一瞬、空気が動いた。
す、と視線を上げた先、黒いウールのロングコートを着たゾロ。
肩をそっと押されるようにして、オレに一歩近づいたのは。
キャメルのハーフコートにヴィンテージデニムの、サンジ。
真っ白いマフラーを首に幾重にも巻きつけてあって。

…ああ、そうか。サンジはこの寒さが苦手なんだな、と不意に思い当たった。
サンジの瞳が、揺れていた。
じっと視線、注がれてるのに。
「…ハァイ。寒いでしょ?座ってよ」
笑ってみた。
「…サンジ、座れ」
ゾロが、サンジを。奥に座れって促していた。
…ちょっぴり胸が痛いのは、感傷。
大丈夫、オレはカレに返しにきただけ、だから。

オレのより薄い蒼の瞳に、ふわ、って涙が満ちて。
一度ゾロを振向こうとしたサンジが、立ち上がっていたオレに、きゅう、と抱きついてきた。
「久し振り、サンジ。会えて嬉しいよ」
こめかみに口付けを落とすと、僅かな雪の匂い。
ふ、と湧き上がる想い。
オレは本当に、コイツのことがスキ。
もう一人の、"サンジ"。

くう、ってまわされた腕に力が入った。
ぽんぽん、って背中を叩いて宥める。
「ベイビィ、コートとマフラ脱がないと。外に出れなくなるよ?」
そう言うと、くすん、とカレが笑って。
さらり、と金色の髪を撫でた。
少し戸惑ったサンジが、す、と頬にかすかに口付けを落とした。
笑う。

「大丈夫だから、顔を見せて?」
ゆっくりとカレの腕が解かれた。
そうっと距離が、熱が離れる。
もう一人の"サンジ"、セクシュアルではなく、ナルシスティックでもなく、愛している人。
目を合わせて、ほんのかすかに微笑んでいた。
もう一度、さら、と頭を撫でた。
「元気そうでよかった」

隣の、…オトコに目を移した。
黒のロングコートの下は、ダークグレーのタートルだった。
黒のスラックスに黒のコートだったから。
相変わらず、闇に溶けるオトコだね、ゾロ。
ダークグリーンのサングラス、取り去られ。
深いグリーンの目が合わされた。
ふ、と目元、苦笑いが浮かんでいた。

「…挨拶しやがれ、バカ」
笑って言ってみた。
「…サンジ」
「オレの名前は挨拶じゃねェ」
「…元気で、よかった」
「それは感想だろ?」
「…もう一度、会えるとは思っていなかった」
「うん、マシだね、ソレ」
笑ってみた。
なんだか泣きそうだった。

「久し振り」
「…久し振り」
戸惑った腕が、オレを引き寄せた。
きゅ、と腕の中、閉じ込められた。
目を閉じて、味わう。
懐かしい場所を。

とん、とゾロの胸を突いて離れた。
する、と腕が遠のいた。
唇を噛んで、痛みをガマンした。
笑って、ゾロの隣に座ったサンジに目を遣った。
脱いだコートとマフラを脇に置いていた。
オレが座って、ゾロも座って。

…なんだろう、いい年したオトコが3人も、アメリカ合衆国の中で多分、一番に賑やかな街の、カフェの片隅で。
泣く事も出来ず、言葉を捜しながら、座ってるなんて。
唐突に、笑えてきた。
職業、アーティスト系。
三人揃って。
「…バカだね、オレたち」
呟いてみた。
「…あぁ」
グリーンアイズを仄かに揺らして、ゾロが笑っていた。
ロマンチストめ。テメェは泣いてみせやがれ。
心の中で茶化す。
「Three stoogies(さんばか)」
サンジがぽそって言った。
瞬時に思い浮かんだのは、白黒映像のコメディアンたち。オマケに観衆の笑い付き。
「金になりそうもないよね、オレたちじゃ」
「ムリだねェ」
サンジの言葉に、ふ、とゾロが笑った。

