☆ 16☆

シャワーでサッパリしている間に、テーブルの上に並んでいたのはブランチならぬ、リッパなランチ。
ベーコン・エッグに、刻みトマトと玉ねぎと人参のコンソメスープ。パラリと浮かべられた色鮮やかなパセリが、用意したオトコが高い店でただただメシ食っていないという証拠。
驚くことに、温野菜のサラダまで付いていて。
この島で一番のベーカリーのものを出前させたというパンは。端が固くて、中がしっとりのイギリス風。チェダーチーズのスライスまで、ご丁寧に添えてあって。
テキトウにそこにあった機械で淹れたというコーヒーは、しっかり本格的ドリップ。

シレッとした顔でそれらを仕度したオトコは、相変わらずの勢いで、自分の分を腹の中に納めていき。
ハトが鉄砲豆を食らったような顔をしていたサンジに、さっさと食わないと、食わせるぞ、なんて脅しをかけて。
ゆっくりとコーヒーを啜りながら、サンジが慌てて食べ始めるのを、穏やかな眼差しで見ていた。

トランクの中から、服を引っ張り出して、テキトウに着たというゾロは。
今日はラフに、鈎裂きされたヴィンテージのジーンズを履いて。上に着る黒のボタニカルモチーフの入ったジャケットは、熱いから着れないと言って、クリーム色の長袖のシャツを素肌の上に直接着込んだ。
ジーンズのポケットに入っていた黒のロザリオを、放り出そうとしていたトコロをサンジは捕まえ。淡い金のチェーンの上から付けさせた。
足元には、先の尖った黒のアンクルブーツ。
目元には、金フレームの黒の細いレイバン。
捲り上げた袖から伸びる、日に焼けた腕には、さらりとジラール・ベルゴのGPフェラーリ。淡い金のフレームに縁取られた白いプレートの中で躍る、お馴染みの跳ね馬のロゴ。
ワイルドだけどシックなイメージで。
おとなしめの服装を着ると、なぜだか逆に存在感をアピールするロクデナシ。服装に騙されない分、素材の良さを見せ付けて、周りの目を否応でも惹くということを、もちろんこのオトコは知らない。

さて、そんなゾロにあわせて、何を着ようかサンジは考えて。
ゾロの格好良さに、見惚れないよう注意して。
少し派手目でも充分だろうと考えて、コーディネートを始めた。
スパイシーレッドのコットン・ストレッチのパンツを選んで。濃いインディゴブルーの、わりとごわっとしたデニムジャケットを、素肌の上に着込む。
上のボタンを2個開けて、皮ひものビーズ・ネックレスを見せる。一本は、短めに赤やオレンジを基調としたビーズが重なったもの。もう一本は、白い鳥の羽が、垂れ下がってるものだ。
併せてあったサンダルは、皮ひもで編んだ、ビーチサンダル。
サテンクロームの指輪を、左小指にして。
目元には、濃い銀のフレームにグラデの入った赤のサングラス。

これなら充分にゾロと張り合えるな、と踏んで選んだこの格好。
二人揃うと、まるで極秘バカンスに来ているロックミュージシャンのようで。
後日、またもやこの島の伝説になることを、二人はまだ知らない。



腹ごなしの散歩代わりに、大通りまで歩いていくと。
辺り一面、紙ふぶき。
一日一回のパレードが、丁度目の前を通り過ぎていくところで。

金銀白ピンク黄色黄緑むらさきに空色。
透明系からホログラム系、蛍光色からガンメタリックまで。
様々な色の、様々な形、様々な素材が通りに面した店や家の窓から降り注がれている。
陽気なマーチに乗って、昨日観に行ったサーカス団の人たちが、踊ったり芸を見せたりしながら、通り過ぎていく。

「はっでだな、オイ!?」
「やりすぎじゃねーの?」
髪に降り積もる色紙の雨に、振り払うことも面倒になって、苦笑を交わす。
そしてサーカスの一行に続く、観光客たちの波に流されるように、ゆっくりと大通りを歩く列に続いた。



移動遊園地の傍で、本流から流れ出て。
最初に目指すのは、巨大ブランコ。
「…オレは乗らないぜ?乗るなら、オマエだけで行って来い」
サンジが何か口にするまえに。
サラリと断られて、サンジ、まずは黒星スタート。
「じゃあ、何なら乗るわけ?」
ってなことで、ゾロが選んだのは、ゴーカート。

これだけは島が管理する特設サーキットに並ぶのは、キッチリ整備されたゴーカート。
電気カートのくせに最高時速30キロ。しかも、車体が低い分、それ以上に感じる。
16歳未満お断り。二人で走行して、サーキット5周のタイムを競う、本格的ゴーカート。
しかも、サーキットの待合室には、過去のドライバーたちのタイムが、その名と共に残されていて。
「コレって、ゴーカートって言ってもいいのか?」
「さァな」
目を丸くしたサンジに、ゾロはうっそりと笑い。
その笑顔で、シートベルトを締めに来ていたスタッフ数人を瞬時に悩殺したことはさておき。

