*SALVAGE−サルヴェージ−*
           #side/zoro#




3.
静かな夜。
海賊船メリー号のクルー達はとっくに寝床に就き、
喧騒の絶えない昼間の騒がしさが嘘のように静まりかえっている。

自分は昼間の半分以上の時間を惰眠に費やしているのだが、
眠っていてもやはり昼と夜とでは空気が違うものだ。

特に、色。
目を瞑っていても昼間の空気の色合いは瞼の裏からでも、わかる。
夜にはそれが、無い。
在るのは星と月の白い光と、闇の黒。
それだけ。

(・・・ま、当たり前っちゃあ当たり前だが。)

日のある内には聞こえなかった
波がちゃぷちゃぷと船底を打つ音や、
揺られてたまに軋む船体の音を聞きながら、
なんとは無しにそんな事を思った。



「・・・暇。」



いま自分がこの見張り台に何をするでもなくボーっと暗い海を眺めているのは、
他でもなく見張り番のシフトが回ってきたからであるのだが。
こうして真っ黒な海を時々双眼鏡で眺める以外に何もする事がないので、
果てしなく暇を感じてしまうのは俺のせいではないだろう。
まさか寝るわけにもいかないしこんな狭い所では体を動かす事もままならない。

まあ、共同スペースばかりで普段めったに一人きりになれない分、
こういう機会に普段思う事をじっくり考えたりは出来るのだが、
何度かあるその機会のうち、それが出来ない時もある訳だ。

・・・で、今夜の俺がそうなのだ。





「なら、酒。」
(・・・だな。)





そう決心した俺は早速見張り台の下にあるキッチンに目を向け、
そこにまだ人の気配があることを確認すると梯子を伝って一気に下へと降りた。

(勝手に飲むと怒るからな、アイツ。)

『アイツ』とは勿論キッチンの主である、クソコックサンジ、の事。

以前ラックに置いてある酒を勝手に拝借した時に、
それがなにやら料理用のモノでしかも滅多に手に入らない物だったらしく、
それに気付いたサンジにものすごい剣幕で怒られたのだ。
その時はなんとも思わなかったんだが、
その後、キッチンで空のビンを見詰めてため息を吐く料理人の姿を
うっかり見てしまい、

初めて「悪い事をした」と思い

以来、許可を得てから酒を持って行く様にしているのだ。
「飲みたい」っつったら、アイツは「ダメ」とはいわねえからな。





キッチンのドアの前に立ち窓から中を覗くと、
サンジが一人で酒ビン片手にテーブルに着こうとしている所だった。
しかも妙に浮かれた様子で。

一人で酒を飲もうとしている姿も上機嫌な様子も珍しく思われたので、
俺はなんとなくドアノブを掴んだまま止まってしまった。

しかしそれも僅かな間の事で。
我に返ってドアを引きキッチンに踏み込むと、
その音に気がついたコックが振り返ってこっちを見た。

一瞬驚いた表情を見せたが。
それも次の瞬間には楽しそうな悪戯めいた顔に変わる。

「お前も飲まねェ?どうせ、酒だろ?」

そして、突然酒の席を勧められた。

「・・・なんでてめェはそんなに浮かれてるんだ。」
「気分が良いことに理由はいらねーだろ。其れより飲まねーのか?どーなんだ?言っておくが、コレは飲まねえと損するぞ?サンジ様取って置きの酒だ。」

(・・・とっておき?)
そういえば見た事の無いラベルの酒だ。
文字通りどこかに取って置いて隠していたのだろう。

しかも、料理人としては信用出来るこのコックが
「飲まなきゃ損する」というほどの酒だ。

此処は・・・

「・・・・・・飲むに決まってんだろ。」
「おーし。まーどっちにしろ俺の誘いを断るなんざぁゆるさねェけどな!」
「俺に選択権は無いのか・・・」
「んなもん、あるわきゃねえだろ。」
「ああ、そう。」