メニュウを差し出した。
「コーヒー、飲んでかないと。追い出されちゃう」
笑って二人に言ってみた。
「この気温で、それはカンベンして欲しいな」
低い、懐かしいゾロの声が、言った。
「サンジ、コーヒー飲めるよね?」
覗き込んだ、金色の髪に隠された目を。
サンジのそれも、す、って合わされた。
笑う。
「アタリマエ、」
…オレたち、双子でも通るかもねぇ。
「じゃあ、選んで。おなかすいてたら、なにか頼んでね」
にこ、ってサンジが笑ってた。
…うん。その笑顔、変わってないよ。よかった。

「ちなみに、ここのオススメは、アイリッシュ・コーヒーな?オレは誓約で、飲めないけど」
オレの言葉に、ゾロが眉を上げた。
「誓約?」
「ウン。オレが勝手に誓ってるようなモンだけど」
アイツのいない場所では、酒を飲まない。
どんなに弱くても。
それが、自分で決めた事。

「カフェ・ロワイヤルもあるよ、ココ。サンジ、まだ寒いなら、お酒の入ったヤツを選ぶといいよ」
手っ取り早く、暖かくなれるから。
「ウン、予想以上に。寒いね、」
「明日産まれるオトコノコのせいだよ」
サンジの言葉に、ジョークを言ってみた。
「エル・ニーニョ(小さい坊や)、か」
ゾロが笑った。
エル・ニーニョ、幼子イエスを指し示すこともある。
サンジが小さく笑った。
「じゃあ敬意を表して、カフェロワイヤルにしよう」
「オレはエスプレッソだな」
「うっわ、つまんねぇ選択」
ゾロの選択に笑った。
サンジに向き直る。
「いい選択だ、サンジ」

ゾロが片手を挙げて、ウェイタを呼んでいた。
「オマエは?」
「オレ?うん、待ってる間に1杯飲んで。今チョット胸焼け中」
にゃはは、って笑った。
「なんだよ、ソレ?」
「内臓器官、弱いかもしんない、オレ」
にこお、って笑ったサンジに、軽口を返した。
ゾロが、エスプレッソのダブルと、カフェ・ロワイヤルと、水をオーダしてた。
…くそう、優しいオトコだな、相変わらず。


ウェイタが現れるまで、言葉を失ったまま、時間が流れた。
三人で涙ぐんで。
分類付けられない感情の波に、攫われて。
居心地は悪くない、なのにどこか焦燥感が底に蔓延っているような沈黙。
なにをどう切り出せばいいのかわからないまま、時間だけが流れていった。

かちゃん、と僅かな音が届く前に。
気配を感じたのだろう、ゾロが通路を見遣った。
ふ、と濃いアロマが届いて、テーブルに到達したウェイタが、ソーサを2個とグラスを持ってきた。
す、とサンジがゾロを見遣っていた。
「あ、勝手はわかってるので、置いていってください」
オレはウェイタを見上げて、小さく微笑みを浮べた。
マスターシュを蓄えた店員は、ふ、と小さく笑みを刻んで。
静かな足取りで奥へと消えていった。

ゾロの前に、デミタス・カップを。
サンジのまえに、ウェッジウッドのスタンダードを。
角砂糖が上に乗ったスプーンを、サンジの前に出した。
「持ってて。まだ中に入れちゃダメだよ?」
一緒に置かれたマッチを取った。
「…ああ、これなら飛んじゃうから、あまり意味がなかったかも」
先ほどの会話を思い出して言った。
サンジが、ふわ、と笑みを口端に上らせて。
「あ、やってくれるんだ?」
少し掠れたような声で言った。

「…知ってたんだ、これ?」
笑った。
す、とマッチをすると、一瞬で硫黄の匂いが鼻に登る。
サンジが受け取って持っていたスプーンの上、ブランデーを含んだ角砂糖に火を点けた。
立ち上る、ブルー・フレイム。
じわ、と溶けていく角砂糖。

