くり


まの



「どんなおてがらぺっとがいいですかねぇ……」
高い窓からお日様の射す大きな図書室のテーブルに両手を置いて、ノーマンが溜息をつきました。
ショォンにはもう何度も、おてがらぺっとがほしいんです、とおねだりをして、『考えておこうね』とお返事をもらっていたのでショォンにはおてがらぺっとのことは話しませんでしたが、ぺっとが欲しくなくなったわけでは決してないのです。
かえって毎日毎日、ノーマンは図書室で見つけた大きな『全犬種百科』という大きなご本でいろんな犬の勉強をしていました。おてがらぺっとにどういった犬をお願いしようか、下調べをしているのです。
おてがらぺっとの「ぷてぃ」は犬でしたので、ノーマンにとってはペットとはすなわち、犬のことなのです。
それに犬は森にはいない動物でしたので、珍しいということもあるのでしょう。だからよけいにノーマンは犬に夢中になっているのです。
「おおきな子がかわいいですねえ」
頁を捲ってノーマンが呟きます。
犬百科の細密画には大きな黒くて長い毛の犬が描かれていて、泳ぎが得意な犬だと書いてありました。 興味をもってしまえば、ノーマンはとてもお勉強ができるので、すぐにさまざまな犬種を覚えていました。
「あ。おハナのところが白くてかわいいですねえ」
まうんてんどっぐ、とすらすらと反対側の頁の犬をみて言います。そしてまたぱらりと頁を捲って、
「あら…!もっさもさですよう」
ひゃあ、とノーマンが笑いました。 その頁には目の大きな、毛もすこし長い大きな犬がおりました。
「うるふはうんど、ですか」
このことか好きですねえ、おてがらぺっとになりそうですもの、とノーマンはご機嫌です。
この子達の絵を描いて、ショオンに見せて『考えてもらって』もいいかもしれません。
この思いつきにうきうきとして、ノーマンが画用紙を取りに大きなイスから降りたなら、きらん、と何かが瞬く音がしました。 クリスタルか、シェルのシャンデリアの飾りが風にあたったような音です。
「――――あら」
ノーマンが口許を押さえました。
この、誰もいないのに空中からキラキラ音がしたり、風が吹いたりするときは、『妖精さん』たちが遊びにきているときの印なのです。 けれど、ショォンはあまりノーマンが妖精さんと仲良くすることを好みませんから、ノーマンは用心していたのです。
それでも、音のする方向が気になって本棚を見上げます。
本棚はとても背が高くて、天井までびっしりと本に埋まっておりますし、上の棚の本を取るために梯子が立てかけてあるほどなのです。

「――――んんん?」
その天辺の方に、茶色の大きなご本が半分、棚からぴょこりと覗いていました。
「なにかしら」
好奇心の塊りのような元こぐまですから、もうガマンできません。
梯子に向かってまっすぐに歩いていきます。そして、こくりと息を呑むと高い梯子をどんどん登っていきます。
手元をしっかりと見て、一歩一歩気をつけていくのです。 前に、棚の一番上にあったお菓子のご本を取ろうとしたときは慌てすぎて、本ごと梯子からイチバン下まで転がり落ちたことがあったのです。いくら、森とは違って転んでもあまり痛くないとはいっても、用心しなくてはいけません。
「んんんー」
片手で梯子に掴まって、腕を一杯に伸ばしてみたならご本の背表紙に指が当たりました。 とても古いご本のようで、茶色の革の背には金色の箔押しで飾り文字で何か書かれています。
「あ、」
すい、と本の方から手に落ちてきて、ノーマンが小声でありがと、と言いました。 きっと妖精さんが助けてくれたのです。
手にとってみるとずっしりと重いご本を大事に片腕に抱えて、ノーマンがどきどきしながら梯子を降りました。
なんのご本なのでしょう。 きらん、きらん、と音が梯子を降りている間中していました。
「どうですかねえ」
飛び跳ねるようにして、おイスに座るとノーマンがご本を開きました。 随分と長い間、誰も読んでいなかったのか、みしみし、と不思議な音がします。 けれど、金色のキレイな文字が目に入ってきます。
「――――のえ、る…?」
のえる?とノーマンが首を傾げます。 なんのことでしょう。
ご本で読んだことも、ラジオでも聞いたこともない言葉でした。 ノーマンはアルファベットのお勉強も一通り済んでから、ショォンに古い文字も教えてもらいはじめていましたから、つっかえつっかえ読んでいきます。
けれど。
「むずかしいですよう」
ふー、とノーマンが溜息をつきました。
「ござるとかわからないですよう」
うんうんと唸りながらそれでもがんばって読んでいきます。
なぜなら、絵がとてもきれいなのです。 柔らかな色合いで、お城のある森のような場所が描かれていて眺めているだけでノーマンはうきうきとしてしまいそうなほどです。

