峡を渡ってすぐですからね。編集者の方と打ち合わせたら、そのまま向かおうかと思っています」
 「よろしく伝えてな。アントワンにも。モナコに行く前に一度電話するつもりだけど」
 了解しました、と男が笑って頷いた。
 
 「チケット、オフィス宛に送るから、リカルドにもよろしく。そろそろ発表していくのかな、作品?」
 アントワンの家に飾ってあった庭の写真を思い出した。そして砂漠とカクタスの写真も。
 「ええ。いくつかの賞に応募しているのに平行して、いま写真集を作っています」
 にっこりと男が穏やかに笑みを刻む。
 「題材は?」
 「南米の様々な風景をモチーフにしてます。観光客が少ない遺跡等がメインですね」
 ふぅん、とセトは軽く唸る。
 「オレ、結構リカルドの都会の写真も好きだよ。あったかいから」
 伝えておきましょう、と男が微笑んだ。
 
 「もう記事用の写真撮影は済まされたのですね?」
 「朝、練習風景を撮りに来て、あとはロール一本分、タクシィで移動してる時とか、オマエを待ってる間とか写してった。
 候補が決まったらメールで送るから確認してくれって言ってたな」
 「なるほど。解りました」
 「次また仕事する時は、リカルドも一緒にしたいな」
 「聞いたらきっと喜ぶと思います。機会がありましたなら是非」
 「うん」
 
 立ち上がり、先にジェンに終わったことを知らせる。わかった、とジェンが頷き、携帯電話で待機している編集者を呼び出しに
 かかった。
 「公演見にくる都合が着いたらメールでいいから連絡くれな。その後ディナーでも食べよう」
 「楽しみです」
 
 荷物を持ち、飲みかけのミネラルウォータのボトルを拾い上げる。
 ジェンに通され、編集者の人間とカメラマンが入ってきた。
 「ミズ・アンダーソン、ミスタ・ハックマン。お疲れ様」
 「いえ、ミスタ・ブロゥ、こちらこそ早朝からの長時間、ありがとうございました。練習風景をこの目で見させていただけて、至福の
 時間を過ごさせていただきました。次の公演には是非本番を見にまいりますわ」
 「是非いらしてください。よい公演になるよう、団員全員で頑張っていますから」
 ミズ・アンダーソンと固い握手を交わす。
 「ミスタ・ブロゥ、あんたみたいな被写体を撮れて嬉しかったよ。きっと写真を選ぶのに迷う」
 次いでミスタ・ハックマンともシェイクハンド。
 「渾身の一枚があったら是非プライベート用に焼き増しを送ってください」
 「もちろんです。またご一緒に仕事することがあれば」
 「ええ、その時はよろしくお願いします」
 
 挨拶を済ませ、最後にベンと視線を合わせる。
 ひらりと男の大きな手が揺れた。に、と笑みを返す。
 「それじゃあ、お先に失礼します」
 ジェンともども見送られて、部屋を後にした。すかさずサングラスを手渡され、それをかけた。程よく明るかった廊下が薄暗くなる。
 「楽しい取材でよかったな」
 ジェンのハスキィな声が響く。
 「ん、本当に。彼には随分と気分よくさせてもらった。上手なインタビュアだし、事情も理解してくれてるし…有能だよねぇ」
 エレベータ・ホールでジェンがちらりと視線を投げてきた。
 
 「ん?なに?」
 「じつは惚気放題だったろ、セト」
 ティン、とベルの音が響き、エレベータのドアが開いた。無人のエレベータに乗り込む。
 「惚気てないよ。事実を事実として喋っただけ」
 「じゃあ盛大に惚気倒したってことだな」
 「違うって」
 くすくすと笑うジェンと小突きあいながら、ラウンジに降りる。
 「ジェン、先に電話の確認、いいかな?」
 「ん?いいよ」
 笑顔を礼の代わりに浮かべて、携帯電話を取り出す。
 ジェンは先に、ベルボーイに車を出させていた。ドアマン達に手で挨拶しながら、ロータリィに出る。
 ディスプレイには”メッセージ在り”の文字。一時間程前に吹き込まれたもの。
 
 コールセンタにかけている間に、暗闇迫るシティの空を見上げた。
 そして届いたメッセージに口元が自然に綻ぶ。どこかからかうような、甘い恋人の声。
 『いま、LAX(ロサンジェルス国際空港)。セェト、あんな声聞いておれがじっとしてると思う?大間違いだネ』
 「わーお、まぁじ?」
 呟いた口元が、続いた到着予想時刻を告げるメッセージにさらに綻ぶ。
 愛してるよ、と囁くような声を耳にエコーさせたまま携帯電話を仕舞えば、ジェンがぴしりと言ってきた。
 「セト、せめて車まで抑えてろよ」
 「駄目、無理。抑えられないよぅ」
 だって今夜遅くにはコーザに会えるんだよ、と胸の中で続ける。
 「駄目、抑えろ。周りが固まるだろうが」
 停車した車に向かって歩き出したジェンが、ぐい、と腕を引いてくる。
 