最初の一周は、肩慣らしのウォーミングアップ。
スターティング・グリッドに最初に着いたサンジが、まずは1周目を走りぬけ。
2周目で、じゃれあうようにコーナーを鬩ぎ合い。
3周目で、ゾロがサンジを抜いて。
4周目で、本気になったサンジが抜き返し。
5周目は、大人気なく本気になった二人が、デッドヒートを繰り広げ。
いつの間か集まった人だかりに、ヤンヤヤンヤの大騒ぎで迎えられる。

「やぁ、ゴーカートでこんなに盛り上がったのは、ハジメテだよ!」
とは、長年ココでチェッカード・フラッグを振ってきた、初老のスタッフの証言。
コーフンに軽く頬を染めて、握りこぶしで二人を迎えた。
歴代トップ5のタイムで、最初にゴールしたのは、サンジだったのだけれども。
歴代一位のファステスト・ラップを叩き出したのは、うっかり夢中になってしまったジャズマンで。

無駄に周囲の人間をエキサイトさせた二人が、揃ってパーティ・アイランドのゴーカート・サーキットに名前を残すことになったのは、…愛嬌の内で。



☆ 17☆

「なぁなぁ。ミラーハウスに入らねぇ?」
「…オレぁそういうの、ニガテだぞ?」
「いいじゃんか。行こうぜ、ゾロ」

サーキットを出て少し離れた場所にあるアトラクション。
すっかりウキウキ御機嫌のサンジに腕を引かれて、ゾロはミラーハウスに入る。
入り口には、『鏡の館・ミラーメイズ』の文字が。
案の定、見渡す限り、鏡、鏡、鏡。先も予測できない、入り組んだ迷路に。入った瞬間から、ゾロはうんざりとした顔になった。
「…ムダなことに情熱を燃やす人間もいたもンだな」
なんて憂い顔で呟いたりして。
「なンで?面白いじゃんか」
「…どこが?」
コドモみたいにブスくれた顔に。
サンジはちょっと悪いことしたかなぁ、と考える。

5分ほど、練り歩いて。
サンジはずっとミラーに移りっぱなしの、不機嫌な色男に訊く。
「なァ、ミラーハウスの何がイヤなんだよ?」
「ああ?ンなの、出口が解んねーからに決まってるじゃねーか」
「へ?」
マジマジと見詰めるサンジに、ゾロはイーッと歯を剥いて。
「ンだよ?文句あっか?」
サンジはキョトキョトと、二回ほど瞬きをし。
「プッ。ハハッ!ひ、開き直ってるし!」
噴き出した。
「…笑うな」
コッ、と小さく拳が当てられる。
「いや、だって…!うははははは!」
「チッ。だから、来たくなかったンだよッ」
プイ、とそっぽを向いたゾロがなんだか可愛くて。

「ゴメン…!けど、はははははは!」
サンジが思わずゾロに抱きつく。
「あーあー…もースキなだけ笑えよ」
「うわー…いやぁ、オレ、オマエ好きだわ、やっぱし」
天を仰いだゾロが、無償に愛しくて。

そしてサンジは、ふと、あることに気付いた。
「…なァ。さっきから、だぁれも会わないな」
「あ?…そういや、そーだな」
ゾロが一瞬目を細め。
「…ダレも来そうにねぇな」
「…オマエって、実は狼人間?」
「はぁ?なわけねーだろ?」
ゾロがサンジを見下ろす。
「…けどさ。オマエ耳澄ます時、顎上げるダロ?目ぇ細めるし。なーンか、…犬族っぽいンだよなぁ」
「だからって、なんでオオカミ人間なんだよ?」
「いや、ホラ、オマエ時々…」
「ばーか」

「けど!今はオレがオオカミだぜ?」
にぃ、とサンジが笑って。
抱きついた格好のまま、ゾロを引き寄せる。
「お?めずらしーじゃねぇか、オマエがこんなトコでノり気なの」
ゾロも素直に引き寄せられながら、にぃと笑う。
「まーたまには」
ククッと笑うゾロの目を覗きこんで。

視線が深く絡んだ瞬間、深く口付けられて。
人が来たらドウシヨウ。
マジで見つかったらヤバイ。
そんな焦る気持ちを煽るように、いつもよりねっとりと交わす口付け。

背後のミラーに押し付けられて。
上がる吐息。
「ん…ふ」
鼻から抜けるような喘ぎ声が、電子音が響く空間に満ちる。
ゾロの首に手を回して。身体を更にゾロに押し付ける。
大きな手が背中を滑って、臀部を柔らかく揉んだ。
「んん…ッ」
笑って、ゾロの舌を噛んで。そうっと瞼を開けて、横を見ると。