その森には、まっしろい髭のおじいさんが住んでいるようでした。
夜にはお星様がいっぱいに広がる、とても大きな湖の見える丘もあって、まるでショォンの魔法の森のようでした。
森には鹿やウサギやキツネといったいきものも沢山住んでいて、おじいさんの周囲はいつも賑やかです。
おじいさんは、なんだか偉いヒトのようです。言葉の意味はわかりませんでしたが、とても「えらいひと」のような音がする言葉でした。
そして、森に雪が降ってきた絵があって、ノーマンはどきどきしながら頁を捲りました。
「くりっすま…?」
そう書いてありました。 クリスマス、なのですがなにしろ古代語には不慣れなノーマンです。
「おまつりですの?!」
雪を被った大きな木が、色とりどりの飾りをつけられて。キラキラと輝いている絵がありました。
「いわいを……しすぁいがとりお、こなって―――しゅーのせいたんを、ことほぎです」
ところどころ間違っていますが、ノーマンが一生懸命読み上げていきました。本当ならば、『祝いを司祭が執り行って主の生誕を言祝ぐ』です。
「さとるぬゥす祭り?」
うん?とノーマンが首を傾げます。
「さとぅるなりあの後に、太陽がよみがえるんですか……!すごいお祭りですよ!!」
サトゥルナリアが何かはわかりませんでしたが、きっと昔の大事なお祭りなのでしょう。
「だって、太陽が死んじゃったら大変ですものねえ」
魔法の森も、冬はとても寒かったのです。 この髭のおじいさんは、その大事な御祭りをするヒトのようです。
「さとぅるぬぅーす祭りが、くりっすまのはじまりなんですかー」
ほほう、と一生懸命ご本を読んで、ノーマンが感心しました。
「くりっすまには、ほうじょうをきがんして、木を飾るんですの?!」
なんだかとっても楽しそうなオマツリです。 「はろうしん」の時に、ショォンに魔法の灯りで森の木を飾ってもらったときのあの夢のようにきれいだった景色をうっとりと思い出して、ノーマンはくりっすまは、どれだけすごいのかしら、とわくわくとしてきます。
このおじいさんがしていたというくりっすまのお祭りをしていた場所は、偶然、自分たちの森にそっくりですから、もしかしたらおじいさんの飾った「くりっすまつりー」だって探したらみつかるかもしれません。
「ほうじょう」とは「実り豊かなこと」ですから、たくさんお菓子をつくってツリーに飾ってみたりもできそうです。

「すてきなお祭りですねえ」
ほう、とノーマンが溜息を吐きます。
森のみんなも一緒になって、キラキラときれいに光る飾りやリボンやガラスの飾りでいっぱいになった大きな木の周りに集まって、ごちそうを食べたり―――
「おくりものもするんですねえ」
しゅーのおたんじょうびなんですものねえ、でもぼくたちはしゅーじゃないのにお誕生日プレゼントもらえるんですのねえ、とますます感心します。
「ふとっぱらなしゅーですよ」
ラジオで聞いて覚えたばかりの「ふとっぱら」という言葉を使ってみます。
覚えたなら一度使って忘れないようになさい、と前にショォンに教えてもらったことを守ったつもりのノーマンなのです。
「くりっすま…いいですねえ」
ノーマンは「のえる」の本をぎゅうっと抱き締めると、にっこりとしました。
すっかり、「おてがらぺっと」のことはノーマンの頭から消え去っていました。 いまはもうくりっすまだけのことでぐるぐると渦巻いています。
ツリーを飾ったり、ごちそうをつくったり、夜の森をお散歩したり、贈り物をあげたり、ロウソクをいっぱい灯したり、お歌を歌ったり、踊りを踊ったり、ヒイラギの冠を作ったり花輪をドアに飾ったり……とにかくとても楽しそうなのです。なにより、ノーマンの楽しいとおもえることがたくさん詰まったお祭りのようなのですから。
「たくさんたくさん、ジンジャーマンクッキーも焼けますね…!蜂蜜たっぷりがいいですねえ」
ほうじょうを願うなら、美味しいクッキーだってたくさん焼いて森のみんなにわけてあげたり、ツリーを飾ったりできます。
「ランタンをもって行進だってできますよ」
ジンジャーマンクッキーを引き連れて森の奥まで行ってみる、なんて考えただけでもノーマンはどきどきとします。
こぐまの頃だったなら、お尻尾とお耳がぴるんぴるんと動いていたことでしょう。