もしかしたら、愛情というのは。
この炎のように、魂を溶かして燃えていくものなのかもしれない。
一瞬で浮かんだイメージ。
チガウ、きっとコレは、命そのものだ。
目の前のゾロと。
柔らかく炎を見詰めるサンジからは。
この柔らかな蒼のイメージが浮かぶ。

「コドモのころ、ヒトの真似をして前髪焦がした」
溶けてじわ、とスプーンに広がる砂糖を見ながら、サンジがそう言って、唇の端を引き上げていた。
「そっか。オレがコレを知ったのは…オトナになってからだったなぁ」

飛来する、昔の記憶。
ゾロを知る前の、自分。
ゾロを知って、変わって。
ゾロと別れて、変わった。
けれど、どの変化も…厭わない。
過去の自分が在ったから、今の自分がいる。だから。
すう、と炎をコーヒーに溶かし込んだサンジに、笑いかけた。
「炎を消しちゃ、ダメだよ」
言葉に意味を含ませた。

ああ、きっと、この二人は。
さっきの炎のように、儚いんだろう。
ゾロは、強くて、きっとサンジを守るのに。
どうしても…どうしても、その先が思い浮かべられない。

「ウン?―――あぁ、クセなんだ。よく怒られた」
サンジが少しだけ、微笑んだ。
「最後まで…燃やしてあげなきゃ」
アナタタチの命も。
途中で手折ってしまわないで。

ゾロを見た。
柔らかな苦笑を刷いていた。
バカヤロウ、意味を解ってるんだろう?
口の中で毒づいた。
く、とゾロが眉を僅かに跳ね上げて、苦笑が更に深まった。
ばぁか。
ああ、オレ、泣きそうだ。

ひとつ、息を飲んだ。
痛む喉、無理矢理開かせて。
言葉を押し出す。
「…スキだよ」
想いが、溢れる。
「ゾロ、オマエも。サンジ、オマエも。オレは、どうしても、スキだよ」
笑った。
涙が勝手に零れていった。
「オマエたちが、船を降りていった時も、今も。本当に、スキなんだ、オマエたちが」

ゾロが、じっとオレを見ていた。
サンジは、カップを置いて。そして、どこか酷く痛いような顔をしていた。
「…ごめん、本当は泣きたくないんだけど。勝手に…零れて」
笑う。
また涙が零れていく。
ぽたり、と雫がテーブルに落ちた。
眼鏡を外して、顔を蔽った。
「オマエたちが、ほんとうに好きなんだ。どうしようもなく」
袖で涙を拭いた。

ゾロの指がぴくりと動いて。けれど掌に握りこまれた。
変わりに、サンジの手がすう、と伸ばされて。
差し出されたのは、白いリネンのハンカチ。
「…アリガト」
受け取って、笑った。
世界がほんわりとぼやけていた。

「ほんとは…」
サンジがそう言いかけて、口を噤んだ。
瞬いてから、サンジを見上げた。
「…なるようにしか、ならない、何事も」
ゆっくりと告げた。
「どんなに厭っても、悔やんでも。なるようにしか、ならない」
「…ああ、そうだな」
ゾロが低い声で同意していた。
コレはゾロの口癖。何度も聞かされた、前に。
『神を信じないから、人生ってヤツが決められた運命のもとにあるとは思わないが。
人生は選択の連続で、その向こうに結果が繋がっているのだから。なるようにしか、ならない、何事も。』

そしてオレは、あの時、選んだんだ。
そして、そのことを、後悔なんかしていない。
ちゃんと、伝えなきゃいけない。
泣いてる場合じゃないんだ。
一つ深い息を吐いて、言葉を紡ぐ。

「オマエたちが船を降りて。オレは確かに泣いたけど、でも」
間違えないで欲しい。
「オレは、最初のあの夜に、ネコに愛されたことも。オマエたちが二人で行く事を決めることを止められ
なかったことも」
涙、止まった。
「後悔してない」
ゾロと、サンジの目を、見た。
サンジがうん、ってとても静かに言っていた。
「オマエたちが、オレにお別れを言ってくれなかったことが、すごい…寂しかったけど」
言えなかっただろうことは、理解してるけど。

