☆ 24☆

ゾロが起きたのに気付いて。
サンジはパチンと目を開けた。

薄暗い部屋の中、大きなゾロの背中が見えて。

「…何時?」
「…起きちまったのか。今は…あー5時ちょい前」
ゾロが振り返って、やさしく囁いた。
「早ェ…」
呟いたサンジに、くすん、と笑って。
「寝てろよ」
大きな手がサンジの方に伸ばされて。さらんと前髪を撫で上げた。

サンジはうー、と応えて。
「どこ行くんだ…?」
「海。これから日の出だしな」
「そっか…」
くあああ、と欠伸をして。
「オレも…起きる」
ノソノソとシーツから這い出て。
「その辺の服、くれ」

ポポイと渡されたTシャツと短パンに着替えて。
ゾロは短パンだけで、まだ暗いビーチへと降り立った。
少し冷たい風が、砂浜を過ぎる。

「こっち、真東?」
「いや、違うな。少し、斜めだ」
「ふーん…」

サラサラとした、まだ熱せられていない砂に座り込んで。
白み始めた空を、ただ眺める。

昨夜見上げたときには、今にも降ってきそうに近く感じた星々が、今はゆっくりと遠ざかっていく。
遠くに広がる、少しカーヴした地平線に沿って、鮮やかに色付いていく。
海と空が割れて、海は明るんでいき。
空に現れた眩い光の筋は。大きくなるにつれて、黄色からオレンジ、そして濃い赤へと移りかわっていく。

「ああ、雲がはっきり見えるな」
「そういや、オマエ、視力弱いんだよな」

そして、黄金よりも眩い太陽が、地平線から顔を覗かせた。
いくつもの光りの筋が、空と海に広がる。
寄せては引く波の音が、大きく響くのに気にならなくて。

ゾロが立ち上がって、軽くストレッチ。
そしてそのまま、迷うことなく、海に入っていく。


きれいに整った、オトコの身体。
昇り始めた陽光を弾いて、ゆっくりと海に呑まれて行く。
振り返ることもなく、さぷん、と水に潜って。

立ち上がる波の下を潜って、どんどん沖へ出て行く。
海岸線から、遠くなったところで、何回か息継ぎのために浮上するのが見えて。
すぐに、見えなくなる。
ゾロを、見失う。

世界というものを考えた時に。
こんなに人に溢れる世界で。
ゾロと出逢った。
ゾロと惹かれあった。

それはすごい奇跡で。

きっとお互い、手を離す覚悟を決めてしまったら。
いつでも、どこか遠くへと。消えてしまえるのだろう。人並みに呑まれて。

けれど今は。
ゾロのいない人生なんて。
傍にあの野生の獣のようなオトコがいない人生なんて。

…考えられない。
思い浮かべることすら、できない。
ゾロがいないなんて、受け入れられない。
だから。

サンジはきり、と唇を噛んで。
Tシャツを脱ぎ捨てて、歩き出す。
すっかり姿を現した太陽が、明るく照らし始めた海の中へと。
ゾロを追って。
ゾロを追いかけて。
今はまだ、追いかけることができるから。
今ならば、追いついたら、笑って受け入れてくれるから。

明日は知らない。
明後日はいらない。
この先の運命なんて、解らないけれど。
ゾロの傍に、今、居たいと思うから。


思ったより高い波の下を掻い潜って、沖へ出る。
細かく息継ぎをしながら、辺りを見回して。
水中はまだ暗く、視界は利かないけれど。
傍に、行けるから。

とっくに足が届かなくなった深さまで、泳いで来て。
水面から顔を出して、身体を浮かせる。
すぐ傍で、ざぱん、と水音がして。
「来たのか、サンジ」
深く息をしながら、ゾロが言った。
「…オマエ、なんか、帰って、来ねェ、ンだもん」
杞憂に捕らわれたサンジに、ゾロはやさしく笑って。
「悪ィ。なんか、無性に、泳ぎたく、なってな」

