*56*

 ザ・ダールウィッチの店内には、アップテンポのジャズ・ストリングスが流れていた。
 客足もソコソコ、ドアには新入りのドアマンが居て、客が集まるホールとエントランスを隔てるドアの所に立っていた。
 ロットヴィルは今夜は一度挨拶をしに顔を出したきり、寄ってきてはいない。なぜなら――――――。
「親父が言うには、いま資金を出すならアラブの石油か、もしくは極東だってよ」
 カウンターに肘を着いたまま、グラスを傾けつつダニエルが言う。
「驚くべき速さで、この国の新しい同盟国は回復しているってな」
「ソヴィエトが敵だからだろう」
「中国も、その先も赤が押してるからなぁ」

 珍しくマトモに政治経済の話を振ってきているダニエルとは、久し振りに会った。
 最後に会ったのはまだアレが手元に居た頃で、それからは暫く連絡がなかったものの、久方ぶりに電話がかかってきたのは2日前のことだ。丁度パトリックがシカゴにあるジムの屋敷から戻ってきて、一息吐いた頃。コーネリアスの後釜の承認式を終えて、手始めにメキシコで単独で噛み付いてきた野良犬のけしかけ元を叩きに行かせたのを見届けた後だった。
 新しく幹部になったキーランは、パトリックの元に生きたまま黒幕を連れてきて。パトリックがその手で消し去りたいかを訊いてきた。
 耳を吹っ飛ばされ、猿轡を噛まされ、手を後ろ手にダクトテープで括られた男は、小物だった―――――それがなぜパトリックを狙おうと思いついたのかは解らなかったが、パトリックはキーランの心遣いを有難く受け取り、ソレの脳漿を飛び散らかせた。
 ピンクと茶色と赤がぐちゃ混ぜにフロアに放射線状の絵を描き。見開かれた茶色の双眸から焦点が定まらなくなり、瞳孔がフィックスされ見上げてくるのを見詰めて鼻で笑った。
 気晴らしにはならなかった。
 静かに目を細めて野良犬の死骸を見詰めていれば、不意にツマラナクなった。イノチの遣り取りがこんなにクダラナイものだったと思ったのは、その時が別に初めてではなかったけれども。

 ニューヨークの屋敷に戻るなり、ウィンストンが言った。
『お疲れのようですね、丁度ダニエル様からご連絡がございました。日程をお合わせになって、息抜きに行かれるとよろしいかと存じます』
 その薦めに従って、一晩休んだ後にダニエルと連絡を取った。そして仕事が終わった後のディナーと酒を、と告げられ、適当にレストランで待ち合わせ、ディナーを食べた後に連れ立って「ザ・ダールウィッチ」までやってきたのだった。
 そういえばこの店には、ルーシャンを拾って以来いままで来ていなかったな、とパトリックは思い出していた。
 感傷に浸るほど弱ってはいないつもりだったけれども、何故だかルーシャンのことばかりが鮮明に頭に記憶の中から浮かび上がり続け。終わったことだ、と蓋をしても、その一瞬後にはまた直ぐに思い出していた。
 不毛な1人遊び。
無益で、無意味だと解っているのに、脳が戯れで記憶を自動再生するのを止めずに居る。他のことをして誤魔化せなくもなかったけれども、そうすることの意味もまた見付からなかった。
 ダニエルが横でアジアのマーケット事情を語っているのに半分だけ耳を傾けながら、ウィスキィを啜った。
 そういえばコイツもルーシャンを探しているニンゲンの1人だった、と唐突に思い出す。戯れでルーシャンの“アンジェ”の名前を、仕入れたばかりの男娼と遊ばせるときの予約に使ったな、とコースターに指が触れて、その事実を頭が弾き出した。
 アレが知ったならば、きっと傷付くだろうな、となぜか思って小さく鼻で笑った。傷付いたからといってもう関係はない、と。

