Night Watch
夜の見張のシフトは決まっている。
厳正なるくじ引きの結果は、
「8時から9時がルフィ、これくらいならあんたも大人しくできるでしょ。 9時から11時がサンジくん、11時から1時がウソップ、1時から3時がゾロ、
3時から明け方までがあたし。OK?」
あああーっと大げさな声。
「ナミさん!だめだよこれじゃあ!」
「え?」
サンジがナミの持つ紙切れを指さす。
「航海の間、ずっとですよ?だめです!女性の美容の最大の敵は、そう!夜更かし!!お肌の再生のサイクルはぁ、恒常的に狂うともう大変なことに!ナミさんのその陶器のような・・・・・・」
ぺらぺらぺらぺらとよくもまぁ。 ルフィは面白そうに食後のクッキーくわえて「ほお」とか「おおー」とかあいずち打って連中をみている。
なんの勉強してんだおまえ。
ウソップは俺に向かってお手上げ、のポーズ。
おお、俺もおまえに同感だぜ。
結論。
朝の支度がそのままできるからいいんですよ、なんて人間が一番眠くなる
時間帯にあたったナミとさっさとシフトを交換して、サンジは笑ってた。
「ほらよ、コーヒー」
ひょいっと湯気の立つ大降りのカップをトレーに乗せたまま、器用に奴は見張台に降り立った。
「てめぇには一応、アイリッシュコーヒーな」
「お。サンキュ、」
「酒がからむと非常に素直でよろしいなオイ?」
いつのまにか、できあがったルーティーン。
シフトのかわる1時間くらい前には、サンジは何かしら軽めの身体のあったまるものをもって、見張台にやってくる。
「おまえ、何してんだ?」
「てめぇは信用できねえ」
最初の夜から何日目か、交代前にいきなりやってきた奴は言った。 あァ?ムカつく奴だなコラ。
「だって、寝ちまうだろ?」 ほら、と皿を俺の前に突き付けた。
「?」
「"クロックムッシュ"。それでも食ってもうしばらく起きてろ」
いただきます。かるく手をあわせる。
と、くくっと小さな笑い声。
「なんだ?」
「いや、おまえさぁ、変なとこ行儀良いよな」
普通に、嬉しそうに笑ったこいつの顔を、その時初めてみたんだと思う。
話をしたり、しなかったり。喧嘩になったりならなかったり。俺とこいつがまともに顔合わせて大人しく座ってるのは、それでも多分この時間くらいだ。
今日はウィスキー入りの、ローストの濃いコーヒーだった。
「でもよ、今から寝ようって人間に飲ませるもんじゃねーよな?」
「ボケ。てめぇがそんなにデリケートかよ」
けっ、とかって笑いやがる。
「うるせ」
かちっと、ライターの着火音。
「あ。」
「お。」
声が同時に出た。 ひらひらひらひらと暗い空と海の見分けもつかないくらいなのに、 それでもぼんやりと白い雪が舞い降り始めたから。
「どーりで寒かったな」
一人ごち、カップに口をつけた。
「おまえさ、」
「ああ」
「雪って、いままでみたことあったか?」
奴が独り言のように静かに、唐突に口を開いた。
見張台の縁にもたれたその横顔は白々と、寒そうで。
「俺の育ったところじゃ、降らなかったな」
だからか、きちんと言葉を返してみた。
「そこを出てからだ、俺が初めてみたのは」
返事を聞いて、うっすらと唇が笑みを浮かべる。
「俺は、」
「ああ」
「記憶のある最初の、うんとガキのころから客船に乗ってて、そのあとは ずっとあのクソレストランだ。いたのは穏やかな方の海域ばっかりだから、 こんなに降る雪ってのは、この船に乗ってから初めてみた」
毎晩顔を突きあわせていても、こいつが昔を語るのは初めて聞いた。
「ああ、きれいなもんだよな。初めて雪原みたときは俺も何か、震えがきたぜ」
ちょっとサンジは目を大きくするが、それはいつもの小生意気なツラじゃなくて、素直に驚いたみたいだった。
「でも、なんか、懐かしいんだよな」
サンジは腕をのばして、掌に雪を受け止める。
この天候になってから、夢みるんだぜ、と小さく言った。
うん、どんなだ、と自分も聞き返す。
なんかな、あったかくて気持ち良くて、柔らかい、そんな物にくるまれてて、白いふわふわしたものが空から落ちてくんのを見てんだ。
それがハナにあたって、いい匂いのする手、なんだろうな、それが払ってくれて、
誰かが笑いながらのぞき込んでくんだよ、俺のこと。
「良い夢じゃねえか」
「そうだな、」
サンジも答え、やっと煙草に火を点ける。
「赤ん坊のころのこと、覚えてんじゃねえの?」
ふいとサンジの目が自分に向けられた。 ひどく傷ついたような、それでいて安堵したような目で。
「ああ、だと良いよな」
そして、笑ったのだ。だけどそれがひどく悲しげで。
泣く、と思った。
だから、思わず手を伸ばして、抱き寄せてしまった。
あの、クソコックを。
肩に預けられた額の感触と、頬に触れた冷たい金の髪。
ふわふわと雪は落ち。
しばらく、そうしていた。
見張台から降りても、その笑みが忘れられず。
朝まで見張をつきあってやりたいような気持ちを抱えて、船室に戻った。
そして、その朝、なにかのはずみでナミから、サンジは船に捨てられた
赤ん坊だった、と聞いたのだ。
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