*11*

ただの憧れだ、と言い切られたことが悔しくて、哀しくてシャワーを浴びていたなら勝手に涙が零れてきたそのままに昨夜は寝入って。
眠りに落ちる前も、夢の中でも、そして明け方近くに勝手に眼が覚めてからも、なぜこのひとが特別に思えるのか、ずっとそのキモチが変わらないのか、見詰め直してみようとしても、無駄だった。
自分のなかで、もう収集がつかないほど気がついてみればずっと「想い」は存在し続けていて。けれど、常に表面にでていたわけでもない、そのことは認めた。

けれど、知らない間に眠りに落ち、明け方眼が覚めたときに。変わらずに抱き寄せられていたことに気付いて、なぜだか溜息が零れた。
自分のことをこの10年の間思い出したことはなかった、とはっきりと告げられて。そのことと、一旦顔をあわせたなら、その空白がゼロに近く埋められてしまうことの意味がわからなかった。
このヒトはこういうヒトなんだ、と。寝顔をそうっと見詰めていたなら、思い当たった。突然。
誰ものことが好きで、誰も好きじゃない。

例えば、もし自分が、とヴァンが視線を少し壁へ流した。
なかったこと、にされているかもしれない、と臆することなく。例えば、突然ショーンの仕事先なりオフィスなりに顔を出したとしても同じように受け入れてくれたのかもしれない。
けど、と視線をまた静かな寝顔に戻した。
じゃあ、ショーンが。本人の言うようにそういった性質の悪いヒトだとしても。おれが、ずっと好きでいたこととは何の関係もないよ、と。
おれのことを思い出していなかった、とこのひとが言うのなら、自分だって似たようなものだ、とヴァンは思った。
心のどこかでずっと好きなだけで、普通に生活して、恋も適当にしてセックスはもっと勝手にして。現にこうやって「生きていた」わけだから。

いつか、押し込みすぎて溜め込みすぎて、消火栓のフタがぶっ壊れて水柱が上る、くらいにキモチの収まりのつくことがなくなったかもしれないけど。
そうなる前に、偶々ショーンがこの場所をを思い出してくれただけかもしれないけれども。
ひとつ、気がついちまった、と。ショーンの寝顔を見詰めながらヴァンは思っていた。やっぱり、おれはこのひとが好きなんだよ、と。
気がついてしまえば、自分はガキで、もしかしたら「チビ」だから。大人のショーンと違って「なかったこと」になど出来ない。
そう、開き直ってしまえば、すぃ、とキモチが軽くなった。

このひとが自分のなかで特別、のポジションにいることがもうわかってしまった。
躊躇するべきだとしたなら、自分がオンナノコじゃないことだったけれども。どうやらそれは問題ないらしかった。少なくとも、さほど大きな問題ではなさそうだった。
ショーンを見ているだけでもドキドキする。
頬に軽くキスされるだけでも、じわっとそこから幸福になる。
ちら、と脳裏にもういない友達のことが一瞬浮かび。性別で恋するわけじゃないんだな、と思い当たった。
友人たちには、愛情はあったけれども。いま覚えているような感情は生まれたことはないし。
父親や母親に対する、家族に対する愛情と、いまショーンに向けている想いは種類が違うだろうとヴァンは思っていた。家族愛、などじゃないし。
ガールフレンドたちに覚えていたような恋心とも少し違うような気がしていた。
カノジョたちに対しては、「待つ」ことを良しとしなかった。
もっと、自分の真ん中に引きずり込んで自分がカノジョたちの中心にいないと面白くなかった。
それは、多分、母親にあっさりと切り捨てられたことに対する反動だったのかもしれないけれど。

『おれは、やっぱりあんたが好きだよ』
そう静かに独り言を洩らし、やっと空が明るくなり始めたころにショーンの額にそうっと唇で触れた。
おれのこと、別に忘れててもいいやって思うくらい。いま、思い出してくれてるからいいやって思うくらい。
『あんたは、勝手に線ひいて、おれのこと追い出そうとするから。おれは勝手に追いかけていって、喚くんだ』
そう、こっそりと告げて。それからショーンが眼を覚ますまで、寝顔を見詰めていたのだけれども。

