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 One day of the big cat * ある日の大猫サマ(1)
 『Warning: He’s a jaguar』
 
 
 ロンドン、所属しているバレエ・カンパニの稽古場近く。
 一人でカフェのオープンテラスに座っていたところ、相席をお願いされる。
 「ノンスモーキングならドウゾ」
 視線をちらりと上げたならば、随分と格好つけた男だった。片眉を引き上げ、また読んでいた新聞に目線を戻す。
 がたりと音がして、男が向かいに座ったのを無視する。
 
 「サングラス越しに新聞って読みにくくないかい?」
 視線をまた男に投げる。
 「気に入らないのなら他の方と相席をドウゾ」
 「うーわ、ビジンなのにキッツイねえ!ビジンだからなのかな」
 に、と口端をゆっくりと引き上げてやる。
 「If you wanna socialize, go find someone-else, Mr. Handsome」
 “話しがしたけりゃ余所行きナ、ハンサムくん。”
 ピュウ、と男が口笛を吹いた。
 「ツンケンしてるねー、もしかしてあの日?」
 
 手を挙げて、ウェイタを呼んだ。直ぐに若い男の子が遣ってくる。
 10ポンド渡してから、彼がトレイに乗せていた水の入ったコップを取り。男に向かって中身を飛ばした。
 ぎゃ、と男が叫んだところで、新聞を畳んでウェイタに渡した。
 「クリーニング代はそっから引いて。後、二度とこの店にゃ来ないから」
 何か言いたそうなウェイタを無視して、男のシャツの胸倉を掴んだ。
 「AND YOU. Try taking on some manner, bastard. Wash out your fuckin’ useless eyeballs too! Or should I just pluck them out for ya, for God’s sake?」
 “で、テメェ。礼儀ってモンを身につけな、クソ野郎が。その役立たずの目玉を洗って出直してきやがれ。なんだったら今抜き出してやろうか、あァ?”
 
 男は両手を上げて、身を竦ませつつ呟いた。
 「……“お兄様”とは露知らず、ゴメンナサイ……」
 「レディだったら尚悪いだろうがよ、クソがッ。セクハラで訴えてやる代わりにコレでカンベンしてやるッ」
 ばし、と頭を叩かれて、男がなにかに目覚めたかどうかは―――神のみぞ知る。
 
 
 
 (*怒れる大猫サマは“嵐の神様”<笑。セトちゃんを怒らせてはいけません、という教訓(?)。こんなところで、お預け状態で溜め込んだ鬱憤を少しはらってもらったり♪)
 
 
 
 
 
 One day of the big cat * ある日の大猫サマ(2)
 『Good days in the past, but not good enough as the present』
 
 
 「わぁお、セト?久しぶり。アタシよ、シーラ」
 パリ市内、シャンゼリゼ通りにあるカフェのテラスに座って、氷抜きのオレンジジュースを飲んでいたら、声を掛けられて驚いた。
 「シーラ?元気そうだね、パリでなにしてるんだ?」
 「仕事よー、相変わらず飛び回ってンのよ。はー、あんまりキレイになってるモンだから、びっくりしちゃった」
 キスしてもイイ?訊かれて笑顔で頷く。
 立ち上がり、サングラスを外してから。テーブル越しに軽く抱き合って、頬に軽いキスを二つエクスチェンジ。
 
 「それはオレのセリフ。つかオレが言われてどうする」
 笑えば、くすくすとシーラも笑った。
 「いいのよセトは。どこの雑誌だろうがお構いなく『世界で最も美しい人間100人』のトップ5常連なんだから。ビューティはビューティよ、ミューズのダーリンっぷりは健在よネ。ああでも、最近ますますキラッキラじゃないの。サングラスないと眩しいわよぉ?」
 「戻そうか?」
 「冗談デショ。元恋人の特権で、たっぷり間近で拝ませてもらうわ」
 「穴が開かない程度にヨロシク」
 軽い冗談の後。
 「セトはいい恋愛してるんだ?」
 そう潜めた声で言われつつ顔を覗きこまれて笑った。
 「シーラには敵わないな」
 「わ、やだ、あっさり認められちゃったわ」
 アハハハ、と朗らかな声が青空の下に響く。
 
 「急いでないのなら、珈琲でも?」
 声を掛ければ、時計を覗き込んだ彼女が斜め横に座った。
 「仕事はまだまだあるけど、セトと次に会える時間なんて解らないものね。ウェイタ、カフェオレを」
 慣れた風にウェイタを呼び止め、さっさとオーダを済ませたシーラのグレイアイズが見詰めてくる。
 「生き生きとしてるわね、セト?恋は順調のようね」
 ふわ、と笑みを浮かべれば、くすんと微笑まれた。
 「あーあ、ざぁんねん、アタシはそんなカオ、セトにさせてあげられなかったなァ」
 「シーラは相変わらず、心意気がオトコマエでカッコイイヨ」
 「それってグレードアップしてないってこと?」
 ぎろ、と軽く睨まれて、思わず笑い出す。
 