気の無い返事をしてみせたがサンジは気に留めていないようで、
「待ってろ、なんかつまめるモン作るから。」と言うと、
変わらない上機嫌で調理台に向かった。

冷蔵庫から手際よく食材を選び出し、
流れるような手つきで何時もの様に見た目にも美味いと判る物を
短い時間で作り上げる。

「待たせたな。」

そう言いながら出来上がったものをテーブルに並べ、
コックは向かい側の椅子に座った。

どれ位の時間をかけたのかはわからないが、
目の前に酒を置いたままお預け状態で居たにも関わらず、

(・・・「待った」なんて感じはしなかったな。)

何でだ?・・・と、自問自答してみるが。
当てはまる答えが見つかりそうな気がしなかったので、
俺はあっさり考えるのを止める。

「んじゃ、かんぱーいっ!」
「何にだよ?」
「俺の素晴らしさに!!」
「・・・なんで俺がてめェを讃美して酒を飲まなきゃなんねーんだ・・・」
「ぁあ?なんか文句あっか??」
「ねェよ。わかったよ。・・・ほら、「乾杯」。」
「・・・お、おお。」

カチッとグラスを合わせて「とっておき」の酒を口に含む。

(・・・ん?)

「・・・・・・っはー!やっぱりうまいな、コレ。」
「・・・これ、米の酒か?」
「お?わかるか。流石。」

洋風の外装にすっかり騙されたが、どうやら和酒だったらしい。
予想外の味に面食らったが、サンジの言う通りに旨い酒だと思った。

「大吟醸だぜー。うまいだろ?」
「ああ、旨い。」

自分好みの辛口ではなかったが、それでもかなり旨い。
口に含んだ時の爽やかな舌触りと喉をすんなりと通り抜ける飲み易さに、
甘口のも悪くないモンだな、と思わされた。

「だろー?この酒を見つけたときには俺も感動したぜ。ホントはもっと沢山買っておきたかったんだがよ、何しろ高いんだよ、コレ。だから一本だけ自腹で買って何時かに飲もうと思って取って置いたんだよ。てめェと二人で飲むには勿体無い気もするけど、まー今日は俺の気分が良いからな。特別だ。運が良いな、お前。」
「・・・そりゃどうも。」
「あっ!てめェ、も少し味わって飲めよな!何時もみたいにそんな勿体無い飲み方すんじゃねェよ!!てめェはこの酒がどんな物かわかってねえな?・・・いいか、耳の穴かっぽじってよく聞けよ。吟醸ってのは原料の米を精選して低温で処理した和酒でな、その中でも玄米を五割以下にまで精白した物を大吟醸っつーんだよ。で、仕込みの方法には伝統的な手法があって・・・」
「・・・・・・」

折角の旨い酒を前に、なんで俺は製酒法など聞かされてるんだ?

コックは喋りながらも飲んでいるので
酒が進むにつれ口調がエスカレートしていき、今や完全に力説状態。
旨い酒はありがたいが、もうそろそろ勘弁してほしい。

「おい!聞いてんのか!?」

俺があまりにも面倒くさそうにしていたからか、
コックはようやく気がついて迫ってきた。

「・・・・・・そんな事聞かされたって、俺には理解できねェ。それに、この飲み方が一番旨いと思うんだから、しょうがねえだろ。コレでも俺なりに味わってるんだよ。それじゃあダメなのか?」

そう言うと、コックは言葉に詰まった様子で俺を見て、
数秒の間の後、力んでいた肩の力を抜いてフッとため息を吐いた。

「・・・てめェはほんっとに酒の精製法とかには興味なさそうだな。」
「製造工程なんて知った所で酒の味が変わるわけじゃねえしな。旨いモンは旨い。それだけだ。」
「・・・ま、てめェらしいよ。」

コックは諦めたのか喋るのをやめて再び自分のコップの酒を呷った。

そうしてから、
製造の仕方云々は置いといてもさ・・・と言い、
「多分、使ってる水が良いんだろうな。」と呟いた。




















「・・・・・・」
「・・・・・・なんだ、何が不満なんだ。」





俺に薀蓄云々を語るのは諦めた様子なのに、
どうもまだ不貞腐れた様子のコックを見て、
訝しげに声をかけた。

「・・・お前さあ。」
「なんだ。」
「酒だけじゃなくてもさ、刀とか作る人間に感謝とかしたことないわけ?」

・・・?
はあ?それが不満なのか??

