薄れていく意識の中、ベルメールは必死に前方へ手を伸ばす。 ああ、だめよ。どうして、こんなことに――― 伝えないと アスファルトに拡がる染みに、不自然な角度に折れ曲がった頚骨に、その命がとうに費えている ことはわかっている。不運な男。 やがて手にした物が電子音で返すのに、満足気に色の失せた唇を引き伸ばす。 呪詛の言葉を。夏空に向かってつぶやく。 仰向かされ、視界に飛び込む太陽に、全身に襲い掛かるような苦痛に苦悶の声が洩れる。 「うわひでえ!あんた、おいあんた大丈夫か!」 「911だ、すぐ電話しろ」 「すぐ救急車呼ぶからな!しっかりしろよ」 反対車線に、エンジンをかけっ放しの四駆が停められている。 頭上で少年たちの声が遠く聞こえ。 ねぇ・・・・・、おねがいだから。 昔からこの屋敷に仕えている使用人の悲鳴にも似た呼び声で始まった朝。 信じられない。昨夜は私の事を最後まで心配してくれて。 低い、優しい声で。 私が眠りにつくまでずっと。何か話して聞かせてくれていたじゃない。 看護人がそっとその目許にふれ、瞳孔を確かめると。首を静かに横に振った。 屋敷の主はここには居ず、それに次ぐコーザさえ、昨日からその所在が依然と知れなかった。 その唇が息をしていないのに触れて確かめ、ビビはその瞳からとめどなく涙を零し。 突然、下りてくる太い声に肩越しにビビが振り返る。 大柄な男が近づいてきていた。 「・・・・クリーク、」 父親の側近の名を、ビビの唇が模り。 呼びかけれた男は。 無言で頷くようにした。 みえそうでいてその存在が明らかにされないモノに、コーザは微かな苛立ちを覚える。 自分達の「内」に、ごく近い所に内通者がいることは間違いない。そいつが「キズのある男」の ただの持ち駒にしか過ぎないことを、知らないのは当の本人だけだろう。 「そうは、させるかよ」 ぎり、と唇を噛みしめる。それでも、正体のわからない、漠然とした焦燥が自分をじわじわと侵してくる ようなのを、コーザは感じていた。肩に、冷たい手が触れでもしたかのような、不安定さ。 ひどく、嫌な予感が。掠める、足元を通り過ぎる鳥の影のように。 ヴェローナ・カウンティの外れにほど近いガス・ステーション。からからとブリキのたて看板が 風に揺れているだけの。そこへ車を停め、やがてここへやってくるであろう筈の「長官」を待つ。 伯父の名代として、「キズの男」の正体を掴むためにも。 自分はここに居なくてはいけない。だが、この――――不安はなんだ? 言い張った。看護人がちらりとクリークを見遣るようにするのを視界の隅に捕らえ、微かな 違和感を覚えたものの、自分に向かって頷いたその側近の姿に何の疑いも持たなかった。 自分を振り返り、にやりと笑った男に、まるで信じられないものでも見たかのようにビビの瞳が 見開かれる。 「あなた―――」 父親の、側近が。 へと突き落とすのを眼にしてもなお、俄かにはその意味するものが信じられなかった。 「ネフェルタリの坊やだけで充分だったんだが。あんたまでおまけに付いてくるとはね。おれも 運が良いぜ」 「―――クリーク・・・ッ!」 瞬間、すべてを理解した。 「あなたが、裏切っていたのね?父を―――すべて?」 「あんたの父親もな、ネフェルタリを裏切ったんだぜ?何かの手違いで死んじまったらしいが 本来ならこのボウヤをおれがジェラキュールに届けるところだ。ボスの云い付けでな」「―――なんですって、」 「裏切りには、制裁を。これが、“赫足”の教えだったよなァ、お嬢さん?」 皮肉気に唇を歪める男に、ビビの燐光さえ湛える瞳があてられる。 「ああ、そうだとも。残念だがな、お喋りはここまでだ」 クリークの腕がその細い項にむけて振られる。意識を失い、崩れる上体にばさりと布が被せられた。next back to story 12-2 back
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