キスで起きたショーンがさらりと返した言葉に、ヴァンは僅かに首を傾げた。
「そういうこと言うんだ、」
「保証はないだろ?」
そう笑うように返されて、ふぅん、とヴァンが呟いた。
「あんた、以外とやっぱり自分のこと知らないんだね、。ショーン」
「そうか?」
笑いながら、ぐ、と体を伸ばしたショーンに言葉を続ける。
「キスされるたびに、いまみたいな顔してたら、アンタがいまひとりでここに来るはずもないだろ」
少なくとも、と続ける。
「あんたが夢のなかで会ってたヒトとはいまも一緒にいるはずだよ」
ナンデ、と僅かに欠伸交じりに体を伸ばした所為で潤った眼で見上げられてそのままに答える。
「だから、おれはアンタのいまの言葉は信用しない」
さらりと腕を伸ばして、また身体を半分重ねるようにしてショーンの頬を両手で挟みこみ。ほんのすこし瞠目するような表情を見下ろしながら、こめかみと眉間にキスをさらりと落としていった。
「ほらみろ、同じ顔してる」
そう言って、最後に額に唇を落とす。
「忙しくて新しい相手を見つけるのも面倒だったとすれば?」
「その昔のヒトと一緒にいるはずだね」
面倒だったら余計に、と告げて額をヴァンは押し当てるようにし、僅かに身体を浮かせる。

「どうだ、参ったか。何か反論があったら言ってみろ、オトナのショーン」
「仕事で省みなくて、捨てられてばっかりだって。オレ、言わなかったっけか?」
ますますからかって笑うような口調に、ヴァンが眼を細めた。
「ケッコンしてって言われてたらしてた、とも言ってたよ」
あんたが大概ロクデモない大人だってことを言いたいこともわかった、けどおれもおれでカッテニする、と。声に出さずにヴァンが思う。
「訊かれたことがないってことはさ、仔猫チャン」
する、と首筋を指で撫でられ、その僅かな温かさに意識が持っていかれかけ。押しとめれば、声が届いた。
「それだけの価値がないって見放されたってことじゃねえの?」
「かもしれないね、あんたの言い方だと」
けど、それは他のヒトにとってのあんたの価値で、おれとは関係ない。そういいきり、ヴァンが首を左右に振った。
「朝からそんな面倒なこと話すから振られんだろ、ショーン」
「振られてフリーだってことには、変わりがないだろ」
喉奥で起こされた笑い声が耳にすんなりと溶け込んでくる。

「で、」
ショーン、とヴァンが真上から従兄を見下ろした。
「あんたの夢にいたのは実際誰なんだよ?」
もしいたなら、と続ける。
「さあ、」
起きた瞬間に忘れるタイプなんだ、と笑みと一緒に返される。
「やさしいのに、どうしてそういうこというんだろう」
どさ、っとわざと身体を落とすようにして、ショーンの顔横に額を埋めてヴァンがぽそりと呟いた。
「オレはね、優しくないの」
「やさしいじゃん、」
くっきりと告げる声とは裏腹に。指先でさらりと後ろ頭を撫でられヴァンが言葉を継いでいた。
「やさしいよ」
そうして、くっと抱き締めるようにすれば。思いついた風に息をひとつ吐き、ガールフレンドとか、友達とか、両親とかには優しくないよ、と静かな声が綴るのをヴァンは聞いた。
「おちびちゃん限定」
「ちびって言うな」
ぐ、と片足を絡めるようにし、文句を言えば。
「おれもパティはイヤだからな」

言葉も終わるのと同時に、視界が反転し。ショーンの顔が間近に見下ろしてくるのにヴァンがひとつ瞬きをした。
「いい加減覚えろ?」
「パットってだからおれ最近言ってないってば」
そうか?とからかうような口調が言ってくるのにヴァンが頷いた。
「じゃあいいコの仔猫チャンのために朝食の支度でもしようか」
「だれのことだ、それ」
耳元に軽く唇で触れられ、そして声も落としこまれ僅かにヴァンが息を呑んだ。
「オレの下にいるこのコ」
「…そんなヤツいない」
「そう?」
「フン」
お返し、とばかりに腰に脚をかけ身体を起こしかけていたショーンを引き倒すようにし。がぶり、と首元に噛み付けば。
「じゃあ悪いコの仔猫チャン?」
腰が重なるようになり、ヴァンのブルーアイズがまん丸に見開かれた。
自分で仕出かしておいた割には、真っ正直な驚き具合で。方やショーンは、酷くさらりと「生物的現象」と言葉にしていた。
その台詞に、くっとヴァンも小さくわらい。
「ちっとザンネン」
そう言って、わずかに鼻に皺を寄せるようにしていた。

