Agua De Beber
「仕上がったのか……?」「ああ、」
サンジがこたえ、手できれいにスケッチのシートを切り離した。ゆったりとした所作で立ち上がり、広い室内をつらりとみまわす。
適当な置き場所でも探しているようで。やがて優雅な歩幅でカウンターまで進み、その冷たい石の上に絵をおいた。
振り返ろうとしたら、いつのまにやってきていたのか自分の肩の後ろ辺りからゾロがその描きあがったスケッチを覗き込んでいた。
指の間にあきることもなく何度もそのやわらかな金の髪を滑らせ、露わにした項に唇をよせる。
微かにくすぐったそうに肩先がゆれ。もう一度、指をすべらせゾロは肌に口接けた。
自然と、瞳を閉じていたふれてくるわずかな熱に、背中にあたる鼓動に すべてを手放して。
そして眼を開いたとき、重しのように絵の上に金に光を跳ね返すモノがあった。
「ゾロ?おまえ、ピアス」問い掛けに、耳元から声がした。
「ああ、何となく、な。ヤド代」
惹きおこされた小さなわらい声と一緒に、ゾロは伸ばした指先で絵の女神の口許に触れた。「デヴォダ、だったか?“これ”だけ置いていくのもな、」
そう言って、もう1度、わらっていた恋人の耳元に唇でふれる。
触れられる度に、離れがたいと思うのはどうしてだろう。抱きしめる度に、抱きしめられるほど、胸の奥深くが痛むようなのは――――
それでも
「くすぐってぇ、って」向き直り、サンジは眼を細めるようにして笑ってみせる。
「なあ、来ないか?」
ゾロの瞳が一瞬、閉ざされ。そしてその光が再びサンジを捉えたとき眼をあわせたまま、問うた。
瞬きのあいだ、驚いたような色がその瞳をかすめ、それでも。答えといっしょに夜明けの空のような色に
穏やかな笑みが浮かべられる。
「いいぜ、」
指先が残った2つのピアスを掠めるようにして髪に差し入れられ。相手を引き寄せるのと同じ静かさで、自分の顔も寄せられる。
「でもさ、何処へだよ―――?」
「あのバカのホームグランド何ぞ、おれも知らねえ」
「ふうん。南の方とか?」「多分な」
「なあ?」かるく自分の耳元に唇が触れるのをゾロは感じる。
「海、あるかな―――?」
くしゃりとその髪を手で乱し。背を抱きしめるようにしてゾロは言う。「あのな。あのアホはああ見えてもカルテルの親玉なんだぞ?原材料は高地で栽培されてるんだよ」
「なんだ、つまんねえの」「最初は“観察日記”つけろって、言ってやがった」
「「さァいあくだな、」」
二人して笑いはじめ。
ゆっくりと、明けはじめた窓の外、空が色を変え始める。
「おれは、これがあればいい、」まわされた腕の中で、自分の目許に接吻がおちてくるのをサンジは感じた。
「そうすれば、海の藍も、空の蒼も。おれだけのだ」
「うん。やるよ、」背に腕をまわす。
「ああ、」返される言葉に
いまを在ることに
投げ出された足の間に身体をおちつかせ、胸に背を預けそのままもたれかかるようにする。はあ、と吐息をひとつ。
「おまえ、気持良すぎ」
「それはお互いサマだろ」
からかうような声が落ちてくる。
予期しないタイミングで唇と
ちゃり、と貴金属の触れあってたてる微かな音。
投げる視線の先には明けはじめた空。
幸せの定義は
“おまえの在ること”、 夜明けのそらの色
その鼓動
好きだよ?
###
「Crossing Light」サイドストーリーです。一緒に過ごした最後のひととき。
切り抜いて、お贈りします。ささやかながら、御礼として奉げさせていただきます。
深い深い感謝をこめて。
私は、彼らの「置き土産」を見つけた時の赤髪の方の気持を考えると、少し辛くなりましたが。
こういう形で残るのも、らしいかな、と。
連載中は、ほんとうにありがとうございました。
やっぱり、生きていて欲しかったかな、と。少し思いました。
この二人、お気に入りなんですね、きっと私の。
August 10, 2001
Inspired by "Agua de Beber" by Antonio Carlos Jobin
back
back to story