*39*

一人で何をするでもなく、部屋にただ在ることがどこか自分にとって苦痛めいたモノに変わっていっていることを、薄っすらとルーシャンは自覚していた。
行き止まりでしかない思考が停滞した頭から流れ出して、意味を成り立たせずに感情だけを尖らせていき。正体の判明も分類さえできないソレが内側に折り重なっていくように思えた。
意味など求めてはいけない、と自戒した。気紛れに過ぎないのだ、と。与えられているように誤解してしまうモノは、思い付きで菓子を与えられるようにあの存在が齎すモノなのだから、と。
だから、一人でいることが嫌だった。時間がゆったりと流れるのに任せて、記憶に刷り込まれたようなパトリックの声が反芻されていきそうなこともわかったので。
だから、相変わらず纏めて与えられることも、自由に火をつけることもできないタバコを手に入れるのに、ドアを一々ノックした。
一本黙って吸う間に、付き合いで部屋にやってきたロイも特にルーシャンを急かすわけでもなくゆったりと手元の書類、その中身はルーシャンは知りたくもなかった、それを読み進めていた。
ただ、意識の半分以上を肺に滑り落ちていく煙にあわせようとしても、残りの半分は頬に触れてきた掌から静かに体温が伝わってきたことや、なにより、いままで綴られた言葉がぐるりと円を描いて留まり続けるようだった。
おそらく、深い意味などない、ただその時々に思ったままを飾らずに口に上らせてるだけだろうと思う、ソレ。
自分が着飾る様を「見たい」と言った、例えば。その裏に流れる別の意味などないのだろう、それを見つけたがる自分の方がどうかしているのだ、とルーシャンが静かに息を長く吐いた。

「どうかしてる、」
せめて口に出して呟いてみる。
頑なに自身で縋りついていた何かを明け渡してしまえば、此処に在ることは苦痛ではなくなった。
いまは空の、向かい側のイスを見遣る。
例えば昨日、それから一昨日も。タバコが欲しいと廊下へと通じるドアをノックすればわざわざやってくるロイが静かに座っていることさえ、苛立つことはなくなっている。むしろ、自分に付き合って何の邪魔立てをするわけでもなく静かに空間に「在る」存在はもう疎ましいものではなかった。
呆れ果てるほど、抱かれることに禁忌も無くなった。一度、引き摺り下ろされて地べたに額を押し当てられてみれば、実はそこが絹で張られたクッションが敷き詰められていたのだと気付くようなもので。なんだ、と身体を伸ばしてしまえば、わざわざ立ち上がることが馬鹿馬鹿しくなった。しっとりと柔らかな寝台に抱き込まれるようなものだった。
そして、なにより。まるで自分が「ひと」であるように扱われることに最も戸惑う。
だから、間違えそうになる。そのことが辛い。
あのオトコが負債の取り立て方を、少し変えてみただけなのだ、と幾度も忘れないように自戒する。そうでもしないと、あの扱われ方に誤解しそうになる。
「―――ばかか、おれは」
間違うな、ルーシャン。
欲情と劣情と。退屈と情熱と。それを混同するから可笑しなことになるんだ。泣き喚いてばかりいたモノが少し従順になったなら、意に添うようになったなら誰だって扱いを多少は変えるだろう。それだけだ。
自分が酷く、ヒト恋しく思っていることにも気付いた。
ニンゲンに会うことが極端に少ない、此処は。片手どころか、指が三本で事足りる。
だから、一人に向ける感情のセーブが効かなくなっているんだ、とルーシャンは思い込もうとしていた。
ソファに背を預け、引き上げた片膝に額を預けて俯くように座り直し。帰りたい、と思った。何処へ、なのか。何に、なのかは全部飛び越えて。