酷くオトコマエに整ったゾロの横顔が。
甘く蕩けたツラをしている自分の唇を、夢中で貪っていて。

ああ、やっぱり。
ホントどうしようもないくらい、ゾロが好きなんだなぁ、オレ…なんて、なんだか酷く安心した。
ゾロが、口の端だけで笑って。
サンジはまた瞼を閉じて、口付けに没頭した。



☆ 18☆

ミラーハウスの後に、お化け屋敷に入って。
楽しくてギャアギャア騒ぐサンジを、ゾロがそれは楽しそうにからかって。
ちっとも驚かないゾロを驚かそうと頑張るお化けたちに、半ば感心しながら、二人でクリアした。

外に出て。
サンジが強請って買ってもらった、ヴァニラソフトクリームを舐めながら、プラプラと島を見て回る。
ティーカップに乗って、必死になってカップを回しているカップルに笑って声をかけて。
メリーゴーラウンドで無邪気に笑い声を上げる子供を、なんとはなしに見て。
夕方になって大分和らいだとはいえ、充分に日差しのキツイ中を、着かず離れずの距離で並んで歩いて。

大道路に面したビストロで、軽くビールを飲んで。
その隣のアクセサリショップで、なぜかゾロのピアスを購入して。
そろそろ時間だというので、観光名物の一つである辻馬車を拾ってコテージの前まで戻る。

交代でシャワーを浴びて。用意してあったスーツに、着替える。
ゾロは小豆色より濃いアクバール・レッドに、ラージャ・ルビー・レッドの細いストライプがうっすらと入った、細いラペルのナポリダブル4つボタンのスーツ。
シャンパン・ゴールドのシャツを、インナーに持ってきて、下品にならない程度に胸元を寛げている。
そしてタイの変わりに、スレートグレーのシルクのスカーフを、さらりと結んで。
足元には、よく磨かれた濃い茶の革のストレートチップ。ベルトも同じ色のものを選んで。

「なぁ…オマエ、ほとんどフォーマル?」
「あぁ?まーな。まぁ、抜くとこは抜いてるし」

うーん…、ハデにフォーマルだなぁ…。
サンジは呟きながら、ガサゴソとトランクを開けて。

スチールグレーのモッズデザイン、おなじくダブル仕立て8個ボタンのスーツを選んで。襟はセミ・ピーク。
ビリヤードグリーンの綿シャツに、アガットレッドの鈍い光沢のあるタイを締める。
ベルトと靴に、光沢を抑えた黒革のものを選んで。
シルバーフレームの、少し度の入った細い眼鏡を、アクセサリー代わりにかける。
右の小指に、プラチナのシンプルな指輪を嵌めて。
手首には、ステンレス・シルヴァのストラップと黒の文字盤のポルシェ・デザイン、P10オートマティック・クロノグラフの時計を嵌めて。

ルーズなものを着慣れてしまったから、と思って、身を引き締めるデザインの服を選ぶが。ゾロと並ぶとどうも負けている気がする。
「むぅ」
「なぁに唸ってンだよ」

鏡の中のサンジに向かって、ククッとゾロが笑って。
「あンまキチッとしなくても、構わないんだぜ?」
「んん〜、でもオマエがそーやって、一歩間違えたらどこぞの幹部みたいな格好してっからさ、オレも張り合わないと釣り合わねェって思うじゃねぇか」
後ろから、キュウと抱きしめられて。
「そーやって張り合わなくてもいいと思うんだがなぁ?」
「ばぁか。どうせ一緒に行くんだから。それくらい合わせとかねーと、おかしいだろ?」
そう言ったサンジの頬に、ゾロがそっと口付けを落として。
「カッコイイな、サンジ」
に、と笑いかけられた。
「ッタリマエ!」

クルン、と振り返って、に、と笑い返して。
「だって、オマエと一緒にいるんだぜ?」
音を立てて、口付けて。
ふふん、と不敵な笑みを浮かべた。



 ☆19☆

何時の間にか手配されていたリムジンに乗って、向かった先は島の最北端にあるレストラン。外観からして、古い館のようで。車のドアを開けられた途端、目に入ってきたのは見事に浮き彫りを施された、白いライムストーンの階段。
重厚な木のドアをギャルソンが開けた途端、溢れ出したのはライヴピアノの演奏。
ゾロは躊躇することなく、足を踏み入れて。

案内されたのは、ピアノの甘い調べが上品に響く、広いホールの奥。
上品に配置された照明と、テーブルの上の揺れるキャンドルだけで照らされた、そこだけガラスに囲まれた空間。
ホールからすこし突き出したようなガラステラス。天上には満天の星空が輝き、窓の外には島の斜面と海が広がる。
どうやらこの島の最北端とは、ここのようで。

ゆったりと配置されたテーブルの奥の席に案内されて。
なんだかいきなり現実から切り離されたような気分でサンジが座ると。
案内をした初老のギャルソンとゾロは何か言葉を交わし、何かを確認しているようだった。
サンジは天上の星に、意識を奪われる。