「そりゃお前、無いわけないだろ。」
「・・・そうかあ?」

???
さっぱりわからん。
何が言いたいんだ、コイツ。

コックの意図する所が判らず考えあぐねていると、
「・・・だったらもう少し美味そうに食うとかよ・・・」
と、ブツブツ呟くのが聞こえてきた。

ああ、なんだ。そういう事か。

「・・・別に、お前にもきっちり感謝してるぜ?」
「・・・・・・!!!?」

何が言いたいのかわかったので素直に答えたんだが、

「・・・なっ?・・お、れはお前、別に。・・そ・・そんなんじゃねえっ!!」

どうやら聞こえてなかったと思っていたらしいコックは、
勢い良く立ち上がり、おもいきり動揺してそう怒鳴った。

「真っ赤な顔して言われても説得力ねーだろ。」
「〜〜〜!!ぅうぅうううるせぇっ!!!!俺をからかうなんていい度胸だなこの野郎っ!!!!!」

からかう?
心外な。
俺は至極真面目に言ったつもりなんだが・・・

「からかった覚えは無いけどな。」
「・・・っじゃあ何だ!」
「本音だ。」
「ほ・・・」

深い意味も無くそう告げたのだが、
コックは、信じられない、といった顔で俺を凝視したまま固まってしまった。






(・・・?何か変な事言ったか??)

唖然としたコックを前に、俺まで少し焦る。











意味も無く張り詰めた空気がやっと緩んだのは三十秒ほど経ってからで。

「・・・あ、そう。」

サンジはようやくそれだけ言うと、椅子に座りなおし、





しばらく酒の入ったグラスを弄んでから、
「・・・・・・そうか。」
・・・と、





もう一度












今度は柔らかく微笑んで言った。
















その顔に心臓が跳ね上がった。







・・・のは、何故だ?
















(・・・やばい。)





なんだか判らないが、とにかくヤバイ。

俺の脳みその何処かにある警報の鐘が引っ切り無しに鳴っている。
早いとこ別の話題に切り替えなければ。

そう思ったのだが、自分から話題をふった経験が乏しいためか、
なかなか言葉が出てこなくて焦る。



すると、サンジも妙な気配に感付いたのか、
「・・・そ、そーいえばさ!この間ウソップから聞いたんだけど・・・」
と、妙に明るく切り出してきた。

俺は俺で心中を悟られまいとその話に乗り、

俺たち二人はぎこちなく明るい会話を始めたのだ。





しかし、それも初めのうちだけで、その内段々と本当に気分が乗ってきて、
一つのビンが空になってからも他の酒をあけて、
相変わらず美味いつまみを食べながら、
どうでも良い内容の話をベラベラと喋るコックに適当に相槌を入れ、

とりあえず見張りの事を忘れるくらいには盛り上がった。





気がつけば、食卓の上には何本もの空き瓶が転がっていて。
半分以上は俺が飲んだ物だろうが、コックも相当に飲んだだろう。

「おい、大丈夫か?」
「・・・んー・・だいじょうぶ、だいじょうぶ。」

手をひらひらさせて答えたコックは、どう見ても大丈夫ではない。

「そろそろお開きにするか?」
「嫌だ。まだ飲める。」

・・・いや、無理だろ。

「酔っ払いが・・・お前がつぶれたら俺が運ばなきゃいけなくなるんだよ。」
「まだ、つぶれてねェだろォが。そんなひつよーはねーぞ!」
「時間の問題だろ。」
「うるせー・・・おれぁ酔ってねぇゾ。」

(・・・何てベタな台詞を吐くんだコイツ。)

