毛皮を取り扱っている店。
上質のものをそろえているところは、あまり多くは無いみたいだ。
セトがスキなお店…だったような気がする…のうちの1軒、見覚えのある店名のところで、ゾロの腕を引いた。
「ココならあると思う?」
「ご名答」
ゾロがに、って笑っていた。
「では、ドウゾ」
ジュエラーの時と同じ様にドアマンにドアを開けられて、ゾロが頤で入り口を指すままに、入っていった。
女性の店員のひとが、やっぱり出迎えてくれて、少し笑った。
彼女の笑みが、深くなっていた。
「いらっしゃいませ。どうぞごゆっくり、見て回ってくださいね」
「アリガトウゴザイマス」
ざ、と店内を見回した。
こういうお店は、シーズンを先取りして品物を置く、って。前にセトに言われたのを覚えてる。
置いてあるかなあ?
「色は、」
ゾロの質問に、キャラメル色、って答えた。
ゾロはオレのこと、甘いっていうし。
丁度いいかな、なんて思って。くすりと笑った。
「よろしければ、お出ししますので。なんなりとお申し付けくださいませ」
胸のところ、シャーリー、って書いてあった。
ぐるり、ともう一度店内を見回してから、彼女に声をかける。
「あの、ミス・シャーリー、毛皮のロングコートが欲しいんですけど、置いてありますか?」
ぱぁ、って彼女の顔が綻んだ。
…………フツウに喋ってるよねえ、オレ?
「もちろんございますよ。どうぞこちらにいらしてくださいませ」
少し奥まった場所に通された。
何着か並んだ、ファーコート。
「こちらが今年のデザインのものでございます」
そう言って差し出してくれたものは、でも生憎オレのイメージしてたものじゃなくて。
「ええとね、デザインを言ってもいいですか?」
「はい、もちろんでございます」
にこにこにこ、と彼女が笑っていた。
ゾロは横で、やっぱり面白そうな顔をしていた。
「ええとね、ムートンのロングコートがいいんですけど。表面、できればバックスキンで。あとね…」
もう一人の店員さんが、エスプレッソをいかがですか、ってゾロに訊いていた。
「イヤ、それほど時間はかからないだろう?」
そうゾロが応えて、少し笑っていた。
店員さんの目が、キラン、ってしてた。
うん、ゾロ、かっこいいよねえ。
ふわふわな気分になる。
ミス・シャーリーに視線を戻して。
「襟のところ、できればふわふわした素材でできていれば嬉しいです」
手で仕種をしながら伝える。
「ボタンのほうがよろしいかしら、それともベルトで締めるほうがよろしいかしら?」
ミス・シャーリーが訊いてきた。
「…どっちでも構わないですけど。あ、あと。できれば裾のところも。ふわふわしてると嬉しいなあ」
「―――ベルト、」
ゾロがさらり、と言ってきて。
思わずゾロを見遣る。
「毛足は少し長い方が良い」
「素材など、リクエストはありますか?できるだけ、ご希望に沿った品をご用意いたしますが」
にっこりと付け足したゾロに、ミス・シャーリーが微笑んでいた。
…まあ、オレの希望は全部言ったし。
いいか。
どうする?ってオレに目線を戻したゾロに笑いかけた。
「オレの希望は、今伝えたので全部だから。できれば、おなじ系統の色で納まっててくれたら嬉しいけど」
「じゃあ、あとはシャーリーに任せよう」
さら、って頭を撫でられて、思わずふにゃ、って笑った。
小さな声でミス・シャーリーが笑いながら、承りました、少々お待ちください、って言ってくれた。
彼女が奥に行ってすぐに、オレにも差し出されたエスプレッソ。
サンドベージュのレザー・ソファに座って、店内を見回す。
直ぐにミス・シャーリーが、二人の男性店員と共に戻ってきた。
手の中には、いくつかのコート。
バックスキンのコート、だ。
最初にゾロと交わした会話が聴こえていたのか、全部キャラメル色…あ、フツウはキャメルって
いうんだっけ…?
だけど淵取りしている毛皮の色が、少しずつ違う。
ミス・シャーリーが、一つずつ説明していってくれた。
デザインは、どれもほとんど一緒みたいだ。
「こちらの黒っぽい毛のものと、白っぽいものは、シルヴァフォックスですね」
ああ、個体によって、色が少しずつ違うのはアタリマエだよねえ。
「こちらの、甘い茶色のものは、レッドフォックスですわ」
「こちらのは、ミンク」
黒いのと、白いのとを指差された。
「けれど、お求めになっているものより、少し毛足が長いかと存じますけれど」
ゾロも見遣る。
ゾロは違いがわかるのかなあ?
そうっと毛に触ってみた。
ふかふかだ……野生じゃありえないね。
「レッドかシルヴァーだな、」
にこり、とミス・シャーリーが微笑んでいた。
「同系列のお色でしたら、こちらのレッドフォックスのほうが落ち着きますわね。シルヴァフォックスの
毛ですと、コントラストで少し引き締まって見えますけれども」
よろしければ、ご試着なさってはいかがですか、と言われて。
一人の男性店員が、2つ以外のコートを持って下がっていって。
もう一人の男性が、両手にコートを抱えてた。
ミス・シャーリーがどうぞこちらへ、と案内してくれて。
ゾロがやわらかく促すように肩を押してきた。
うん、着てみたらわかるよねえ?