「…どの面下げて、言えるっていうんだ?」
ゾロが柔らかな声で言った。
「うん、だから、責めてないよ」
オマエたちを責めることなんか、できない。
サンジが、きゅう、って目を閉じていた。
…オマエを傷付けたら、ゴメンな、サンジ。
「きっと、オレは…言われてたら、酷く泣いたと思うし。オレが泣いてたら、オマエたち、バカみたいに
優しいから…オレを気遣って、行かない、とか言い出したかもしれないけど」

ゾロの手を取った。
薬指に、プラチナのリング、オレの知らない。
サンジの右手も取った。
反対側、ゾロと同じデザインの、飾りの何もないシンプルな輪。
ぴく、とサンジの手が動いた。
ぎゅう、と握り締める、二つを。
「…もし、あの時、二人が行かなかったとしても、きっと心は離れていっただろうし」
一つ息を吐く。
「三人で不幸になるよりも。二人が幸せになってくれるほうが、オレは嬉しいから」
偽善、なのかもしれない。だけど。
オレが導き出した答えは、いつもそれだったから。

「…あ、でもね?」
何か言いたげに口を動かし、結局それを噤んだゾロに笑った。
「オマエたち、多分なにも聞いてないで、引っ込んでるだろうから、知らないだろうけど」
サンジが、じいい、とオレを見詰めていた。
笑いかける。
「あの後、オレ、カメラマンに、慰められて。シャチョウに慰められて。もう一人のサンジと、後からやって
きたサンジにも、慰められて。その後…」
シャチョウ、って言葉に、サンジがふ、と笑っていた。
ぎゅ、と更に手を握り締める。
「その後、ゾロに、愛された」
二人の手に、交互に口付ける。
「それで、オレもアイツを愛したんだ」

今も、愛し合ってる、と告げると。
ゾロが、そうか、と低い声で言っていた。
「…オマエに感じた感情は、間違いなく愛情で。オレはオマエに恋をして、愛したけど」
そんなゾロに笑いかけてみた。
「…いまでも、オマエを愛してるけど。前みたいな激情じゃないし」
サンジを見る。
「ゾロ、今オマエに感じてる愛情は、サンジ、オマエに感じてる愛情と、同質のものだから」
笑いかける。
サンジがゆっくりと瞬きをして、僅かに首を傾けた。
「…オマエたちが、幸せであるよう、願ってる」
…ああ、本当に伝えたいことは、それだけ、なのかもしれない。
「オマエたち二人が、オマエたちなりに幸せであるよう、この先も、ずっと祈ってる」
目を閉じて、二人の手にもう一度口付けを落とした。

とても微かなサンジの声が、オレの名前を呼んだ。
「…ん?」
目を開いて、サンジの硬質な蒼の目を見た。
僅かに潤んだ、目、柔らかな眼差し。
「―――オマエ、…すげぇ、バカだぞ…?」
「うん…いっつも言われてる」
くすん、と笑った。
「だけど、本当のことなんだ」
「大バカだよ、オマエ」

どんなに考えても、思い抜いても。
オマエタチを、嫌いになれない。
増すばかりの、静かな愛情。
く、とサンジが唇を噛んでいた。
泣きそうになるのを、押さえ込んでいるような。

「…オレ、な?」
そうっとサンジの髪に口付けを落としたゾロ。
だけど、それを見ても、もうどこも痛まない。
笑いかけた。
一つ短い息を吐いて、オレを見詰めるサンジにも笑いかける。
「ゾロにフられて、どん底にいたのに。すぐに、ロック・スターのゾロに恋をして。オレってば、どっかおかしいの
かな、って思ってたけど」
半分茶化して言ってみた。
それから、二人の手を、互いに握らせてから、離した。
「…やっぱり、今日までどっか、引き摺ってたみたいだ、恋心、こっちのロマンチストに」

