Primo Noel
"Here I hold in my hand, The light which I must return
Torched candle need be replaced, Before lovers embrace on Christmas day.
Drunken painter of caffeine, May see an angel at Atelier
Will wait until the omen comes, Until the Virgin gave her birth.
Rowan the Cat wants to see Wolfe"
3日連続で、同じ広告を載せた。
NYCで読まれるメジャな新聞社全部に、掲載してもらった。
Rowan、オレの苗字。
Wolfe、アイツとふざけて決めた暗号名。
『アトリエというコーヒーショップで待ってる、クリスマス・イヴの日、日付が変わるまで』
それが、散文に含ませたメッセージ。
アイツが気付くかどうか…気付いてもくるかどうかは、解らない。
だけれど。クリスマスが過ぎて、今年が終わって。
新しい年が始まる前に。
アイツと…そして、アイツと共に在ることを決めたカレに、…伝えたいことがあった。
ベッドルーム。
ゾロが…オレの愛するロック・スターが、まだリネンの中で眠っていた。
ブレクファーストを乗せたカートに新聞を戻して、広いリヴィングを抜け。
キングサイズのベッドに腰を掛けた。
「…ゾロ?」
額に口付けた。
まだ眠りの中にいる彼。
…起きるだろうか?
ぱたぱた、と腕が伸びて、…どうやらオレを探しているらしい。
不意に、切なさが湧き上がってきて、その手を取って握り締めた。
瞼と、頬に、口付けを落とす。
そろり、と頬に手を滑らすと、瞼が開いて、キレイなグリーンが覗いた。
エメラルドの煌き。
「でかけてくるね、オレ」
唇に口付けを落として、囁いた。
「服を着ている」
呟いたゾロに、微笑みかけた。
「うん、行ってくるから、オレ」
オレ、何をしてるんだろうね、こんなことをして。
このオトコを、愛しているのに。
このオトコだけを、今は愛しているのに。
すう、と目を細めたゾロの頬に、もう一度手を滑らせた。
「夜には帰るから」
口付けを落とす。
「フウン?―――何時だ?いま、」
「今?9時。朝の」
髪を掻き上げた、ゾロの。
「寝てていいよ」
握っていたオレの手。
その手首をとって、掌に口付けられた。
微笑む。
「わかった、オヤスミ。またどこかでな」
ゾロがそう言って、目を瞑った。
「…オヤスミ、ゾロ」
こめかみに口付けを落として。
囁く、心から、アナタだけを愛してるよ、と。
ゾロに聴こえないように。
広いベッドから身体を起こして、ベッドルームを出た。
深い茶色のカーペットを横切って、広いホテルの部屋から出る。
エレベーターを降りて、エントランスのホールを抜けようとすると。
顔馴染のコンシェルジェに、今日はお寒いですから気を付けて、と微笑まれた。
ドアマンに、いってらっしゃいませ、と見送られて、雪がキレイに除かれた歩道に足を踏み出した。
天気予報、晴れ、時々雪。
マイナスの世界、白けて明るい。
オフホワイトのジップアップセータの上から巻いていたダークグリーンのマフラを巻きなおした。
防水スプレをかけたナイキのスニーカを通して、足元から冷たさが湧き上がる。
パーク・アヴェニュにあるホテル・ジラフを後にして、ひたすら歩く。
建物の間から、所々見える、セントラル・パークの木々。
銀の細フレームのメガネが、上昇する体温に、僅かに曇る。
溜め息。
『地下鉄には乗るな』
そうゾロが言っていた。いつだったか。
この街で生まれ育ったオレだから、別に地下鉄に乗るのになんの躊躇いもなかったけれど。
首を傾げたら、チッと僅かに舌を鳴らして、そっぽを向いていた。
…オマエがそれを望むんだったら。
オレはそれを適えるよ。
ゾロの肩に額を当てて、微笑みを浮べて答えにした。
く、と抱きしめられたこと、覚えてる。
こんな大雪が降った翌日。
セントラルパーク沿いの大道路を。歩いていこうとする人は少ない。
大概が車で、残りは近距離の移動。
すれ違う人も、名物の屋台も、今日は無い。
粉雪が、ちらりと舞った。
すぐには溶けず、アスファルトに白い点となって残る。
ポケットに突っ込んだ手。
封を切ったタバコに当たる。
ひんやりと冷たいライタ、ああ、吸うのはやめておこう。
マンホールから湯気が出ていた。
最近は、随分と量が少なくなった。
地下のパイプを新しくして、より効率よく温水を流していくからだろう。
昔のように、どこかのパイプがバーストして、アスファルトが水浸しになることはなくなった。
もう映画の中だけの世界だ。
移ろい変わる世界。
オレも変わった。
多分、アイツも。
会って、何を言おうか、結局決められずじまいだ。
確かなのは……交差した道が、突き抜けて、離れようとしている事。
心に残る愛情。
いまでも、愛してると言い切れるだけの想いはある。だけど。
行かせてやりたいから。
アイツも。この想いも。
溢れていた噴水の水が止まって、もう湧き出なくなって。
零れた水が、沈滞していく。
あとは、溢れるだけの量がなくなった地下水が、静かに染み出るくらい。
それが、いまアイツに向ける愛情で。
ああ、そっか。終わったんだ、と。
通り過ぎる車に、呟いてみた。
手の中の、ライタ。
誕生日にアイツに貰ったもの。
返さなきゃいけない、と唐突に思ったのは、ロック・スターのゾロに愛されるようになってから、1ヶ月くらい経った後。