だいぶん明るくなってきた空。
星はもう、消え始めていて。
熱を帯び始めた風が、頭上を過ぎていく。
ふい、とゾロに目を戻して。
「この辺、サメとか、いねぇ?」
「あーいる、かもな」

やってきた波を、水面に潜ってやり過ごし。
両手で、顔の水を拭って、ゾロが言った。
「アクセサリ、外してるな?時間的には、そろそろ、活動を終える、時間だから、水を、叩かなきゃ、ダイジョウブだろ」
「意外、だな」
「はン?」
「知識、あンだ」

に、と笑ったサンジに、ゾロは苦笑を浮かべて。
「サーフィンだって、できるぜ?」
「くああ!」
「なんだよ、そのリアクション」
ゾロが笑って。
「サーフする、ジャズマン!?ミスマッチ、すぎ」
笑いたいけど、ここじゃ笑えねぇ、なんてサンジが言って。

「クソ、オレも、なんか、特技、作っとくン、だった」
「はン?いーよ、ベツに、オマエ、そのまンまで」
「なーんで?」

ゾロの目が、ふわん、と柔らかくなって。
「オマエ、充分、特技、持ってる」
「なに?」
「愛されること」
「…は?」
「愛される、こと。すげぇ特技、じゃねぇ?」
「そう、なのか?」
「ああ」

ぷかん、ぷかん、と二人、波間に漂いながら。
なんだか、すごいことを聴いてしまったかも、なんてサンジが思っていると。
ゾロがに、と笑って。
「ほら、戻るぞ」
「あ、うん」

促されて、海に潜ると。
暗かった海は、随分と明るくなっていて。
深く潜って、上を見上げると。
ステンドガラスよりキレイな青が、頭上一杯に広がっていて。

サンジの頭上を、まるでイルカかサメのように自由に泳ぐゾロが横切った。
力強いフォーム。命に溢れる身体。とても愛しい。


永遠にこんな日が続けばいい、と。
サンジはふいに、何かに祈りたくなった。

その理由は、…わからなかったけれど。



☆ 25☆

シャワーを浴びて。
サーヴィスで置いてあったフルーツ・バスケットの果物を、のんびりと齧って。
昼前まで、ダラダラと寝て過ごして。
ポーターを呼んで、荷物を港まで運んでもらう手配を整えてから、手ぶらで島内の最後の散歩に出る仕度をする。

ゾロは黒のジーンズにオフホワイトのニットセーター。黒のスリップオンを、裸足に履かせて。フツウの青年が着たら、
どうってことのない服装。なのにゾロが着ると、そこはかとなく威圧感があるのに、サンジはこっそり笑みを漏らして。