「すげェよな、ココ」
溜め息混じりのサンジの言葉に、ゾロが笑って。
「まぁココなら、かたっくるしい格好してる自分が許せるだろ?」
「よく言うよ。滅多に着ないくせに着こなしやがるオトコがさ」
声を潜めて笑い合って。
「いつの間に、ここ手配してたンだ?」
「あ?…オマエが気持ちよ〜く寝てる間」
「オレ、オマエが起きたのにも気付かなかった」
ゾロがクックと笑って。
「お疲れさん、だったもんなぁ」
「ウルセ」

若いギャルソンがやってきて。食前酒を持ってきて、注いでいった。
シャンパンではなく、白ワインっていうところが、なんだかゾロらしい。
「…何に乾杯するんだ?」
「そうだなぁ…"今あるすべて"に?」
ゾロがに、と笑って言った。
「…あまりキザなことを言うオマエもらしくないしな。うん、それでいいんじゃねぇ?」
サンジも笑い返して。

言葉の下にある沢山の気持ちを汲んで。
「じゃあ、カンパイ」
グラスを少し掲げて、ゾロと目を合わせてから、一口呑んだ。

ゾロが選んだワインは、少し苦味があるが、あっさりとした口当たりのもので。食前酒にはもってこい、な味だった。
つまむように持ってこられたチーズスティック・パイの程よい塩気が、食欲を湧かせる。

「オマエって実は食通?」
「全然」
ゾロがそっけなく言って。
「あんまり興味無ぇ。食えれば充分だし。贅沢言やぁ美味けりゃイイ」
「…のわりには、結構いいセレクションするよな?」
「そうか?」

軽口を交わしているあいだに、パンが運ばれてきて。
そのあとに、アンティパストが運ばれてきた。
「…フルコース?」
「そう、イタリアンのフルコース。ピッツァとか食べたかったか?」
「あ、ううん、ベツにいらない」
「そうか?」

海の外を時折眺めながら、アヴォカドとエビのサラダ仕立てを食べて。
食べ終えたトコロで、今度は赤ワインが運ばれてきて。
なぜかベンさんとオーナーの不可思議な関係について喋りながら、プリモ・ピアット、ニョッキのゴルゴンゾーラ・
ソースを食べる。
フルコース・ディナーだから、料理が運ばれてくるまでに、かなりの時間がかかるので。会話はさらに軽めに、
「サテン・ドール」にやってくる客の話や、内装といった、極めてどうでもいいものに映っていく。
むしろこういうどうでもいいハナシというのは、あまりゾロとすることがなく。テキトウなネタを拾っては、それについて
喋るということを、サンジは楽しんでいた。セコンド・ピアットに、スィートブレッズが運ばれてきて。ワインは、今度は
たっぷりと熟成させられた赤が、合わせて運ばれてくる。

「オマエって、ほんとよく飲むよなぁ」
仔羊の胸腺のローストを、あっさりと食べ終えたゾロに感心しながら、ポソリとサンジが呟いた。
今のボトルで3本目のワインなのだが、結局ゾロが殆ど飲んでいき。それでも顔色すら変えないというのが、
なんとなく可笑しい。
「まぁ、酒に強いのは、血筋かもな」
「へぇ…」

ゾロが家族について喋ることは、あまりない。サンジ自身も、そういうことはあまり喋らないクチなので、
ゾロの口からそういった言葉が出たのを、不思議に思った。
「オマエの血筋って、みんな酒豪なのか?」
「酒豪っていうよりゃ、底なしだな。酒に酔えるような…ヤツは、いなかったな」
何か、言いよどんで。
そして、サンジと目を合わせて、に、と笑った。
「オマエみたいに陽気に酔っ払ってくれると、こっちも楽しいけどな」
「なンだよ、どーいうイミだよ、ソレぇ?」
わざとぷぅ、と膨らんでみせる。
「深いイミはねェよ。絡み上戸と飲むのは真っ平ゴメンだけどな、オマエみたいに陽気な酒を呑むヤツと一緒なのは、
好きだぜ?」
「オレはオマエが呑んだ酒のアルコールが、どのくらいの速度で処理されてくのかが知りてぇよ」

コントールノで運ばれてきたホワイト・マッシュルームのサラダで、脂っこい口の中をさっぱりさせて。
チーズを摘みながら、ワインを飲む。
この頃になると、周りの客の服装などが見えてきて。

「そういやさ、オマエあんまりフォーマルじゃなくてもいいって言ってたケドさ」
「…あー…まーそうだったな」
「そーだったな、じゃねーよ。だいたいみんなフォーマルじゃねーか」
「あ?別に服が食事をするワケじゃねーから、いいじゃねぇか」
「…オマエなぁ」

サンジもフと考えて。
「そういうオマエは、なンでそんな格好してるンだ、それじゃ?」
そのサンジの言葉に、ゾロはにぃと笑って。
「もうちょっとしたら、わかる」
そして、グイ、とワインを空けてから、テーブルを立った。



☆ 20☆

トイレにでも行くのか、と思いきや。
マーブルのタイルの上を、ゾロは音も立てずに歩いていき。
寄ってきた初老のギャルソンと、言葉を交わして。
そのまま、見事なグランドピアノに向かって、歩いていく。

テーブルは、ちょうどピアノを囲むように、配置されていて。
ゾロが、曲を弾き終わった女性のピアニストに手を差し伸べて立たせ、その手に口付けを落として何か囁いてるのを見た。

…なにしてやがンだ、ゾロは?

