ああ、ほら 横で、ふと声がした。陽射しにあたりすぎて、意識のどこかがまどろんでいるような時に。 夕暮れ 陽が海へと傾いておちていく 声のほうを見遣っても、どこか鋭角的な線でできているような横顔はただ、オレンジと赤の球が 水の際へと尾を引くように色のグラデーションを残して落ちていくのをみている。 サン、二、と微かにカウントダウンを唇が刻み。 ゼロ、とは続けられずに 唇に触れられた。 夢のように離れた。 ドアを蹴破って室内に飛び込んだ。 自分がこれほどまでに動揺しているのに、視界はあくまでクリアで 意識はどこまでも静謐だった。 口からでる言葉は、この部屋にいるはずの女の名前。 きこえてくるのは―――― ちくしょう、小さく呟く。これは自分がいつか、スキダナと言ったトワレ。 もう一度、耳をかすめる名前。 素っ気無いほどのリビングは、無彩色。トーンの違う白。主の姿は ドアの前でタバコに火を点ける。手は震えていない。一瞬、祈ってみようか、と思う。 ダレニ―――? ずっと繰り返される音。 ドアを開けた。 子供みたいなコットンのワンピース。シルクしか、着ない女だったのに。 呼びかける。答えは返ってこない。 静かに近づくと、冷たくなり始めた頬のラインを指先でたどった。 煙るアメジストのようだった瞳。 もう何も映さない。 “バイ―バイ” もどってこいよ、そうどんなにあまい声で告げても。 もう、遅ェか。 自分の領域を、音が勝手に侵食してくる。けれど それはまるで心地よい、浸透圧で。 重くエッジの効いた、耳に残る。 なぜ、俺は泣いているんだろう。 あますぎないラブソングに、死んじまった女に、窓から差し込む日差しに 日常茶飯事。高級娼婦の薬物過剰摂取による、自殺。 大事に扱う人形ばかり、先に壊れていく。 奇麗なオンナが、中から次第に腐っていくようなのが嫌だった だから自分はこんな稼業に足を突っ込んだのに 少しでも長く、華やかに自信たっぷりに笑うままでいさせようと 自分の加護の下において 女の顔に話し掛け、流れる髪を指で梳き。淡く色を乗せている唇に最初で最後のキスをおとす。 死体とキスするのは、これで何度目だろう、そんなことを思う。 通話ボタンをサンジは押した。 「大事にしすぎるから、壊れるんだよ。一体何人目だ?覚えとけ」 「ああ、ありがたくご意見拝聴するよ」 細く煙を昇らせる。 おまえ。それができねぇんなら女衒(ぜげん)なんて辞めちまえ、っての」 「“プッシャー”だってのに。おっさん化してンぞ?あんた」 そう言って、極上品の美貌がにやりとわらう。 大事だった女。 「おあいにく様。こちとら堅気のミズショウバイなんでね」 伝説に片足を突っ込んでるプロデューサーは唇を笑みの形に引き伸ばす。 「おかげ様で、いつもご贔屓に。シャンクス様」 サンジも負けずと嫌みったらしい笑みを浮かべる。 「商品管理もロクにできねぇくせに」 そう言って指先で軽く、黄金の髪の落ちかかる額のあたりを押しやる。 一瞬、水色の瞳が驚いたように見開かれ そうして。 久しぶりに、素のわらい顔を目にした。 自然と、口笛が横を歩くサンジの唇から洩れる。ワンフレーズ分。充分印象的なそれは、あの日。 部屋に流れ続けていたもの。 シャンクスはそれを耳に留め。微かに目許に笑みを浮かべる。 「あ?」 「気に入ってるのか?」 問われて、相手は軽く肩をすくめる。 ああ、とか、うん、とか。曖昧な返事が返ってきた。 そう口には出さずに。そうか、とだけ言葉にし。 クソ生意気なメロディメーカーを思い出した。 