*41*

レインバーグと市内のホテルのレストランでディナーを食べた。
コーネリアスの後釜候補についての書類を3通ばかり用意してきていた。メキシコとロスの連中が推してきた候補だ。
レインバーグは面接をしてきて、3人ともまだまだ躾が甘い、と笑っていた。野心があるのはいいが、上を上と認識できないのでは、古い連中の多いこのファミリーでは居心地が悪いだろう、と。
奇妙にドレも気に入らなかった。ギラつく目線が写真に現れていたのが、癪に障ったのだろう、と自己分析しながらレインバーグからの報告に耳を傾けていた。
実際に会えばまた印象が変わるかもしれない―――――白黒の写真をダニエルに見せられた時、ルーシャンがあんな風に“繊細”なガキだとは思っていなかった。
いっそ強かなビッチであれば飼いならせたのにナ、と思いながら、デザートを平らげて、レインバーグと別れた。
ますますもって弱っているのだろうルーシャンを、“負債返還”という形で繋いでおくのはもう限界だろう、と思う。
遊び尽くしたわけではない。抱き飽きたわけでもない。だけれども――――――あれだけ寂しい目をしたルーシャンに向き合っているのは不愉快だった。
不愉快―――――不快?
いや、違う。そういう感情ではない、と自己分析する。胸の奥がざわついて、落ち着かなくなるだけだ。
いっそ苛め倒して泣かせてやろうかとも思う、だけれども―――――どのみちほたほたと泣くだけなのだろう、あのコは。
最初のように憤って意地を張って、ぎゃあぎゃあと泣き喚いているのならばからかい甲斐もあるが……。
昼もきちんと食えなかったルーシャンは、夜も間違いなく小食だっただろう。
ついでに気が紛れるかと思って呼んだ美容師とネイリストには、なんと思ったのだろう?最初の頃なら“助け”を呼ぶ気にもなれたかもしれないが、今の状態では―――――。
時折じっと自分の方を見詰めながら昼ご飯を食べていたルーシャンの、どこか縋るようなブルゥアイズを思い出す。拒否しているわけではない、絶望しきっているわけでもない、ただ――――――なんなのだろう?

案の定、帰ってみれば。ロイが溜め息交じりに報告をしてきた。
「今日もあまり食は進みませんでしたね」
「ふン」
「“グルーミング”されている間も、ずっとお静かでしたし。気味が悪いくらいでしたヨ」
肩を竦めたロイが、皮肉気に唇を吊り上げた。
「おれの葬式の準備?とか訊かれちゃいましたよ。今更そんなわけナイでしょーが、って返しておきましたけど」
「アレは死にたいのか?」
「さあ、どうでしょーね。オレにはお猫サマのキモチはわかりませんよ。一つ以外は」
ロイが肩を竦めた。
「一つ?」
「そ、一つです。マサカその部分で合致しちゃうとは思ってませんでしたけどネ」
“その部分”を説明しようとはしないロイに、ゆったりと唇を吊り上げた。
「来週ぐらいには放してやろうとは思ってるが―――――体力的にはどうだ?」
すい、とロイが片眉を跳ね上げて見遣ってきた。
「随分と早いですね」
「アレから鼻持ちならないプライドを取り上げたからナ、負債返還としては十分だろ。ああ、あと健康とウェイトな」
それ以上の感情は過剰支払いになっだろ、と笑えば、ロイがくぅっと口端を引き上げて笑った。
「解っててソレって、ほぉんとボスってば最高にサイアクなオトコですね。さぁっすがオレの尊敬するパトリック様」
「見習ってもいいぞ。どっかで刺されるかもしれんがな」
笑ったパトリックに、見習えませんヨ、とロイが簡潔に言って返してきた。
「オレの夢は従順でかわいいぽっちゃりとした嫁と素敵な家庭を作ることですからネ。ビッチなコを落として、なんて手間はかけません」
ピンポイントでは返してこない割には、ルーシャンが“落ちた”と歪曲に告げてくるロイの額を指先で押し遣った。
「だったら適当な飲み屋でオンナ引っ掛けてないで、大学のキャンパスだとか美術館だとか図書館とかで出会って来いよ」
「そんな場所いって引っ掛けてる時間なんてアリマセンってば。つうか、ボス、今日もルーシャン様のところにおいでになるんですか?」
真っ直ぐに見詰めてきたロイに、薄く笑って返した。
「放置しておいても泣くなら、側にいて泣かしてやるさ」
「別に泣いてませんでしたけどネ」
「そりゃ見えてる分が、だろうが」
「思い込みとかって可能性は考えないんですか、ボス?」
きゅ、と目を細めて笑ったロイに肩を竦めて返した。
「演技派だったらこんな事態に陥るようなヘマはしないだろ。アレはタダの寂しがりやのバカなガキだ」
「一途なコには優しかったんですね、ボスは」
トン、とロイの胸にレインバーグから貰った報告書を押し付けて、踵を返した。
「だから引っ掛けないようにしてたんだろうが」
ウーララー、とフランス語で大げさに驚いたロイの後頭部を張り倒して、ルーシャンの部屋に向かった。