自分の手を、ゾロから抜き出そうとしてたサンジの手を。
ゾロがぎゅう、って握り締めていた。
そう、それでいい。
もっと、ちゃんと握って、離すんじゃねェぞ、バカゾロ。

「でも、安心した。オマエたちにもう一度会って」
手をポケットの中に突っ込んだ。
体温で温まった、ライタ、取り出した。
ライトに煌く、スターリング・シルヴァの輝き。
「こっちのロマンチストがくれた、愛情の名残を、オレは愛してたって解ったから」

笑った。
表面に刻まれた言葉に、ゾロが苦笑を浮べた。
「オマエの魂と心の欠片、返す」
テーブルにコン、って音を立てて置いて。僅かに前に差し出した。
もう、これが灯す炎は。
オレが欲しいものじゃないし。
オレのものであってもいけないし。

「オマエ、バカだから。きっとオレのこと、どっかで気遣って、気持ち残していそうだから、先に言っておく」
ゾロを見上げて言った。
「全部、サンジに注げよ?」
そして、サンジを見て言う。
「オマエも。ヘンな遠慮とかしないで。全部きっちり受け取れ、な?」
ライタ、指で弾いた。
 
「これ、受け取っても困るかもしんないけど」
オレ、にくれたプレゼントだから。
「だから、別に、これ、オマエタチが置いて行っても、ちっとも構わないんだけど」
そしたら、オレは。これをどっかの箱に放り込んで。
存在を忘れて。
掃除の時に見つけたら。
思い出して、苦笑するだろうから。
気持ちは全部返したから、これはもう、唯の銀の塊。
「オレはもう、コレを使わないし、使う理由もないから。タダのモノになっちまったけど」
もし、受け取るっていうのなら。
オレの愛情を入れて渡すから。

「おれ」
サンジが口を開いた。
「オマエのこと、すごく好きなんだ、」
「ウン」
サンジがすう、と首を僅かに傾けていた。
さら、と鳴る金の髪。
オレとほぼ同じ色のソレ。
「だから。―――ジブンから、オマエのこと取り上げたんだ。なんだろう、そうしなきゃいけない、って思って」
「ウン」
くすん、ってサンジが笑った。
オレも同じ様に、くすん、って笑った。
「だってさ?」
「ウン?」

ゾロが、ふ、と隣で微笑みを浮べていた。
きっちりテメェは聞いとけよ、バカ。
ゾロに心で舌を出した。
「連れてけ、って我儘イキナリ言い出したのおれだし。オマエから、切り取ってこうとしたし、」
「そんなことはない」
ゾロが、やっと口を開いた。
「オレが、オマエを置いてでも…コイツと共に、在りたかった」
低い声。
懐かしいだけの。
「るせェヨ。おれ、いま、サンジと話してる、」
「オレが攫うって、言った」
サンジの目を見て、ゾロが強い声で言っていた。
「うん、そっか」
笑って言った。
もう痛くない言葉。

「そっかじゃねぇよ」
サンジがむぅっとして言っていた、聞けよ、って。
「聞いてる聞いてる!」
笑ってサンジに言った。
「うん、全部聞くから、全部言って」
「――――何話すつもりだったか忘れた。」
サンジが、拗ねたように言った。
「ゴメン。でも言って」

オマエの気持ち、ちゃんと聞いておきたい。
全部、受け止めるから。
む、としたカオでゾロを見ていた。
ゾロが、悪い、って呟いていた。
「口挟まないでくれよ?」
サンジがそう言って、すまん、って言っていた。
バカめ。"オレ"たちには勝てないクセに、張り合おうとするから。
笑った。