 あまり相槌も打たないパトリックに、アジアの経済情勢には今日は興味がないのだろうと踏んだダニエルが、話を変えてきていた。
「そういえば、エラい美人が赤毛を捜しているらしいぜ、パトリック」
 片眉をパトリックが跳ね上げた。
「へえ?」
「金髪のカワイコチャンが、必死で赤毛の男を探しているらしい。オレがいつも行くバーの何軒かでも、バーテンダが声をかけられていたらしい」
 憶測ばかりだな?と笑ったパトリックに、いやコレ本当のハナシ、とダニエルが神妙な顔で頷いた。
「必死な顔で赤毛の男の居場所を問い質すカワイコチャン!オレも一度見てみたいと思って、暫くいつものテリトリィを回ってたンだけどなー」
 くる、とロック・アイスの入ったグラスを掻き回して、ダニエルが口を尖らせた。
「お花チャンといい、カワイコチャンといい。オレが探しているコはいっつもオレと出会わない!!」
 お花チャン、という言葉に、パトリックは薄く笑った。
「そのカワイコチャンってのはどんなビジンなんだよ?」
「少し長いブロンドでな?ブルーアイズで、……ああ、マリリン・モンロー似なんだ。あれくらいセクシィなのか、あれ以上にセクシィなのか解らんが、とにかくビジンらしい。オレの行き着けのバーテンダ、思わず見惚れたって言ってたぜ?」
「へえ」
 興味なく相槌を打ったパトリックに、くるん、とダニエルが振り向いた。
「そういえば、お花ちゃん。新聞社辞めたんだと。例の詩人がバーで泣いてたよ。手紙は来たけど一向に捕まらないって」
「そうかよ」
「消印がカナダだったんだと。だから詩人が心配してた。お花チャンはサウスは好んで行ってたけど、ノースはそうじゃなかったって」
 ダニエルの言っていることは聞こえても、半分ほどしか意識はいかない。
 そうか、新聞社も辞めたのか、と。それだけをなぜか思う。それならば、アレは今何をしているのだろう、と。

 ごとん、とグラスを置いたダニエルが、くるっと振り向いた。
「あーのさー、パトリック?なんか、オマエ、ヤなことでもあったの?」
 くう、とダニエルが覗き込んでくる。
「久し振りに会ったら、なんだか痩せてるし。冷めてるし。笑わないし。ぼんやりしてるし。病気?」
 なんかちょっと色っぽくてイイけど、と呟いたダニエルの額を指で押し遣った。
「バァカ」
「心配している親友に向かって!!」
「親友だったのか、知らなかったよ」
「ひっでー言い草!!」
 がたん、とカウンターに懐いて、ダニエルが、じろっとパトリックを見上げた。
「いいよ、どうせ知ってたよ。オレのほうが何万倍もオマエのことがスキだって」
 むすぅ、と拗ねた声に、パトリックは喉奥で笑った。
「オマエは沢山の対象が“スキ”だもんな、ダニエル?」
「えええ?オマエは特別だって」
「ピーターソンが、“ダニエル様は週に3日おいでになる時もございます”とか言ってたぞ」
 ダニエルに紹介してやった男娼の店のオーナの言葉を告げれば、あちゃ、と照れた風にダニエルが笑った。
「だってさー、かわいいんだよ、ティモシー。ふるふる泣いちゃってさー、ウサギみたいに目が真っ赤でさー」
 ふふふふ、と低い声で笑い出したダニエルに、ふン、とパトリックも笑った。
「払い出せばいいだろ」
「うーん、ちょっと家族の目がねー」
 はは、とダニエルが笑った。
「ケアも面倒だしねー」
 オマエのとこの店ってハズレがないからスキだよ、ありがとうな、パトリック。そう言われて、パトリックは薄く笑って返した。
「別に」

 目の端で、ロイがバーテンダに呼ばれていた。
 なにか告げられたらしい、する、とパトリックの方に目線をやると、ダニエルと酒を飲んでいるパトリックはまだ動かないと判断したのか、店員に呼ばれるままに裏口のほうへと足を向けていた。
 パトリックはカウンタに視線を向けて、グラスを丁寧に磨いているバーテンダの手元を見ていた。とくにどうと思うわけでもなかったが、きゅ、きゅ、とグラスが小さく音を立てるのと、リズミカルな動作に何故だか意識が向いたまま離れなかった。
 それでも、キィ、と僅かな音を立ててドアが開いたのが解った。
 す、と喧騒が僅かに収まっていくのが解る。
 ダニエルはまだそれに気づいた風もなく、パトリックとおなじように前を向いたまま、困った風に言っていた。
「ああでもさ、ティモシーに会いに行くようになってからはさ、オリヴァーと連絡が取れなくなっちゃったんだよねえ」
 カツン、カツン、と僅かな足音が真っ直ぐに向かってくるのに、パトリックは薄く口端を吊り上げた。
「案外オマエのことでも探してンじゃねえの?」
「え、そっかな」
「ほら、今も誰か来るみたいだぜ?」
 ざわ、と店内がざわめくのに、パトリックは静かにグラスを傾ける。ダニエルが、え、そうかな、と言いながらくるりとスツールの上で回っていた。
「オリ……ん?」
 ぱち、と目を瞬いたダニエルが、今度は驚愕に目を見開いていくのに、パトリックは目を細めた。
「ア?」
 ざわざわ、とますます大きくなるざわめきに、パトリックもくるりとスツールを回した。
 そして目にしたのは―――――――。

