街
で
の
仕
事。
小さな下町のお店の窓から、ショーン・ペンドラゴンは外をちらりと見遣りました。
自宅である森の中のお城から見遣った景色とは随分と違い、坂の下の辻にあるお店からは灰色のどんよりとした空に包まれた港町が見えます。
滅多に雪の降らない王都ですらこの空模様なので、お城のある森の方ではすでにたっぷりと雪が降り出している頃です。
ノーマンは今頃、温かな暖炉の前に強いたムートンの毛皮のラグの上でころんと寝そべりながら、また百科事典の犬のページを眺めている頃でしょうか。
朝、“仕事”に出てくる前に、またノーマンが言っていました。
『おてがらぺっとと一緒でしたら、森のなかで雪遊びもできますよぅ?しょぉ』
きゅう、と抱きつきながら言ってきたノーマンに、ショーンは首を傾げました。
『雪遊びなら、オマエの冬眠していないお友達が一緒にやってくれるんじゃないか?』
『お家にいっしょに帰れないですもの』
おともだちは、とノーマンが言葉を継ぎました。
『帰り道が寂しいんですもの』
『それもそうか。お友達はみんな家族がいるもんな』
こくん、と頷いたノーマンの頭をぽすぽすと撫でれば、見上げてきながらノーマンが言いました。
『ぼくは、しょぉんがイチバンです』
『うん。オレもノーマンが一番だよ』
ふにゃりと笑ったノーマンにキスをして、仕事場に出てきたものの。
確かにあの大きな森の中の城にノーマン一人きりでは少しばかり寂しいか?とショーンが思い至りました。
ノーマンを迎えに行く前から一人であの城に住んでいるショーンではあったものの、魔法使いは仕事に忙しく、いままで一人で居たときも、ノーマンと一緒に住むようになってからはもっと、寂しいなどとおもったことがなかったので、気付くのに今までかかっていたのです。
それに、現世と魔法世界との境界に建っているあの城の中は、ノーマンには見えないものの沢山の精霊や魔法生物も訪れる場所でもあるのです。
ふぅん、とショーンは考えます。
確かにお城の中と森の中だけしか行き場のないノーマンは、ショーンが城に居ない時間帯を持て余し始めているのかもしれません。
沢山の本や絵の具やごはんが置いてある城であっても、一人きりでは張り合いが出ないことも多いのかもしれません。
ぺっとがほしい、と訴えるノーマンにとっても、世話しなければいけない何かが在ることは、情操教育としても良いのかもしれません。
どうしたものかな、と考えながら、ショーンは指をぱちりと鳴らしました。
毎年一回、12月の最初の月曜日はひっそりとお店を開けるのが慣わしの『ペンドラゴンの店』の掃除が終り、大して汚れてもいない店内は自分で動く箒や雑巾などによって綺麗にされました。
いくつもの材料が入った瓶や魔導書、呪物なども丁寧にその表面は拭われ、蝋燭の明かりをうっすらと反射しているほどです。
これで客を迎え入れる準備が整った、とショーンは満足げに頷きました。
この時期になると、古い異教徒の祭がひっそりと行われ、その時に使われるアイテムを叔父は存命中仕入れていました。
他ではかなり手に入れにくい品物だったので、店を引き継いだショーンもそれの融通は優先して行うことにしていました――――
それがこの店を引き継ぐための条件の一つでもあったのです。
魔法はショーンの生活の中の総てでしたが、ほかの人間にとっては少し遠いものです。
王様は魔道師を多く抱え込んでおりましたが、魔法使いたちとは違った宗教の門徒です。
魔法使いがいなくてはこの王国はいま在る形を保つことはできないと考えられていますが、一般の人間たちにとっては魔法使いとは遠い存在であり、魔法を売る店は立ち寄らない場所です。
彼らの生活に必要なのは技術であって魔術ではないので、相当な理由がなければ頼る必要もないのです―――――ショーンほどに強力な魔法使いはそうそういないので、尚更魔術に頼りたい、と願う人間は少ないのです。
けれど、古のお祭りを執り行う信徒たちは別です。
彼らの生活の中にも魔法は必要ありませんが、お祭りの時だけは違いました。
彼らは魔法使いが作ることのできる魔法の水を儀式で使うため、それを買いに魔法使いの店にくるのです。
その昔はお店で買わずとも、森の中のある一定の場所で汲んでくることが可能だったのですが、その場所が水場が枯渇してしまったのでいまは魔法使いのお店で毎年買う必要ができてしまったのだそうです。
その中でも、ペンドラゴンの店で買える魔法の水は品質が良い、と有名になっていたらしいので、個人的な繋がりのないショーンも叔父が作っていたのと同じ水を、レシピを変えずに作って毎年売り出していました。
今日がその日に当たります。
まじない屋、としてもそこそこ有名なペンドラゴンの店だったので、王に直接頼まれたりもすることのある魔法使いショーンでしたがゆくゆくはこの店をきちんと営業したいな、と考えておりました。
ノーマンがもう少しオトナになったら、毎日この店で店番をしてもらうのもいいかもしれません。まあ、毎日でなくても…ノーマンの気が向いた日には。
もしそうするならば、もう少し店の中のディスプレイを考えなければいけないかもしれません。
いまの状態では何がどこにあって、どうしたらいいのかきっとノーマンなら迷ってしまうでしょう。
取扱品目も少なくして、危険なものは撤去して…と考えているうちにカランと店のドアが開き、最初の客が入ってきました。
2、3、言葉を交わし、綺麗な小瓶に入った魔法の水を引き取り、代金を受け取って、客が帰るのを見送り。
これくらいの仕事ならばノーマンにだって出来るだろう、とショーンは思いました。
ノーマンにこの仕事を託してしまえたら、ショーンはいつものように研究室で没頭できるのでしょうから。
ノーマンが18になって、きちんと読み書きができるようになったら店番を代わってもらおう、とショーンは考えました。
このお店は通常開いていませんが、郵便受け代わりにもなっていて王様の使者からメッセージを預かっていることも多々あります。
そんな人たちともきちんと向き合えるようになるのは、ノーマンにとっても良いことのはずです。
ノーマンはショーンだけのかわいこちゃんですが、きちんとしたオトナにもなっていて欲しいのです。それにはやはり責任のある仕事をこなせるようになる必要があるでしょう。
知らない人と言葉を交わすことも、もちろんです。
いまの勉強のペースでは、18になっても店番に立たせることはちょっと危険な賭けかもしれませんが……。
「ペット、ねえ」
ショーンはちらりと鏡の中に映る自分を見遣ってから肩を竦めました。
どうせなら、愛玩するだけでなく、役に立ってくれるような動物が居てくれたほうがいいな、と思い。それならば、とある動物を思いついてにっこりと笑いました。
今日はどうせ店に居るのならば、その間に調べ物をしてその動物を呼び寄せる方法を勉強すればいいのです。
そうとなったら俄然やる気が出てきて、ショーンは腕まくりをして分厚い魔導書を手元に引き寄せました。
そしていまごろは百科事典で犬の項目を目を皿のようにして読み込んでいるに違いないノーマンに負けず劣らず熱中した様子で、魔導書を読み始めたのでした。