「オマエもわらうな」
「うん。ゴメンな?でもオマエがすげぇスキで。オマエのそういうとこ、すげぇスキで」
止まらないんだ。
微笑み。
「だから、」
止まらない笑みを抑えて、サンジを見詰める。
ゾロはじい、とサンジを見下ろしていた。
サンジは言いかけて、髪を触ろうとしてまだ握り込まれている手に気付き。
苛々、とソレを引き出しにかかっていた。
…もう片方、手が空いてるのにね?
…かわいいなぁ、ホント。
オレ、ゾロじゃないけど。オマエのこと、マジでスキ。
ゾロのヤツ、きゅ、とサンジの手を握ってから、そうっと離していた。
かわりに、デミタスを持ち上げて、エスプレッソを一口。

神妙に聞いとけ、ばぁか。
なんだか、くすぐったいような気分になるのはなんでなんだろうなぁ?
恋をしているこの二人に、適わないと知り尽くして、なおも気軽に恋している気分だ。
うきうき片思い。
って、神妙に聞かなきゃいけないのは、オレもそうなんだけど。

「だから、っておれさっきから、だから、ばっか言ってンじゃん…」
サンジが落ちかかる髪を梳き上げて。
はぁ、と一つ息を吐いてから、言葉の続きを言っていた。
「…ゆっくりとでもいいから、全部聞かせて」
サンジにそうっと言った。
「全部、知りたい」

「オマエのこと、好きで。だから、オマエのことを好きなコイツが好きなんだと思ってた、さいしょ。」
ウン、と頷いた。
す、と心に言葉が入ってくる。
染み渡る、水のように。
「けど。違った。オマエに信じられないくらい酷いことしてる、ってわかってて。それでもコイツの腕のなかが
気持ちよくて、」
きゅ、とゾロが、痛そうな顔をした。
けれど、口は挟まない。
「もうさ?それこそ…あぁ、いっそ死んでオマエに謝ってもいいから、抱き合いたいな、って思っちゃってさ…?」
「…うん」

そ、とサンジがオレを見て笑った。
オレもサンジを見て、笑った。
解るよ、その気持ち。
「けど。頼んでもしてくれなかったんだな、コイツ。」
「できるか、バカ」
小さくゾロが呟いていた。
うん、オマエが正しい。
だから、それを言葉にした。
「オレ、そっちのが、恨んでたよ」
オレがどんなにその時苦しくても。
オマエタチが幸せであることを知るほうが、ずうっといい。

すう、ってサンジが目を細めた。
「だって、じゃなきゃ。どうやってオマエにこの男返せる…?」
「バッカだなあ、オマエも」
サンジの頬に、手を伸ばした。
サンジがフフン、って笑っていた。
「あのな、そういう時は」
トン、とサンジの唇に触れた。
「余すとこなく、全部喰っちまいました、って口を開いて見せてくれれば、いいんだよ」
ゾロが、なんともいえない表情を、顔に浮べていた。
くすくす、と笑う。
「あ。また茶化した。―――もうほんとに続きいわねぇ。」

「…他の人間は知らないけど。オレはほんとに」
拗ねたようなサンジの頬に、指を滑らす。
「心の奥底から。オマエが心底、このバカを愛しぬいてくれた、って解ったほうが、嬉しいんだ」
バカとはなんだ、って顔をゾロがしていた。
うっすら涙ぐんでるクセに。

届くサンジの声。
「……オマエ、底なしのお人よしだから。泣いてもぜったいそう言うと思ったから、」
「ほんとうに、そうとしか思えないんだよ。昔から、バカだバカだ、って言われてるけど」
オレの目を見詰めていたサンジに、笑いかけた。
「オマエの場合は特に。だってオレは、オマエを愛してるから」

「―――おれの中に、残ってるオマエへの気持ち。取り上げたんだ、他のといっしょに」
…やっぱり。オマエもバカだな、サンジ。
きゅ、と目を細めた。
「…じゃあ、さ」
置いたライタを取り上げた。
刻まれた文字に、口付ける。
「コレに。オレの、オマエタチ二人への愛を、込めるから。受け取って、くんねぇ?」
そしたら、オマエの、オレへの気持ち、残せるかな?