「パトリック、」
 そう揺れる声が、まっすぐ自分に向けられたことに、パトリックは僅かに目を見開く。
 涙を湛えてゆらゆらと揺れるブルゥアイズが、射抜くようにパトリックだけを見詰めている。
「なんであんたを恋しいって思うんだろう、」
 ふわ、とブルゥアイズを涙が満たし。ぼたぼたぼた、と雫が湧き上がっては零れ落ちていく。
「パトリック・マカーシー、」
 なンで、オマエ、オレの名前を。そう訊き掛けて、口を閉じた。
 掠れて揺れて色っぽい声に金縛りにあったように、周囲はシンと静まり返っている。通常はぎゃんぎゃん大騒ぎするだろうダニエルですら、ぱくぱくと口を動かしているだけだ。
 きゅ、とパトリックは目を細めた。
「なんで……あんたなんかを、」
 そう続けて、きゅ、と唇を噛んだ“ルーシャン”に、パトリックは薄く唇を吊り上げた。
「幻想だろ。思い違いだ、」
 静かなトーンでそっと告げる。
「勘違いして、思い込んでるだけだろ。解ったらもう帰れ」
「パトリ……っ、」
 嗚咽が声を途切れさせたルーシャンに、パトリックはぐっと顎をしゃくった。
「帰ンな」
「いやだ……っ、」
 ぼたぼたぼたぼた、と涙が零れ落ち。それでも縋るように見詰めてくるブルゥアイズに、パトリックは薄く笑って指を伸ばした。
「何言ってンのか解ってるのか、オマエ?」
 そろ、と涙を指先で拭ってやる。きゅう、とルーシャンが一度目を閉じた。ほんの一瞬。
「いまなら聞かなかったことにしておいてやる。だから、とっとと元の世界に返っとけ」
 ルーシャンが手をきつく握りこみ、嗚咽を我慢しているのか、喉を何度も上下させていた。
「あんたを、煩わせようなんて思わない、だから―――――」
 目が必死で訴えてくる、置いていくな、離すな、離さないでくれ、はなれたくない、と。屋敷の“客室”で、何度も見た表情―――――その何倍もの必死さで。
 かたん、と音がして、戻ってきたロイがその場で固まるのを、目の端で捕らえた。
 視線をルーシャンに戻す。
 必死に縋ってくるこのコが本当は自分は―――――――。

「だから、何?」
 パトリックは一層目を細めて、ルーシャンを見返す。
 びく、と。身体を震わせたルーシャンが傷付いたのが解る、けれど、それでも……。
 ぐぅ、と息を詰めたルーシャンに、酷薄に笑ってみせる。
 そう、それでいい。傷付いたら、離れていけ。そうパトリックは思って、一層冷ややかにルーシャンを見遣った。
 細い手が伸ばされて、カウンターに乗せられていた瓶を取っていった。真っ直ぐにパトリックを見詰めながら、琥珀色の液体をルーシャンが自分で頭から被っていく。
 パトリックは目を細めてその光景を見詰める。焼身自殺でもしたいのか、と思い至って。奇妙に頭は冴えたままカウンターにライターの類がないことを一瞬確かめていれば、不意にキラッと煌いたものが飛んでき、手で受け止める。
ぱし、と破裂音がして手の中に投げつけられたものは―――――――金と銀の二匹の絡み合うレッド・アイド・スネークス。
 なぜこれを投げ返す?と、いぶかしんで見上げた瞬間、ばしゃ、と飛ばされた液体に、パトリックは目を見開いた。
「……っ?」
 なにがあった、と一瞬頭が追いつかずにいる。
 ふわ、と立ち上るスコッチのアロマが鼻腔を擽り、パトリックは一度濡らされた胸元を見下ろしてから、視線をゆっくりとルーシャンに向けた。
 ロイがカウンターの奥で石像のように立ちすくんでいた。
 隣ではダニエルが、ムンクさながら両手で頬を抑えて、Oの容に口を開いたまま叫べずにいる。
 ストリングスの音はとっくに死んで、店に居る客全員がまるでスチール写真のように微動だにしていなかった。
 ぽたん、とルーシャンの濡れたブロンドから雫が滴る。
 ぽたん、ぽたん、とその雫が落ちる音だけが、鮮明に響く。

