Arizona Noon, Honey Moon: EXTRA










午後遅く、アスペンに着いた。コロラドにまた、戻ってきた。
冬。夏に約束した通りに、「雪の見える場所」まで。


秋口に、アスペンに家でも探してくれと言ったなら優秀な「子守り」はちらりと笑いらしいものを掠めさせた。
「あぁ、ゾロ。珍しいことを仰る」
「いいから探しておけ、」
「了解。あまり広くないモノを見繕いましょう。どうせアナタはカレを手伝う気などゼロでしょうから」
にやり、だ。
笑いやがった、確実に今度は。
―――あぁ、たしかに。ご慧眼だよ、オマエは。

それから2週間ほどして、写真を何枚か見せられた。
街中から充分に離れた、広い敷地の奥にあるらしい物件のいくつか。
「どうです?」と。言って来た。
デスクの上に並べられた何枚かの写真をつら、と眺め。
「右から2番目のでいい」
スイスにでもありそうな作りの家だ。木の梁が目についた。
「あぁ、これですか。中々感じの良い管理人が、敷地の外れに住んでいますよ」
写真をまとめながら、しれ、と言って寄越してきた。
「おまえ自分で行って来たのか」
さすがに少し驚いた。
「また、貴方に死にかけられてはこちらが迷惑しますので」
「―――悪かったよ、」
さすがにソレを言われると謝るしかないだろう。
すう、と口端を引き上げてペルがわらった。
それが、いまから2ヶ月ほど前の話だ。


今日になってから、初めて実物を見たが。悪くなかった。
サンジは。NYから離れた途端に口数が多くなった、かもしれない。
それに気付いて少し苦笑した。
3日前に呼びつけて、ラガーディア空港で会った時こそ飛びついてきて例の「にゃはあ」って顔して笑って
やがったのが、2日目には微妙に居心地が悪そうだった。

「おまえ、ホンモノの野生児だな、」
雪で覆われたセントラルパークまで連れ出したときに言った。
「オレ、高層ビルの森って怖いよ」
ヒトの殆どいない雪の中を走り回りながら言っていた。
白くなった木の上から覗くビル群。見慣れたパノラマだ。
「……フゥン?良い景色だと思うがな、」
「怖いよ。だって人以外の物が、ほとんどいないんだもん」
赤いコートを着たばーさんと散歩に来ていた茶色い犬を捕まえて笑いながらサンジが言った。
そして、瞬く間に犬ごと雪塗れになっていやがった。

サンジの抱き上げた犬を引き取って。少し離れたところでにこにことしていたばーさんに渡す。
「カレといるとあなたの犬まで雪を食べ出しますよ、」
振り向いて、新雪を手に掬って口に持っていくサンジを頤で示した。
「まずい、」
うえ、という顔をしてみせた。
ばーさんが犬についた雪を払いながら、遊んでもらえてよかったわね、と犬に話しかけているのを眺めながら、
灰空に浮き上がるビルを思った。
そして、寒さはまったく気にしないで手を掃っているサンジを見遣る。
「別荘」行きを早めるか、と。思いついた。

「サンジ!」
「なぁん?」
ばーさんから会釈して離れながら呼んだ。
「雪払え、」
「ん」
走ってきて、かるく抱きついてきたサンジに言った。――――変な所が、四足みたいだな、おまえは。
ぱんぱん、とコートを叩いて雪を払い落としているサンジのアタマを引っ掻き回した。
「にゃう!」
「ハリー・ウィンストンに行くぞ?」
に、とわらった。

「ん」
「ネコちゃん、なんでもキミの好きなものを買ってあげよう」
芝居じみて声にだす。にっこりとサンジが見上げてきていたのを見つめながら。
「…欲しいもの、今手の中にあるから、別にいいのに」
「バカか?おれが甘やかしたいんだよ」
小さな音をたてて、口付けられた。
わらった。

「ハリーだからダイヤか、あぁ、でもオマエあまりそういうイメージでもないな」
「うん、そういったものより、ほしいものがあるんだ」
「あぁ、言ってみろよ?」
「端っこがフワフワな毛皮のコートが欲しい。長いヤツ」
珍しいことを言う、そう思った。
「ファーが欲しいのか?」
冷えた頬に唇で触れた。
「バックスキンがいいな。ムートン」

5番街へ出やすいゲートまで向かいながら話した。
「オーケイ。ただし、その前に」
「ウン?」
手触りの良い髪についた雪を払った。
「ジュエラーでも何か買わせろ。このシーズンの習慣なんだよ」
「うん、いいよ」
サンジがほわりと笑顔を浮かべていた。
「買い物が済んだら、"いいところ"まで連れて行ってやるからもうすこしガマンしろ」
からかい混じりにアタマに手を置いた。
「楽しみにしてる」
サンジの笑みがますます深くなっていた。