静かなノックが聞こえるのに、視線を上げる。
時計の無いこの部屋で、少し思考が流れていけば時間の感覚など大してあてにはならなかったから、窓外へルーシャンが眼差しを向ければ、まだ外は十分明るかった。
「ミスタ・キングスレーがおいでですよー」
のんびりとした風にロイの声がまずは耳に届いて、ルーシャンが瞬きした。相当、深く考えに浸っていたらしい、と。
巧く現実と調整がつかなかった、少しの間。
三日前に見た、痩せた仕立て屋、キングスレーの姿がロイの後ろに見えた。
そして大振りな箱を抱えているのがわかった。仮縫いがなんとか、といわれていたことをようやく思い出した。どうしても服を仕立てられてしまうらしい。
長く息を吐いて立ち上がると、二人の方へ近付いていく。
「なに、ここでいま着てるもの全部脱げって?」
おはよう、と言えば。クロゼットから姿見を引き出していたロイはあっさりと笑い、至って真面目な表情を崩さずに、下着はつけたままでどうぞ、と異存は無いと態度で応えていた。
衣服を脱ぎ落し、差し出されたシャツのボタンを留めていき。しつけ糸で縫い合わされただけの「服」に袖を通していく。
キングスレーが細かく補修を施して行く間に、身体に元々添うようだった生地がバランスを取り始めるのを感じ、ルーシャンがまた溜息を噛み殺していた。ほんとうに、呆れ果てるほどに手の込んだ贅を尽くす。ここまでの気紛れの意味など、知ろうとすること事態が馬鹿だ、と。万が一わかったからといって、なにかが変わるわけでも、どうとでもなるわけでもない。ふいに、左手首の蛇を意識した。あまりに体温に溶け込み、肌にとろりと黄金が馴染むのに存在を偶に忘れているソレ。その蛇の両目に嵌められているものはガラスでは無くておそらくルビー、そんなものを渡されていることにも、わからなくなる。
しゃきん、と切れ味の良い鋏の音がし、僅かな調整を施していくのを見るともなく見遣る。
「よく切れそう、」
「もちろんです。さあどこもきつくはありませんか?」
僅かに肩を竦めるようにし、トン、とルーシャンが心臓を指先で弾いた。
「ここのほかは」
「そこは一介の仕立て屋には如何ともしがたいですな。ロイさん、ちょっと」
はーいー、と紅茶の用意をしていたらしいロイがテーブル側から振り返れば。心臓がきついそうですぞ、とキングスレーが告げていた。
「あらま。マジですかぁ?止めといたほうがいいですヨ」
きゅ、と目を細めてロイが笑った。ご存知の通りロクデナシですからね?と続けるのに、ルーシャンが意味がわからない、という風に手を上向けた。
「この状況が嫌なんだけど」
目を瞬いてから、笑みを乗せると、中断された支度に戻りながらロイが、
「じゃそゆことにしておきましょ。そのほうがよろしいです」
そういってくるのに、ルーシャンがまた溜息を押し殺した。
言いたいことの真意がこれではちっとも伝わらない、そもそも。自分が何を言いたいのかもはっきりしなくなった。

「なんだよ、わからないこと言うやつだな、あんた」
ばーか、ローイ、紅茶淹れるの下手なくせに、と続ける。そんなだから背ばっかり伸びて赤毛なんだぜ、と言い足せば。
「ウィンストンが“本職”です、オレは違いますもん」
そう憎まれ口で返し、唇を尖らせるようにしていたが、すぐに。
「それにオレの背丈はちょっと高いくらいです、ルーシャン様がおチビなんです」
「おれはアベレージより上だし、チビじゃない」
あんたの物差しがヘンなんだ、と言い足す。
「オレより断然おチビですぅ」
「あんたがでかすぎ、オランダ人かよ」
にやにや笑うロイに言い返す。
「こんな典型的オレンジ頭ですよ、ルーシャン様」
「ハロウィンの街から来たんだ、あんた。ヘイ、ジャック、オレンジ頭。そろそろ忙しくなるねえ」
そんなわけないじゃありませんか、といい争いにもならない軽口が飛び交っている最中、もう一度ドアが静かに開き。ルーシャンが目を見開いたままでドア口をじっと見詰めた。
「馬鹿かオマエら」
内に一歩、足を踏み入れながらパトリックが言い切っていた。