ゾロの格好と、今のに、何か関係があるのだろうか。
サンジは少し考えて。
そして、そのピアニストの変わりに、ゾロがピアノの前に座ったのを見て、頭を抱えた。

ちょ、ちょっと待てよ。アイツがなンで、あそこに座るンだ?

そして。先ほどのピアニストがジャマにならないように弾いていたのとは違い、明らかに響かせる音で、さらりと
肩慣らしに弾いたのは、エルトン・ジョンの"Your Song"。

テーブルに着いていた他の客は、なぜゾロがそこに座っているのかを知っている顔をしていて。
ちらり、とゾロがサンジを見上げ、弾き始めたのは。
やたらとアレンジされた、ノンヴォーカルの「ハッピーバースデー」。
と同時に、部屋の明かりが少し落とされて。
誰かが、揺れるキャンドルを沢山乗せたトレイを持って、サンジに近寄ってくるのが見える。

うわ…チョット待てよ、目立つのはイヤだったンじゃねぇのか、クソゾロ…ッ!
つうか、頼む、絶対に違うよなァッ!?

なぜか大いに焦るサンジを知ってか知らずか。
「お客様、ドルチェでございます」
僅かに笑みを含んだギャルソンの言葉に、サンジはう、とかア、とか、言葉にならない声を上げて。
照れていいのか、アタリマエといった顔で受け取るべきなのか、最早わからなくなって。
結局、消え入るような声で、アリガトウと言った。

「お客様、キャンドルをどうぞ吹き消してくださいませ」
追い討ちをかける様な声に、サンジはマジで?と見上げると。
「折角でございますから」
と、品の良い笑顔で、にこりと微笑まれた。

ゾロに視線を走らせると、遠くからでもに、と笑ったのが見えて。

うわぁあああああゾロのロクデナシーッ!!!

思わず、内心絶叫のサンジだったが。いつまでも見守ってくれているギャルソンや、他の客のことも考えて。
口の中で、すばやく願い事を唱えて、キャンドルを吹き消すと。

従業員とノリのいい客から。
惜しみない拍手を贈られた。

サンジは照れた顔のまま、さらりと感謝のお辞儀をして。
灯りの戻された店内で、一人真っ白いケーキを前に座る。
ゾロは相変わらずピアノから離れず。
そこにいるのがアタリマエ、なんて顔で、歌いはじめる。

ナット・キング・コールの「The Very Thought of You」。
フランク・シナトラの「Around the World」。
メル・トーメの「That's All」。
しっとりと甘い歌が、広いホールを満たして。
給仕しているギャルソンたちですら、うっとりと聞き惚れるような音。
やさしくリズムを弾ませるピアノと、一緒にぎゃあぎゃあと騒いでいる時からは想像もつかないような、
深く染み込むゾロの声。

テンポを変えて。
変らず深いのに、甘いというよりはより真摯な声が、歌を歌う。
ねっとりと、ではなく。スローなのにさらりと響かせるのは。
サイモン&ガーファンクルの「Bridge Over Troubled Water」。
ベン・E・キングの「Stand by Me」。
エルヴィス・プレスリーの「You'll Never Walk Alone」。
そして最後に、ハニードリッパーズの「Sea of Love」。

サンジが思うところの、「クソ高級なイタリアンを食わせるレストラン」には似合わない選曲。ところが、
客は文句を言うどころか、大いに聞き惚れていて。
サンジはどんな顔していいものやら、困ってしまった。

よくよく聴いていれば、それらは全部、サンジが好きな曲で。
最初の三曲は、ゾロが店で歌って気に入ったもの。
次の三曲は、サンジがゾロに弾けと、前にリクエストした曲。
最後の曲は…。

うわぁああああああああ。
どういう神経で、あそこで堂々と歌ってやがンだ、あのロクデナシはよ…ッ。

自分でも、顔が真っ赤になっているのが解る。

『出会った日のことを、キミは覚えているかい
 あの時キミがボクの特別な人になると知った
 ボクがどんなにキミを愛しているか、教えてあげたいよ

 愛する人、一緒においで
 海へ、愛の海へ
 ボクがキミをどんなに愛しているか、教えてあげるから

 ボクと一緒に、あの海へ』

愛し合ってます宣言みたいじゃねーか、バカゾロッ!!!

