5.



祈りの声が、耳の底に響いて消えない。










ずっと空気は、石の焦げ付いたような匂いを漂わせていた。海からの風も、梢を揺らすそれも

消し去ることはできずにいた。固く窓を閉じても、どこからか入り込んでくる。

目の前を流れていったさまざまな事柄よりも、掌に握りこんだ物だけがたったひとつ、現実味を

帯びていた。



一瞬、自分と眼の逢った従兄が僅かに唇端を引き上げて見せ、混乱のさなか自分の他の誰に

気づかれる事も無く屋敷から姿を消していた事。その瞳のどこまでも冴え渡るようだった色が、

父親を連想させたことも。



いま、薬の助けを借りて眠るビビの傍らには「看護人」が付き添っているだろうこと。

警察の尋問。ビビのみせた涙と怒り。瞬間、天を仰ぐようにしていた父親の姿。




光と共に散ったガラス。火柱。




そういったすべてが、切れたフィルムのようにただ場面だけを映し出していた。一つ一つは

ひどく印象に残り、けれども何の繋がりももたずに。流れていく。





ゼフが、唐突にビビから、自分達から取り上げられてしまったこと。

とても美しかった空に、立ち昇った黒煙。











それでも自分を、現実と結んでいたのは






月明かりの中、サンジは目をおとす。

透明な、どこか重たさを感じさせる液体がアンプルの中で微かに揺れる。










目覚めて、また両の瞳にその姿を捉えられるのなら

代償は厭わない










あの亜熱帯の国で夜明け前に聞こえていた祈りは

去っていく魂を送り、迷うことなく約束の地へ向かえと詠いかけるものだった。

低く、ときおり波のように昂まるそれが、

こんなにも鮮やかに蘇える




異教の神への祈りでも

その調べに。最初、魅入られたように聞き入ったことを思い出す。












めざめたときに

おまえは側にいるのだろう、きっと。







おまえの生を何よりも望む想いは変わらないけれど






そのさき、

共に在れないのなら

おれは ただ一つを望む






在れないのなら、



―――――おわりたい











すべてを。









なあ、ゾロ

目が覚めて、そのときおまえのことをみられたら

その生を確かめられたなら






もう、





それだけでいいよ。

















月、きれいだな

おまえも、これ―――











みていたらいいのに




















ぱきり、と




ガラスの折られる音が密やかに立てられ。









やがて、ベッドに横たわる姿に長く、蒼い影がおとされる












窓外の














色味を増した夏の月

















指の間から滴り落ちるのがみえるのではないかと思えるような月のひかり

ぽかりと。作り物よりも精巧に写し取ったかのように入り江に浮かぶ月の。

裏庭に出て、ただその高く上り、やがて傾いていくのをゾロは見ていた。




灯りのなにもない深い闇に、自分以外の生き物の気配が満ちていく。

鳴る草の葉陰、乾いた土を渡って届く風も

何かの動く小さな気配を伝える。





この夜気に体温と同じほどの熱と、湿度が与えられたなら

おまえが飽きる事も無く、廃墟で過ごしていた夜と同じになるのだろうか。






波音が、絶えることなく続き。

ゾロは眼を閉じる。






ただ願うのは、再び出逢う事

その咎をすべて両の手から自分に移しとり、抱きとめること

















代償など、厭わないと。



















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