真っ赤な顔をしてフラフラになっているコックを見て、
俺は思わず苦笑する。

「・・・ぞぉろ〜・・」
「何だよ。おら、もう酒もねェし。お前は寝ろ。」

ようやく見張り番の事を思い出した俺は立ち上がり、
そのまま此処で寝てしまいそうなコックを
どうにかさせようとしてそう言ったのだが。

返事は無く。
サンジはなぜか頭上の低い位置に吊るされたランタンをじっと見詰めている。



その顔、口半開きでアホみたいだぞ・・・。










「おい、いい加減に・・」
「・・・あ、消える。」










コックがそう言うと同時にジジッという音がしてランタンの灯が消えた。















一瞬にして蒼黒く染まったた部屋の中に

円い窓から月明かりが差し込み

薄白い光の中に二人きりで





・・・ドクン・・・

窓を見詰めたまま、己の心臓が高鳴るのを聞いた。

ヤバイ

頭の中で再び警笛が鳴る。

この空間は良くない。本能が、告げる。

早く、明かりを。





「・・・おい、火を」

ランタンに灯をともそうとして、
「火をよこせ。」そう続けようとしたが。



視線の先のコックと真っ向に眼が合って、言葉が詰まった。



(・・・って、此処で黙ったら余計変だろ!)



そう思うのに、

コックの、その


白く浮かび上がった肌に



髪に 瞳に







視線が釘付けになってしまった。



眼が、逸らせない。
































「・・・・・・ゾロ。」



先に視線を逸らしたのはコックの方で。
一端俯き加減に目を伏せてそう言うと。





「俺・・・・・・お前に惚れてるっぽい・・・か も。」

何か考える様な仕草をしてから、そう続けた。










俺はまだ何も言えない。





「・・うん、多分。・・・好き、だな。ゾロが。」

まるで確認する様に言う。



(「惚れてる」?・・・誰が?「好きだ」って・・・・・・コイツが俺、を??)

コックの言った台詞を心の中で反芻してみても

上手く回路が繋がらない。

心臓の動きだけが確かで

焦る。





「・・・さっき、お前がさ。「きっちり感謝してる」って言っただろ?・・・・・それ聞いた時に俺すっげぇ嬉しくて、・・・なんか、じーんときて・・・・・他の奴らに「美味い」とか言われたり、ナミさん達に喜んでもらえた時も、勿論、すげえ嬉しいけど。・・・・・・なんでか、お前にそう言われた時が一番感動した。」

「・・・・・・」

「なみだ出そうになった。」

それだけ言うと、コックは黙り込む。
俯いていて表情は読み取れなかった。



(・・・・・・サンジ・・?)

























しばらくして

顔を上げると

再び視線を合わせて













照れたように笑ったコックが



「なんでだろーな?」



と、言った。




















(――――――!)


その表情に、何かが穏やかに




熔けた。










(・・・・・・まいったな。)

「・・・へへっ」

「・・・・俺に惚れてるからだろ?」

「あー・・やっぱ、そう思う?」

コックが嬉しそうに言うので、俺も思わず笑みを零す。

「・・お前な・・・」

反則だろ、ソレ。

「・・・な。お前は?」

「・・・・・いきなりそんなこと言われても判るか。」

「つれねぇなぁ・・・」

それでも楽しそうに言うのは。
多分、嘘がばれているからだろう。





「じゃあ、試しに抱きしめてみませんか?お客サマ??」

イキナリ立ち上がってこっちに寄って来たかと思うと、
頭がどっか悪いんじゃないかと思う様な事を言う。


やっぱり馬鹿だコイツ。


そう思っても、伸びてきた腕を拒もうという気は起こらなかった。






心の何処かにあった枷が外れた代わりに何かに捕らわれた様な気がしたが、
ぬるい熱を帯びたこの腕になら束縛されても良いかと想った辺り、

俺ももう終ってるな。



「ゾロ、・・・好きだ。」






「・・・そうだな。・・・・・俺も・・」













しばらくそうして居たのだが、
薄暗がりの中抱き合っていたら段々と妙な気分になってしまい。
慌ててサンジを引き剥がすと奴は何時の間にか半分眠りかけていたので
結局俺が男部屋まで運ぶ事になってしまった。