*40*

ベイルートの知り合いから連絡を貰い、中東からの品物の流れのアップデートを貰った。
電話で“荷物”のトラックダウンを指示し、ついでにいくつかの案件を片付けていけば、ウィンストンが短いノックの後に告げてきた。
『旦那様、ミスタ・キングスレーは指示通り、ロイさんと既にルーシャン様のお部屋に向かわれました』
咥えていた煙草を灰皿に押し付けて、書いてた書類にサインをし、封筒に封をした。それをウィンストンに手渡し、ポストしておいてくれるように頼む。
ルーシャンの部屋に向かえば、
『それと、旦那様。ルーシャン様がお書きになられた手紙は、きちんと投函しておきましたよ』
ウィンストンのコトバに「有難う」と頷いた。中身は確認し、ルーシャンが酷く“不安定”な状態にいることを読み取り、ロイが小さく溜息を吐いていたことを思い出した――――――あの方、ほぉんと愛されて育ったんですねえ、と。
『ちなみに今度はどこまで投函に行かせたんだ?』
『ケベックにケネスが行くと仰るのでついでを頼みました』
部下の一人の名前を挙げられ、ふン、と頷いた。ケネスなら十分に“仕事”を遣って退けられる―――――ウィンストンが育てた“後継者”の一人だ、“アシスタント”の。
『まあ指紋まで調べられることはないとは思うがな』
そう言ったパトリックに、ウィンストンがうっすらと笑った。
『これからは手袋装備でもまったく怪しまれないのが嬉しい季節ではありますね。もともケネスがそんなヘマをやるとは思ってもいませんが』
ウィンストンに、に、と笑みを向けてから、ルーシャンの部屋へと足を伸ばした。

部下や屋敷のニンゲンが溜まらないように告げてある廊下で、客室に入るドアに手を伸ばせば。ガキが言い合っているようにじゃれあっているロイとルーシャンの声が聞こえてきたのに笑った。
ドアを開ければ、敢えて張り合いに乗っているロイのどこか得意げなカオと、ルーシャンの何やら思いつめたような表情があった。箱から靴やらタイやらを取り出していたキングスレーは、モノクルをかけた顔で澄まして聞いていないフリをしていた。
「オレは偉大なるパンプキン大王の息子らしいですよ、ボォス」
そう言って目を細めたロイの後頭部を、ぐいっと押し遣って笑った。
「ハロウィンの夜にシーツ被って墓場で待機してやがったら射撃の的にすっぞ、ロォイ」
「うーわぁ、ボスってばひっどー」
す、とロイが紅茶を淹れに軽口を閉じて下がっていき。真っ直ぐに見詰めてきているルーシャンの目の前で立ち止まった。
「似合うな、ルーシャン?」
目を細めて笑い、くるっと回れよ、と告げ。少しばかり嫌そうな顔をしたルーシャンに片眉を跳ね上げる。
「なんだよ、もったいぶって。それともオレにオマエの周りを一周しろって?」
いいからとっとと回りナ、と指でくるりと円を描く。
マネキンのように固まった表情で、ゆっくりとルーシャンが一回りした。背中のラインもきれいに締まっていることに満足して、真っ直ぐ向き直ったルーシャンの頬に口付けた。
「ヴェーリィ・ナイス」
目を細めて告げれば、きゅ、とルーシャンが唇を噛んでいた。チッチ、と舌を鳴らしながら、指先でルーシャンの噛み締められた唇を辿り、見上げてくるブルゥアイズに目を細めてからキングスレーに向き直った。