サンジは頬杖をついて、ゾロを見る。
先に失礼して、タバコを吸いながら、ゾロが弾く曲をなんとなくむず痒い様な気分で聴いて。

ピアニストの女性にバトンタッチするのに、『愛の賛歌』を歌無しで弾いて。
盛大な拍手を当然のように受け止めて帰ってきたゾロを、見上げる。

「気に入らなかったか?」
ゾロがに、と笑って。
サンジは思わず溜め息と吐いて、タバコを灰皿で消す。
「…やりすぎ」
「そうか?」
「だってさ…」

どの曲も、愛してるよ、いつも傍にいるよ、って。公衆の面前で告白してるようなモンじゃねぇか。

消え入るような声でそう言ったサンジに、ゾロはシラ、と応える。
「パーティ・アイランドだろ?問題無ェよ」
「バッカやろう、照れるじゃねーかッ!!!」
「ハハッ。そりゃー悪かったな」
ちっとも悪かったとは思っていない顔で、言った。

「オマエって、ほんと時々信じらンねーコトしやがるッ」
「イヤだったか?」
ちら、とゾロを見上げると。
ゾロは、に、と笑って。
サンジは前髪に手をやって、言葉を紡ぐ。
「…イヤじゃねー…ケド…むちゃくちゃ照れる…ッ」
「オマエを愛してるってコト。オレとオマエが知ってれば、それでいいことだけどな。たーまに、宣言したくなる。
オマエはオレのもんだって」
「バッ…」

言葉の割りに、とても穏やかな眼差しに。
サンジはクシャ、と前髪をかき上げて空を仰ぐ。

あー…。

照れて、言葉に詰まる。
「…前々から思ってたンだけどよ…オマエって、すっげェタラシ、なんじゃねー?」
「あ?…そうか?オレは思ったことしか、言わねェぜ?」
「バッ…だーッ!!!」
「なンだよ?」
「なんでも無ェッ!!!」

コイツって、マジで最強?ああ、前のカノジョとかいたら、一度話してみてーかも…。あああああッ。

益々顔を赤くしたサンジに、ゾロは眉を跳ね上げて。
ギャルソンが運んできたコーヒーを飲みながら、サンジが落ち着くのを待つ。
「ゾロ…」
「あん?」
「…サンキュ」

やっと紡いだその言葉に、ゾロはふわん、と笑って。
「おう」
そう言葉を返した。



☆ 21☆

レストランを、丁寧なお辞儀に見送られて出て。
大通りで車を降りた。
時刻はそろそろ10時。
人通りはまだまだ賑やかだったが、子供たちの姿は、もう見えなかった。
オトナの時間、ということなのだろう。

ゾロが大きく伸びをして。
首に巻いていたスカーフを解いて、胸のポケットに無造作に突っ込んだ。
「結構…まだ暑いな」
「そうだよな」
サンジも、ネクタイを外して、ポケットに突っ込んで。
ふ、とゾロを振り返って。

「…オマエは。洗練されてンだか、ケモノなんだか、わかんねーな」
「あ?ジャケット脱いじまうと、持つのがウザいじゃねぇか」
「…その気持ちも、解らなくはねーけど」
シャンパンゴールドのシャツのボタンを外して、大きく着崩したゾロは。
なんだか夜の闇に降りた、野生の獣のようで。
「そういや、オマエ夜目も効くよなァ」
「まぁ、人並みよりかはな」

「んで、どーすンだ?」
「うー…腹一杯だから、プラプラ歩いて…」
そして見上げた先には、大きなホィール。
「最期の締めに。アレ、乗ろうぜ?」
「はン?…観覧車、か?」
「そうそう。今なら、街のライティングがキレイだろうし」
「…そう、だな。よし、行くか」
あっさり、ゾロは頷いて。

「…どしちゃったの、ゾロ?」
「…何だよ?」
「すっげ素直じゃね?」
「あンな、サンジ。オマエ、乗りてェ、乗りたくねェ?」
ゾロが立ち止まって、ガシガシ、と頭掻いて訊く。
サンジはゾロを見上げて言う。
「乗りたいに決まってるだろ?けど…正直、オマエ、こういうのって好きそうじゃねーからさ」
「…まぁ、自分から率先して乗りたいとも思わねぇけどな。観覧車ぐらいだったら、乗ってもいい、くらいは思ってるさ」
「そっか…!よし!じゃ、行こうぜ!」
にしゃ、とサンジは笑って。
するん、とゾロの腕にその腕を絡ませた。
ゾロは一瞬、目を見開いて。

そして、それはそれはやさしい笑みを、その翠の瞳に宿した。



丘の上の、大きなホィール。
海も街も望める、移動遊園地の大観覧車。
ぴかぴかと眩く点滅するイルミネーションの洪水からは、離れた小高い丘に位置するそれは。独特のリズムでもって、
ゆっくりと夜空を巡る。
ここまでは、他の人間は足を伸ばさないようで。
妙に静かな闇の中に、骨組みが微かに軋む音だけが響いていた。

