4. 「エースならいないよ、」 扉の前に立つゾロに、女医が後から声をかけた。 「―――そうか、」 ゾロが瞳を閉じるようにする。 あるんだからね」 とん、と女医の手がゾロの左肩にあてられる。 「お前にしか出来ないことを。いまは、しな」 「“運命を抱き寄せてみせる”んだろう?お前は」 「―――覚えてたのか、」 扉の取っ手にかけられたロザリオにかるく指先で触れ、ゾロは女医に目を戻す。 胸の前で腕を組み、かるくゾロを見上げるようにする。 まったく、図体ばっかりデカくなって可愛くないねェ、と付け足し。 女医の片眉が引き上げられた。 つぶやかれた礼の言葉と、頬に触れた微かな熱に。 遠ざかる背に声を投げ、その肩が可笑しそうに揺れるのを見送っていた。 立つ姿があった。 自分の護衛の名をゾロは口にし、男はすい、と影のように車の側を離れる。 「様」を付けられたり、「坊ちゃま」と呼ばれるたびに大騒ぎでそれを止めさせるルフィの「特訓」が 効を成したのか、ひどく居心地は悪そうでもどうにか敬称抜きでその名を男は口にし。 その様子にゾロも微笑を浮かべる。 「あいつ、大丈夫か―――?」 最後に目にしたときの、涙で顔中がぐしゃぐしゃになっていたその表情をゾロは思い出す。 かるく頷き、男はゾロに腕を差し出すようにし。 差し出す掌には薄い小箱。 「どうか、」 随分と昔に亡くなった生母のエンゲージリングが、掌の上、蓋を開けたままの小箱の中で 白金の冴えた光を陽射しに返していた。 「お渡しするように、とだけ」 「そうか、」 薄く笑みがゾロの口許に刷かれ。 「―――クソガキ、って言っておいてくれよ」 小箱の蓋を閉じ、そう言葉に乗せる。 ええ、確かに。と答え、かるく笑みを浮かべるとバルサザーは背を向けかけ。 声が、その背に追いついた。 目礼し、淡いグレイのスーツ姿は遠ざかっていく。 気が薄らいでいった。 「なんでサラトガなんだ、って思っているだろう」 前を見つめたまま、ハンドルを握ったベンヴォーリオがそう話かけてきた。 「ああ」 バックシートでそう答えるのは、変わらない窓外の景色に眼を遣ったままのゾロ。 「近いどころか。家のたしかすぐ裏手だったんじゃないか?」 ゾロは一度だけ訪れた事のある場所を思い出していた。いま向かっている隠れ家の一つは 人間嫌いのサーファーでも住んでいた方がいっそ似合うほどの場所にあったことを。 「船?大掛かりだな、ずいぶん」 ベンヴォーリオが笑い声をたてる。 「ゾロ、あんた少しは自覚した方が良いぞ。ネフェルタリと、ジェラキュールと。皇太子を 二人攫っていくようなモンなんだぜ?」 「冗談じゃねえ」 「ま、あきらめろよ。その名のもとに生まれちまったんだから。それも運命だ」 ひらひら、と掌を上向かせ、頭上に開かれた空に向かって軽く振る。 「生き方を変えれば、運命も変えられると思うか―――」 そして、独り言のように小さく口にするのを。 唇端を引き上げるその癖のある笑みでゾロは返す。 言葉とあわせるように、車が加速した。 ゾロの問い掛けにエイブラがバックシートを振り返り、頷いてみせる。 「信じろ、としかね」 ああ、と答えゾロはルーフに四角く切り取られた夏空に眼を戻す。 どこまでも高く、乾いた色は back to story eleven back
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