「明日。アスペンまで行こう、予定変更だ」
ゲートを抜けた。
「アスペン?ほんと!?」
途端に、ぱあ、と顔が明るくなった。目まで光を落とし込んで。
「あぁ、ほんとう。隠れ家を用意したから見に行こう」
「嬉しい!!」
「ハッピー・ホリディズ」
「ゾォロ、大好き!!」
「にゃはあ」笑いを仕出かしたサンジの頬を軽く撫でた。
「あぁ、オレもだな」
する、と手に頬を寄せてくる。
ほんのりと上気した頬が掌に気持ち良い。あぁ、手袋なんざするモンじゃねぇな、と思った。

「じゃあ、クリスマス・ショッピングといこう」
わらいかけた。
「うん!」
雪がまた降りだす前に。
満面の笑みで返してきた頬にもう一度掌を押し当て。歩き出した。]



5th Avenueを歩いている、らしい。
雪のニューヨーク・シティ。
華やかな店が並んでいた。
セトが好きそう、そう最初に思った。
オレ自身は、といえば。
最近コンタクトを取るようになったイトコが教えてくれた案を実行するために。
初めて力をいれて、ショーウィンドウを見ていた。
うん、エレガントだね。

あ、宝石屋さんだー…と思っていたら。
ゾロがく、と腕を引いた。
ハリー・ウィンストン…ああ、宝石屋さんだったんだ?
分厚い制服に見を包んだドアマンが、扉を開けてくれた。
「まずは、ここだ」
ちらほら、と雪が舞いだした道路から、温かい店内に入りながら、ゾロがそう言った。
「オレが選んでいいの?」
「あぁ」
ふぅん…?

ぱ、と店内を見てみた。
高い天井、カーペットのフロア。
分厚いガラスのショーケース。
壁に埋め込まれたジュエリ。
いくつかの写真。

店員さんが、にこり、と微笑みをくれた。
ちらり、とオレとゾロを見て。
…ふぅん、都会の人でも、目を光らせることがあるんだ、って思った。
つい、と彼女の目が、奥にいた年配の男性に向けられていた。
一瞬だけ。
「お客様、こちらへどうぞ」
す、と促された。
重そうな扉の奥。
…どこに行くんだろう?

より一層落ち着いた、店内、というよりはどこかホテルのラウンジのようなスペース。
女性の店員さんは、にこりと笑って、どうぞごゆっくりご覧になってください、って言って。
元来たドアを潜っていった。
代わりに来たのは、男性。
…あ、さっきの年配の人だ。

ゾロがソファに腰を落ち着けていた。
とん、と僅かに手を隣に置いて、オレを呼んでいた。
「?」
呼ばれるままに、ゾロの隣に座った。
男性が、名詞を出していた。
ミスタ・デラルーチェ。
「見たいものがあれば、彼に言えば良い」
ゾロの、とても"余所行き"の声だ、コレは。
思わず笑うと、店員さんもにこり、と笑ってくれた。
「どうぞ遠慮なく、リクエストを仰ってください」

「ハイ。あの、ネックレス、見せていただけますか?」
ちらり、と男性が笑った。
「わかりました。いくつかお出ししますね」
そう言って、ミスタ・デラルーチェが奥の鍵のかかった棚を開けていた。
引き出しを、一つ、引き出してきた。
目の前の、ローテーブルに置かれた重そうなネックレスの数々。

大きな石がくっ付いたものが、1本と。
細かくダイヤがあしらわれたものが1本。
太めのリボンのようなものが1本と。
蛇の身体のように滑らかに折り重ねられた、くの字を描いているものが1本。
「もうちょっとシンプルなもの、ないですか?」
訊ねると、男性がふんわりと笑って。
別の引き出しを取り出してきた。

細かい花のようなアシンメトリなデザインが連なった、ネックレスが1本。
なんだか、やっぱり蛇みたいな形をした、ダイナミックさをあらわしたようなのが1本。
んん、チェーンになんかジェムが1個くらいくっ付いてれば、それでいいのになぁ?
太いプラチナのチェーン…に、大きな石がこて、っとくっ付いてるの。
ううん、細い方がいいのになぁ?

一番シンプルな、アシンメトリなデザインのものをチョイスした。
隣でゾロは、面白そうにオレのことをみていた。
ほんとうにそれでいいのですか、って眼差しで、ミスタ・デラルーチェがオレを見ていた。
ううん、だってサ?………つけるの、オレだよ?
「これ、手にとってもいいですか?」
「どうぞ」
大きな鏡を持ってくれていた。
ううん…いまいちイメージ沸かないなあ…?