「今夜はお猫サマのところですかー?」
そう訊いてきたロイに肩を竦めた。
「アレが泣いてたらナ」
ルーシャンの部屋の扉を開ければ、今度はルーシャンは床に蹲っていた。
切られてさっぱりとした頭を抱え込むようにしていたルーシャンを抱き上げて、ベッドに下ろした。
「なにやってンだ、ルーシャン?」
す、と視線を合わせてきたルーシャンを見下ろしながら、ジャケットを脱いでソファに放った。
「わからない、」
タイも引き抜いてソファーに放り投げ、靴を脱いで端に追いやった。
「オレもオマエがわかねぇわ」
首を横に振ってさらりと髪を鳴らしていたルーシャンが、ぽつりと呟いた。
「考え事、しないように必死だった」
ふにゃ、と笑ったルーシャンに笑いかけて、さらりとその頬を撫でた。そのままじっくりとカオを見据える。
「似合ってるけどな、その髪型」
トン、と唇にキスしてから、するりと手を放した。そのままその手で、リネンの上に落ちていた手を拾い上げる。
「爪も短くて結構」
とん、と指先にキスを落としてやってから、に、と笑いかけた。眉根を寄せたルーシャンの頭に手を戻して、ぐしゃぐしゃとかき混ぜる。
「なぁに困ってンだよ、オマエは」
俯いたルーシャンの頭をさらにぐしゃぐしゃと撫でて、それから時計を見下ろした。
「さて、仔猫チャン。そろそろ寝る時間なんだが」
そうっと見上げてきたルーシャンの目が、一人にするな、と訴えてきているのを見詰めて、くすんと笑った。
「今日は隣で眠らせろ。可愛くなった仔猫チャンを抱っこして寝ることをオレは要求する」
「あんたの望むとおりに、」
寂しそうな色が底に滲むブルゥアイズが揺れ、それでも静かに告げてきたのに苦笑して、トンと頬に口付けた。
「元気無ェな、仔猫チャン?先にリネンに潜ってろ。軽くシャワー浴びてくるから」
なんだったら先に寝ててもいいぞ、と言えば。
「外でまってる」
そう告げてきたのに首を横に振った。
「いいから潜って布団暖めとけ。オマエの手足もナ。冷てェよ」
ごめん、と呟いたルーシャンの額にトンと口付けて、パトリックは笑った。
「フロアに蹲ってるからだ、仔猫チャン。ほら、きちんと潜っておけよ?」
そう告げて、さらりとルーシャンの頬を撫で。パトリックはバスルームに向かった。

軽くシャワーだけを浴びてバスローブで出て行けば、そのままぼんやりとベッドに座っているルーシャンの姿を見つけて、パトリックが小さく息を吐いた。
タオルで頭をざかざかと拭っていれば、あ、と気づいたルーシャンが、早いよ、と独り言のように呟いた。
「一人で長ったらしくバスに浸かってるわけがないだろうが」
そう笑って告げてから、タオルを放り出してベッドに向かった。
「オマエ、水飲むか?」
ベッドサイドに置かれているピッチャーを引き上げながら訊けば、ルーシャンが首を横に振り。あそ、と応えて自分の分をグラスに注いで一気に飲み干した。
「オマエ、服着たまま寝るのか?」
ルーシャンがぽつりと呟いた。
「今日はもうこないだろう、ってロイが言ってた」
「アレの読みもまだまだ甘いナ。ケツの青いガキだからしょーがねぇけどナ」
ハハ、と笑って濡れたローブを脱ぎ捨てて、ベッドの上掛けを剥いで中に潜り込んだ。
それから、まだぼんやりとベッドに座っていたルーシャンの少しばかり短くなった髪を軽く、ついつい、と引いた。
「ほら、寝るぞ。潜ってこい」
「“寝る”だけ、」
小さな声で言ったルーシャンに、片眉を跳ね上げる。
「抱っこして寝るだけナ。オマエの身体も休ませねェと。ロクに食って無ェんだし」
「慌てて損しちゃったな、」
せっかく支度したのに、と。くすんと笑ったルーシャンに、くう、とパトリックが笑った。
「カワイイから喰ってやりてぇけど、内側を内出血させてドクタ呼ぶのは叱られそうで怖ェからナ」
少しばかり目元を赤くしたルーシャンにわざと軽く告げて、こいこい、と指先でルーシャンを呼ぶ。する、ともぐりこんできたルーシャンを、抱き寄せる。
「オマエ、いい匂いがする」
「……しらないよ、何も変わってない」
そう告げてきたルーシャンの髪に口付けて、ふっと笑った。
「そうかよ」
声でからかいながら、さらさら、と指で髪を梳く。
「眠れそうか、仔猫チャン?」
わからない、と素直に返してきたコを更に抱き寄せて、ベッドサイドランプの電気を消した。
「考えすぎンな、ルゥ。目を瞑って心臓の音だけ聞いてナ」
ふっと息を零したルーシャンが、く、と胸元に腕を添わせてきたのに小さく笑って、トン、と頭の天辺にキスをした。
「早く元気になれよ、ルゥルゥ」
ぐう、と額をさらに密着させてきたルーシャンの髪をさらさらと指先で梳く。
「まあオマエに元気が無ェのは100%オレの責任なんだろうけどナ」
くすくすと笑って、両腕でルーシャンを抱きしめた。
ちがう、と泣きそうに揺れて小さな声で呟いたルーシャンに、そうかよ、と笑って。ふう、と息を吐いた。
「あんたは、まちがってない、」
掠れた声で告げてきたルーシャンに、くくと笑って、パトリックが告げた。
「だからもう考えるナ、ルーシャン。いいコで眠りナ」
子守唄でも歌ってやろうか?と告げれば、くったりと身体から力を抜いたルーシャンがただ黙って身体を更に添わせてき。呼吸を意識して、パトリックが眠りに落ちたフリをすれば、目を瞑ったルーシャンがしばらく経ってから浅い眠りに落ちていったのが感じ取れた。
ほてりと熱くなっている身体をそうっと抱き寄せなおして、パトリックは枕に頭を預けながら眠りに意識を落としていった。ああ、チクショウ、と脳内で最後に呟きつつ。





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