赤ん坊の泣き声がいつもいつも隣りの壁から聞えてきていた。 大人の怒鳴り声と。 夜にもなれば銃声など珍しくも無く。安っぽい香水のあまったるい匂いのする路地裏。 半ば自棄にも似た音量で猛る音。ライムを口ずさみ、建物の間から切れ切れに覗く空の 切れ端を通りから仰ぎ見る。 なんて保証はゼロ。 外へ出て行くこと、 遮るものの何も無い蒼天を手に入れること その人と、その人の守ろうとするものを自分が庇護したかったのだと。 落ちぶれた女優のムスメ。 “世界で一番好きなモノはオトウトと、コイビト。”必ずその順番で答えて華やかに笑って見せた。 ただひとり、半身のように愛したひと。 音が自分に追いついてきた。ハコを満杯にして客にユメをばら撒いて 東から西へ、大陸から大陸、そしてまた大陸へ メリイゴーランドを降りるか?マニュプレーターの方が性にアッテル そろそろだな フロントマンはもうまっぴらごめん 道の向こうからリムジンが迎えにくる あとは、そうね。ケッコンでもする? そう言ったら。 うだるような夏の日。ずっと昔、壊れた消火栓のシャワーの下で虹をあびて作ったのと同じ顔。 キスをした。 わらいあって。 肩に虹がおちてきた。 ダイヤモンドのおとす光り。 約束さえしていなければ、何かは変わっていたのだろうか。 自分に向けられた銃口か、崇拝者の錆びた、それでも冴えきった目? 車で埋まり。参列者は帰路につく。鮮やかな対比。光の中の、喪服の青年と子供は真新しい 墓碑に僅かな距離をおいて並んで立っている。花に溢れて。香りにむせ返りそうになりながら。 「ああ、」 足元から声がする。腰のあたりに精一杯の力で回される子供の腕。 「シャンクス、」 「うん、どうした?」 「あんた、泣いても良いんだよ?」 細い声。 「・・・・・・な、」 「泣いても、いいんだ」 喉元まで熱さがのぼってくる 悲しいほどの子供の温かな体温が、伝わってくる あの、光に溢れるようだった5月。 「おまえはさ、生まれ変わりって信じるか―――?」 中庭のプライヴェート・プールの側で、かすかな水音を感じながら目を閉じていたら いきなり声がかけられた。 「なんだ?いきなり。おまえブディストなのか?」 足元の方へ、いつのまにか泳いできていた相手はプールサイドに肘を付き水の中の身体を 支えるようにして自分を見上げていた。 ちがうちがう、と。かるく笑いながらサンジは首を左右に振る。目を疑うほどの月明かりに濡れて 流れる金の髪が光を映し込んで青みがかってみえる。 いれば良いと思ったことあるか、」 「―――今ならな」 答えると。 「フゥン、」 と小さく言った。僅かな間、視線は夜空を泳ぎ、それでもすぐに翡翠の双眸にあわせられる。 水面が揺れ サンジがわらう。 水と一緒に引き寄せわらいの欠片ごと抱きしめればやわらかく重なる。 「なにッ!!おまえもう滑らねぇの?!」 NEW EMB.に良く通る声が響き渡る。 ジュニア・ハイの頃からのセミプロ。ベイエリアの名物スケーター二人の立ち話に、まわりの 連中も聞き耳をたてる。ぎゃうう、とエースはボードにへたり込んだ。 「ああ」 「どーうしてだよ??」 ばらけた前髪の間から、まっくろの瞳がきつく自分に向けられているけれど。 いまさら、そんなのでビビルか。とゾロはいたって平然。何年トモダチやってると思ってんだよ、と。 プレスクールも入れたらもう12年近くになる。誰が驚いてるって自分達だろう、きっと。 「ああ。もうトニーにも話したし」 「フーザケンナてめっ。