「靴は用意したか?」
「忘れるわけがありません。どのデザインにいたしましょう」
5足ばかり、サイズが少しずつ違って、デザインも少しずつ違う床に並べてある黒い革の靴を、キングスレーが掌でVoilaと示したのに頷いた。
「ルーシャン、好きなデザインあるか、オマエ?」
くう、とブルゥアイズが見上げてきたのに、肩を竦める。
「ううん、」
そう言ったルーシャンが、あ、と気づいた風にコトバを継いだ。
「選べない、」
どこか困惑してでもいるようなルーシャンに、あ、そ?と返し。すい、とレースアップするタイプの靴を選んだ。
「コレがいい」
「では実際に履いていただきましょ。サイズをあわせるために少しずつ違うものをご用意して参りましたから、ひとまず全部を履いて、一番楽な履き心地のものでサイズをご用意します」
服が仕上がる時にはご一緒にお持ちします、と告げてきたのに頷いた。
「ルゥ、靴だ。ひとつずつ履いてみろ、ってよ。履いたら少し歩いて履き心地を確かめナ」
すい、とウィンストンがルーシャンに靴下を差し出す。
ロイが背後から椅子を持ってきて、キングスレーが座れるように背後に置いていた。
ありがとう、とロイに言ったルーシャンが、促されるがままに一足ずつ靴を履いていき。静かにその履き心地を確かめていた。
全部を履き終わったところで、キングスレーが訊いた。
「どの靴が一番楽でしたでしょうか?」
「二番目」
ルーシャンが直ぐに応えたのに、わかりました、とキングスレーが言っていた。
「あとはネクタイですが、こちらにご用意したものを合わせてみてください。少しずつ色味を変えてご用意いたしました。パターンが入っているものも、いくつかピックアップしてみましたので、よろしければ」
さっさと靴を脱いだルーシャンの背中に手を遣り、キングスレーが用意してきた箱の中に納まっていたタイを見ていく。
ロイがキャスター付きの鏡を直ぐ側まで押してきて、すい、と鏡越しにルーシャンと向き合う。
背中側から手を回して、選んだタイを首元まで持ち上げる。
「こっちとこっちなら、オマエ、どっちが好みだ?」
一生懸命視線を合わせまいとしていらしいルーシャンの目を鏡越しに真っ直ぐに見詰めて問えば、
「みぎ、」
ゆら、と視線を揺らしたルーシャンがぽつんと応えていた。
全体を見る感じで敢えて一点にフォーカスしないようにしているルーシャンの耳元に頬を寄せる。
「ああ、この濃いメタリックな赤だといいな。引き締まって見えるが嫌味じゃない」
少し息を詰めたルーシャンに反射越しに笑って、選んだタイをキングスレーに差し出した。
「黒いシャツともっと色味の濃いスーツを選びますと、また印象が変わってまいりますよ。このタイであれば」
タイを引き取っていった仕立て屋が、箱の別のサイドを開いた。
「腰が細くあられますので、ベルトはこの3本の中からお選びください」
シンプルに黒い革のベルトの中から、細身の金のバックルのものを選んだ。それもキングスレーが引き出していき、タイと併せて別のセクションに仕舞っていた。

「お疲れ様でございました。もう脱いでくださって構いませんよ」
少しばかり体重を預けられていたルーシャンの横顔に唇を押し当てた。
「だとよ。針だとかが刺さらないように気をつけナ」
びくっと身体を跳ねさせたルーシャンのジャケットの襟元を押さえてやる。
「ほら、腕抜け。そっとだ」
少しばかり驚愕に目を揺らしたルーシャンに、首を傾げる。
「どうした、ルーシャン?」
さびしげに表情を和らげたルーシャンが、静かに目を伏せてジャケットを脱いでいったのを待ち受けていたキングスレーに差し出す。それをキングスレーが箱に仕舞っている間に、椅子にロイがかけていったルーシャンの部屋着のボトムを引き上げ、脱ぎ終わったルーシャンにそれを差し出し、脱ぎ落とされたばかりのボトムも引き受け。キングスレーがそのボトムを仕舞っている間にルーシャンがシャツを脱いでいったのを引き取り、代わりに最初に来ていた既製品のシャツを手渡した。
恥ずかしがりもせずに黙って着替えているルーシャンの内面の変化にパトリックは僅かに目を細め。けれど、ありがとう、と告げてきたルーシャンに軽く頷いて、仕立て中のシャツをキングスレーに差し出した。
てきぱきと店じまいをしながらキングスレーが言う。
「月曜日の朝には仕立てて持って参ります。ストールはこのキングスレーが合わせておきましょう」
「よろしく頼む」