彼のツアーに付いて回る生活を始めて。
大学を中退して以来遠のいていた絵描きを、また始めるようになって。
ゾロがレコーディングをしているのを聞きながら、どこだかのスタジオの隅でエンピツを動かし。
いつものようにタバコに火を点けよう、と手を伸ばした先にあったジッポ。
銀色の、文字が刻まれていたソレ。
オレは、いま共にあるゾロを愛していて。
オレは、アイツに愛されていて。
このジッポに言葉を刻んだゾロは、…あっちのサンジを愛することを決めて。
『Here is my heart Here is my soul
To light your way To warm your days
Here is my love To lie in your hands
My love, my one and only one』
エンクレィヴされた言葉どおりに。
少しでも、あのロマンチストなジャズマンの心と魂が、この銀の塊に篭められているとしたら。
それは、もうオレのものじゃないから。
お互いにとって、もう過去の残像でしかないから。
柔らかで寂しがりな、あのサンジに渡してやりたいと。
そう思ったから。
Here I hold In my hand, the light which I must return。
今、この手の中に、返さなければならない光があるから。
会いたい、と、思った。
オレが愛したゾロと。
そのゾロを愛するサンジに。
IBMビルと、トランプタワーの間を抜けると。
さすがに人が多くなってきた。
目指しているのは、セント・パトリック大聖堂近くにあるカフェ。
ロックフェラー・センタに近いだけに、買い物客が多いみたいだ。
あとは、多分、この時期でも働いている少数のビジネスマン。
ポリスの人が、寒そうに見回っていた。
デコレーションされた街。
華やかなイルミネーション。
ロック・スターのゾロには似合うけれど。
これから会うゾロには似合わない。
唐突に可笑しくなって…笑った。
通りすがり、ちいさなオンナノコが。自分より大きなテディベアを抱えて、笑っていた。
メリー・クリスマス。
そう心で呟いた。
世界が夢で溢れているといいね。
オフィスビルなども入った建物が多いこの場所で。
カフェ・アトリエは、その名の通り、アート系のコーヒーショップだ。
滅多に出歩く事の無かったジャズマンと、一度だけ観にいった、レンブラント展。
その帰りに寄った、コーヒーショップ。
本当にコーヒーが好きな人が多く集う、静かなジャズが流れる店。
区切りが多く、ちいさな個室が集まったような造りをしていたから、きっと。
邪魔されずに話しをするには最適な場所。
彼が…彼らが、来たのならば。
少し古めの建物の2階。
階段を登って、マディソン・アヴェニュを見下ろす場所に腰を落ち着けた。
カフェに入る前に、タバコを一本。
キン、とジッポの蓋が鳴った。
…ああ、新しいライタを買って帰らないとなぁ…。
そんなことを思った自分に、ひっそりと笑った。
ヒーティングされた店内、やっぱり窓際に座った。
店の奥、エントランスがそれとなく見える場所。
逃げ道は、この場合。
どんな基準でアイツは考えてたんだろう?
多分、前に来た時と同じ場所に座った。
アイツと向き合って座ったこの場所。
笑いあって話してたのは、なんのことだっけなぁ?
いろいろありすぎて、思い出せない。
ふわふわと楽しかったことだけ、思い出した。
一杯目のコーヒーを飲んで。
アイツと過ごした日々のことを、思い出していた。
きっともう、こんな風に思い出すことはないんだろうなと思うと。
なんだかくすぐったいような気分になった。
デニムの尻ポケット、振動。
携帯電話を引き出してみると、メール着信の文字。
番号は…オレのラヴァ・マンだ。
『オハヨウ。よく考えたらイヴだった。バカサンジ、おれにひとりでなにをしろって?』
く、と笑みが零れた。
ダァリン、覚えてたんだ?
心の中で呟いた。
返信『オハヨウ、ゾロ。明日がクリスマス本番だよ。プレゼント、何が欲しい?』
送信して、一度考えて、もう1個メッセージを。
『PS.オレはもうオマエのものだから、プレゼントの中に含まれず。頑張って考えてね。』
笑った。
こんなメッセージ、学生時代にだって送らなかった。
…オレ、変わったんだなあ、と思い至って笑った。
Question: Are you Happy?
Answer: Yes I am.
それなのに、ああ。
オレはアイツの腕の中じゃなくて、こんな場所で想い出に浸ってる。
ゴメンな、ゾロ。
今日だけだから。
明日からは、全部、ほんとに全部、オマエのものだから。
手の中の携帯電話が、もう一度振動した。
メッセージ。『ああああ、もう!!』
「ぷっ…!!」
思わず笑い出した。
もう一つ、届いたメッセージ。
『Don't be afraid to fall in love with me. If you love me, life will be beautiful』
"恋に落ちる事を躊躇わないでくれ。キミが愛してくれたなら、人生はどれほど美しいか。"
Darling, you've just caught me.
オレを捕まえるのが上手だね、ゾロ。
笑って返信を出した。
『I've just fell for you again, Kiss、kiss』
"またアナタに深く嵌ったよ、キス、キス。"
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