-------------- 。




 なんと安易な男だろうか。

 たいがい、自分らの名前も同じような部類に入っていることなど棚上げして、サンジは脱力した。

 「てめえにまかしたら、レストランのメニューは全部日付けばっかになっちまうなぁ」

 くくく、と肩で笑いながら、なんだか段々よけいに可笑しくなってサンジは遠慮もなく笑い出した。

 「さ、3月2日って、てめえなぁ.......ははっ。ま、てめえらしくていいかもしれねえけどよぉ」

 「うっせえ。てめえが言ったんだろ」

 ひょい、と手の中のグラスを取り上げられた。

 「まぁな、............ 3月2日ね、........ そうか」




 まぁ、悪くはねえな。




 口から溢れなかったその言葉は、そのままワインの次にゾロの中へと注がれた。

 日付けは、新たな日を刻んでいた。


自分の誕生日に、新しいメニューを一品。

 自分の中のレシピに加えるようになってから何年過ぎただろうか。

 今までの、自分の中にある知識と、技術とで。余分なものを削ぎ落としていった結果の一皿。

 唯一、サンジにとって誰かに食べさせるために作る料理ではなく、自分の中に刻み付ける一つのシルシ。

 ここまで来て、またここからはじまって。

 バラティエでも、その皿は誰に出されるわけでもなく。一晩かけて、自分で食してしまうもの。

 ゼフにでさえ、差し出さなかったもの。

 食べて欲しいと思ったことはあった。けれど。

 それは、自分のためだけの、自分の為にだけあるものだったから。

 それを今年、はじめてその男の前に置いた。

 名前もない、うまれたばかりのその一皿。

 華やかな飾りも、極上の素材を使っているわけでもない一品。

 この船に乗ってから、最高の料理とはなにかを、考えるようになった。

 限られた、この海のど真ん中での豪華な料理。




 それを生み出せるかどうかは、自分の腕と、誰かの言葉じゃないのかと感じ始めたのはいつからか。

 小麦一袋が、その時にあっては最高の素材になりうる航海の中で、「旨い」という一言があれば、

それは自分にとっての最高の料理になるのだと。

 ................. だから。

 このクルー達のその一言が、自分の料理をさらに際立たせてくれているのだと。




 「ああ旨い」と、この男が言った。

  素直な一言に、酷く驚いた自分がいた。

 そしてほっこりと、どこかが温かくなって............

 それが自分にとっての最初の誕生日プレゼントになるなどとは思っていなかった。

 空の皿を前に、グラスの中身も全て空けてしまった。

 穏やかな波が、眠りにつけと促しているようにも思えた。けれど意識はまだここに留まっていて。

 自分の手から産まれた最初の料理に贈られた言葉を、鼓膜が何度も反芻しているかのように響く。

 向かい合って座ったテーブルの上に置かれた白い皿を見つめながら、どうしようもなく浮かぶ口元の笑みを

隠し切れなくて、サンジは皿に手を伸ばすと、そのまま立ち上がってシンクへと置いた。

 「てめえもそろそろ........」

 背中越しにそう言って振り向いたら、すぐ側に剣士が立っていた。

 「な、んだよ」

 返事もなく、腕を取られて男の腰へと引き寄せられると、背中を支えるように片方の腕が回された。

 「................ してえのか?」

 苦笑した笑みを浮かべると、それが答えとでもいうように、剣士が唇を寄せて来た。

 目を閉じて、応じてやったのが合図で。

 すい、とすくいあげるように抱き上げられると、さっきまで皿が置かれていたテーブルにすとんと腰を落とされた。

 「おい、てめえテーブルの上は......... 」

 「黙ってろ」

 と、言葉通り唇を塞がれてしまっては、十分な抗議もできず。

 「ン........、ゾ、ロ」

 息をつけたのは、その言葉を紡いだ時だけだった。


ゆっくりと動いた、手に握られた銀のフォークが、柔らかな魚の身をすくい上げていくように。

 その指先が白い顎をそっと持ち上げて仰向かせる。

 天井をバックに視界の先にあるのは緑の瞳の男。

 見上げる自分をまっすぐに見下ろすその眼差しは、いつもと別段変わったようなところはないはずなのに。

  意識してんのは、俺の方か........... 。




 自分がテーブルの上に差し出した皿は、この男によって綺麗に食された。

 自分の指先から産まれたそれは、名前を付けられて、この男の口腔に入って流し込まれ、消化されて。

 この男の細胞の一つとして取り込まれた。

 その唇が、自分の頬に、....... 瞼に、落ちて来る。

 渇いた感触のその奥から、しっとりとした湿度をもってねっとりと熱い温度を宿した舌が、味を確かめるように

一瞬の接触を計って来る。

 


