朝の





とろ、と蜂蜜の金色を混ぜたお粉のなかに落として木箆で掻き混ぜながらノーマンは嬉しくなって小さい声でお歌を歌っていました。
お城のお台所の窓からはお日様の光りが沢山差し込んでいて、最近は空気もひんやりとしているのですがお台所はとても暖かです。もちろん、暖かいのはお台所だけではなくてお城中ですけれども。
さっくりとお粉を掻き混ぜて、それからノーマンは目を煌かせてガラス瓶を取り出しました。
「さあ…実験ですよう」
ガラスのお皿には刻んだオレンジピールがもう盛ってあって、ノーマンはガラス瓶からシロップに浸けたお星様を取り出しました。
ぷるん、と硬いジェリーのようにすこし重たいそれを板の上に乗せて、そうっとナイフをいれます。
とん、とナイフが板にあたって、お星様がきれいに切れていきます。そうしたなら、すこしだけ涼しいような匂いがしました。
「ふふ」
とんとんとん、とジェリーのようになったお星様を小さく切っていきます。
そして刻んだオレンジピールと同じようにお皿に盛ってから、すこし緊張して息を詰めてしまいます。
この二つを、蜂蜜スコーンの生地に混ぜてみようと今朝思いついて、もうノーマンは嬉しくてどきどきしていたのです。
お皿に盛った「実験」材料を生地に全部落としてみます。
一欠けらだけ、お皿にくっついていたお星様のシロップ浸けを一口ノーマンは食べてみました。
きらん、と頭のなかでキレイな音がします。
「あら」
甘くて刻んだチェリーのような歯ごたえですから、ノーマンはとても嬉しくなりました。

さくさくと木箆でお星さまのシロップ浸けをお粉に混ぜていきながら、またお歌を歌います。
でも、すこしお咽喉がいがいがしました。
けれどいがいがするだけで、頭も痛くありませんでしたので、お病気ではないのでしょうとノーマンは安心してショォンには黙っていました。
きっと昨夜、ショォンとたくさん「あいしあって」お風呂に入っていたときに、全部食べきる前に蜂蜜ドロップをお風呂のなかにぽとんと落としてしまったのです。
お風呂のなかで抱っこをされてしまって、くすぐったくてくふんとわらってしまったので。そのときに蜂蜜ドロップを落としてしまったのでしょう。
「だから、おのどがいがいがさんですねえ」
のんびりとノーマンは言って、くるりと木箆をボウルのなかで返しました。 あとは、不思議な木のスプーンにお願いして、天板の上にスコーンの生地を落としていくだけです。
「できましたよう、焼いちゃいましょう」
ノーマンのその合図で、大きな作業台にきちんと並べられていたスプーンが3本、ひょこりと立ち上がるとボウルまで行進してきます。
あとはお任せしてしまえば、オーブンまで天板も歩いていってくれるのでベーコンを切ったり、玉子を玉子置き場から持って来たりノーマンは出来るのです。
「ベーコンエッグとふかふかトーストと蜂蜜オレンジお星様スコーンとシナモンゼリーロールとイチゴのパイと葉っぱサラダ……!」
今朝の朝ごはんはノーマンの食べたいものが沢山です。
森のみんなはそろそろ冬眠の準備をしますから、朝ごはんで作ったものも森に持って行ってあげようと決めていたのでした。
お歌を歌って玉子置き場から籠に6つ玉子をいれて戻ってきて、あつあつにしたフライパンにまずはベーコンをじゅうっと落とします。
たっぷりと厚く切ったベーコンの周りがカリカリになったのがショォンは好きでしたので、ノーマンはがんばって焦がさないように焼き上がり具合を見張るのです。 スプーンたちがくるくると水桶の中で回ってキレイになってから、トントンと跳ねてノーマンのそばまでやってきました。
「あ、もうすぐ焼けますかー」
天火ももちろん魔法の天火ですから、ぜんぶの仕上がりにあわせて美味しいスコーンが焼け上るのです。
「じゃあ、たまごですね」
えい、と大きな卵をひとつずつ割ります。ショオンのように、片手で二つはまだ割れないのです。
「んん、練習しないとですねえ」
そんなことを言いながら、いい匂いが漂ってくるのに嬉しくなります。
ベーコンの脂がこんがりと焼け始めていて、そこに玉子をみっつ落とします。それからもうひとつ割ったなら、なんと。

