雪に覆われた石組みのゲートを抜けて、クルマを進めた。
ここへ直接来る前に、ゲートを右奥へ随分と向かった先にある管理人の所へカギを受け取りに寄った。
70代に手が届くかという男が満面の笑みでこの雪だというのに、外に立っているのが見えた。

雪の中を降りて近寄れば、中へ入れと笑っていた。
ワグナーという名前の男だった。中で妻も待っているからぜひとも、と。
一緒に来た人間がまだクルマの中で寝ているのでエンリョする、と返事したならば。
カギを笑って寄越してきた。そして、自分達のログハウスの電話番号を書いたメモ。
なにか用があれば何時でもかまわないから呼んでくれ、と言いながら。
「妻も私も、主のいない家を管理するのは精がでなくてね、」
人辺りの良い笑い顔だった。

「冬だけでなく、夏もこの辺りはすばらしい。いついらして頂けてもいいようにしておきますよ」
「アリガトウ、」
右手を差し出した。
「あぁ、それから」
「うん?」
「明日のケータリング用のシェフですがね、」
言われて、思い出した。
ここへ早めにくる事を決めてすぐに、ペルにデンワさせていたことを。
「何時に来させますか?私から連絡しますので」
「―――10時からでいいかな、」
「勿論ですとも。それではその時間に私が連れて行きましょう。スキーなり何なり、でかけていてくださって
結構ですよ」

礼を言ってから、軽く手を振って別れた。
奥さんにもよろしく、と付け足して。
『中々感じの良い管理人』か。
ペルの言葉を思い出した。アレがヒトを褒めるのは珍しい、なるほどな。
近づきすぎず、遠すぎず。程よい距離を弁えているらしい。

家のカギを手の中で弾ませながら、クルマに戻った。
ドアを開けて冷気が入り込んできても。
窓際に身体を預けて熟睡しているネコがいた。
確か、アスペンの街中へ着く前から、眠っていたか?
ロッキーズのオオカミがどうとか言って、えらく熱心に話していたのはたしか何時間か前の話だ。
こそりとも物音がしなくなったので横をみたら、あっさり眠り込んでいたのを見つけて、一人で笑ったことを
思い出す。

「サンジ、"ベイビイ"」
ワザと節を付けて呼んでみる。
「…ん、…ロ」
「家に着いたぞ、」
エンジンをスタートさせた。
雪に覆われた一面に、木立があちこちに覗く。
「…………ゾロ?」
「オハヨウ」
ぱか、と。
眼が開いていた。

「朝?」
「あァ、とっくにな」
く、と目を擦っていた。そして小さく欠伸をヒトツ。
「仔ネコチャン。お目覚のホットミルクは自分で作って飲んでくれ」
視界の端、建物が見えてきた。
移り変わった景色に気付いて、にこりと上出来な笑みを浮かべていたサンジに言った。
「ミルクより、外を走りたい」
ヒカリを乗せて煌めいたブルーがこちらを向いた。
「オーケイ、よければここで降ろしてやろうか?あの先が家だ。後から来い」
少しばかりクルマのスピードを落とした。

「うん!!家で待ってて!!」
本気にしやがったか。
停める前にドアから飛び出していた。
「キチンとドアは閉めろよ」
ハーフにされたドアを腕を伸ばして閉め直しバックミラーに映る姿に付け足した。
雪の中を走り回っているらしい。
――――ホンモノの野生児だ、アレは。

あぁ、転がるかな、と思った矢先。
ミラーがその通りの姿を最後に映し出し、苦笑が勝手に零れた。
オマエが楽しそうでよかったよ、バカサンジ。
良いクリスマスを。



買物の後、一度ゾロの家に帰って、スーリヤさんが作ってくれたご飯を食べた。
ゾロの家には、たくさんのメイドさんたちがいて、パッキングをしておいてくれた。
スーリヤさんや、親しくなったゾロの家の人たちに挨拶してから、ゾロの家を出た。
ペルさんに挨拶できなくて残念だ、と思ってたら、ゾロが電話して、車を用意してほしいと言っていた。

スーリヤさんが別れ際に、私はいつコロラドにいきますか、って訊いてくれたから。
ホリディ明け、少し温かくなった2月頃にお願いします、って言った。
NYCは毎年大雪が降って、とても寒くなるけど。
都会の寒さと山の寒さは、質が違うから。
修行しましょう、って彼女が言ってくれたから、アリガトウのキスをした。
スーリヤさん、オレは大好きになった。

通話を終えたらしいゾロが、会話を漏れ聞いたのか。
「料理人がいなくなるなら、リカルドを呼ぼうか」
そう言っていた。
「それもいいかもしれないね!」
冗談っぽく言ってたけど。それ、いいアイデアかもしれない。
最も、リカルドが来るかどうかはわかんないけど。
「ジョウダンだよ、」
ゾロが呆れ顔で言っていた。
知ってるよう、そんなの。

笑ってたら、ゾロが玄関の方にいたルカさんに。
「ルカ!JFKまで行くぞ」
そう言っていた。
いつの間にチケットを取っていたのか、なんだかあっという間に飛行機に乗って。
トランジットを一回、そしてまだ暗いうちに、デンヴァインタナショナルに到達してた。

到着ゲートから出ると、ゾロの顔見知りの人が、迎えにきてくれていた。
どうやらペルさんの部下みたいだ。
車に乗って、少し先まで行って。
そこでゾロと運転を替わっていた。
…ああ、セキュリティのためだ、コレは。
カレはどうするだろう、とか思っていたら、ちゃんとカレを拾う車は用意されていて。
うん、ホテル業だって直ぐに始められるかもしれない、とか思ってしまった。
その車は、暫く一緒に走った後、すうって離れていった。

