「フン。そういう訳か」 「―――ああ。いまのとこわかってるのは、ここまでだな」 「いずれにしろ、汚ェな」 吐き捨てるように呟かれたエースの声に。 おい、と半ば驚いたようにシャンクスがその顔を軽く覗き込む。 小さな笑い声が、セント・イグナシオ教会の高い天井に吸いこまれていき。 「ヤツには、オモテの方に立ってもらいたかったんだけどなァ」 「まあな、」 「けど、そうもいかねえんだろ」 すい、と漆黒の瞳が。シャンクスにあわせられる。 悪びれた風もなくシャンクスが言い。 「ナメテもらっちゃ困るぜ?」 そうだな。おまえそういや鷹の眼のフトコロガタナだもんな、と。言うと、堅い木のベンチから 立ち上がる。 「早い方が良い」 ベンチに座したままのエースの声が追いつき。 「そのつもりだ」 「けど、その前に大掃除しねえとな。おれも落ちつかねえよ」 屈託の無いわらい声を背に、聖水盤に人差し指を浸しかるく十字を切る。 「あー?戻らねェの」 「アホ。おれはヒトの恋路のジャマはしねえの。たとえあのクソガキのでもな」--- Destiny’s Fool --- 遠ざかる銀の影は、銃弾のようだと。 海の蒼と、蒼穹の間を禍々しいまでの優雅さで弧を描いて抜けていく。 自分の内に在ったどこか充たされていた想いが 時間が 消えていく、雲の影のように 代わりに 潮の満ちるように その間から差す光が緩やかなカーブの先に消えていこうとする影だけを一際鮮やかに飾る。 連れて行かないでくれ、と 遠く、聞こえる岩にあたる波音に 縫いとめられたかのようにサンジは立ち尽くす。 その眼は、ただ光の消えていった先を追い 「ビビ―――?」 麻に銀糸が織り込まれた丈の長いワンピースが、窓から差し込む陽射しに光を柔らかく返し。 ぼう、とその姿自体が浮き上がってみえた。「父からの伝言があるのよ。”運命に誑かされおって、バカヤロウが。”」 アメジストの瞳が笑みに細められた時、サンジの背後から物静かな声がかけられた。 父上がお呼びです、と。 サンジの眉根が僅かに寄せられた、そのとき 「おじさま、ごめんなさい。私がお願いしちゃって―――帰らせなかったんです」 瞼が伏せられる。睫の落とす影が、ゆっくりとその動きを追い。 ビビが、サンジの首もとに頭を預けるようにする。 「ビビ、」 だまっていて、とでも言う風に強く掌が押し当てられる。 少しの沈黙が流れ。 やがて低い声が、逆光で表情の消された姿から響く。 「どういう――――」 サンジの問い掛ける声に。ほんの僅か、コブラの声音に苛立ちが刷かれる。 「おまえの。この家を厭うまさにその理由からだ。勝手な行動は、慎しむように」 「―――はい、」 「わかっています、二度はしないわ」 「サンジくん、」 「ああ。ありがとう」 「あのね、」 “ガーデ二ア”だな、と関係の無い事にサンジの思考が浮きかけるのをまるで見透かしたかのように ビビがその顔を近づける。 隠れないから」 「―――ビビ?」 その薄碧が見開かれるのに、ビビはちいさくわらう。 なにをそんなに驚いているの、と言って。 「―――ああ、だろう?」 どうにか、いつものように笑みを浮かべ声に出し。 「頼りにしてるよ、」 そんな軽口も何とか出てくるまでにはなったが、 意識の隅にひっかかっていた違和感に、今になって思い当たった。 いつもこの時間、父の傍らにいる筈の姿が無かったということに―――。 知らず、鼓動が早くなる。 「イースト・ベイよ」 「―――イースト・ベイ・・・・・」 ひたり。と 冷たい手が、心臓を掴み 知らないわ?とビビが向き直る。ひとにあう、としか聞いてないもの、と。 「―――自分で行った、」 「ティボルトが、」 正面玄関の横にいた護衛の一人の名前を口にし。 「送って行ったんだね?」 とたん、サンジはビビの頬に一つ接吻をおとし、大階段を駆け下りていく。 ビビの悲鳴にも似た声が追うのに振り返ることは無く。 その声が届き、コブラの眉根が寄せられた。 突然襲ってきた不安の中で、どうにか耳にした。 叫ぶようなナミの声が端末から響く。 背中にぶら下がるようにして“おかえりー”だの、“構え!”だの騒いでいたルフィの体温が 不意に離れ、真横から、自分の手元を見つめてくるのがわかったが。 そう階下に向かって怒鳴る兄を、ルフィがどこが呆然とみつめ。 「ゾロ、なんかあったのか?」 ふ、とゾロの纏っていた覇気というには冷たすぎる何かが僅かに緩み。 「平気だ、すぐ戻る」 その、眼に浮かぶヒカリは――― 階下の玄関ホールの方から、聞き違いようのない声がのんびりとあがってくる。 「シャンクス!」 ルフィが階段上に走り出る。 その声の底に、常とは違うものをすぐに感じ取りシャンクスは僅かに眉根を寄せる。 「なんだ、どうしたよ?」 自分の位置まで駆け下りてきた少年を見おろす。 ぐ、と。ルフィの拳が白くなるほど握り締められる。 「―――ナミが、」 シャンクスが、笑みの欠片さえない眼差を自分に向けるのをルフィは初めて対峙した。 「場所は」 金のフレアに縁取られるようなどこまでも黒い瞳はそれでも逸らされることはなく。 「―――言え」 「帰りは送んねえからな」 そのむせ返るほどの熱帯植物の醸す濃密な緑のなかで、ナミはエースの膝の上に抱かれていた。 「何回、私があなたにあいしてる、って言ったかわかる?」 ふ、とエースの視線がガラス越しの朝の光を追い。 真近で覗き込み、目許に唇で触れ。 「なに、その数字。なんの根拠があるわけ?」 「あー?だいたいそんなモンだろ、おまえがおれのこと殴ってきたのなんてのは」 怒り出そうとするのを唇でかるく塞ぎ。そのオレンジの髪に手を差し入れる。 そしてそのまま、胸に抱きこみ。 ナミはその背に腕を回し。伝わってくる鼓動に目を閉じる。 意外なほど器用な指が時折戯れながら、そっと髪を滑るのを。 知っていた。これは、この男が何か考え事をする時のクセだというコトも。 突然、言われ。ナミは目を閉じたまま微笑む。 「あたりまえじゃない。大事になさい」 ちいさく笑う揺れも、髪を梳いてくる指先も。 いとおしい。 わるい、と言う風に目を細め、エースが傍らに放ってあったシャツに手を伸ばし。 そして。 空気が、豹変した。next back to story six back
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