 いつもならば。

 いつもならば素直に重なる唇が今夜はなかなか重ならない。

 いつもならば。すでにシャツをはだけられ、挨拶にもならない程度のキスを受けて剣士の掌がその薄っぺらい胸に

降りて来るはずなのに、その手は自分の顔の横から動くこともない。

 その腕力でもって自分の躯を支えている男は、お互いの距離を保ったまま、頭を垂れて啄むようなくちづけを

落として来るばかりで、点だけの接触は、何故かいつもより体感温度を上げていく。


 自分たちの間にある距離をうめる空気が、飽和状態で弾けてしまいそうだ。




 瞼を落とさない男の顔を、同じように見つめながら、わきわきと己の指先が何かに取りすがりたいようにひくつく。

 けれどまだ接吻はたった数回しかしていないのに、すでに弾みはじめている自分の状態が恥ずかしくて、

スーツの裾を掴むことしかできない。

 


 こいつはたしかにキスしたり舐めたりすんの好きだけど、こうも焦れったくされたことなんかねえっつうの.......

 それがもしかしたら、自分の誕生日であるが故の彼なりの気遣いなのか、どうなのか。

 


 きけるな。んなこと!

 焦れったさに、こめかみにそっと触れて来た剣士の頭を自分の手でがきっと掴み上げた。

 「焦らすなよ、クソ剣士」

 真っ赤になっているであろう自分の顔を思うと、逸らせられない目線の先にあるこの男の顔を

今すぐどこかに放り投げてしまいたいのだが。

 「........... 味わってるだけだぜ」

 案の定、にやりと唇が歪んで描いた笑みは、一生羞恥を煽るもので。

 「『3月2日』を」

 「!....... 」

 それは、先程ゾロによって名付けられた料理の名前であって......

 「なにをてめえホザいて...... 」

 「今日できたものを、味見してるだけだ。気にすんな」

 「だから、なにを、」

 「今この瞬間、てめえの中で作られている細胞全部、味わってやるっていってんだよ」

 そういって、銀のフォークが消えていったその口腔に、サンジの舌が吸い込まれていった。


味わう、と言った剣士の言葉通り、その舌の動きは緩慢で、咀嚼し唾液と交じりあわせて嚥下するまでの

口腔器官の動きのままにゆったりとサンジの舌を味わっている。

上顎に押し付けられるように啜り上げられ舌小帯を舌先でそろりと撫でられ顎全体で緩急をつけて咀嚼される。

開口したままの口から湿った吐息が零れながら、徐々に溢れはじめる唾液がお互いの舌を伝いながらどちらともなく

溢れはじめ。覆い被さってくるように、ゾロの手がサンジの頭を抱えた。

より深く、その口全体を味わおうとするかのように、いままで距離を保っていた男の胸板がサンジの上にゆっくりと

重なりあって。

 .............. あぁ、こいつも、興奮してんだ...........。

さっきからこめかみのあたりがどくどくとやかましくて、うざったい思いに駆られていた。けれど、何枚かの布ごしにでも

伝わって来るゾロの鼓動が、同じようにとくとくと早いリズムで刻まれていて。重なる面積が多くなるほどに、温度が1℃

ずつ上昇していく。

 


 掴みあぐねていた自分の腕を、剣士の背中に回した。

 


 苦しげに、というよりも、お互いの吐き出した息を吸い込んでいるかのように急く呼吸に合わせて、次第に啜り上げる

舌の動きも忙しなく動きはじめた。

 掴んでいた掌は、その金色の髪を、広い背中を撫で回すように乱れ動き、角度を何度も変えて動く唇は、

ぽったりと熱く腫れている気さえしだした。

 その熱が、脊髄を通って尾骨まで到達し、放散して腰のあたりにもわだかまりはじめる。

 テーブルの端で折られた下肢が戦慄きながら、その中心を疼かせる。

 自分の脚の間に身を置く剣士の、同じようなその部分に思わず刷り寄せてしまいたくなる。

 その行為にブレーキをかけているのは、自分の意地なのか、プライドなのか、羞恥心なのか.......

 


 お前から......誘って来たんだからな...............