「ロイ、」
 真っ直ぐにパトリックを見詰めたまま、掠れた甘い声がそそのかすように言う。
「こんどこそ、あんたの大事なボスの面子が丸潰れだよ……。ここじゃダメだろ、行こう」
 絶望と、懇願と、なにかが混じったルーシャンの声に、パトリックはルーシャンが望んでいることを知った。
「ここまで濡れたなら、もうハドソンも一緒だよ」
「……ハ、」
 ロイに向けて告げたルーシャンの言葉に、ふわ、と心が軽くなる。
 そのことを自覚して、いままで自分が“沈んでいた”という事実に気づいた。
「……は、はは、はははははははは」
 バカ、みたいだ……。
 パトリックが目を一瞬瞑り。それから片手で頭を抱えた。
 信じられない、ルーシャンがソレを望んだということが信じられない――――――なんて、バカなんだ…っ。
「アハハハハハハハハハハハハ、」
 くう、と目を見開いたルーシャンが、次には悔しそうに唇を噛んでいるのが見えた。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
 次のグラスを掴んだのに、笑ったままその手首を捕まえた。そして、は、と笑いを引っ込める。

 掴んだルーシャンの細い手首に血が滲み、皮膚が擦り切れているのを見下ろして、くしゃん、と苦笑した。
「バッカだなぁ、オマエ。せっかく取り戻したばっかりの人生、捨てやがって」
 また細くなった腕に、小さく首を横に振る。
「本当に、オマエ、バカだ」
 見遣った先、青のフレアがブルゥアイズに浮かび、怒りに揺らいでいた。
「そんなこと、おれがいちばんわかってる、っ」
 また泣き出しそうになったルーシャンが、腕を引き剥がそうとしてくるのに、ぱしりと反対側の手も捕まえた。
 びくっとルーシャンが身体を跳ね上げ、見上げてくるのに目を細め。くっくと笑いながら、ロイ、と腹心を呼びつけた。困惑した表情のルーシャンから目を離さずに、静かにロイに告げる。
「タオルと、車だ」
 くう、とブルゥアイズが見開かれるのに僅かに目を細めれば、ルーシャンが酷く小さな声で言い縋ってきた。
「パトリック…?」
「バカだろ、オマエ」
 手の中の体温が、懐かしかった。
 ぐい、と腕でルーシャンを引き寄せる。
「取り戻したばっかりの人生、投げてどうすンだよ?」
 ルーシャンが、きゅ、と指で腕に縋ってきたのに目を細めて、片手を離した。

