大
好
き
。
朝目が覚めたときに少し眩しくて、ノーマンは「むぅー」とお口を結んだままで小さく唸るようにしました。
明るい春先の日差しが、大きな窓から差し込んで色取りどりの大きな宝石が下がったドリームキャッチャーが眩い光りをキラキラと弾いていたのです。
しばらく、むうーむぅーと、お咽喉のあたりがごろごろするのが面白くて唸って遊んでいましたら、先に起きていたショオンが紫水晶の小箱から取り出したネックレスとチャームを頭からさらんと下げてくれました。
明るい中でもお星様はチカンと宝石のように光りを跳ね返しました。お師匠はまだお休みのようで、紫色の細い灯りがちらちらとオパールのように瞬いていました。
「むわおうむはうまう」
お口をますぐに噤んだままで、おはようございます、とショオンに言ってみます。
それから、お水の入ったコップを渡してもらったのでありがとうございます、も、お口を閉じたままで発音してみます。
くすりとわらったショオンが手を伸ばしておでこを撫でてくれて、着ているきれいな深い赤色に金色の縫い取りのあるガウンの広がったお袖もさらさらとほっぺたや目元をくすぐるのに、ひゃっとわらってノーマンが口を開けてしまいました。
そうしたなら、ちゅっとキスがおちてきて、お咽喉がいがいがするときに「とっこうやく」なはちみつドロップスをそのままお口に落っことしてくれるのに、またきゅうっとノーマンがガウンの襟元を握ります。
おはよう、とお返事をもらえて、うれしくなります。だからノーマンがぱたぱたっと羽フトンの下で足を動かしていたら、
「シーツで泳いでないで起きておいで。ごはんにするよ」
笑っているようなショオンの口調に、こっくりと大きく頷いてノーマンが元気良く起き上がりました。
くまであった魔法の影響なのか、不思議とノーマンは怪我をしたりへとへとに疲れたりしても一晩眠れさえすればすぐに元気になるのです。
ショオンの優しい手が、ほっぺたに掛かった髪をさらさらと直してくれるのに、こんどはちゃんとありがとうございますを言うと、お寝巻きを着たままいそいそとお洋服のたくさん掛かっている大きなクローゼットの前にいって、勢いよくショオンを振り返りました。
「しぉ…!」
「うん?」
「あのね、あのお帽子、ぼくに貸してくださいっ」
あれを被って朝ごはんにしたいです、と張り切ります。
「どれ?」
ショオンも同じようにガウンを脱いでお着替えを隣でしているのです。
「あら。昨日の、あの素敵なお帽子ですよぅ!」
ぴょんぴょんとノーマンはもううれしくて飛び跳ねそうな勢いです。
「お洋服は、タウンのお出かけのじゃなくて、いつものですけど」
そう言って、お気に入りのとても柔らかなクリーム色をしたとろとろの手触りのシャツを着て、薄いソライロのおズボンをはいて、よいしょよいしょとクリーム色のソックスに茶色のお靴をきちんと履きます。
おズボンの裾は短いので、ソックスがちゃんと見えるのです。
そして、お着替えが終わったので、お帽子を探します。
ショオンが名前を呼んでくれたので、棚から顔を出したなら、ちょうどショオンが石の壁をこつりと指で叩いていたところでした。
そうしたなら、石のライオンの頭がにょっきりと壁の中からでてきたのです。
目をまんまるにしていたノーマンに、ショオンが言いました。
「お願いしてごらん、出してくださいって」
目を煌かせたノーマンは走って「壁ライオン」(そう呼ぶことに決めていました)のところへいって、あの素敵なお帽子を出してくださいとお願いをしたなら、とさんと頭に何かが被さります。
帽子の縁から長いおリボンの垂れているのが目の前で泳いで、ひゃあ!とノーマンが飛び上がりました。
「ありがとうございます!いつでも貸してくださいねえ!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねてショオンの側までもどって、いちど、ぎゅううっと抱き着いて、それからまたノーマンはまっすぐに洗面所までお帽子の確認と朝の身支度に向かったのです。