そうしたなら、重なっていた体重を預けられ、ぐ、とヴァンの肩がマットレスに僅かに沈み。静かなショーンの声が届いた。そういう冗談はヤメナサイ、と。
競りあがる鼓動を押し込みながら、ヴァンが一瞬息を浅く吐き。そうっと言葉にしていた。
「冗談じゃないから、やべえって思ってんじゃん」



 *12*

合わさった平らな胸が、どきどきと鼓動を伝えてくるのに、ほんの僅か眉根を寄せる。
こういう風に下半身が合わさったことは、ヴァン相手ではいままでなかった―――――そして10歳年下のチビに、生理現象を知らしめるほどオノレも頭の螺子が跳んではいなかった、とショーンは自嘲する。
不快感はない。むしろ、暫くぶりに誰かを組み敷いていることに、ちょっとした快感すら得ている―――――それが寝起きの成人男性的レスポンスの結果だとしても。
それでも。自分の真下に居るのはヴァンで。そのことが意味することは、ヴァンが想像しているよりも多分、自分の中では大きい。

イノセントに見上げてくるコドモの額に、ごちん、と額を押し当てる。
「イトコのカワイコちゃんを喰えるわけないでしょ」
そこまでダメな人間じゃないよ、とは言わずにおく。ヴァンはショーンがいかに酷い人間であるか、全く以って納得しようとはしないから。
「いとこじゃなかったら?」
真っ直ぐな眼差しで見詰められて、くぅっとショーンは笑みを浮かべた。
「大事なコでなけりゃ喰い散らかしてたかもな」
軽く告白された真実に、ヴァンがゆっくりと瞬きをした。それで納得してもらえるだろう、と軽く身体を浮かせれば、
「ショーン、」
そう甘く掠れた声に呼び止められる。
その語尾が震えていることに気付かなかったふりをして、ちらりとブルーアイズを見下ろせば。ヴァンが、空いた空間を埋めるように、身体を起こしていた。
「―――キスは…?」
「What about kiss?(キスがなんだ?)」
「してもいい?」
緊張して、どこか縋っているようなヴァンのトーンに、ショーンは目を細めてそっけなく応える。
「ずっとしてたでショ」
二ふる、とヴァンが首を横に振る。それから、ぐ、と身体を伸ばして。する、とショーンの唇に触れるだけのキスをした。そしてそのまま見上げてくる。

思わず積極的に行動に出てきた元チビを見下ろして、ショーンは溜まらずに笑みを零した。
「オマエはなにが欲しいの。寂しいだけなら止せ?」
「昨日から…ずっと言ってる、」
そう告げてくるヴァンの声が、震えて泣き出しそうなのに気付いて、ショーンは笑みを納めた。
「ショーンは、おれが間違ってるって言う、けど―――」
懸命に泣くのを堪えているヴァンの双眸は、それでもショーンから逸らされない。
じっとまた一心に見つめてくるのを、今度は真面目に見詰め返す。
「でも、自分が間違えてないことだけは、…わかる」
それだけを言って、唇を一度ぐっと噛み。それから、ショーン、とヴァンが囁いてくるのに、間違ってるよ、と言って返す。

「間違えてるよ、オマエ」
繰り返せば。ぶわ、と一気に潤んだブルーアイズが、それでもじっと見上げてくるのに声を静かなトーンに落とす。
ヴァンがぐっと唇を噛みしめ、首を小さく左右に振る。
「10も年の離れた従兄で、男で、オマケに10年もオマエを放っておいた酷いヤツだぜ?間違ってないわけがあるか」
そう酷く静かに言い切れば。
「おれが覚えてたから、いいんだ。来てくれたし」
ぐ、とブランケットの上で、ヴァンが震える拳を握っていた。
「おれだって、あんたにあわせられるような面、してなかった……」
ぽつ、と呟いてから、く、とヴァンが視線をまた合わせてきた。
それから、無理矢理、といったふうに、ふにゃ、と甘い笑みを浮かべ。
「でも、迷惑だったね、ゴメン。―――ダイジョウブ、もう言わない」
そう言い切っていた。それから、じゃあ起きようか、と呟きながら、今にも泣きそうな表情で身体を起こそうとする。