「ひゃあ!これすごいですよ……!」
ノーマンが目をまんまるにしました。すこし小さいですが、黄身が2つあります。
「ふたごのたまごですよ!」
あら、とでもノーマンは唸りました。
「ぼくは玉子二つでしょおが玉子4つですね」
たくさんかしら、とすこし心配になりますが、首を傾げてからノーマンはドアの方を振り返りました。
ちょうど、お着替えも終わったショオンがお台所の大きなテーブルに座るところでした。
「しょお…!双子ですの!たまご!」
お話したいことの山場がまずは出てきてしまいました。
「へえ、珍しい」
コーヒーの準備をしていたショオンが側までやってきます。
「ね、ほら。これしょぉんのですよ」
そう言って、美味しそうに焼けたベーコンエッグを丁寧にお皿に移します。
「はい、どうぞー」
お皿を手渡します。
「あとね、あとね」
「んん?」
嬉しくてもうノーマンは飛び跳ねたいのをガマンします。
「きょうは、実験もしたんですの」
「生地に、かな?」
ほっかりと焼けたトーストは台にもうありますし、イチゴのパイは準備してあります。
「はい…!」
きらきらとノーマンの笑みがひろがります。
「それはちょっと楽しみだね」
「ふふ」
やっぱり嬉しくて、ぎゅう、とショオンに抱きついたなら、おでこにキスが落ちてきます。
そして、天火からチャイムが聞こえて、スコーンが焼きあがったのに、ノーマンがぐる、とショオンの胸元に額を押し当てました。
「きっと美味しいと思うんです」
ぴょんぴょんと跳ねるように大皿を取りに棚までいって、どきどきとしながら天火を開けたら、いつものスコーンよりずいぶんと膨らんだお星様入りのスコーンが出来上がっていました。
「―――すごい…!」
きらん、しゅわん、と音までして湯気が立っています。
「しょぉ……!これ、イチバン最初に食べましょうねえ!」
「いいよ」
お皿に乗せてほらほら、とショォンに大成功のスコーンを見せてからノーマンは笑いました。
「はい!」

暖かなお日様を背中にいっぱい浴びながら美味しい朝ごはんを食べて、ノーマンはシアワセでした。
実験は大成功で、ショオンもにっこりとしながらノーマンの頭を撫でてくれました。
お日様のきらきらとした小さな粒が窓越しに見えます。
たっぷりとミルクを入れたコーヒーを飲みながら、テーブルの向かい側に座って新聞を読んでいるショォンを見ました。
水桶に食器を入れてしまえば、あとは自分たちでくるくると回ってきれいになってくれるので、朝ごはんを終えてしまえば、もうあまりノーマンにはすることがありません。
きんぐすたうんくろにくる、と新聞の名前が見えます。そして、きんぐすたうんの街並みの絵がありました。
あとの文字は、小さいのでノーマンのところからは全部は読めません。
はさりとショォンが一枚新聞をめくりました。紙の折れたり伸びたりする音はノーマンは好きです。
でも、新聞でショォンのお顔があまり見えないのです。
だから、ノーマンはイスから降りてぐるりとテーブルを周ってショォンの側までいくと、腕の下をくぐるようにしてショオンのお膝に乗りました。
がさごそ、と新聞のこすれる音がします。
ショオンの肩のあたりに頭を預けて、ふふ、とノーマンが笑います。ショオンが片腕で、ノーマンが落っこちないようにやんわりと支えてくれたのです。
「おもしろいですか」
頭をくっつけたままでショオンに訊きます。
とん、と頭の天辺にキスをしてもらってノーマンの笑みがとろんとなります。
まあね、と静かな声で返されて、ぺったりとショオンにノーマンはくっつきました。
また、一枚新聞をショオンが捲っていく音がします。
きらきらのお日様の粉が、ショオンの金色の髪の周りや、素敵なピアスの中に反射してとてもきれいでノーマンはうっとりとそれを見ていました。 朝ごはんのあとのいちばん好きな時間です。
そのとき。
「…ふゥん」
ショォンの声の調子に、ぴくん、とノーマンのお耳はこぐまだったら動いたでしょう。
「なんですか」
ショオンがすこし驚いているような声を出したのは、とても珍しいのです。だから、ノーマンも新聞の方を見ました。
「ほら、これ。ここの鉱山、もう休鉱するしかないかと思われていたんだが、新しい鉱脈を掘り当てられたらしい」
「それ、魔法の材料になりますか?」
「生憎これは必要ないけど。国の産業の発展のためには大切なものだね」
ふむ、とノーマンは考えました。
大好きなショォンが「せんそう」のお手伝いをしなくてよくなるなら、それはとても嬉しいことです。
だったら、どんどん「はってん」して欲しいですが、逆にそれが「あらそいのもと」になったなら哀しいなぁと思って、黙っていました。