それから急いで、廊下を長いリボンをひらひらとさせながら起きだしてきたイーニィたちとお台所へ向かいます。
お城が生き生きと「かつどう」を始めている気配が満ちています。
「しぉがごはんつくちゃいますよう…!」
うっかり、鏡に写ったすてきなお帽子に見惚れてしまっていたのです。
「しおぉんー!」
「んー、」
ぱあんとイーニィたちとお台所へ走りこんだなら、シャツのお袖を捲くったショオンがたっぷりと切ったベーコンを焼いている良い匂いやパンの焼ける匂い、お紅茶の入っている匂いや甘いお菓子と、じゅうじゅう焼けるたまごの香ばしい匂いでいっぱいでした。
お星様の欠片がごはんのモーも、ぷるんとうれしくて揺れるくらい、とても優しい良い匂いでお台所は満ちていました。
「もうできちゃいますねえ…!」
テーブルにも、ちょうど最後の銀器が行進を終えてきちんとナプキンの上に収まったところでした。
「席についていていいよ」
とっとっと、とショオンのところへ小走りに近付いて、お背中から一度ぎゅうっと抱き着いて、それからノーマンは椅子に座ります。
お皿に、あつあつのベーコンと目玉焼きが乗っかってすぐにやってきます。
お紅茶はノーマンがポットから二つ、自分で注ぎます。
そしておいしい朝ごはんをいただいたのです。
朝ごはんを食べている間、夜の間にできていた棚にキャンディの瓶がすらりと並んでいるのをみてノーマンがうれしくなります。
見たこともない色合いのものがたくさん並んでいて、あれなら毎日5つずつ食べてもきっと長い間ぜんぶのお味を確かめるのには日数がかかるに違いありません。
大好きなショオンのつくってくれた朝ごはんはいつものようにとても美味しいですし、お日様は明るいし、お帽子は被れているし、で。ノーマンは朝からシアワセでいっぱいでした。
ですから、お話したいこともたくさんたくさんあったのです。
「あのね、しょお?」
こくり、とミルクのたっぷり入ったお紅茶を一口のんで言います。
「なにかな、ノーマン」
「たうん、って不思議でどきどきしてちょっぴりこわくてでもとっても楽しいところなんですねえ…!」
「人が多いからね」
「あんなにたくさんいて、みんなぶつからないんですねえ」
「そりゃ生まれてからタウンなら慣れるだろう」
「ばしゃもたくさん走ってました」
「もうしばらくしたら、時代が変わるな」
「そうなんですの?」
きょとんと首を傾げますが、もっとお話したいことがあるのです。
「しょおは、」
「うん?」
「このあいだのおみせはいつもおやすみなんですか」
「この間の店?」
「はい、たうんにいったとき通ったところ」
ああ、と思い出したようにショオンが言います。
「時折開くけど、いまは他に仕事があるからね。いつも開けておく必要はない。季節によっては開けないとどうしようもない時があるから限定であけている」
「あのね、しぉがおむかえにきてくれるなら、ぼくがいきましょうか」
はりきってノーマンが言います。
「けいさんだってもうできますよ!」
お勉強してますもの、と元気よく続けます。
「もう少し大きくなってからだな」
「おおきくなったら、いってもいいですか」
わくわくと期待を隠せないノーマンです。
くす、とショオンがわらいました。
「大きくなったら、ね。うん、勉強の具合によっては考えよう」
「はぁいー」
張り切ってお返事をして、ノーマンが朝のおやつのシュークリームをぱくりとします。
シュークリームは、手で食べても良いたったひとつのケーキなのです。
「はやく大きくなるといいね」
ショオンがノーマンの口端にくっついた甘いカスタードクリームを指先で拭って、そのままぺろりと指先を舐めていきました。
「はい!」
にこおお、とお日様も蕩けそうな笑みを乗せてノーマンが頷きます。
そして、にこにことしていたショオンにシュークリームを一口の大きさに千切ると。
「はい、どうぞ」