奥、大きなレッド・オークのクローゼットのところ。
大きなミラーが、扉の全面に貼り付けてあった。
ストリートからは区切られた位置の場所。
なるほど、コートだから、試着室まで行く必要がないのか。
着ていたウールのコートを脱いで、男性店員…ミスタ・アルフレッドが差し出してくれるままに、
一つに袖を通した。
シルヴァフォックスの方。
ああ、デニムには合わない素材だなあ。
丈が、脹脛の半ばまで届いていた。
甘い茶色のスキンに黒のフリンジと襟。
なるほど、引き締まるってこういうことなのか。
一度くるり、と回ると。店内、微妙な空気。しかも…。
…あれ?なんでオレ、見られてるんだろう?
まぁいいか。
ゾロじゃなくて、オレが見られてる分には。
ゾロが、す、と首を傾けていた。
「イマヒトツ、」
ゾロがミス・シャーリーに言っていた。
脱ごうとすると、ミスタ・アレックスが手を貸してくれた。
「アリガトウ」
「いえ」
短く言葉を交わして、レッドフォックスの方を着てみる。
…うん、全体的に、こっちのほうが甘いね?
鏡でチェックして思う。
…そういえば、こうやってマジメに自分が着るものを選ぶのって。
今日が始めてかもしれない…。
「もう少し艶やかに演出するのならば、カナディアンセーブルなどでもよろしいかと思うのですが」
ミス・シャーリーがゾロに笑って言っていた。
「サファイアミンクもお似合いになると思いますけれども」
スキンの部分を触ってみた。
うわ…手触りいいなぁ…馬みたいだ…。
ほわ、と暖かくなっていく。
内側が甘い茶色のムートン・ファーだから。暖かいのはアタリマエか。
くるり、と回ってみる。
スカートみたいに、裾が少し広がっていた。
まぁ、そうじゃないと歩きにくいか。
…べつに、コレ着て出歩くつもりないけど。
まぁ、でもそれは後で考えようっと。
「内側、何の素材ですか?」
ミスタ・アレックスに訊ねると、スペイン・ラムだって応えられた。
瞬時に頭を過ぎった羊の写真。
ふうん…肉は誰が食べたのかなあ?
く、とゾロに向き直る。
「どう思う?」
ゾロの前でも、一回転。
ゾロが気に入ってくれなきゃ、意味が無いもんねぇ。
「それにすれば良い、」
ゾロが小さく笑っていた。
…いいかな?
「コレにする」
「ありがとうございます」
ミス・シャーリーとミスタ・アレックスの二人に頭を下げられた。
「お召しになって帰られますか?」
「あ、いえ。包んでください」
「畏まりました」
そんな遣り取りを交わして。
やっぱり脱ぐのを手伝われて。
元通り、コートを着込んだところで、ゾロがクレジット・カードの暗証番号の打ち込みとサインをしていた。
クレジット・カード。
そういえば、ゾロのそれは、やっぱりシェリール、なのかなあ?
ううん、まあ気にしないでおこうっと。
オレが考え込んだところで、どうこうなるものでもしたいものでもないし。
大きなボックスの入った紙袋を手渡された。
さっきのジュエリも、一緒に入れておいたほうがいいのかなぁ?
「持てるか…?」
「うん。大丈夫」
ミス・シャーリーが何か言ってた。
「お車でいらしてないのでしたら、タクシーをお留めしましょうか?」
だって。
「イヤ、迎えを呼ぶからいいよ。ありがとう」
ミス・シャーリーが笑って。
数人の店員さんに、またのお越しを、って言われて店を出た。
ううん、すごいものを買ってもらってしまった…。
ゾロ、喜んでくれるかなぁ?
「気に入ったか?」
「うん。ありがとう、ゾロ」
す、と僅かに覗き込んだゾロに、微笑みかけた。
オレはとても気に入ったけど、アナタはどう思うだろう?
早くクリスマスにならないかな…。
わくわくしてきたぞう…!!
ゾロがコートから携帯電話を出していた。
ふわふわ、と大き目の雪が降り出していた。
す、とゾロの眼がオレに向いたのに気付いたから。
建物の間から見える空から、ゾロに視線を戻した。
「戻る前に、なにか飲んでいくか?」
柔らかな声。
ううん、と首を振った。
「早くアナタと二人きりになりたい」
笑いかける。
「了解、」
に、とゾロが笑っていた。
こつん、と頭をゾロの腕に押し当てた。
ゾロがドライヴァを、電話で呼び出していた。
す、と髪に一瞬だけ唇が落とされて。
小さく笑った。
ルカ、ってゾロが呼んでいた。
あ、昨日も来てくれた人だ。
雪で大変だから、気を付けて運転してきてね、ルカ?
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