しらなくても良いコトと言えば、もうひとつ。
サンジがその場を離れるとすぐに。

「ね。あなた、あのコたちのエージェント?すごく良いわ、どこかともう専属契約結んでるのかしら?新人でしょう?まだレジュメとかでも見たことないもの。もしまだならウチとどう?」
ナミは笑いを噛み殺すのに小難しい顔になっていたらしい。
「それとももう交渉中とかなのかしら?」
「あの、そうじゃなくて、」
「街撮りでも相当イイんだけど、せっかくだから、きちんとスタジオで撮りたいし、ぜひ事務所の連絡先教えて欲しいんだけど。もしかしてあなた、独立したばかりとかなの?」
美人エディターはナミの手を握らんばかり。
「ですからふたりとも、」
「二人が無理ならどちらか一人だけでも良いわ!あ。それとも、」
「だめなんですよ、あいつら。専属だから。お互いどうしの」
にーっこり、とナミ。
す、と美人の弓眉が引き上げられた。
アーメン、その2。


そうとは知らず。


「な、あれ、なんだ?」
サンジの目線を追うと、夕暮れ近い空、少し離れた丘の上に光の輪が回っていた。

比較的すいている店に入っても、一杯飲むか飲まないかの内に店内が急に混みあってうざい視線にさらされる。辟易して席を立つ。それを2ー3回も繰り返すと、さすがのマイペース男も学習した。通りをみたがるサンジのリクエストで窓や入り口辺りに席を取るから、コイツ目当ての客で(実はその半分は自分目当てということに剣士ご本人は無自覚)店内がぎゅう詰めになるのだ、と。

だから、ただ通りを流れる人に任せて、自分たちも歩いていた。何か適当に飲んで笑いあって。そこで、いまの質問。

島中パーティってことは、移動遊園地もあちこちに出ていて。
現にさっきも、サンジがイルミネーションで浮かび上がる回転木馬を飽きずに眺めるものだから、それにつきあわされたゾロは軽ーく三半器官がやられそうになった。
きらきらとした光の中で笑うこども。若い母親。
サンジの視線の先にはそんな景色があり。

「ああ、観覧車だろ」
「へえ。俺、実物初めてみた」
海を望む丘の上の移動観覧車。
「・・・おい。まさか乗りたいとか言うなよ」
「ゾロ。愛してるぜ?」
サンジの反則勝ち。無敵の出し惜しみ笑顔付き。

「ああ、近くまで来るとやっぱデカイな!」
屋根が無く、半円で囲われたベンチのような形をしたゴンドラが、いくつも取り付けられた輪がゆっくりと回っている。さすがに、観覧車しかない離れた小高い丘までやってくる物好きは少ないらしく人影もまばら。

素直に面白がってるサンジに切符きりの婆さんも愛想よく、「運が良いね、あんた方!もうすぐ港で花火があがるよ」と。
先にゴンドラに乗り込んで「揺れるぞ?!」とかやってるサンジに声をかける。

そして何を思ったか婆さんがゾロに耳打ちする。
「兄さんいいオトコだから特別に貸し切りで1周30分にしてあげるからね」。
いや、そんなのいいって、とゾロは言いかけるが、まあまあ照れるのはお止し、とサンジの隣に押し込まれ。余計なコトを、と言うまもなく輪がゆっくりと動き始めた。

海からの風が丘を吹き抜け、金の髪を揺らし。
元来寒がりのサンジがストールをもう一巻きし、顔が半分近く隠される。
そんな様子がおかしくてゾロはちょっと笑い。なに笑ってやがる、とくぐもった声で返されてもただかわいいだけで、思わず近くに引き寄せる。
体温が気持ち良いのか珍しくサンジも大人しく寄り掛かり。

ゆっくりと視界が高くなる。
へ・・・え、キレイだ。
街の灯が薄紫の暮れかけた空に映え、海はまだ茜の色を残しており。

がごん。
って音で輪の頂上に着いたゴンドラが止まる。
まさか?って下方を見やると婆さんが親指を立てているらしい姿が小さく見えた。
「あのババア、」
まだ地上を向き呟くゾロにすべてを察してサンジはひゃははと笑い。
「あ。花火だ」
その声とほぼ同時に自分の後ろ、ぱあっと暮れた空に光が散るのがわかる。
ひゅっと空気を切り裂く音。空に咲く色とりどりの花。海に映り。
現れては消える。

「すげー、キレイな」
すぐ近くに、空に見惚れている横顔。碧の瞳は光を映し。散る光はまるで降り掛かるようにおちてくる。
俺にとってはこっちの方がよっぽどキレイだ、ゾロは思考する。
あのババアといいさっきのコイツといい、うん、やられっぱなしは性にあわねえ、ゾロは決め、即実行。

ストールをそっとずらし、口づける。遊びじゃなくて。
ゴンドラが動きだしたのを感じ、唇を薄く浮かせる。
ふわ、と現れた濡れたような一対の碧、艶やかな、微かに染まる目もと。
細い腕が背に回され、胸元に頭をもたせ掛ける。囁かれたのは。
脊髄を直撃された。

バカみたいな言葉しか出ねえけど。ほんとにキレイだと思うから言うのに、おい、無視すんなよ。こら、ゾロ、聞いてんのかって言おうとしたら、キスされた。
反則だってくらいクる、触れるだけじゃない唇。
すぐに息があがって、意識がどっかいきかける。すげー・・・イい、おまえの。
息ができるようになっても縋るモノが欲しくて、ジャケットの背を握り締める。
胸に頭を預けて。髪を梳いてくる指の感触。う、わ、ハレーション、瞼の裏に。
花火じゃない、降参。
「ゾロ。」