「ヴァン」
「―――イエス?」
にこ、と無理矢理笑ったコドモの頭を、ぽすん、と撫でる。
「オマエが大事なんだ」
正直に、誤魔化さずにショーンがそう告げれば。ぽろ、とヴァンが目から涙を溢れさせていった。
次から次へと途切れることなく、透明な雫が閉じられない目から零れ落ちていく。
そのあまりの綺麗さに、ただ間近で見詰めていれば。は、とヴァンが先に気付いて、拳でソレを拭った。
ショーンはぐしゃぐしゃとヴァンの頭を撫でてから、身体を起こしてベッドから降りた。
「ごめん」
小さく齎された呟きに、すい、と振り返る。
ベッドの上で心細そうに座り込んでいるヴァンを見ていると、とてもココロ穏かにはなれない。
抱き締めて、頬に口付けて、慰めてやりたいけれども―――――そうしたならば、ヴァンが離れていけないことなど容易に知れる。

「あんたに、迷惑はかけないから……」
そう言って、拳で目を覆ったコドモの頭を、手を伸ばしてせめて撫でてみた。
「本当に、オレはオマエのことが好きで、オマエのことが大事なんだ、ヴァン」
くぅ、と咽喉を鳴らして嗚咽を零し始めたヴァンに、今度は黙って背中を向ける。
「シぉ…っ、」
縋ってくる声に、ドアの前で足を止める。
「朝御飯、支度しておくから。オマエはカオを洗ってからおいで」
そして、ちらりと振り返ってヴァンの顔を見て微笑んだ。
「深呼吸してからおいで、ヴァン」

                                 * * *

誰かを振って気まずかったことなど、いままで一度もなかった。
だから、朝御飯のためのパンケーキとハムと目玉焼きを焼いている間に胸に込み上げてきていたバツの悪さは、ショーンにとっては新鮮だった。
ヴァンだからバツが悪いのか。それとも、親しい相手だったからバツが悪いのか。
ショーンに近しい人間は全員ショーンがいかに恋愛に向かない相手かを熟知しているから告白してくることなどいままでになかっただけに、今現在感じている居心地の悪さがどちらの理由から感じているのかは解らなかった。

パンケーキのタネが出来た辺りで、目元を少しばかり貼らしたヴァンがキッチンにやってきて、皿やカトラリィなどを並べ出した。
それが終わってしまえば、パンケーキを焼いているショーンの隣で静かにコーヒーの支度をしていた。
その心細そうな立ち姿を見て、そういえば振った人間と直ぐ後に顔を合わせていることなど初めての経験であることに気付いた。
そして。いつもだったら、手が空き次第に背中越しに抱きついてきたりするのが常だったから、ただ横に静かにヴァンに立たれていることが不思議だった。

けれど、ショーンの何気ない視線に気付いたのか、にこ、と笑顔を向けてきて。
「とうさん起こしてくる、」
そう言ってキッチンを後にしていた。
「イッテラッシャイ」
後姿にそう告げて、フライパンに視線を落とす。
ふっくらと、甘い匂いを放っているパンケーキをひっくり返して、小さく息を吐いた。
いつものようにヴァンが触れてこないことが、どうしてこんなにも居心地悪く感じるのか、ショーンは僅かに眉根を寄せた。つい先日まで、そう在ってアタリマエだったのに、と。