何とかこの男を担ぎながら男部屋の梯子を降り、
ハンモックに寝かせるのは面倒なのでソファに降ろしてやる。

コックは何度か身じろぎ、目をあけてこっちを見た。

・・・っていうか、都合よく寝てるんじゃねえよ、てめえは。

「そのままソファで寝ちまえよ。」

そう言い放ち、毛布をかけてやる。


さて見張りの続きだと引き返そうとした所、
「・・・ゾロ。」
・・・腹巻の裾を掴まれた。

「ゾロ。」
「・・・なんだよ、引っ張んな。伸びるじゃねえか。」
「・・・あとひとつ。」

そう言って手招きするのに素直に従った俺が馬鹿だった。





「・・・な」

んだ。





語尾は唇に吸い取られてしまった。















「・・・頂き。」

唖然とする俺をあっさり無視して、

「おやすみー・・・」

コックは夢の中へ。





こんなにも夜の闇に感謝したのは初めてだ。

不意打ちに頬が熱くなったのがばれてたら俺は死ぬ。




















しかし、柄にも無く「幸せ」という物を感じてしまっていた俺は
愚かにもコイツの悪癖に気が付く事はなかったのだ。
















4.
翌日。

これからの事を考えると何となくむず痒くなってしまい無意識に二人きりを避けてしまっていたら、コックの方から自分のもとへやって来た。
情けない事に顔がまともに見られなくて視線を逸らしていると、

コックは信じられない事を言ったのだ。


「途中から良く覚えてねぇんだけど、
お前が男部屋まで連れてってくれたんだろ?」


!??


(・・・・・・・・「覚えてねェ」だと・・・?)

一瞬、マジで耳を疑った。

コックは他にも何か言っているが、そんなものはどうでも良い。

(覚えてないのか?何処までだ覚えてんのは??)

正直言って、昨夜コイツに告白された時よりも焦った。



「・・・まあ、一応礼くらい言おうと思ってよ。悪かったな。」

・・・ちょっと待て。そんな事はいい。





サンジが喋り終わるのを待ち、最重要事項の確認を試みる。

「・・・覚えてねェのか?」

俺の言葉にサンジは固まった。

そんな台詞を予想だにしていなかった、という顔だ。
















(・・・おい、コラ。覚えてないだと・・・・?)

自分から発せられる不穏な空気を止める事は出来なかった。

「・・・・・・」
「・・・おい、何・・」

(何じゃねェだろ。)

サンジは焦った表情で後ずさりをする。

(本当に忘れたのか?自分から「好きだ」っつっといてか??)

イラついて物騒な視線を投げると、
いっそう顔面蒼白になったコックがビクッと体を震わせた。

(・・・クソ!!コイツが酔うと記憶が飛ぶ事すっかり忘れてたっ!・・・・・いやまあソレは薄々わかっていたんだが・・・・・コイツから告白してきたから多少高括っては、居た・・・けど・・・・・・っていうか)

これではまるで





まるで俺が片想いしてるみたいじゃねェかーーーーー!!!






しかし、そんな本音などみっともなくて言える筈もなく。
俺は黙って恨めしげにサンジを睨む事しか術が無かった。

しばらく思い出すのを待っては見たが。





そんな蛇に睨まれた蛙みたいなツラをするなよ・・・

「覚えてねェのか・・・」

俺はしかたなく(半ば諦めて)そう言った。


「・・・わ、・・悪い。・・・・・・なんかあったっけ?」
(言えるかっ!!)