 「ジェン、明日は早朝練習だけだよね?」
 「ん、話しは車で」
 ドアを開けてくれたボーイににっこりと笑顔を向ける。つられて笑顔になった彼にチップを手渡す。
 「サンキューな」
 「いえ、ありがとうございます、プリンス・セト」
 緊張気味の声に言われて笑った。
 「観てくれてるんだ、バレエ」
 「ハイ。次の定期公演も楽しみにしていますから」
 「ありがと。期待しててな、頑張るから」
 ドアを満面の笑みを浮かべたボーイがクローズすれば、ジェンがするりと車をスタートさせた。
 
 「なぁ、笑顔一つで惚気られるってどういうことだろうね、セト?」
 低めの声が笑いを滲ませている。
 「うん?オレの笑顔は罪作り?」
 茶化して返せば、ジェンはひらりと片手を揺らした。
 「んー、でも悲しい顔のセトは嫌だからさ。セトの笑顔はみんなの宝物だし?」
 くすくすとジェンが笑う。
 「だから明日もいい顔してレッスン行きなよ。笑顔だけで惚気てても許すから。午後はオフ、明後日も午前中はレッスンで午後
 からは衣装合わせ。セトのダーリンがあたしの代わりに送り迎えをやるんなら連絡頂戴。顔出さないでワークアウトに行くからさ」
 邪魔しないよ、と。ぱちん、とウィンクが飛んできて、セトもくすくすと笑った。
 「ジェン、最高」
 「ふふん、なんたって王子の付き人だからね」
 
 車は緩やかに郊外に向かって走っていく。
 セトは外を眺めながら、数週間ぶりに逢う恋人のことを想った。
 あのキラキラとした琥珀色の双眸と、優しくて力強い腕に抱きすくめられることを考えるだけで、ふわふわと気持ちが舞い上がる。
 心地良い声が耳元で甘く囁くトーンを思い出せば、どうしようもなく口端が笑みにつりあがる。
 沢山のキスを交わしたら、始終優しい眼差しをしていた物書きの話しをしよう。それからリカルドが本格的に活動を始めたことも。
 「リカルドの同僚で親友なんだから、ベイビィが会っても問題なさそうなのになぁ…」
 呟けば、ジェンがちらりと視線を投げてきた。なんでもないよ、と苦笑を漏らす。
 実は心配性なオトウトは、きっとあの面々とサンジを逢わせたがらないだろう。あの面々だけでなく、本当は腕の中に抱き込んで
 どこにも出したくないのだろうけど。
 
 「セト、」
 ジェンに視線を向ける。
 「ん?」
 「迎えに行く?」
 悪戯っ子のように声を弾ませたジェンに、片眉を引き上げる。
 「そうしたいのはやまやまだけど、行ったらその場で抑えが効かなくなるからやめておくよ」
 「んん、今度は正しく惚気られちゃったな」
 くすっとジェンが笑う。
 「じゃあエステにでも寄っていこっか?」
 「ジェンも一緒にやろう」
 「おっけーい。じゃあお互い磨きをかけるとしますか」
 
 にひゃ、と笑ったジェンが車のレーンを変えるのを感じながら、セトは視線を夜空に向けた。
 まだ遠い空の上を飛んでいる恋人が無事に到着することを祈りながら、どきどきと心拍数が僅かに上がって高揚しているのを
 感じ取る。
 「…そうだ」
 雑誌の見本が刷り上がったら、それを持ってこっそりとコーザの元に遊びに行こう、そうセトは決断する。きっと素敵な記事に
 纏められていることだろうから、見るなら二人で楽しみたいし、と。
 うきうきどきどきしている自分を自覚しながら、ジェンに向き直る。
 「ジェン、恋してるって素敵だね」
 あっさりと笑顔が返される。
 「それはセトが素敵だから。さ、着いたよ。磨かれにいこう」
 「ジェンも素敵だよ」
 「その台詞は磨かれ終わるまでとっておいて」
 「了解」
 くすくすと笑い合いながら車を降りた。磨かれた自分を恋人に見てもらえることもまた嬉しいね、と思う。
 びっくりさせるためにヘンナで腰骨の上に鮮やかな蝶のペイントを描いてもらおうかな。笑って噛られちまうかな。
 そんなことを考えながら、セトは恋人と会えるまでの時間を有効に使うために、馴染みのサロンへと入っていった。
 果たしてコーザが小さなサプライズを喜んだかどうかは……・また別のお話で♪
 
 
 
 
 
 Very Happy End!
 
 
 
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