「あの、」
「ん?」
「おうさまっていいひとですの?」
だから、訊いてみます。
「んん、それはまた難しい問題だね?」
ショォンにせんそうのお手伝いをお願いするひとだから、ノーマンはほんとうは「おうさま」が嫌いです。
ラジオは王様をとても素晴らしい方だといっていますけれど、妖精さんたちは、そういうときはすこし意地悪そうにわらって、ノーマンにむかって首を横に振るのです。
すこし笑ったような声のショオンをノーマンは一生懸命見上げました。
「両方のひとなんですか」
いいとわるいと両方混ざってるんですか、と。
きゅ、とすこしだけノーマンの眉が寄せられます。ホクロの可愛らしい口許もまっすぐに結ばれてしまいます。
「ヒトに生まれたなら、全員両方混ざっているものだよ、ノーマン」
「ぼくも?」
「そうだよ」
きゅう、とショオンが抱き締めてくれます。
「混ざってるんですの…?」
「もちろん。ソレはオレも同じだけどね」
んん、と難しいことを一生懸命考えようとしたなら、くすくすとわらったショォンがお耳を齧るので、ひゃあ、とノーマンが笑い声を上げました。
「おっこちちゃいますよう!」
ひゃあひゃあと笑って、首をそらせたなら、新聞にとても可愛らしい絵が載っておりました。
「あら?」
「んんー?」
「しょぉ……!」
がじがじ、とお首を齧られてとってもくすぐったいのと混ざってノーマンの声がすこし高くなります。
「これ、この犬の絵、なんのお話ですか…!」
文字のお勉強も始めてしばらく経つので絵本は読めるようになりましたが、新聞の言葉は知らないことばがたくさんでまだよくわからないことも多いのです。
「さあなんの絵かな。少し読んでごらん?」
「うぅんと…?」
大きな文字の方を目で追います。
「おて…がらぺ、っとごうとう犯をおな、わに」
お手柄ペット、強盗犯をお縄に、ですが区切り方がとても独創的になってしまいます。
「おてがらぺっとごうとう犯をおなわに」
今度は全部をきちんと繋げて読んで、ショォンを見上げます。
「よく読めました」
「おてがらぺっと、ってなんですか?」
ごうとう犯はわかります。
ちゅ、とこめかみにキスされて、嬉しくてわらいながら訊いてみます。絵にあったかわいい白い犬のことなのでしょうか。
「お手柄、というのは、とても素晴らしいことを遣って退けたということだね。ペットは働かなくてもいい、家で世話をされている動物のことだ」
ショォンの説明はとてもわかりやすいので、ノーマンは黙って頷きます。
「このおてがらぺっとは何をしたんですか」
どきどきとします。
そしてショォンはお話を全部読んでくれました。
王様に仕えているヒトのところにごうとう犯が入って悪いことをしようとしたなら、おてがらぺっとがごうとう犯を捕まえてくれたのです。 まっしろい、小さい犬が『やってのけた』ことにノーマンは感心しました。
悪いごうとう犯は、なにをしたくて「ごうとう」に入ったのかは良くわかりませんでしたが、きっとショォンの魔法の棚ほどすてきなものは王様だってもっていないのだからあんまり欲しいものはないのではないかしら、とは思います。