「・・・別に何も無ェよ。」

くそ・・・カッコわりぃ・・・・・



これ以上こいつの傍に居たらどうにかなってしまいそうだ。

やり所の無い怒りと不満を抑えてどうにか冷静にその場を離れた。



いっそのこと昨日の事が夢だったらと思うけれど。
あの時の色も熱も感触も
空想の産物と言うにはその記憶がリアルすぎる。

「ックソ・・・・!!」

見詰めていた掌を返して力任せに壁を打ったが
何も解決法は浮かばなかった。





アレから一週間。
結局あいつ自身が思い出すのを待つ以外に他が思いつかなかったので、
俺自身は何も行動を起こしては居ない。
それどころか不意に二人きりになる様な機会を意識して避けさえもした。

やばいんだよ、二人きりは。

今二人きりになった時には自分が何をしでかすのか判る自信が無い。
あの夜からサンジが視界に入ってくる度に
通常異性に対して抱くような、まあ、いわゆるそういった感情が
湧き上がってくるのだ。

しかも、手に入っていたと思っていたそれが不意に手の届かない物になってしまったので、尚更強引に引き寄せたい衝動に駆られてしまう。

(・・・タチ悪いよな・・全く・・・・)

しかし、そんなことした日にはどうなるか判った物ではない。
酔った状況での告白だったので今ひとつ確信を持って迫れないし、
もし拒まれて二度と寄って来なくなったら目も当てられない事だろう。



だから、待つしかないのだ。
あの時と同じ想いに戻ったサンジが
自ら自分の元へとやって来るまで。





普段モノや人間にこだわらない分余計にあの男に執着している自分を感じたが。
しょうがねェだろ本気で欲しいと思っちまったんだから。
一端欲したらしつこいぞ、俺は。

そうさせたのもお前なんだから



思い出せよ、

早く。












コツコツという軽い足音に気が付き、
閉じていた瞼を開いて音のする方向を見る。

「・・・なんだ。」

無視を決め込もうとしたのだが、
何時まで経っても去らない気配に仕方なく言葉を投げる。

「狸寝入りなんて私には通じないんだから無駄な事しないの。」
「・・・俺は今てめえの相手する暇はねェんだよ。」
「知ってるわよそんな事。解り易過ぎるのよね、アンタ達。だからこそ私がわざわざあんたの所に出向いて来たんでしょ。」
「・・・・・用件は何だ。」
「・・・何が原因か知らないけどね。あんた達が不穏な空気を醸し出していると船中の空気が悪くってしょうがないのよ。解る?あんたは四六時中物騒な顔で居るし、サンジ君はサンジ君で暇さえあれば、今も、キッチンに篭って苦悩の表情を浮かべてるし。アンタ達には不機嫌な理由も悩む訳もあるだろうけど、その余波を喰らう私たちは迷惑なの。いい加減にしてもらえない?」
「・・・・・・うるせェな。・・・仕方ねェんだよ。」
「・・・ま、あんた達のその難儀な性格も解ってるつもりだけど。・・・・でも、らしくないんじゃない?二人してうじうじ悩んで。」
(悪かったなうじうじ悩んで。)
「今回は特別なんだよ。」
「もしかしてこの間二人で飲んでた夜になにかあったの?」
(原因は違うけど何か在ったのは確かだが、な。)
「・・・・・・」
「まあ、痴話げんかに口挟む気は無いけど。」
「・・・何が言いたい。」
「きっかけぐらいは作ってあげるわよ。王女もウソップやチョッパーも協力してくれるみたいだし。」
「おい、余計な」
「「余計な事するな。」って?そうやってまた逃げるの??」
「・・・・・・!」
「あんたらしくないのは其処よ。今回はあからさまにサンジ君を避けてるじゃない。男だったら逃げずに真っ向から勝負してみなさいよ。」
「・・・・・・」
「それに、心配しなくても言われた通り「余計な事はしない」わよ。」
「・・・どういう意味だ」
「言ったでしょ。きっかけぐらいはつくってあげるって。セッティングはしてあげるから、ちゃんと二人で話し合いなさいよ?」



話し合う

何を?



アイツに片想いなんて冗談じゃねェ。
俺があの時受け入れたのは、対等な想いだけだった筈だ。





「・・・話し合う事なんて・・」

ねえよ。





ナミが去ってから、呟いた。





next

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