「―――サンジ。ヒトの話、きいてたか…?」
「ウン。だからさ、サンジ。そんなこと、しなくていいから。ちゃんと、持っててよ」
重い銀のジッポを、サンジの手の中に握らせる。
「オレは、オマエに想われたい。オマエを愛してるからさ?」
くう、と眉根が寄せられた。
痛そうな、表情。
「あのな?オレ。もっと欲張ってもいいって、許可が下りてンだ」
サンジに笑いかける。
ゾロがじい、っとオレを見ていた。
「だから、オレはオマエらに、想われたい。オマエタチに、オレへの緩やかで揺ぎ無い愛情を要求する」

恋慕はイラナイ。
そういったキモチはイラナイ。
「オレ、今、幸せで。これからの幸せも、約束してもらった」
オレが欲しい愛情は。
「けど、オマエたちにも。余裕がある時、アイツ、幸せかな、ってたまに、想ってもらいたい。元気で
やってるかな、って」
ダメかな?
オレ、求めすぎてるかな?
「なぁ?」
「なぁん?」

すい、とサンジの顔が、近づけられた。
「おれ、我儘なの、しってる…?」
「ウン?…まぁ、オレもオマエも"サンジ"だし?」
目をキラキラとさせたサンジに、ニ、と笑って見せた。
「おれ、いま。いくらオマエでも回せるだけの愛情、持ち合わせがナイ。」
「…フフン。オレはな?実は前向きなんだ」
ふふん、そういうこと言うか。
「オマエが、コイツだけを愛してるってそのことだけで。オレはオマエにも愛されちゃってる気分に
なれるんだよ」
オレが愛したバカを、オマエが最後まで愛しぬくんだろ?
それこそ、オレが求めてることなんだもん。
願ったり叶ったり、だぞ。

「あー、それ。ちょっと嫌だなァ」
「あ、そういうイジワル言うか!」
嘯いたサンジの鼻を、ぷに、って押した。
「ちぇ。まあ、オレの片思いでも。オレはオマエらのことも愛せて幸せだし?」
指を捕まえられて、柔らかな口付けを送られた。
にっこりと笑う。
「おれがどうしても、独り占めしてェから。オマエのことは1パーセントだけアイシテヤル、じゃあ」
「うん。嬉しい」
「―――サンジ、」
1パーセントも、くれるんだ?
「なぁん?」

すう、とサンジの表情が、真面目な色を帯びた。
じい、とサンジを見詰めて、言葉を待つ。
「おれ、生きててもいい、ってコイツに言われたから。イノチ預けてるけど。オマエから、まだオマエのこと
愛していていい、っていわれるとは思ってなかった。」
サンジがふわ、っと笑って、オレの唇に口付けを送った。
でも、と囁きが間近で零される。
「ひょっとしたら、おれだけ天国行き?それはカンベンだよなぁ」

「…オレ。天使に知り合いがいるんだ」
嘘だけど、確信のようなもの。
「頼んどいて。おれ、嫌だから」
「うん。このバカも一緒に引き上げてくれるよう、ちゃんと祈っておく」
にこお、って笑ったサンジの唇に、オレもキスをした。
「はァん?逆送願いだよ、ばァか。」
「フフン。このゾロは、昔の恋人で、いまでも愛してるからさ?」
とても穏やかに、だけど。
「やっぱオマエバカだから、0.3パーセントな?」
「うん、まあ、くれる余裕のある分だけで構わないんだけどさ」
だけど、まあ、聞いてよ。
「オレはオマエも愛してるから。オマエとセットで幸せでいて欲しい。できればそれでオレも幸せに
なれるように」
おおまじめなんだから、笑うなよ。
「オレのワガママで。オマエたちには、最高に幸せでいて欲しい」
オレは、いつまでも。オマエタチの幸せを、願ってるから。

「―――もう、信じられないくらい幸せだよ、おれ」
そ、とサンジが口にした。
ゾロが、ふんわりと笑顔を浮べて、そんなカレを見ていた。
「うん。それがずっと続くよう、祈ってる」
サンジが口を噤んで、それでもふんわりと笑っていた。




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