「かんしんなおてがらぺっとなんですねえ……!」
その白い犬、プティというらしいのです、そのこがイチバン偉いとノーマンは思いました。
「しぉ…!」
「元来犬は働くものだからね」
すばらしい思い付きがノーマンに閃きました。 このお城ほどすてきなものがたくさんの場所はありません。
「しょぉ、しょおん…!」
ぎゅうぎゅうとノーマンはショォンの肩を握ります。
「ん?どうした?」
「あのね、おてがらぺっとをぼくも欲しいんです!」
だってこのお城にはおてがらぺっとが必要ですもの、と訴えます。
「すてきな宝物もたくさんですし、お城ひろいんですもの」
いままでなんでおもいつかなかったんでしょう、とノーマンが続けました。 なんだか目をまんまるにしているショォンのことはすっかり置いてきぼりです。
「お城のなかや、森のなかをおてがらぺっととぼく、番をして歩いてまわります……!」
ね、だからお手柄ぺっとぼくも欲しいです、とぎゅうっとショオンを見上げます。
きっと楽しいに違いありません、子犬といっしょに「おさんぽ」するのです。 「プティ」もごほうびにたくさんおさんぽをすることになる、とお話にありました。
「ここは泥棒とかが気軽に入ってこれる場所じゃないぞ?」
「ぼくも、おてがらぺっととお散歩したいんですもの」
「カブと森へ散歩は行ってるだろうに」
「カブはぺっとじゃありませんもの、オトモダチですもの」
それに、カブには「りーしゅ」が付けられません。 プティは赤い革ひもでお散歩するのが好きだとお話にありました。
「赤いりーしゅもつけられないです、おともだちだから」
滔々と訴えます。
「ぺっとと森でお散歩したいですよう、しょおん」
「……ペットの概念は解ってるんだな、オマエ?」
なんだかとても不思議な表情を浮かべたショォンにノーマンは首を傾げました。
「お世話をしてあげるんでしょう?」
それで、たまにおてがらをしてくれるです、と自信たっぷりに続けます。
「お手柄をする、っていうのは意味が違うぞ?辞書を出してきて引いてごらん」
「いま?」
「そうだよ。でないと忘れるだろう?」
「ぺっとは、しょぉ、ぺっと」
ぼく、欲しいです、とノーマンがショォンをじっと見上げます。 そういうものが存在してることはついさっきまで知りませんでした。
「そんな目で見ても駄目だよ。一つの命を預かることだからね、欲しいからって直ぐには連れて来れないだろう?」
「森に、犬はいませんものねえ……」
むーんと唸ってノーマンがごそごそと膝からおります。
そして隣のお部屋の本棚までいって不思議辞書を取り出します。

「おてがら、おてがら―――」
大きな頁を捲ってもありません。
「あら」
口許に手を持って行ってしばらく考えて、「お」を取ってみることにしました。「おみず」は載っていなくても「みず」は載っているのと、きっとおんなじです。
「てが、てが、てが、」
ぱたりぱたりと頁を捲って「てがら」をみつけます。
「しぉ…!」
大きな声でショオンを呼びます。
「どうした?」
「しょぉ…!ぼくは、おてがらぺっとを飼ってお散歩してお世話して、たまにおてがらを取ってもらいたいですよう…!」
てがらは「とる」ものらしいのです。
「手柄っていうのは狙って取るものじゃないだろう?」
呆れたような声でショオンが言いました。
「それは、ぼくとおてがらぺっとで決めますの!」
もうすっかり夢中でノーマンはいろいろ想像をします。
お城の廊下でボール遊びをしたり、ショオンが「お勉強中」のときはお膝に抱っこしてドアの前に座っていることもできます。
森のおともだちは、お城のなかまで入ってこられませんから、ノーマンはやっぱりときどき寂しいのです。
ショォンはたまにとても忙しくて、朝お顔を見て、お茶のときにお顔をみるだけであとはずっとお勉強中のときだってあるのです。
「しょお、ぼく、ぺっとが欲しいですよ……」
「じゃあそれはちょっと考えておこうね」
そろそろショオンのお勉強時間ですから、もうなんだかさみしくなってノーマンはとぼとぼとドアまで歩いていってショオンにふてりと抱きつきました。
大好きなショォンは大きな本を片手に何冊も持っていて、すっかりもう書斎に入ってしまう支度ができていました。
ショオンの大きな手が頭を何度か撫でてくれて、ほう、と大きな溜息をノーマンは零しました。
そしておでこにキスをもらって、またぎゅうう、と抱きつきます。
「お茶のときにはまたお話してくれますか」
「ん。ちゃんと戻ってきて一緒にお茶をしよう」
「―――はい」
「それまではいい子でね」
ぎゅ、と抱っこをしてもらって、やわらかなキスもしてくれたショオンを、きゅ、と見上げてノーマンはがんばってにこりとします。
「ぼく、いつだっていいこですもの」