そういうサンジは、というと。白地に紫の絞り染めのシャツを着て。下は黒の革ズボン。同じく黒のスリップオンを裸足に
履くが、ゾロのような剣呑さはちっとも出ない。

「なぁに笑ってンだよ、コラ」
ゾロが苦笑混じりにサンジを見下ろして。
「なんでもねぇ」

笑って応えて。
「なぁ、ゾロ」
「あン?」
「すっげ、スキ」
「…なンだよ、イキナリ」
「わかんねー。ケド、今言いたくなったから」
「そうか」

翠の瞳が、する、とやさしく蕩けて。
剣呑さが、魔法みたいに消える一瞬。
途端、どうしようもなく、スキ、という気持ちが溢れて。

『オマエを愛してるってコト。オレとオマエが知ってれば、それでいいことだけどな。たーまに、宣言したくなる。
オマエはオレのもんだって』

昨日、ゾロが言った言葉。
今、その気持ちが、すごくわかった気がする。
言葉だけじゃ、伝えきれない。
悔しいけれど。

酷く、気持ちが溢れて。
壊れた蛇口みたいに、突然手が付けられなくなる感情。
なぜだか胸が締め付けられる。
キュウキュウ、鳴いている気がする。
ムネがイタイ。

「ゾロ、すきだ」
「そうか」
「スキだってば」
「おう」
「スキだよ」
「…サンジ」
「マジで」
「サンジ」
「スキ」
「…サンジ」
「オレ、オマエが、スキだ」

「あんな、サンジ」
「…なに?」
ゾロが小さく嘆息して。
「そういう時は。キスするもんだろ?」
「え、そうなの?」
「胸がイッパイで、苦しいくらいなんだろ?」
「…ウン」
「じゃあ、試しにやってみろよ」

ゾロが、手招きして。
いつか身体を重ねた、リヴィングのソファの上。
ゾロを押し倒して、口付けをする。
身体に乗り上げて。
求めるままに、ゾロを貪る。

唇を合わせて、舌を絡ませて。
深く、荒っぽく、食い尽くす勢いで。
キス、なんて甘ったるいものじゃなくて。
砂漠で遭難したヒトが、やっと有りついた水を貪り飲むように。

角度を変えて、何度も合わせて。
隈なくすべてをなぞって、味わい尽くして。
その間中、ゾロはやさしく口付けを返して。
宥めるように、あやすように。
いつになく激しく口付けるサンジを、からかうように、舌先を踊らせて。

いままでこんなに口付けたことがない。
そんな長さで、思う存分キスをして。

柔らかく、バードキスを降らしてから、溜め息。
ゾロの大きな手が、サンジの頬を滑って。

「落ち着いたか?」
キス。
「ああ」
キス。
「そうか」
キス。
「つか、オマエ、ヨユウ」
キス。
「ダレが?」
ククッと笑って、キスが二つ。
「…オマエ」
「ねェよ、ンなもん」
口付ける直前で、止められて。

ゾロが口の端を吊り上げる。
「手。貸せ」
サンジが素直に手を差し出すと。
ゆっくりと、心臓の上に導かれる。

早鐘のように、鼓動が響いていて。
ゾロを見上げると。
「本気でスキなヤツに。ンなことされて、ヨユウでいられるヤツがいたら。よっぽどニンゲン出来てンのか、
ニンゲンじゃねーのか」
そして、今度はもう少し長めのキスを一つ。
「今ごろになって、挑発しやがって。後で覚えてろヨ、サンジ」

軽く下唇を噛まれて。
「スキだぜ、サンジ。他の誰よりも。何よりも。オマエが」
そして、低く歌うような声で。
「愛してるから。オマエは安心して、オレに愛されてろ」

そしてまた。翠の瞳が、間近で蕩けた。



☆ 26☆

3月4日の、まだ早い時間。
前日の昼過ぎにパーティ・アイランドを出発した船が、無事に港に着いた。
迎えに来たのは、やっぱりシャンクスのベントレーに乗った、咥えタバコのベックマンで。
なんだか増えた荷物に、眉毛を跳ね上げて、それから何事もなかったように、それらをトランクに入れた。

「…なんか、ほんとに至れり尽くせり、な旅だったなぁ」
サンジのその呟きに、ベックマンがククッと笑った。
「オマエたちを甘やかすのが、なによりの楽しみだからな、あの人の」
伸ばされた黒髪。結わいてもスグに解れる一房の前髪が揺れる。その下で、闇色の瞳が、柔らかに緩んで。

このオトコの瞳が物騒になる瞬間を、サンジは知っている。
そして、それがとても柔らかく蕩ける瞬間も。
このヒトが時折見せる、『世界でたったひとりの人』に向ける眼差しに含まれる、底の見えない絶望と…それを上回る愛情と。

ゾロがサンジを見る時も、そんな眼差しなのだろうか。
自分がゾロを見る眼差しも、そんなに感情が溢れているのだろうか。
ゾロと居る時、とても冷静ではいられないから。
自分では、そんなことはわからないけれど。

