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 肉体は土に、心は海に、想いは空へとやがて消え行く。
 だから。
 フェルーシア。
 寂しく思うことは無い。
 ワタシはいつも、傍にいるから。
 いつでも、オマエを見守っているから。
 
 泣くな、とは言わない。
 哀しむな、とも言わない。
 けれど、引き摺ってはダメだぞ?
 
 ああ、フェルーシア。
 泣いてばかりいないで、空を見ろ。
 今日も、いい天気だな。
 
 
 
 
 
 *Prominence*
 
 
 
 
 
 太陽が昇る。
 空が鮮やかに色を帯びていく。
 海がキラキラと煌き始め。
 
 熱がゆっくりと到達する。
 吐く息が、白い。
 
 射す光りに照らされて、眩しい金色に縁取られた大理石。
 まだ冷たいそれを、手で撫でて。
 
 「…それでは、行って参ります」
 
 ここ数日間、吹き荒れていた嵐は、嘘のように収まって。
 まだ濡れたヘッド・ストーン。
 足元に植え沢山の緑は、しっかりと根付き。無事に嵐を越えられたようだ。
 これなら、もうダイジョウブだろうと、自分に言い聞かせ。
 
 
 呪文を唱えて、メタモルフォーゼ。
 これから行く先。
 どこへ行けばいいのか、わからないけれど。
 
 絶対に、お届けしますからね。
 
 それだけは、硬く誓った。
 直接言葉で頼まれなかったからには、きっとあの方も、戸惑っていたのだろう。
 出すべきか、出すべきではないのか。
 けれど。
 沢山の想いが、篭っていたから。
 フェルーシアには、無視する事ができなくて。
 
 だから。
 絶対に届ける、と自分に誓った。
 それを今一度、ここで誓って。
 
 
 一つ息を吐いて、それから。
 鮮やかな空へと舞い上がる。
 
 飛び立った岬の先からは、フェルーシアが飛ぶのを助けるかのように。
 上昇気流が空に向かって吹いている。
 
 一度、旋回して。
 美しい人が眠りに着いたその場所に、暫しの別れを告げる。
 
 
 借家を整理していて見つけた一通の手紙。
 シンプルに白いだけの封筒の宛先に、整った字で綴られたのは。
 あの方が、最後まで想いを寄せていた人の名前。
 
 ポートガス・D・エース。
 
 
 
 
 *****
 
 
 
 
 「フェルーシアくん。所在が解ったよ」
 「本当ですか?」
 
 とある街の、小さな診療所。
 花街にある。
 昔世話をしたことのある女性を頼って、彼の人が住んでいるという街まで辿り着いた。
 ここは、その彼女が今世話になっている、非合法の施設だ。
 
 黒髪の女医は、美味しそうにタバコを吸いながら、紙切れを一枚差し出した。
 「立場がフクザツな人だからね。そのまンま行って会えるかどうかわからんがな」
 「ありがとうございます」
 
 頭を下げてから、書かれた文字を見る。
 この街からそう遠くない、郊外にある高級住宅地の住所が、書かれていた。
 
 「まぁ、どんな用があるのかわからんが。気をつけたまえ」
 「はい。お心遣い、ありがとうございます」
 もう一度、頭を下げると、女医は笑って手を振って。
 
 「いいって。薬の成分、教えてくれるんだろう?」
 「勿論です。それがお約束ですから。ただ、少し驚かれるかもしれません」
 「なんだ、そんなヤバいものなのか?」
 「エエト。少し、入手しがたいものだと思います」
 「ふーん。まぁ、ココ自体、怪しいけどな?」
 
 ひゃはははは、と笑うその笑顔が気持ちよくて。
 「ドクター・ロージェ」
 「なんだい少年」
 「ここは素晴らしい診療所です」
 「あっはっは!フェルーシア!!何を言い出すんだイキナリ!!」
 
 ケタケタケタ、と笑う女医。そんな明るさは、キライではない。
 「今までお世話になった御礼に。お薬を余分に作っていきますね」
 「ああ、けど急いでいたんだろう、その人に逢いに行くのに」
 「ええ、急いでいるというか、急いでいないというか…ちょっと複雑なのですが」
 
 言い詰まったフェルーシアに、女医はイタズラな瞳を煌かせ。
 「ま、会う必要はあるんだろう?」
 口の端から器用にタバコの煙を吐き出しながら言った。
 「ええ。ボクが逢いたいのです」
 「ああ、なら。勢いで行っちまいな。そのほうが楽だ、きっと」
 「…そうですね。はい、ありがとうございます」
 「思い立ったが吉日。今日、行っておいで」
 「そう…ですね。それでは、お言葉に甘えて」
 
 立ち上がったフェルーシアに、女医は苦笑を頬に刻んで。
 「何かトラブルがあっても、何もしてやれんが。気を付けて行っておいで」
 「はい、ありがとうございます」
 きっちりと頭を下げた少年に、笑いかけて。
 それから午後の診察の仕度を始めるために、デスクに向かった。
 
 
 
 
 *****
 
 
 
 
 高級住宅が立ち並ぶ一角。
 ハタハタとかすかな音でホヴァリングして、住所を確かめる。
 入り口にはセキュリティのためか、カメラのレンズがきっちりと門を向いていた。
 手入れされた杉の木で、羽根を休めて。開いていそうな窓をチェック。
 豪邸の4階の窓が、運良く開いていて。
 
 忍び込む前に、探している男がいる部屋を、探す。
 5年前に、遠くで見た人の面影を、思い出し。
 何度も繰り返し語られた容貌を、探す。
 
 
 人探し、物探し、随分とそれだけをやってきたから。
 脳味噌にそんな回線ができたのか。
 意識を集中して、尋ね人を思う。
 ぼんやりとした感触は、すぐにナイロンザイルほどに太い確信となる。
 "サード・アイ"が居場所を知らせる。
 
 
 見付けた。
 
 
 今更、躊躇しても。仕方の無いことなのだけれど。
 それでも、少し、思考を泳がす。
 お渡しする、と決めたけれども。
 果たして、それがあの人にとって、良いことなのか。
 フェルーシアにはわからない。
 
 
 意識を集中した、あの男性から感じる取れるのは。
 厳しさ。
 優しさ。
 苛立ち。
 憂い。
 疲れ。
 …孤独。
 
 
 あのオトコはな?顔で笑って、心で泣くタイプなんだ。
 
 エコーで響いた、甘く低い声。
 赤い髪が、風にそよいだ瞬間の、それはやさしい微笑み。
 直ぐに思い出せるのに、もう総てが思い出で。
 
 
 フェルーシアは小さく溜め息を吐いて。
 建物に侵入するために、4階の窓に近づく。
 窓枠に爪をかけて、気配を探す。
 
 幸いにも、フロアに他の人間の気配はなく。
 するり、と降り立って、人の形に戻る。
 黒のタートルネックの首周りを直して。
 
 
 
 ドキドキと高鳴り始める心臓を、落ち着かせて。
 ゆっくりと尋ね人がいる部屋に向かう。
 ドアの前で、一呼吸。
 ジャケットの胸ポケットを探って、そこにそれがあることを確かめて。
 
 コンコン。
 
 「おー、入っていいぞ」
 
 記憶の海から、声を照合。
 少し疲れているのか、低いけれど。
 間違いなく、あの男性の声だ。
 
 「失礼します」
 
 ドアを開けて、一歩入って。
 初めて真正面から向かい合う人に、きっちりと頭を下げた。
 
 「お届け物です」
 
 
 
 
 
 
 
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