全てを仕舞い終えた仕立て屋がドアに向かっていくのにちらりと視線を遣り。ルーシャンに紅茶を手渡していたロイに告げる。
「直ぐ戻るからランチの支度をしとけ。面倒だからオレもこっちで食う」
かちゃ、とティーカップをソーサにぶつけていたルーシャンに、僅かに目を細めた。ますます萎れた風なのに、片眉を跳ね上げる。
「一人で食うほうがいいか?」
きゅ、とどこかルーシャンが泣きそうに顔を歪め、小さな声で、うん、と告げてきたのに笑った。
「なンだよ、急に元気が無ェな?キングスレー送ってったら戻ってくっから、それまでロイと遊んでろ」
そう告げて、さっさと外に向かって歩き出していた仕立て屋に追いついた。ドアを背後でぱたんと閉めて、廊下を歩いていきながらキングスレーに告げる。
「もう一つ頼めるか?」
「寸法は手元にございますからね、なんなりと」
「カジュアルでいい、甘い白のウールのロングコートと、そうだな…カシミヤでいい、白いマフラーをそれに合わせてくれ」
「まさか、ご自分用に?」
思い切り怪訝そうな顔を作ったキングスレーに、ンなわけあるかよ、とパトリックが笑った。
「冗談でございますよ」
「真顔で言うな」
「いえいえ、驚きの余りに表情筋が固まりましてな」
「はン?」
モノクルを押し戻しながら、キングスレーがちらりと見遣ってきた。
「随分と大事になされていらっしゃるようで」
「誰が?」
「ご自分がでございますよ」
「ああ、……猫か」
片眉を跳ね上げれば、キングスレーが軽い溜息を吐いた。
「あちらさまはきちんとしたお人でございましょう。そのような扱いではあちらもどう受け止めていいものやら、お困りになりますでしょうに」
「はァん?」
マサカ、と笑ったパトリックに、仕立て屋がますます溜息を吐いた。
「心臓が痛い、と訴えていらっしゃっておりましたよ」
「……持病か?」
「そんなわけはございませんでしょうに」

あまりイケズはなされませんように、可哀想ではございませんか。そう告げたキングスレーがちらっと見上げてくるのに、笑った。
「やっぱり可哀想か」
「大層お痩せになっているではありませんか」
「アレでも、マシになったほうなんだがなァ」
ぴた、とキングスレーの足が止まった。
「お坊ちゃま」
「お坊ちゃま言うなって」
「敢えて言わせて頂きます。お坊ちゃまは聡明なお方ですから、ご自分がなにを為されているのか存分にご存知でしょう。ですから多くは言いません。お止しなさい」
ぱし、と告げてきたキングスレーに、くぅっと笑った。
「解ってるよ、アンクル・イアン」
はあ、とイアン・キングスレーが溜息を吐いた。
「そうでしょうともね」
「作ってもらっているモノはオレなりの、まあなんつーかな、清算方法ってヤツだ」
ウィンストンにコートを渡されて、それを着込んだキングスレーが目を細めた。
「泣かれますよ」
「そうか、アレは泣くか」
「泣きますとも。それでもお坊ちゃまは変わられやしないのでしょうが」
「恋愛ゲームじゃねェからナ」
「解っていらっしゃって、ソレですからねえ……まったくあの方も運が無い」
コートを着終えて、床に置いていた鞄と箱を持ったキングスレーに、ひらりと手を振った。
「んじゃまあ、頼むわ」
「急がせて頂きますよ。ではお坊ちゃま、アルバートさん。御機嫌よう」
玄関の扉を閉めて、アルバート・ウィンストンが目を細めて笑った。
「叱られてしまいましたね、パトリック様」
「叱られると解っててやってるから、しょうがねぇわ」
「それでもルーシャン様の側にお戻りになられるんですか?」
「午後も予定を詰めたからナ」
ルーシャンの部屋に戻るために歩き出したパトリックの背中を見詰めて、ウィンストンが小さく苦笑を零したのを、パトリックは聞こえないフリをした。
――――――本当に大層気に入っておられるのですね、と呟いたのにも。




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