ゾロを見上げたら、翠の瞳が、ふわりと和らいだ笑みに崩れて。
指が伸ばされて、前髪をかき上げられる。

きっと二人で笑いあってる時には。
『バカみたいに蕩けたツラ』を曝しているのだろう。
サンジは目を閉じて、笑って。


車のトランクを閉じたベックマンに向き直って。
「朝早くから、アリガトウ」
サンジはその言葉と共に、小さな包みを差し出す。
「ベンさんに、お土産」
「…ありがとう」
ベックマンは、少し目を見張り。それから、に、と笑ってそれを受け取った。
「オーナーには、ナイショな」
ゾロが同じように、に、と口の端を吊り上げて言った。
「開けさせてもらって、構わないか?」
「どーぞ」

ベックマンが、タバコの灰を一度コンクリートに落として、咥え直し。そして、ラッピングをガサガサと開いた。
「…ネコ?」
「おう。なんか、似てねぇ?」
「そうそう。最初に見た時、すっごい似てるとか思って」

ベックマンがマジマジと小さな長毛のオレンジ猫のぬいぐるみを見て。
「…そうだな」
苦笑交じりに、柔らかに笑み崩れた。
そして不意にタバコを指に持ち替えて、やわらかくぬいぐるみに口付けて。
ベックマンが何かを口の中で呟いた。
サンジには、彼がシャンクスの名を呼んだ気がして。

「貰っておく。ありがとう」
「ああ、うん」
「…なに照れてンだよ、オマエ」
ゾロがぷに、とサンジの頬を突付いて。
「だってさ…!」

思いもかけず、やさしい表情だったから。
サンジはそれをゾロだけに聴こえるように呟いて。
「さ、乗れ。店まで送る」
「あ、ウン」
ベックマンに促されて。
慌てて車に乗り込む。ゾロも一度頭を掻いてから、すぐ後に続いた。



久々に帰ってきた、目覚めたばかりの都会。
窓の外には、車が溢れていて。
否が応でも、帰ってきたことを思い知らされる。

隣でゾロは窓のアームレストに肘を乗せて、目を瞑っている。
深くゆっくりとした呼吸。
しかし寝息は、よく耳を澄まさないと聴こえないくらいに小さくて。
そんなところまでゾロらしくて。
サンジは小さく微笑んで、窓の外に目を遣った。

…景色はもう、目に入ってはいなかったけれど。


帰りの船の中。
覚えてろヨ、と言われた通り、散々弄くられて、煽られて。
バカみたいにふたりで熱くなって、互いのすべてに溺れた。

快楽に霞んだ視線の先には、時に雄弁で、時に凍るように冷たい翡翠の双眸があって。

快楽の向こうに、笑みに紛れて。
ほら、痛みのカケラがある。
取り囲むようにやさしさがあって。
不意に弾ける愛しさ。
二つの個体が交じり合える歓び。
一つに溶け合ってしまえない苦しみ。

追い詰められる性急さに。
追い上げられる荒々しさに。

恋してる。
恋されてる。
とりかえしもつかないくらいに。
おさえきれないくらいに。
愛してる。
愛されてる。
全身から迸る想い。
与えて、与えられ。捕らえ、捕らわれて。

恋は、勝手に落ちるものだ。
愛は、勝手に捧げるものだ。
けれど。
恋愛は…独りじゃできない。

バックミラーに映る、黒髪の男の瞳。
今は鋭く、醒めた色を浮かべている。
目が合って。

「どうした、サンジ?疲れたか?」
低い声が車内にそっと響いた。
労わり、というものが、押し付けがましくなく染み渡った声。
今のサンジにならわかる。
その声が、愛するってことを知っているヒトの声だということが。
「まだ少しある。眠いなら眠っていなさい」
「…ベンさん」
「ん?」
「生き物は、どうして恋をするんだろうな?」