 「そんなわけない。ますますかっこよくなってるヨ、シーラ。アナタこそキラキラしてる」
 「セト程劇的じゃあないけどね」
 「シーラは元々キラキラしてるから」
 喜怒哀楽がはっきりしていて、照らされたミラーボールのようなきらめきをいつも放っているシーラを見詰める。
 
 ウェイタがカフェオレを運んできて、シーラの前にそうっと置いた。ちらりと見上げ、メルシ、と微笑んでから、また視線がこちらに向けられる。
 「アリガト。セトだけよ、そんなコト言ってくれるのは。もう他の人は散々。“キミってば爆弾みたいだ、”とか。“シーラ、アナタはピンボールのようだね、”ですもん。果てには“キミは蝶々よりは蜂のようだよ。忙しく飛び回ってるのを捕まえれば、ちくりと刺してくる”ですって。そんなもの百も承知で付き合ってくれてるんじゃなかったの、って思っちゃう」
 ふー、とマグカップの中身に軽く息を吹き当ててから、こくんと一口飲んだシーラがまた直ぐに続ける。
 「でーもセトはすっごい澄んだカンジよね。昔から真っ直ぐで純粋だったけど、今はもっとクラリティが上がったカンジ。その上、もっと柔らかいカンジ。前みたいに構えてるトコがナイわよねえ?」
 慧眼なシーラに、笑みを向ける。
 「実はネ、そうなんだ」
 「まーあ。相手の人、やっぱり年上?」
 「これが実は年下」
 「あ、そうなんだ?アタシ、セトは絶対年下のしっかり者を選んだほうがいいって思ってたのヨ。年上のうっかりちゃっかり者のアタシと付き合っといてナンだけどサ」
 
 あっはっは、と明るく笑ったシーラに苦笑が漏れる。
 「そういうシーラは?年下の人が今のお相手?」
 「こないだ別れちゃったのヨ、仕事に没頭してたらサ。ダメねアタシ、セトと別れた頃から成長してないワ」
 アッハハハ、と更に笑ったシーラの頬に触れる。
 「シーラに似合いの人が直ぐに現れるよ」
 「そぉ?アリガト。セトにそう言って貰えると、なんだか嬉しいわ。といっても、セトはもう新しい恋人サンにハートをがっちり掴まれちゃってるんでショ」
 「Heart and Soulだよ、シーラ。掴まれてるっていうよりは、オレがいくら渡しても足りないくらいなんだよ」
 告げれば、シーラのグレイアイズが僅かに見開かれた。
 「わーお、セト、アナタ、そんなに情熱的な人だったっけ?」
 「昔は違った」
 「そぉよね?素敵な恋人だったけど、イイ恋人ってわけじゃなかったものネ。アタシもだけど」
 
 くしゃりと笑ってカフェオレを口にしたシーラに、同じように笑みを返す。
 「イイ恋人になってあげられなくてゴメン。今更だけど」
 「あら、いーのよ。それはお互いさまってモンでしょ。でも、セトの恋人だった日々は大変だったけど、楽しかったわぁ。観てる世界が全然違った。そこが素敵だった」
 ふわりと微笑んだシーラにクスクスと笑う。
 「いい思い出をとっておいてくれて、アリガトウ」
 「どういたしまして。セトにとっては辛い日々だったかしら?アタシの方こそ今更ゴメンナサイ、だわよ。だからもう言いっこナシ」
 
 ぱちん、と軽いウィンクが飛んできて、思わず笑った。本当に昔と変わらない、チャーミングな女性だ。
 「シーラと過ごした日々は、ジェットコースタみたいだった」
 「それっていい思い出?」
 くすくすと笑うシーラに、もちろん、と頷く。
 「あの頃のセトって、すっごい紳士的だったけど、結構ドライだったものね。本当は楽しくないんじゃないかって思ってたわ」
 「楽しかったよ。シーラは可愛かったし」
 「そ?それ聞いて安心したわぁ。でも今の恋人とはどう?」
 「楽しいよ。可愛さ具合ではいい勝負」
 「あっはっは!本当に?」
 「普段はカッコイイんだけどねー、ちょっとした瞬間にすんげえ可愛くって参るよ」
 
 湧き上がるままの笑顔を浮かべれば。くすくすとシーラが笑った。
 「わー、セトがメロメロだわぁ!恋人サン、すっごいヒトね。セトをそんなに夢中にさせるなんて!尊敬するわぁ」
 「結構自慢。というか、かなりの自慢」
 「すっごーい、うわー、ちょっとアタシ信じられないわ。ねえ、アンドリュウも公認なの?」
 「会わせたよ。いい友達になったみたいだし」
 「ますますすっごーい。あ、この間、セトの表紙につられて買っちゃった。バレエ雑誌」
 「本当に?」
 「そう。セトがますます輝いてるから、アタシも頑張らなきゃー、って」
 「シーラはいつだって頑張ってるから。体調気をつけなね」
 「ウン、アリガト。セトはますます色っぽいから、気をつけてネ。前よりナンパ烈しくなったんじゃない?」
 