明け方のデンヴァ、エアポートから街中に向かう車は少なくて。
快適なドライヴを楽しみながら、最初は、ゾロにレッドやティンバーたちの話をしていたんだけど。
気付いたら、何時の間にか寝てて。
呼ばれて意識が覚醒したら、目の前には白銀の世界が広がっていた。
深い雪の中に来るのは、ほぼ1年ぶり。
寝る直前まで、リィやレッドやテインバーたちのことを思っていたから、思わず雪の中を走りたくなって
しまった。
何度も、彼らと遊んだときのように。

ゾロが、車のスピードを緩めてくれたから、飛び降りた。
雪の中。
ふかん、って身体が沈む。
車道、雪が固めてあったけど。飛び降りた先は柔らかくて。
新雪の中に飛び込んだ。
水の中を走るより、身体が重く感じる。
顔に触れる冷たさに笑った。
ここ、アスペンだよね?
聴こえるかなあ?

雪の中、仰向けになったまま、雪雲が引いた空を見上げて、喉を開いた。
この時間帯、彼らはほんとうはしないけれど。
リィに教わった合図。
腹の底から声を絞り出す。
声帯を傷つけないように、意識して。
帰ったよ、オレはここにいるよ、って。細く長く咆える。
遠く、森の奥から届いた、返事。
アオォォゥ、ってティンバーの声。
直ぐに別の声が聴こえてくる。
ランド、シルヴィ、スカーフェイス、ギブリ。
意識の向こうで、レッドの遠吠えが聴こえた。
この場所から離れたら、きっと彼らに会える。
ゾロの本質がとても近しいものたちに。

立ち上がって歩き出す。
途中で雪を掬って、口に放り込んだ。
キン、と冷えたソレ。懐かしい味がする。
僅かに甘い。
嬉しい。
I'm home again。

雪の中を歩いて、家に辿り着いた。
スキー用のパンツを穿いててよかった、デニムだったら今ごろずぶ濡れだ。
戸口でブーツの雪を落としてから扉を開けた。
温かい空気に触れて、表面の皮膚が一気に覚醒しだして僅かに痒い。
頭をぷるっと振って雪を落としてから、ダブルエントランスのドアを抜けて、温かいリヴィングに入る。

中のインテリア、なんだか…イギリスのクラヴハウスみたいだ。
シンプル、スマート、そして重厚。
マントルピースの側でコーヒーを飲んでいたゾロが。
「ニンゲン界へようこそ」
そう言って、に、って笑った。
「ただいまぁ!」

ゾロが座っていたソファに近づいて、唇に口付けを落とす。
「オハヨウのキス、してなかった」
「唇が冷えてるな」
「すぐに暖かくなるよ」
…それとも。
アナタが暖めてくれるのかな?

さらって頬を撫でられて笑った。
「飲め、」
「コーヒー?」
差し出された液体、コーヒーだ。
「あァ、そう」
「いらなぁい」
「―――フン?」
笑ってゾロの唇を啄んだ。
「こっちがイイ」
ゾロの膝の上に座り込む。

ゾロの片手、まだコーヒーカップを握ったままだ。
片腕は、落ちないように腰を支えてくれてるけど。
「ゾォロ、オレ、キスがイイ」
「おれはコーヒーがイイ」
ぺろりと唇を舐めてみた。
にぃ、って笑いを模ったソレ。
「………コーヒーに負けるの、オレ?」
それはちょっと哀しいなぁ。
「あぁ。おれはオオカミに負けたしな?」
ぐあ。
それはちょっとイタイ。

「アナタに会って貰いたくて、挨拶したの」
ますますにやりと笑いを深めたゾロの眼を覗き込む。
「Thank you my dear,」
「彼らは、もう一つのオレの家族だから」
丁寧な発音のゾロの頬に、口付けを落とした。
「ゾロは会いたくない?」
オレを拾ってくれたリィと。面倒を見てくれたレッドは、もういないけれど。
キョウダイのティンバーがいる。
そしてカレの群れが。

さらり、とゾロの指先が、オレの髪を掬い上げていった。
こつん、とゾロの肩に頭を預ける。
ゾロがそうっと繰り返していた。
こめかみのあたり、口付けられて、意識が綻ぶ。
そうだ、まずゾロにお礼を言わないと。
「ゾロ?」
身体を起こして、抱きつく。
「オレをここに連れてきてくれて、ありがとう」
返事の変わりに、さら、とまた頬を撫でられた。
「すっごい…嬉しかったんだ」
きゅう、って抱きつく。
ここへ、アタリマエのように帰ってこれるなんて、思ってなかったから。

そうか、って低い声が言っていた。
「気に入ったなら、いつでも好きに使えばいい」
「…アナタとここに来れて、嬉しい」
オレ一人だったら、寂しい。
「―――そうだな、」
「大好きだよ、ゾロ。ありがとう」
さらさら、と髪を撫でられて、頬に頬擦りした。
溜め息に似た吐息が零れる。
「すごいクリスマス・プレゼントだ…」
く、と抱きしめられて、嬉しくなった。

ゾロと冬を過ごすって言ったら。
ダディが電話口で、そうか、って一言だけ言った。
マミィは、とうとうベイビィもそんな年になったのね、って。
ダディの声、寂しそうだった。
マミィは笑ってたけど。

ホリディの間、一日くらいは顔出してね、って言われたけど。
ううん、ホリディ明けでいいや。
大学始まってから、一度家に帰ろう。
それまでは、ゾロと一緒。
ゾロと一緒がいい。




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