---One Day I’ll Fly Away---
ナミ、私。どうしたらいいの? 二人のこと好きなんだもの、それでも私。
なんで、キライになれないのかしら?大事なままでいるのが辛いのに―――、あんなに優しくて残酷なひと、私。どうしてすきなのかしら?
淡いアメジストの瞳が涙でけぶる。
「あのオトコはね、嘘がつけないのよ」
ナミはさらさらとその髪を撫で。
「コドモのままなの、そりゃあ残酷よ。ヒトの心の真ん中に自分はいつでもいるくせに、ヒトには入ってこさせないで。そして、そのことにちっとも気付いてないんだから」
「あのひとも―――」
「うん、だから。しらない間に恋してたのよ、きっと」
「私、あのひとのことすきよ・・・・・・?」
「そうでしょうね、」
「でも―――」
ゆっくりとした瞬きで、涙が睫に抑えられ。
「でも、サンジくんのことも大好きよ」
唇を噛みしめる。
「なんで、ここに。もどってきてくれないの―――?」
小さく、ナミも吐息をつき。 予定を早めて今朝戻ってきてみれば、パシフィック・アヴェニューの家は空っぽで、人のいた気配さえ無くなっていた。まるで悪い冗談のように。テーブルの上に空のグラスと。 フロアにケイタイが投げ出されたままで。
「言ったでしょう?だからコドモなのよ。自分さえいなければ良いと思ってるの」
開け放した窓からの風に、ナミのオレンジの髪が揺れ。
「ビビ、―――ごめんね、」
ふいに向けられたナミの言葉に、俯いたままだった顔が上げられる。
「私がこんなことを言うのもおかしんだけど。ほんとうに、ごめんね」
ふ、と。ビビの纏っていた空気が柔らかさを含み
優しげな笑みと、自分の名を呼ぶときの歌いかけるような柔らかな声。
いつも、自分にだけ向けられていた蕾でさえほころぶような微笑と。
いつしかそれが痛みを耐えるようなそれに代わり 自分と恋人の不仲が、大事なヒトにそんな顔をさせるのかと思い
まるで蟻塚の底から丸くくり貫かれた空を仰ぎ見るような渇望に、どんどん、自分が 崩れていくのを感じていながら他にどうしようもなかった。手で触れるものすべてが
自分の前でさらさらと崩れていくだけのような、焦燥と。
手を伸ばせば触れることは出来るのに、翡翠の瞳が自分を通り過ぎて別のものに ただ、そそがれるようになっていったこと。
その、不安になるほど どこまでも柔らかな視線の先に くるくるとよく表情の変わる 自分の大好きなヒトがいた。
そしてあの朝。
開け放されたドアから見たのは。
まだ、夜の名残の濃く残るベッドで抱き合ってでもいられた方が、自分は却って気楽だったかもしれない。
もしかしたら、少しは気持が薄らいだかもしれないのに。
ただ、ほんとうに。純粋に何かから腕のなかのものを守るためだけに抱き寄せ、眠っている姿と。
そして、ああこのひとはこんなにもキレイな人だったんだと、涙がでてきた。その腕で眠る人を みたとき。
もう、もどってこない。
そう、確信した。
それはまるで水底で聴く天上の音楽。溺死者が揺れる水面を通して仰ぎ見る蒼穹の青。
何とか気持を言葉にし。ナミの家で一晩中泣いて。
2日目の朝はひどい顔で。飛行機のなかでまた涙がとまらなくなった。
「ねえ、ナミ。私、なんであのとき。部屋に入っていって、何もいわなかったのかなぁ。 黙って家でてきて、バカみたい―――」
「だって、責められる事してないでしょう、なにも。純粋なことって、必ずしも善じゃないのよ」
「それにビビ、あなたは。手に入らないものが欲しいって泣くようなひとじゃないもの」
「―――そうだったらよかったのに」
涙の跡がのこる顔に、それでも微笑がのせられる。
「私、どうしよう」
「多分、ゾロはあなたのこと待ってる」
「そうね、あのひとは。でも、」
「どこまでもどこまでも自分勝手なあのコドモは。自分の中であなたのこともゾロのことも 無い事にしようとしてるわよ。必死になって、できもしないくせにね」
ヘンなところ強情なのよ、と続けられる言葉はビビの口許を綻ばせるほどの愛情に彩られ。
「私、バカみたいね―――でも、すきよ、まだ。サンジくんのこと」
「わかってるわよ。あいつ、オンナの趣味は昔から良いもの。私だって好きよ、とっても」
特別だもの、不思議よね?そうナミは言って、ぱたりとスケッチブックを閉じ。
ねえ、さいごの意地悪しようか、と言った。
「黙ってこの家、でちゃいなさい」
時間は、残酷だけれど。それでも、時間の経つうちに
「ねえ、私。ふたりにそのうち会えるようになるのかしら」
「きっとね、恋をした自分を昨日に残して来られたら。
私はいまだってあなたのこと好きだもの、もう友達だけど」
ナミの笑みに、ビビも小さくうなずき。さらりと長い髪が肩を流れる。
いまは、無理に思えても、それでも 気持を昨日に残していけるようになるから。
だから、大丈夫
そうすれば、きっとまた 風をはらんで翼はたゆたうから
「それに。こういう時のために、ジンセイにはあなたのことを好きな人と、良い音楽があるのよ」
そう告げて。陽射しの中、華やかに微笑む。
「ナミ。あなたみてたらミモザが飲みたくなった、」
「いいわよ、買いに行きましょ。とびきり上等のオレンジとシャンパン」
ふわりと微笑むのは。
夏の雨に濡れたバラ。
川の底の小石。
心の底に灯る、生の約束。
This story has completed.
Thank you very much for sharing your prescious time with "us".
I send all my regards and love to you all.
April 29, 2001
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