ベックマンがふ、と苦笑を漏らして。
瞳がさらに和らいだ。
「さぁどうしてだろうな」
「…ベンさんは。辛いとき、無い?」

鏡の中の瞳が反らされて。首が動いて左右を確認した後、車を左折させた。
「辛い時もある。辛くない時もある。辛いことが、ちっとも辛くない時もあれば、辛くないことが辛い時もある」
「…うん」
「サンジ」
柔らかな声が、響いて。
「楽しかったか?」
「うん…夢みたいだった」
「…そうか」
「すっげ幸せで。何度か…泣くかと思った」

ベックマンが、目だけで相槌を打った。
「ベンさんは、幸せで泣いたことある?」
「そうだなぁ…」
目を細めて、うっそりと笑って。
嘆息を苦笑に混ぜて、ポツリと言った。
「…そんな時も、あったかもしれんな」

それきり、やさしい沈黙をオトコは纏い。
サンジはちいさく溜め息をついて、ゾロを見た。
深く眠りに落ちているようで。
こんなに無防備なゾロを見るのは、珍しいから。

広い車内の中、ゾロの肩に寄りかかって。
目を閉じる。
休みが明けてしまうのを、惜しみながら。
意識はいつか眠りへと溶け出した。






 〜 epilogue 〜

3月29日。

華美ではないが、華麗。
威圧的ではないが、重厚。

マホガニーの家具で纏められた会員制ジャズバー、「サテンドール」。
専属のピアニストは、今宵も気分の赴くままに、スタンダードナンバーを流す。

程よい光りを店内に灯すランプの前には、新しくボトルシップが置かれていて。
あの島での日々がウソでなかったことを、物語る。
サンジはくす、とカウンターの後ろで笑みを漏らした。

時刻は11時半。そろそろ客は引き上げ始めるコロだ。
営業時間は、1時までだけれども。平日の夜、そんな遅くまでゾロのピアノを聴きに来ている客はいない。
ゾロだって、勝手気ままに弾いては止めるから。演奏は大体日付が変る直前か直後ぐらいには終わってしまう。
外からの見た目はただの民家だから、突発で一見の客は入ってこないし。
そもそもここの会員システムが、サンジには理解できない。
オーナーが趣味のためだけに始めた店だから、収益には拘っていないらしい。が。

その割には、オーナーもあんまり来ないけどなぁ。

サンジがそう思っていると。
ドアがすぅと開いて。
見慣れた人影が、戸惑うことなく入ってきた。
サンジに揃って、にこ、と人懐っこい笑みを浮かべて。
演奏のジャマにならないくらいの音量で、声をかけてきた。

「よぉサンジ!元気だったか?」
「遅くなったけど、誕生日おめでとうな」

若い黒髪と砂色の髪の、ただ今売り出し絶好調の二人。
甘える天才と甘やかす天才の、やさしいロクデナシペア。

「あー、なんかリフレッシュしてきたって顔してるね、ベイビィ」
にこにこと雀斑の散った顔に、満面の笑み。
「十分に甘やかされてきたな?よし」
にこ、と何かを確認した、明るいブラウンの瞳。
「なにが、よし、なんだよ」

「だって、なぁ?」
「なぁ?」
「二人で同じような顔して、ワケわかんないこと言ってンじゃねぇよ」
ケタケタとサンジは笑って。
二人のいつものオーダーを揃える。

エースはフォア・ローゼスの、オン・ザ・ロックス。
コーザはジャック・ダニエルの、オン・ザ・ロック。

「サンジがいないと、おれら揃って酒呑めないよ」
「どこのバーテンの連中も、最近、単数と複数のどっちかでしかオーダー受けてくんないしなァ」
「サンジくらいだよな、にこにこ笑顔で、おれらの好みできっちり作ってくれるの」
「なァ?」
「というわけで。これ、おれらからプレゼントな。G/M一同から、サンジに」
「というわけで、ってどういうワケだよ、エース」
ククククッとコーザが笑って、エースを小突いて。そしてサンジに向き直った。
「まだツアーの途中で。明日にはまたロードにでないといけないからさ。今日しか来れなくて悪いな」