「まだやってますかぁ?」
「ああ、やってるよ」
「エエト。切符、オトナ二枚ね、オネガイします」

売り場にいたのは、ランプの下で切花の花束を結わいていた老婆だけで。
どうやら、他に客もいないらしく、退屈を持て余していたらしい。妙に愛想良く、顔を出して。

さっさとゴンドラに乗ったサンジは、待ちきれずに窓の外に広がる海に魅入っていて。
ゾロは堪えきれず、小さく苦笑を漏らす。
「おや、阿仁さん、いいオトコだね、あんた。丁度いい、あとすこぅしで、港の方で、今日最期の花火が上がるから。
どうせ客もこないから、ゆっくり見ていくといい」
「…なあ、ばあさん。ものは相談なんだが」

ゾロはなにやら、老婆と言葉を交わして。
何を提案したのか、サンジには解らなかったけれど、老婆はしきりに肯定の頷きをゾロに返して。
ゾロがゴンドラに乗ったら、小さく手を振るサーヴィスまで、付けてくれた。

「オマエ、何言ってた?」
「あ?まあ、どうせ他の客が来ないンなら、少し融通してくれって、商談」
「ほえ?」

ゆっくりとゴンドラは夜空に向かって上がっていき。
穏やかな凪に、ほんの少しだけ揺れる籠は、少しだけ恐怖心を煽る。
けれど、眼下に広がる暗い海の情景に。そして反対側に広がる、島の明るいイルミネーションに。サンジはほぅっと
溜め息を吐いた。

「きっれーだな、ゾロ…」
「そうだな。…お、花火上がるぜ?」
「あ?おー…そういや、昨日は見れなかったしな」

軽快な破裂音と、ビリビリと響く爆発音を伴って。
炎の華が、夜空を彩る。
一瞬で燃え尽きる華を、予想以上に近くで観ることが出来て。
サンジは知らず知らずのうちに、満面の笑顔を浮かべていた。
「今日は風が無ェから、煙が留まっちまうのが残念だけどな」
ゾロが、ポソッと呟いたが。
「んん、でもいいや、キレイだから」

頂上近くまで上がったら、いきなりガコン、とゴンドラはその動きを止めて。
「…なに?」
「特等席」
ゾロがに、と笑って。
ぐい、とサンジの肩を引き寄せた。
「あ、もしかして、商談って…」
「ここなら、人ごみに悩まされることなく、花火を見れるだろ?」

どうしてコイツは。恥ずかしげも無く、さらりとこういうことをやってしまえるのだろう。

ぽふん、とゾロの肩に頭を乗せて、サンジは考える。

いつでも本気っていうのが、コイツの最強なトコだよなぁ…。

赤い髪のオーナーがいたら。確実に「だからコイツはタチ悪ィんだよッ!ぎゃはははは!!」とツッコまれそうだなぁ、と
サンジは思って。
ゆったりと笑みを刻んだ。

あったかいし。やさしいし。まぁ…いいか。

窓の外では相変わらず、咲いては散り行く華の競演。
やさしい夢のようで、現実感が伴わない。
瞼を閉じても、入り込んでくる光りと闇。
いつまでも、記憶に残るように、脳裏に焼き付ける。
今、ここにあるすべてを。

窓の外の風景も。
肩を撫でる、ゾロの手のやさしさも。
肩から伝わる、ゾロが持つ熱さも。
言葉にはされずに伝わる、ゾロからの想いとか。
どこかとても深いところから溢れる、ゾロへの想いとか。

すべてを。
今ここにあるすべてを。
忘れないように。刻み込んで。

サンジは小さく、溜め息を吐いた。



☆ 22☆

花火が終わって。
不意にゴンドラが動き出して。

「なンか、すごかったなぁ、花火…」
そう囁いて、サンジが身体を起こした。
「ああ、そうだ、サンジ」
「はにゃ?」
「バースデープレゼント。やる」
「は?いや、なんかもう、いっぱい貰ったような気がしてンだけど…」
「じゃ、いらねェ?」
「うぁ!もらうッ!つか欲しいッ!!!」
間髪入れずに応えたサンジに、ゾロはにぃ、と笑みを浮かべて。
「ほら」
ポケットの中から、掌に納まるサイズの包みを出して、ほい、とサンジに渡した。

「開けてイイ?」
「おー」
丁寧に施されたラッピング。
中から出てきたのは、金の縁取りを施された黒いケース。
ぱかん、とそれを開けて。

「…ジッポだ」
「あんま、オマエが欲しがるモン、わかんなくてよ。アクセサリは、オマエ結構持ってるから」
サンジの手から、ラッピングを取って、それを無造作にポケットに突っ込む。

サンジはジッポを箱から出して、傷防止の透明のシートを、ゆっくりと剥がした。 
スターリング・シルヴァのジッポ。
何かが刻まれている。
文字。
黒く、色が塗られている。

『Here is my heart
Here is my soul
To light your way
To warm your days 
 Here is my love
To lie in your hands
My love, my one and only one
−Z.R−』