 すり....、と膝をゾロの脚に擦るように寄せる。

 けれど意に介した風もなく熱烈な接吻を繰り返しているゾロは、無言のまま濡れそぼっててらてらと艶を帯びている

唇から離れて、項のあたりの髪を無造作にかきあげるとその白く柔らかな部分に甘く歯を立てた。

 ひくり、と。腕の下にある躯が仰け反る。

 ぎゅっと、自分のシャツを掴む手に力が込められるのをゾロは感じていた。

 晒された無防備な首筋に、獣が牙を埋め込むように。

 


 「んぁっ」

 最初の嬌声があがった。



じんわりと肌からつたわる感覚。

耳から入り込むぺちゃぺちゃと弾ける水音。

よく知る、その男の汗の匂い。

 


 それらがすべて混然となって、自分を包み込み、食らおうとしている気配に戦くのではなく、歓喜して震える。


 

 この男に、俺は、喰われていくんだ。

 うっとりとしながら。




 項からわずかにゆるめたネクタイの際をたどって、無理にシャツを広げることもなく、ゾロはサンジの肌を探して

その躯の上に顔を這わせた。

そして取り上げたのはコックの手。

 細い指にキスを落として舌を絡ませれば、濃密な香りを纏わりつかせているような声が耳に届く。

 赤く染めた頬と、じんわりと濡れた眼差しで見上げてくるその顔を捕らえながら、自分の口の中で微かに震える指先を

舌で弄ぶ。かり、と歯をかるく立ててみればそれだけで目を眇め、震える唇。

 喰ってくれといわんばかりのその姿に、喉がなった。

 「焦んなくても、全部喰ってやる」

 自分に言い聞かせるように、小指の小さな爪を噛んでやった。

 
 袖口で止められているボタンを外し、そのまますっとスーツの袖を引き落とす。黒い上質の生地の中に隠れている白い、

すんなりとした腕が現れた。

 順を追って、そこにも唇を寄せる。

 ちゅ、と音を立てては少しだけずれて、腕の内側の、より白い部分も舌で味わい、その肌の絹のような........ すこしばかり

汗でしっとりとした感触を楽しむ。

 晒されている肌は、もうそこしか見当たらなかった。

 なら.............

 ことん、とサンジの腕を置いた男が次に指を伸ばしたのは、些か強ばっているサンジの脚。

 「な、に」

 無骨な指が、その膝裏を掴んで持ち上げると、履いたままの硬い靴を脱がしにかかった。

 ごとん、と結構な重量を響かせて床に転がったそれを無視して、剥き出しになった踵をつかみあげる。

 「こら、てめえっ、離せッて」

 慌てているサンジの言葉など意に返すこともなく、自分の肩に足の裏をくっつけるようにして抱き寄せるとそのままするりと

落ちていったスラックスの裾から現れた細い足首に口づけた。

 「やめっ、やだって!」

 じっと見つめてみれば、いつかの古い無数の傷跡が白く筋を残している。

 踝の硬さを指で確かめながら、かり、と筋肉の表面を覆うだけの薄い表皮を噛み締めてみる。

 拒絶の言葉を吐いていた唇が漏らしたのはか細い悲鳴ともつかない音。

 そのまま口を離してみれば、赤く噛み痕が残った。

 きっと朝には、消えてしまうだろうそんな痕。

 この日、最初に傷つけられた細胞が赤く染められている箇所をべろりと一嘗めして、じりじりとしていた動きから一転。

担ぎ上げていたサンジの足に顔をよせるとその指に一思いに噛み付いた。

 「ぅぁあっ」

 がたん、とテーブルが鳴る。

 噛み締めた歯にあたる皮膚の硬さを確かめてから、その指の間に舌を割り込ませて舐め上げた。

 じゅぶ、と音を立てて強く吸い上げてみれば、ぐっと腓筋に力がこめられたのがわかる。

 ぴんと張った足の先までを掴み上げて溶かすかのように舐め続けていくうちに、放っとかれた片足までもが

ゾロの腰に絡みつき出した。

完全にテーブルの上に乗り上げた格好で、与えられる愛撫に自分の躯を捩って耐える姿はゾロの股間をダイレクトに

刺激してくる。それをわかっていて、悪戯なサンジの足がそっと引き寄せるように回された。

 「........ とっとと...メインディッシュにしろよ」

 引き寄せるように動いた足が導いたのはサンジの熱の中心。ゾロのものが同じようにそこにリンクする。

 唾液でぬれそぼった足を掴んだままゾロは笑った。





ソースでもかけられてるみてえ。

自分の足にむしゃぶりつく男の唇からとろとろと流れ出す透明な唾液を見つめながら、上がる呼吸で霞んでしまいそうな

意識を手繰り寄せてそんなことを思った。

自分の足先からつうっと流れ落ちてくる液体に、溶かされていきそうだ。

「ゾロ------ 」

もっと、俺を..................

口に上がらなかった言葉は、シャツのボタンが弾け飛ぶ音にとって変わられた。









Are You Over 18?    YES   NO

back to 1
BACK