エースとコーザが、交代でサンジに話し掛け。
二人揃って、に、と笑った。
「あ、ありがとう。今仕事中だから、後で開けさせてもらうな」
「今開けても、構わないと思うけどな。まぁ、ベイビィはマジメだし。そこがいいんだけどさ」
「エース、おまえ最近シャンクスに似てないか?」
「あ?おれァあんな性悪じゃねぇよなぁ?」
「どっちかっていうと、オマエは頭が悪いか」
ぎゃあ!酷ェ!コーザのいけずぅ!
小さくエースが叫んで。
「クククッ。オマエら、本当に仲がイイよなぁ!!」
サンジは小さく、ケラケラと笑った。

「そういやさ。シャンクスのオフィスでさ。でっかい黒犬のぬいぐるみ見たンだけどさ。あれ、お土産だって?」
ツマミのナッツを口に運びながら、エースが柔らかな眼差しでサンジを見上げる。
「ウン。ベンさんに似てるからって、ゾロが」
「ブッ、ぞ、ゾロなのかよ、アレ選んだのッ!?」
「あーあー、オマエもなぁ…そうやって零すなよ。ガキじゃねぇんだから。悪いな、サンジ」
思わずエースが落としたナッツを拾いながら、コーザが言った。

「射的の景品だったンだけどね」
「まぁ、いいんじゃないか?結構気に入ってたみたいだぜ、シャンクス」
サンジの言葉にコーザがに、と笑って。
「ベンさんさ、今なんかちょっと忙しいみたいで。まぁ、もともと会計士だし、そんなにいつもシャンクスの傍にはいないん
だけどよ」
「どうせだったら、シャンクスの秘書やってればいいのになぁ、ベンさんもさ」
エースがまたナッツを口に放り込みながら、半ば独り言のように言った。
「今日会ってきたら、ベンさんいなくて。秘書のエミリアがいたんだけどさ。応接間通されたとき、笑ったね」
コーザは構わずに、続けて。
「…なんで?」
「レザーの豪華なソファーの上にさ、金のプレートのついた首輪をつけた、どでかい犬のぬいぐるみが、こうどうどうと
寝そべってンだぜ?」
「そうそう、でエミリアちゃん、笑いながら言うんだよな。『エースさん、コーザさん。ベンベンをどかさないでくださいね?
ワタシが社長に怒られますから』ってさ」
「で、いつもならシャンが座る、一人がけのほうに座らされたの。オレたち。な、エース?」

ククッと肩を震わせて、エースとコーザが笑って。
サンジはポリポリとこめかみを掻いた。
「ホントにベンベン、って言うんだ」
「そうそう。シャンクスが、やっとおれたちに会いに出てきてさ。どかっとソファに座って、犬のぬいぐるみにコテンって
よりかかンだぜ?」
「『はーツカレタ、べんべんオレを慰めて?』とかってさ。オイオイ、オレたちといる時は遠慮ナシかよ、つか、どうせだったら、
本物にそれくらい甘えてやってくれよ、とか思うだろ」
コーザが笑って天を仰ぎ。
エースが下を向いてケタケタと笑う。
「でもな、エミリアちゃんが言うには。あのぬいぐるみがあそこに来てから。商談、アレなしじゃあやんないんだってよ?」
「ベンさん、あれを見ても、苦笑するだけだっていうからオトナだよなぁ、あンヒト」
「あ、ちょっと待ってて。客が帰るみたいだから」


客と対応している間に、コーザとエースはそれぞれのグラスを持って。本当に好き勝手弾いているゾロの方に歩み寄って
いく。
「ありがとうございました」
にこやかに客を送り出している間にも、楽しそうな声が溢れるピアノの軽やかな音の間を縫って聴こえて。
三人で、音遊びを始めたらしく。普段は歌わないエースとコーザが、ゾロのピアノにあわせて、何かを歌いだした。