「くりっすま……」
力強くノーマンが呟きました。
こんな素敵なお祭りをきっとショォンは知らないかもしれません。だって、本棚のあんな上にあった古いご本に書いてあったことなのです。
いくらショォンが物知りでも、この図書室にあるご本を全部は読んでいないと前にお話してくれたことも思い出します。
「―――あら」
それは大変です。すぐに教えてあげないといけません。
そして、大好きなショォンといっしょにくりっすまのお祭りをするのです。
「きっと楽しいですね…!」
ひゃあ、とノーマンは蕩けそうにわらって、またキラキラン、と空中から音がしました。 妖精さんたちも、くりっすまのお祭りをしたいようです。
もうこうなってしまったら、誰もこの元こぐまを止めることはできません。
「おしえてあげなくっちゃ!」
これはきっと『ほんとうに大事なとき』なのです。 ほうとうに大事なときには、書斎のドアをノックしてもいい、とショォンに以前言われていたことはノーマンは守るつもりですから。
「しょおおおおお…!しょぉおおおおん…!あのね、あのね、大変なんです・・・!」
お城の長い廊下をまっすぐに走っていって、どんどんどん、とノーマンはショォンの書斎のドアをノックしました。
「しょぉおおおおお!」
元こぐまの大きなお声です。 ノエルの本を抱えたまま、ドアを叩きます。
「たいへんですよう…!」
瞬きを60回ほどしたところで、ドアが開きました。さらん、とお城とは違う匂いの空気がドアの中から零れてきます。
「どうしたんだ、ノーマン?」
「あのね、大変なの」
どきどきとしてしまってノーマンがお胸を押さえます。
「あのね、しょぉん、」
「そうだな。髪がぐちゃぐちゃだぞ?」
こく、とノーマンが息を呑みました。
「あら?」
すい、とショォンが金茶色のノーマンの髪を指で梳いて直してくれます。
ありがとうございます、とお礼をしてから、またノーマンがキラキラと煌く目でショォンを見詰めました。
「それでどうしたんだ?」
「あのね、くりっすまのおまつりをしなくちゃなんですよう!」
「くりっすま?」
ぴょん、とノーマンが跳ねました。
「はい…!くりっすま、のえーる、太陽がよみがえるお祭りですよう」
きゅ、とキレイなカタチの眉をショォンが寄せてしまいます。 けれど、ノーマンはもうくりっすまに夢中で一生懸命説明します。
「ツリーを湖の側でキラキラにして、みんなでお歌をうたんですよ」
「―――ああ、」
ノーマンの不思議な説明から正しいクリスマスの知識を導きだして、ショォンが呟きました。

「はい…!あのね、ぼくたちもくりっすまをしましょう」
森でくりっすまなんです、すてきですねえ、ときゅーっとノーマンが大好きなショォンに抱きつきます。
「きっと、とってもたのしいですよう」
驚いて瞬きしたショォンのことは、ザンネンながらノーマンは胸元に額を擦り付けて懐いていたのでわかりません。
「くりっすま…!初めてですねえ―――!」
「あれは古の土着の民の祭だぞ?」
ノーマンは、ココアをたっぷりもらったときのようなふわふわの笑顔でショォンを見上げました。
「森のかみさまでしょ?」
「まぁ…それでいいかな」
ふるいふるいカミサマですよねえ、湖の主とどっちがお年ですかしら、とノーマンが嬉しそうに呟きます。
「しょぉ、くりっすま。していいですか?いいですか?」
森でくりっすま、いいですねえ、とノーマンがお砂糖よりあまい笑みを零します。
「森のおともだちもよんで、おまつりしましょうねえ」
ふふ、と笑ったなら。 一瞬目を伏せて何か考えていたショォンは、すい、と視線を上げました。
「自分で計画を立てたら、それをオレに説明しなさい」
「はい……!あのね、もうね。あたまのなかにはいっぱいあるんですよう!」
はやく描いて見せますね、とぎゅーっとショオンにノーマンが抱きつきます。
「紙に計画を書き出して、必要なもののリストも作りなさい」
「はぁい」
柔らかく髪にキスももらって、ノーマンはシアワセで足がばたばたとしてしまいます。
「たのしみですねえ…くりすっま……!」
髪の毛を掻き混ぜられて、ふふ、とまたノーマンが笑って、ショォンの首に腕を回して抱っこしてもらいます。
「そうだね」
ショォンの声がすぐ側で聞こえて、ノーマンはもっと幸せになりました。