 す、とカフェオレを飲み終えたシーラににっこりと笑う。
 「最近、ボディガードを付けてる。マネージャもしてくれてるんだけど」
 「あら、そうなの?今日は一緒じゃないの?」
 「実はここで待ち合わせ。オープンエリアだから、そうそうたいしたことにはならないだろうって」
 「そうよね。でも通行人だけじゃなくてそこの角のオマワリサンも、さっきからセトのこと、ちらちらちらちら見てる」
 
 ふふ、と微笑まれて肩を竦めた。
 「知ってる、けどムシしてた」
 「あは!相変わらずね、セト―――さてと、アタシもう行かなきゃ。アポが入ってるのよネ。それさえなきゃセトとランチとかって思ったんだけど。あ、でも。セトの恋人に悪いか」
 「浮気を疑われるような愛し方はしてないヨ」
 「あ、強気発言!って言っても、セトは昔から恋人にとても誠実なヒトだったものね。そういうところは変わらないんだ。ふふ、でも嫉妬心なんて勝手なモノだからねー」
 歌うように言われて、苦笑した。
 「それは解る。でもきっとシーラのこと、気に入ると思うんだけどな」
 「アハハ!アリガト。でもアタシがアナタの恋人に意地悪しちゃうかもしれないから、会うのは止しておくわ。ま、どっかでまた鉢合わせることがあったらね、考えるケド」
 
 がさごそとハンドバッグの中を掻き回し始めたシーラに首を振る。
 「奢るよ。引き止めたのオレだし?」
 「あら、アリガト。じゃあご馳走になっておくわ。それじゃセト、元気で。怪我と病気には気をつけてね?いつでもセトの舞台が上手くいくことを祈ってるから」
 「アリガトウ。会えて嬉しかったよ、シーラ。アナタも色々気をつけて。仕事も恋愛も上手くいくことを祈ってるよ」
 「セトの祈りは効き目ありそー。ありがたく受けておくわ。唇にキスしたいけど、恋人サンに怒られちゃうから、ホッペね?でもその代わり、ハグはさせて」
 立ち上がったシーラの背中に腕を回し。ぎゅう、と抱き締めてから頬に口付ける。
 ぎゅう、と抱き締め返されたのと、頬にする、と柔らかな口付けの感触を受け止める。
 
 「セトの恋人の一人だったっていうのは、今でもアタシの自慢なのヨ」
 「シーラ。もっと素敵な女性になってナ?」
 「アハハ!だぁから!セトの恋人に恨まれるようなコトは言わないで。独占欲強い恋人なんでショ?」
 首元にキスマークが残ってるわよ、と告げられて、思わず笑った。
 「アラ。ゴチソウサマ。照れもしないくらい、それって当たり前なのね?」
 「オレのことを全部遣ったからネ」
 「あらヤダ。ほんとセトってば、変わったわー。今の顔、すんごいセクシィで思わずドキドキしちゃった」
 トン、とまた頬に口付けられて笑った。
 「恋人サンに大事にしてもらってネ。それじゃまた」
 
 ひらひらと手を振って、忙しそうにパリの街中に消えていったシーラの背中を見送ってから、サングラスをかけた。
 横にジェンが近づいてきて、サングラス越し、にっこりと笑ったのが解った。
 「セトの元カノジョ?すっごい明るい人だね」
 「いっつもオレのこと元気にしてくれた人なんだよ。お互い忙しくて、関係解消したんだけど。まだオレのこと覚えててくれた」
 「セトのことを忘れる人間なんて、ちょっとやそっとじゃいないヨ」
 二人分の伝票と、チップ込みの代金を合わせてウェイタに差し出して。
 「じゃあ行こうか」
 ジェンに笑いかける。
 変わらないようでいて変わっていく世界の中で、本当に変わらないものを見つけて。ほんの少し、幸せになる。
 
 店を出て、じっと見詰めてきている警察官の前を通り過ぎ。雑踏の中を通り抜ける。
 「今日のセトの買い物は洋服?」
 「そう。カジュアル・スーツと靴をね」
 「ムッシュの店には寄るの?」
 「ミクーリャ先生?寄ってみようか。新作が出ているかもしれないしね」
 「先生が居たら笑えるネ、セト」
 「でもその前に―――――」
 
 
 (*セトちゃんが二十歳くらいに付き合って別れた年上の元カノジョ。ばりばりのキャリアウーマン。生活スタイルが合わないから関係を解消したので遺恨ナシな二人。この後わんこに電話して、にこにこと嬉し楽しだった再会の報告をするのであろ。ちなみにトキちゃんのアトリエはパリにありますが、お店で会う確立は0.02%くらいかと思います)
 
 
 
 
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