ベックマンに車で迎えに来てもらった日。
二人は店の前で降ろしてもらい。用事のあったベックマンが車で走り去るのを見届けてから、店内に入った。
適度な明るさに照らされた店内。オーナーであるシャンクスは、ひとりここのスツールに座って、酒を呑んでいて。
珍しくタバコを蒸かしながら、のんびりと二人を迎えた。

店内に溢れるのは、CDコンポのスピーカーから流れ出るゴスペルで。
どこか気だるげに曖昧に笑って、サンジの頬にお帰りのキスをした。
「楽しかったか?」
「うんッ。ありがとうシャンクス」

首に腕を回して、感謝のキスを頬に落として。
「んで、ゾロ。オマエはどうだったンだよ?」
「…楽しかったさ」
「ふん。満足げなツラしやがって」
に、と笑って、タバコをの灰を落として。
「あーあ。オレもどっか、遊びに行こうかなぁ」
くあああ、と盛大に欠伸を漏らした。

「あ、シャンクスにお土産あンだ」
「はン?パーティー・アイランドのか?なんか掘り出しモンあったんか?」
咥えタバコで、に、と笑って。
「うん。ちょっと待ってて」

運び込んだ荷物のなかから、探し出して。
包んでいたラッピングごと渡す。
「気に入ってくれるといいんだけど」

シャンクスがタバコをもみ消して、ラッピングをガサガサと外す。
直ぐに出てきた、黒い犬の端整な顔に、一瞬目を開いて。
「…はっ!やってくれっじゃねーか、ベイビィ!」
「ああ、でも。選んだの、ゾロなんだよ?」
「はン。てめェ、ゾロ」
「なンだよ?」
「イイ趣味してっぜ?」
シャンクスが、に、と剣呑に笑って。
「アリガトウよ」
ガシッとゾロとサンジを、力任せに抱いた。
「イテェッ!」
「シャンクスッ!!」
「はっはぁッ!!気に入ったぜ、クソガキども!喜んで飾らしてもらおうじゃねぇか!」

腕を離して、にんまりと笑ってから。
ポケットを探って携帯電話を取り出し。
「…よぉ、ストライフ?オレ、シャンクス。一個頼みたいモンがあってよ…そうそう、首輪。…ばァか、犬用だよ、犬用。
…あァ?オレは奴隷はいらねェっての。バカ言ってンじゃねェよ。くっくく。…そう、犬サイズ…大型犬な。…金のプレートに、
ベンベン、って彫ってくれ。…ばァか、ちげェってのテメぇ。ツブすぞ?…そう、黒犬…デザインは任したからよ。
…ああ、頼む。じゃあな」
シャンクスは知り合いらしい人と、ゴキゲンで会話して。電話を切ってから、二人を見上げ言った。
「いいモンくれたな。これで当分遊べそうだぜ」
そしてとても嬉しそうに。

人の悪い笑みを、浮かべた。


「…なァ?」
囁いたサンジに、ゾロは視線を落とした。
「オレたち…もしかして、みやげ物、間違った?」
「はン?…いや、アレはアレでいいんじゃねぇ?」
ゾロはかりかりとこめかみを掻いて、宙を見上げた。

「けど…すげェことになりそうじゃん?」
そう言ったサンジに、ちら、と笑って。
「まぁ。それはシャンクスとベンさんの問題だろ?」
そして、ふう、と小さく溜め息を吐いて。
「とりあえず。荷物運んじまおうぜ?」

そしてゾロが、ふわん、と笑って。
「ただいま、サンジ」

甘くやさしく蕩けた瞳だった。



*誰かさんの誰かさんによる誰かさんのためのオマケ駄文*

4月1日。

シャンクスはオフィスで、一つの小包を受取った。
差出人住所は、パーティ・アイランド。
送って寄越した人物に、シャンクスは覚えがあって。
いそいそとスイス・アーミー・ナイフをポケットから取り出して、紐を切った。
びりびりびり、といっそ豪快な音でもって、包装紙を破いて。