朝食を恙無く終え。タバコを持ってバンガローの外に出た。
どこかもやもやとすっきりしない心内とは裏腹に、空はからりと晴れ上がり。穏やかな水を湛えた湖の湖面は、きらきらと陽光に光り輝いていた。咥えたタバコに火をつけて、小道を湖の方向に降りていく。
昔、どんな気持ちでヴァンに接していたか不意に思い出せなくなって。彼らが昔住んでいた、いまは空き家になっている屋敷を見たくなる―――――死んだヴァンの友達も住んだというその家に。
ゆっくりと歩き出しながら、すぐ隣についてくる人影と足音がないことを不思議に思う。それらのものが足りないことが、何故だかまたショーンに不思議な焦燥感を味合わせる。自分の名前を呼ぶ甘い声が、すぐに呼びかけてこないことにも。

湖を一周する小道まで降り立ち、朝一番の肌寒さが消え去った空気を胸いっぱいに吸い込んでみた。
頭ははっきりとしているのに、気分はすっきりとしない。
苛々とはしていないけれども、奇妙に落ち着かない。

ほぼ対岸にある、ヴァンたちが昔住んでいた屋敷に着き。そのがらんとした建物をゆっくりと見上げた。
この場所が笑いに満ちていた頃を思い出そうとしてみる。
小さなヴァンが物陰から飛び出して、ショーン、と呼びかけながら走り寄ってくる姿を思い浮かべてみる。抱きとめて、笑顔で見上げてくるチビを思い切りハグして、その額に口付けた――――そうされる度に。
誰が一緒でも、誰に見られていても、いつでも力いっぱいヴァンを抱き締めて……笑顔をかえしていたはずだ。全身で抱きついてきながら、ふにゃふにゃと蕩けるような笑顔で、『ずっとずっとずっと会いたかった……』そう告げられれば。どんな堅物だって笑顔になれるだろう。
沢山のヒトが回りにいても、必ずヴァンはまずショーンに挨拶しに飛び出してきていた。そのことが自分は素直に嬉しかった筈だ。
けれど―――――そこに多大なる愛情と好意があっても。ショーンに小さな従弟を愛しむことができていたとしても。あのコにキスをして……抱くことなど、想像もできない。

                                   * * *

ぼんやりと2本目のタバコを吸いながら静かに空っぽの家を見上げていれば、スミマセン、と声をかけられて振り向いた。
明るいブロンドを短く切って、大きなサングラスをかけた背の小さなオンナと、ショートボブのブルネットで大きな金のピアスをしている背の高めのオンナがそこに立っていた。
「なにか?」
「ここ、さっき着いたばっかりなんですけど。初めてきたので、この辺りに詳しくなくて」
ブロンドのオンナが微笑む。
「季節外れだし、奇妙に朝が早いし、誰もいないし、で。誰かガイドしてくれる方を探していたんです」
す、と首をコケティッシュに傾げたブルネットも微笑む。
「お暇なら、この辺りのツアーを私たちにしてくださらないかしら?」
きらきらと煌めく双眸に、なんのゲームをしかけられているかを知る。
この二人とどこかへシケコンデ、“軽く楽しく”やっている自分を想像する――――裸に剥いた可愛いめのオンナノコが二人。悪くは無い、けれど。瞬いた瞼の裏に、一瞬だけ泣いているヴァンの姿が見えた。
―――――あれを放置したまま、喰いたくも無いスナックを口にするのは、いくらなんでも酷いような気がした。気分転換になるにしても―――――ヴァンに、自分のロクデモナサを見せ付けるにしても。もう少しマシななにかがある筈だった。

そう思い至った瞬間にはもう自分の指先が総合案内所のほうを示していたことに、ショーンは薄く笑った。
「悪いね。ちょっとそれはできない。だけど、あそこに淡い茶色の屋根のフラットがあるだろう?あそこが観光案内所だから、パンフレットとかを貰うといいよ。それじゃあ」
す、と二人の顔が真顔になったのに、小さく笑みを浮かべる。
この二人を振ったところで、感情はフラットなままだった――――マイナスにも、プラスにも動かない。
自分にとっても、ヴァンはコイビトとしては見れないにしても、特別な何かなのだと知る。それがどんな理由からかは、突き詰めて考える気にはなれなかったけれど、帰ってヴァンに優しくあるべきだという結論には達する。
歩き出しながら、タバコを道沿いに置いてある灰皿に放り込んだ。
ひとまず、なにもなかったフリをして戻っていけば、なんとかなるような気がした―――――昔のように、“家族”に似たなにかで在れるような気がした。




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