俺がいっとう後回しってかぁぁ??とんでもねえーッ」 バンザイ、なんかしてみせる。 ゾロは思わず笑い始め。 「まあそりゃそうだけど」 ごもっとも、とかうなずいているお人よし。 ゴン、と良い音たてて立ったままのゾロのボードの角がエースの側頭部にヒットする。 「すげえ器用じゃねえ?!アァ?」 すかさずボードを押さえ込むとウィールで目の前の足を斜めに轢く。 「あ?プロスケーター?」 「違う、」 ふうん、とエースが軽く手をはたいて立ち上がる。 「もう手、怪我するわけにいかねェんだよ」 「打ち所ヤバかったか、悪ィな?エース」 ぽんぽん、とバカにシくさった風にゾロは頭を軽くヒットする。 頭上の手をジャマにもせずに平気で言って返す。言われてゾロは軽く肩をすくめる。 アホか。あんなオッサンは眼中ナシ、とでもいうように。 「殿堂入りした連中なんか相手にするかよ、アホくせえ」 知っているだろうそのギタリストの名前をエースは口にし。 いいじゃん、まだワールドツアーできるなんてすげえぜ、と無邪気にわらう。 もう60過ぎだろ?すげーなマジで や、てめえいくらなんでもまだ60前じゃねえの? と、本人が聞いたなら速攻で脳天割られそうな会話をその息子と親友はやらかす。 に、と口許が笑みを作る。 「ああ。決めた。滑っててもさ、勝手に鳴ってンだよ頭の中で。うるさくってしょうがねえっての」 ゾロもにやりと笑みを返し。 イキナリ声高に宣言する笑い顔。 「すげー近道じゃん、そしたらさ。がつんと世界征服。世の中のいい女独り占め」 「スケートは」 「俺か?やるよ。なんで。あってことは歌か?マカセロ得意分野、元聖歌隊だぜチクショウッ」 わははとゾロもたまらず笑い始める。 プライベートスクールだったので礼拝の時間が有り。声が良いってことで強制的に入れられてレース ついたシロの衣装で気も狂わんばかりになっていたエース、小学生時代のツライ人生劇場。 とはいえ、あははははと屈託ない。 「つーかてめえとっくに入れてんだろ」 ゾロはあーあーまた始まったよ、とでも言う風に。 「気合だ!」 いくらでもでてくるライム。言葉遊びとリリック。なにもかもから自由な高飛車 自信の支える傍若無人。周到な計算と天性の声。 七光りなんぞ関係ない。勝手に音が流れてくる。形にしないと頭がどうにかなりそうだ。 才能なんて腐るほどあるっての。 「誰か俺らとしてーやつ、いるかぁー??」 ダウンヒルを軽く飛び、エアで笑う。 「いーんじゃねぇの?」 バンクの上から声がする。 「「よぉ、コーザ!」」 笑い声が三人分、風に乗る。 コワイモノしらずのスケアリー・モンスターズ。16歳の夏休み。 好きなモノは スケート、ダウンヒル、女の子、取りたてのドライヴァーズ・ライセンス、黒のキャデラック、アート、 後の“クソガキ“ども。 通り過ぎていく風に気紛れに髪が揺れ 腕が弧を描いて 寄り添い 触れるだけの口接けを交わし 自分の中で風が通り過ぎ 多分誰も知らない場所へと吹き抜けていくこと そして瞼が閉ざされる。 夏の日に渇く 夢のようにただ感じるまま 頭上に落ちてきそうな月に 踵に感じる白砂の熱に 繰り返し、繰り返し現れる奇跡のような夜明けに そう言ってくるのに、サンジは軽く笑みを浮かべ 眩しすぎる陽の下で。 「―――エイエンか?」 まじかで聞いてくる。 「ああ。俺はおまえのこと撃つのなんかゴメンだからな」 日ごとに傾きかけ地上を照らし 流れる風に願いをかなえる。 無邪気に笑い 消えない想い 祈りにも似た ただ、きみを |