そう言って口許に差し出します。
「めせ…めしあがれー」
そうしたなら、ぱくん、とシュークリームを差し出していた指ごと食べられてしまって、ふふっとノーマンが笑いました。
そんな風に温かで明るくてシアワセな気分で、朝ごはんは終わったのです。
午後のお勉強の時間まで、本当にこのお城にしては珍しく穏やかな時間がゆったりと流れていたのです。
けれど、お師匠の「とりかご」の前でおべんきょうをしているとき、辞書にものっていなかったふわふわした森の奥であった、あの不思議ないきもののことを思い出して、湖の主であるドラゴンよりもお年寄りのお師匠ならなにか知っているかもしれない、と思ったノーマンは、きちんと聞いてみたのです。
「あの森の奥の奥のうんと奥のほうに、ふわふわして白くておともだちになれるいきものがいたんですけど、あれはなにかしら」と。
お師匠は、ふさりと尻尾を揺らしました。
「おししょうー?」
「大きさはいかほどだ」
ええとね、とノーマンは思い出して、ひとさし指で輪っかをつくります。
「これくらいです」
「―――――ふむ」
「あ、」
「何だ」
「ちがった、これくらい」
そう言って、親指とひとさしゆびで輪っかをつくりなおします。
「これくらいで、ふわふわでまっしろで飛ぶんです」
「―――――ほぅ」
「ごぞんじですの?」
「まだ生きておったとはの。それはな、ワッパ。精霊というものだ」
「せいれい?」
「すべての生きるものの魂の最後の上澄みのようなモノ…こら」
「はいー」
「なぜ目を瞑る」
「だってむずかしいですもの」
「いきものの、さいごの、いのちの、かけらのようなものだ、ばかもの」
「じゃあ、せいれいさんは」
精霊さん…?あやつらにさん付けか?とお師匠が心内で呻きます。
「やっぱりおともだちになれますね!!」
期待に目を煌かせる「わっぱ」に呆れ半分、ユミルが応えます。
「精霊たちには還る場所があるのだ。私がまだ存命であったころは、おまえのいうであろう場所のさらに奥深くに生命の大樹があったものだ」
ふ、と白狼が言葉を一旦押しとめます。
一心に聞き耳を立てているノーマンのただならぬ様子に、僅かに古代の神が不吉な予感を覚えたのです。
「―――――おししょう!!!!」
うわなんかきた、がユミルの正直な第一声でした、心の。
「それではぼくらも、せいめいのたいじゅーのもとにまいりましょう!!せいれいさんたちと共に!!!!」
「―――――は?おぬし、なにを言う?」
それでもそこは太古の神ですから、口にだすときはこう変換されるのです。
「森の奥にずっといけば、精霊さんたちがたくさんいるんでしょう!!ならばそこへまいるぞー!!」
興奮してきた元こぐまも言葉遣いがどんどん頓珍漢になってきます。
「まてまてまてぃ……!!」
すっくと立ち上がり、ノートやご本を閉じて勢い込んだ「愚か者」にお師匠が声を上げます。
「あ、そうですね!もちろん、おししょうとぼくと、イーニィミーニィマイニーモーと、ああカブもいっしょですよね!!」
頭の回転が見当違いに抜群に速いときもある元こぐまです。
「じゃあ、じゃあ、とりかごは危ないかもしれないから、こっちのミニおししょうのチャームはちゃんとぼくつけてますし…・!」
わたわたと用意をし始めようとするたわけモノは放っておき、ユミルはさすがに古代の神です。
魔法のお城がぶるんと震えるほどの吠え声でこのお城の主である大魔法使いの名を呼ばわったのです。
小僧めが…!出てこぬか!!!!と。
そして、このときばかりは、ただ事ではないと察したショオンが優雅にドアから覗き。
こら、なにをしているの、と優しくたしなめられて、その日のノーマンの探検は無事に阻止されたのです。
ですが、この「偶然の発見」により「急遽結成された探検隊」は、「まほうのもりのもっと奥のせいめいのたいじゅー」のもとまで、うっかりたどり着いてしまうのですが、それはまたこんど、大魔法使いにでも語ってもらうお話なのです。
〜END〜