「はは〜ん…やっぱりな」
にんまりと、笑った。
隣で、黒い犬のぬいぐるみベンベンの、特注の首輪が煌いた。

出てきたのは、装丁に惜しみなくお金をつぎ込んだと一目でわかる雑誌。
上品なレタリングに踊る文字は、『パーティ・アイランドに島民登録されている皆様だけに贈る:別冊Wild Steed春号限定版。特集ヴァカンス・アイランダーズ』
表紙は、真っ白いビーチに青い空、碧い海。

パラ、と表紙を捲って。

『憧れのヴァカンス・ピープル。
 今春の最大注目カップル』

特大のレタリングの下には、桜色の文字が羅列されている。

『名誉島民R氏とS氏の、密やかなホリデーファッション』
そして、ファッション・グラビアさながらに解説された、明らかにカメラマンの存在など気にも留めていない二人の、
仲睦まじげな写真が。
なんと5ページもの特集を組まれて、掲載されていた。
島で見かけた時刻順に、撮影ポイントを明記してあって。

それだけで。二人はどんなことをして島で遊んでいたのかが、わかってしまって。

「ぶはっはっはっはっは!!!」
「しゃ、社長?大丈夫ですか!?」
遠慮なくオフィス中に響いたシャンクスの笑い声に。コーヒーを片手に現れた秘書のエミリアが、びっくりして立ち止まる。
「だ、だいじょうぶ、っ!!!」
ひーッとなみだめになりながら、シャンクスが手を振る。
エミリアは、そっとカップをシャンクスの目の前に置いて。社長は放っておくことにする。

ゴキゲンなのはいいけれど、この社長、時々無茶難題を言い出すんだから。関わらないに限るわね。
ワタシじゃとても、扱いきれないわ。

はぁ、と心の中で溜め息を吐いて。ドアのノブに手をかける。
途端。
「なぁなぁ、エミリア!今日ベックマン、こっち来ねぇ?」
「ベンさんですか?本日の予定では、こちらに来るのは夕方になりますが」
「ええー?まだ半日もあるじゃねェか。チクショウ、呼び出してやる」
「今日はミィーティングだとかって仰ってましたけれども」
「ああン?社長に会うことより重要なミィーティングはねぇの」
そう言いながら、手はすでに携帯にかかっていて。短縮ボタンを押している。

「…あんまりムリを仰ったらいけませんよ、社長?」
「だぁいじょーぶ。ヤツはオレのワガママをきく為にいるんだからよ。…あ?ベックマン?…解ってるって。
けどな…。…ああ、至急帰って来い。すげぇモンがあるから。…あン?そんなのどうでもいいから、帰ってき
やがれテメェ。…エイプリルフールじゃねェよタコッ!!!」

あーあ、タコ呼ばわりされるなんて。ベンさんたら可愛そうに。

エミリアは何も聴かなかったことにして、ドアをそっと閉めた。

それにしても、社長。エイプリルフールだなんて、よくぞ覚えていたわね。何を企んでいたのかしら?

さすがベックマンの代わりを時に務める敏腕秘書、エミリア。
なんだか察しがいいぞ。伊達にシャンクスの秘書に抜擢されてないとみえる。

シャンクスが相変わらず、ギャイギャイと騒いでいるのが、ドア越しに聴こえて。
エミリアは思わず、時計に目を落として呟いた。

ベンさん、来るのにどれくらいかかるかしらね今日は、なんて。

 * * *

後日、パーティ・アイランド図書館において。
この限定版雑誌の借り出し予約が、数年先まで埋まってしまっていることを。
うっかり名誉島民の二人が知ることは…多分無い。







アトガキ
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