(ここにオレの心がある
 ここにオレの魂がある
 キミの道を照らすために
 キミの日々を温めるために
 ここにオレの愛がある
 キミの手の中にあるために
 愛しい人、たった一人の、特別な人)

「…オマエの言葉?」
「…おう」

何度も何度も、言葉を繰り返して。
ゾロを見上げて。
なぜか、涙が出そうで。

「……」

言葉が出てこなくて。
ゾロを引き寄せて、口付けた。
すべての想いを込めて。

「すっげぇ…すっげぇ嬉しい」
首に齧りついて、抱きつく。
ゾロがポンポン、とサンジの背中を叩いて。
「泣くなよ、サンジ。せっかくジッポでシャレてみたンだからよ」
「ばぁか」

ゾロが小さく、耳元で息を吐いた。
サンジはそれが、ゾロの安堵の溜め息だということを、知っている。

かわいいなぁ、ゾロ…。

肩口で、すり、と頬を摺り寄せて。
「なぁ、ゾロ…帰ろ」
「…だな」

やさしく視線を絡ませて、笑って。
丁度ゴンドラが止まって。
ゾロに促されたサンジが、先に降りた。
ゾロも続いて。

とても、穏やかで。
なんだかホンワカと、幸せだった。



☆ 23☆

「花火、よぉく見えただろう?」
チケット売り場の老婆が、にこにこ顔で二人が降りてくるのを待つ。
「あんなに間近に花火見たの、初めてだった!」
「そうだろう?」
満面の笑みで応えたサンジに、老女は頷いて。
それから、エプロンのポケットから、二つの小さな花束を取り出して、二人に差し出した。
「ほい。あンたたちに、いいことがありますように」

なんだろう、と受け取って。
「…タッジー・マッジー?」
ゾロが匂いを嗅いで、老婆に尋ねた。
「そうだ。阿仁さん、よくご存知でいらっしゃるな」
サンジはゾロを振り返る。
「え?それってブーケの名前なの?オンナノコじゃなくて?」

サンジの言葉に、老婆は満面の笑みを浮かべた。
ゾロは、といえば、クックッと肩を揺らして笑っている。
「…なんだよ。つか、なんでオマエが知ってンだよ、ゾロ!」
「ハハッ。悪ィ。反応がいかにも、オマエらしくてな…」

そしてサンジの手からそのブーケを取って、スーツの胸ポケットに差し込んだ。
自分もきっちり、胸ポケットに差し込んで。

「…ありがとう」
品良く笑みを浮かべたゾロが、老婆にそう言った。
「どういたしまして。またきてくれな」
にこやかに手を振る老女に、ゾロは片手を挙げて応えて。
「ホントにどうもアリガトウッ!!」
サンジも、にこおと笑みを浮かべて、手をいっぱいに振った。
そして、ゾロに促されるままに、歩き出して。


満天の星空。
天上には黄金の月。
遠くの波音はやさしく、風は殆どない。
まだまだ遠い雑踏の気配に。
サンジはゾロを見上げて。ゆっくりとその腕を取った。
ゾロが、口の端をやんわりと上げて。

胸元のブーケからやさしく爽やかな香りが、ほんのりと香ってきた。


時間をかけて、のんびりと歩いて帰って。
潮騒に耳を傾けながら、明日帰るために、テキトウにパッキングをして。

交互で風呂に入って、ワインを一本空けて。
そのまま、ゆるやかに、ただ互いをいとおしむためだけに、抱き合った。
前日とは打って変わって、やさしく甘い行為。
クスクスと笑いながら、求め合って。

寝る前に、ゾロが先ほど貰ったブーケの説明をした。
束ねられていたのは、7種類のハーブで。
タイム、マジョーラム、ローズマリー、レモンバーム、カモマイル、サザンウッド、ヒソップ。
イギリスなどでは、昔から厄除けとして用いられていた花束で。

「ああ、だから、香りが強いものが多いのかぁ…」
「鼻を楽しませる、って意味で、ノーズゲイとも言うらしいな」
サラン、サラン、と髪を撫でなれる感触に、うとうととし始めたサンジは。
横向きに寝そべっているゾロの胸元に鼻面を埋めて訊く。
「なンでオマエ、知ってんの…?」
「…なンでだろうな」

下から見上げたサンジに、ゾロは柔らかく微笑んで。
「けど、ハナコトバまでは知らないぜ?」
「ブッ」
ククッとサンジは笑って。
「そんなもんまで知ってたら、オレ、まじで腰抜かすよ」
「言われても、…覚えねェけどな」
ゾロも吐息混じりに呟いて。

その後に、くあああ、と大きな欠伸をした。

「おやすみ…」
「…おぅ」
さらりと柔らかなキスを交わして。

くっ付いて、息を吐いて。
ゾロの呼吸が自然とゆっくりになっていく。
一定のリズムを刻みだしたのを、聞き届けてから。

サンジもなんだかひどく安心して、眠りに落ちた。

とことん幸せな一日だったなぁ、と、思い返しながら。





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