「ミスタ・デラルーチェ、」
ゾロが男性を呼んでいた。
店員さんが、す、とゾロに向き直っていた。
手の中の重たいネックレス…ううん?
とりあえず、戻しておこう。
ううん、細工細かいなぁ…オレが馴染んでる、インディアン・ジュエリと、まったく方向性が違うなあ。
石がいっぱい、キラキラしてる。

「あなたにとって物足りない程のカラットのトップと。細い中でも一番手の込んだチェーンを見せてくれないか?
どうやら彼は、重たいものが嫌いなようだ」
ゾロがにっこりと笑っていた。
「もちろんですとも、サー」
「以前連れてきたレディとは趣味が違うらしい」
ひらひら、とゾロが手を振っていた。
…ふうん、ゾロ。前に来た事があるんだ…?

ミスタ・デラルーチェが、更に奥の部屋に入って行っていた。
目の前の引き出し、出したままで。
く、とゾロの腕を引いた。
「―――ん?」
前のオンナノヒト…のことは忘れよう。うん。
そうじゃなくて。
「アナタは、どんなデザインがいいと思う?」
瞬いて、ゾロを見る。
「適度にデコラティブ」
「ここにあるもので、選ぶとしたら?」
オマエがシンプルだからな、って笑っていた。
「オレ、こういうデザインのものって見ないから、よくわかんない」
マミィが付けていることは、よくあったけど。

ゾロがつら、と並んだものを眺めて、言った。
「7割細くすればどれもいけそうだな、」
「…ふぅん?」
そういえば、太いものが多いもんねぇ…。

ミスタ・デラルーチェが、赤いビロードの箱に入ったケースを持ってきていた。
「女がネックレスを外されて溜め息をつくのは訳がある、」
「そうなの?」
「重いからだよ」
ゾロが小声で言って、に、と笑っていた。
「…確かに、重いよねぇ!」

お待たせしました、と言って。
目の前のソファにミスタ・デラルーチェが腰かけ、ぱかり、とケースを広げてテーブルに置いた。
さっきみた、アシンメトリなデザインの、とても細かいチェーン。
僅かにくの字を描いている、それでも艶やかなカーヴを描いているその先端には、涙の容をした、透明な宝石。
小さなダイヤのトップ。
…うん、これなら、いいかなあ?

「お気に召していただけましたでしょうか?」
「ハイ。とても」
にっこりと笑ったミスタ・デラルーチェに笑いかけた。
「これ、とてもステキです」
ゾロがオレの横で、ミスタと目をちらりと合わせて。
それから、す、と笑みを刷いていた。
「すぐにお包みしますので、少々のお時間をお許しください」
にっこり、と笑ったミスタが。
ゾロに手渡されたクレジットカードを受け取っていた。

「似合いそうだな、」
彼と入れ替わりに、さっきの女性店員が、紅茶を持ってきてくれていた。
柔らかな笑みを浮べたゾロに、ウン、と頷く。
「キレイだね」
彼女が、す、と頭を下げて、また出て行った。
ふわ、と香るダージリンのリーフ。
テーブルの上に残されたネックレスを見遣る。
「…ゾロは、ここに連れて来たの、オレで何人目?」
この大きな蛇みたいなチェーンの。
マミィが好きそうだなあ。

ゾロに目を向けると、眼が面白そうに光を弾いていた。
う、別に妬いてないもん…そりゃあ、少しは、だけど。
ゾロと一緒に、他にどんなとこに行ってたんだろう?
「さあ…?覚えていない」
「ふぅん」
こつ、とゾロの肩に額を当てた。
「全部、記憶から消しちゃえ」
チチンプイプイ、と呪文を唱えた。
セトに小さいころに教えてもらった、魔法の呪文。
だって、もう。オレだけがアナタを満たしたいから。
イラナイ記憶は、塗り替えちゃって欲しい。

くく、っとゾロが喉奥で笑いを殺していた。
「ねえ、ゾォロ」
小さな声で名前を呼ぶ。
ほとんど吐息のレヴェルで。
「オレってワガママかなあ?」
さら、と髪を撫でられて、顔を上げた。
「構わないさ」
ゾロの目元、柔らかな笑みを刻んでいた。
「…うん」
ゾロに笑いかけた。

しばらくして、ミスタ・デラルーチェが、電子手帳みたいなのを差し出していた。
ゾロが番号を押して、現れたページにさらりと付属のペンでサインをして。
クレジットカードと、レシートを小さなトレイに入れて、ゾロに差し出していた。
その後には、しっかりとしたデザインの紙袋を。
小さな布袋を引き出して、この中にお品物を入れてございます、と説明されて。
つ、と目線で。ゾロがオレに渡せ、って示していたから、オレが受け取った。
「ありがとうございました」
丁寧に頭を下げられて、店を出た。
次に目指すのは、コートを買うところ。
何処に行くんだろうなぁ?




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