「あんたがいないと…だめなんだ、」
 慌しくタオルを用意したロイが差し出してきたソレを片手で広げ、涙声で告げてきたルーシャンの頭に乗せた。
 もう一枚差し出されていたタオルをジブンの首に巻いてから、ごし、とルーシャンの頭をタオルで拭った。
 えふ、と嗚咽を零したルーシャンが、スーツに指先をかけて縋ってきたのに笑って、するりと背中を撫で下ろし、腰を引き寄せた。
「一生どこにも出してやんねーぞ、バカ猫」
 うー、と唸るようにして泣き出したルーシャンを、ぎゅ、と一度だけ抱きしめる。
「パトリック、」
 切れそうな声で呼んでくるルーシャンの背中をぽん、と叩いてから、カウンタのところに奥から出てきていたロットヴィルに視線を遣った。
「ロットヴィル、店を二度も汚して済まない」
 パトリックの次の行動を予測して、ロイが慌ててドアから飛び出していった。
 ロットヴィルは、何度も何度も首を横に振る―――――顔は強張ったまま、目も瞠られたまま、でまるでショッキングな映像でも見たかのようだ。
 ああ、ショッキングかもしんねーな、と自覚して。パトリックは薄く笑ってから、目と口を大きく開いて、ぱくぱくと何かを言いかけていたダニエルに向き直った。
「ダニエル、今度埋め合わせる」
「パ、パ、パ、」
 ひら、とダニエルに手を振って、スーツの裾を握ったままのルーシャンをドアに押し遣る。
「行くぞ」
 片腕はルーシャンの腰に回したまま、ガラスが嵌ったドアに立てば、近づく影に自動的にドアが開いた。その取っ手を持っていたどこか落ち着いたままのドアマンの様子に、きゅ、と一瞬だけ目を細め。けれど何も言葉にはせずに、回させた車のドアを開けてロイが待っていたのに、先にルーシャンを車に押し込んだ。
 ロイのグリーンアイズが真っ直ぐに見詰めてくるのに視線を上げる。
「ボス、」
「懐いちまった」
 パトリックがくしゃん、と笑って言えば、ロイもくすっと笑って。
「仕方ないですね」
 そう小さな声で返してきた。

閉じ行くザ・ダールウィッチの扉の内側から、「パァアアアトリィイイイックゥウウウウ!!」と絶叫するダニエルの声が響いてきた。
 くっと笑ってそれを意識から追い出し、後部座席に乗り込み。すぐさま腕を差し伸ばしてきたルーシャンを抱き寄せ、膝の上に乗せた。ルーシャンの“定位置”。
 ふ、と笑い、肩に額を押し当て、頑是無いコドモのように胸元に取りすがってくるルーシャンの背中を撫で上げた。
「パトリック、」
 泣いている声に、さらりと濡れた髪を指で梳いた。
「そんなに寂しかったのかよ、ルーシャン?」
 You missed me that much, huh?
 そう訊けば。ウィスキーのアロマに酔ったかのような、ルーシャンのブルゥアイズが見上げてきた。
「あんたのほかは…ほんとうにいらないんだ、」
 揺れる声が真摯に告げてくる。
「おれだって、そんなこと信じたくなかったよ」
 くう、と口端を吊り上げて、パトリックが笑った。
「ルーシャン。幸せにしてやる、とかは言わねぇから、勝手になっとけ。オレの側でな」
 動き出した車に身体を揺すられてか、
「………ぅん、っ」
 そう喘ぎ混じりに返してきたルーシャンが、きゅう、と縋ってくるのに頤に手を遣り、顎を上げさせた。
「ほかは、いやだ、」
「ほかなんかいねェよ、一生オマエはオレだけだ。ルーシャン、仔猫チャン。NOとは言わせない」
 ルーシャンが返事をするまえに、唇を合わせて口を塞いだ。
 ふわ、と泣き笑いを浮かべていたルーシャンを一層強く抱き寄せて、深く唇を合わせていく。背中に回された手指が一層縋ってくることに気分を良くして、パトリックは薄く笑った。

 すぐに甘い深い喘ぎを漏らし始めたルーシャンの腕を片方引き下ろさせて、手の中でずっと持っていたツイン・スネークスのバングルを力任せに嵌めさせた。
「―――――ゥ、ッァ」
 痛みにびくりと身体を跳ねさせたルーシャンから一度口付けを解き。また新たな傷を拵えた左手にトンとキスをした。削り取られ、薄く捲りあがった透明な皮膚の下から僅かに沸き起こる赤い雫を唇で拭い取った。
 ゆら、と揺れたブルゥアイズを見詰めて、パトリックが甘く低く囁く。
「ルーシャン、馬鹿な選択をしたな」
 さら、と片手を背中側からヒップに潜り込ませる。
「オマエ、オレに喰い殺されるぜ?」
 にやりと笑ってパトリックが告げれば、
「それでもいいよ、」
 喘ぎ混じりにそうルーシャンが答えた。
「あんたになら、」
 耳に届く甘い掠れた声にくくっと笑い。ぐ、と膝でルーシャンの身体を突き上げながら、また口付けを仕掛けていく。
「―――――――っぁ、」
「口にする願いには気をつけな、仔猫チャン。泣いても止めてやんねぇからな―――――――寂しかった分、全部埋めてやるから。覚悟しとけ」





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