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ノーマンには大好きな本がありました。
一度、ショォンに読んでもらって、自分でも文字が読めるようになってからもう二回ほどがんばって読んだお話です。 大きくて厚い本で、2冊もありました。上下巻です。
なにしろ自分の興味のあることにはいろいろと物覚えの早いノーマンですのでそのお話も自分で読み終えることが出来ていました。 ただ、やっぱりわからない言葉はたくさん出てきて、その度にショオンのお勉強部屋のドアを叩いて教えてもらっておりました。
そのお話には魔法使いや小人やエルフが出てくるのです。
そしてなにより気に入ったのはお話の中のエルフは深い森に住んでいたのです。
大層美しいエルフの王様は、森の王様ですのでいつも宝石の嵌った王冠ではなくて、蔦や若葉で編んだ冠を被っているのでした。
その古い本の挿絵は手描きで、数は少なかったのですが一枚一枚がとても凝ったものでしたから、一枚だけあった挿絵のエルフの王様の姿や冠をノーマンは気に入っていました。
のえるくりっすまには、贈り物をおくるのですから、ノーマンには考えていたことがありました。 ショォンに贈り物をするのです。 それも、ドリームキャッチャーや寝室にあるような宝石のオーナメントだけではありません。
ノーマンは10年間森で暮らしていましたから、どこにどういった植物が生えているのかよく知っています。
だから、ショォンのために王冠を作ってあげようと決めたのです。
森に持っていくものを丁寧に大きなテーブルの上に並べていきます。
忘れ物をしてしまっても、お城まで取りに帰れないのですから慎重になります。 うむ、とノーマンが顎に手をあてました。 ずらりと魔法のお道具が並んでいます。
「糸通しに、糸に、針に、針金に、指貫に、目打ちに、リボンとー」
後はわすれものはないですかしらねえ、とノーマンが呟きます。
「ああ!」
ぽん、とノーマンが手を叩きました。 「はさみですねえ」
はさみはさみ、と歌いながら引き出しを開けて黄色の取っ手のはさみを取り出します。
「これを忘れちゃったら枝を切れませんよ」
ふふ、と嬉しくなってお道具を一つ一つバスケットに仕舞っていきます。 お道具の入ったバスケットのほかに、おやつの入ったバスケットと空のバスケットも用意してあります。
森の奥深いところまで冠を作りにいくので、カブにもお供をしてもらうのです。
そもそも、ショォンが一人でノーマンをそんな遠くまでは行かせません。 ただ、朝ごはんのときに『森にお散歩に行くんです!』とだけショォンには宣言してありましたので、冠を作るのはヒミツのままです。
「しょぉお、いってきます!」
そうお勉強部屋の前で大きな声で言うと、ノーマンはスキップをするように飛び跳ねながらお迎えのカブをお城の入り口で待って。 片手にはお道具の入ったバスケットを持ち、足元にはバスケットが二つありました。
キン、と空気は冴えて冷たいですが、へっちゃらです。 どうしてかというと、素敵なふかふかの黒い毛皮を着ているからでした。
まるい耳の着いたフードの、大好きなくるんと巻いた毛皮のコートです。 お揃いの大きな手袋と、毛皮のブーツもあります。 要は、まっくろの巻き毛のくまの着ぐるみコートなのですが、ノーマンの大のお気に入りです。
こぐまの手で工作は出来ないはずなのですが、手首のスリットからいつだって手をするりと出せるので平気なのでした。

「ふふふ」
雪がすこしだけ降って来て、ノーマンはますます嬉しくなりました。ぴるん、と魔法の毛皮ですのでお尻尾も動きます。
口を大きく開けて、雪をぱくりとします。ひやんと溶けていくのがまた楽しいです。
「あ」
きら、しゃらーん、と澄んだ空気を通してスズの音が聞こえました。
「カブですねえ!」
ぴょん、とノーマンが飛び上がってみれば、同じようにカブがくるくると空中で高く飛び上がって回っていました。
「お散歩ですよう!」
ひゃあ、とノーマンが笑って、急いでバスケットを三つもって走り出します。
すぐにやってきたカブがバスケットを腕の両側に通して、くるくると回ります。
「あ、あんまり回るとココアがぐるぐるになっちゃいます、アワアワになりますよ」
ぴょんぴょんと跳ねるように歩きながらノーマンが言えば、ととと、とカブが雪の積もり始めた地面をスキップするようにします。
「森の奥にね、キレイな赤い実のなる枝があるんです。あと、薄い緑のきれいな葉っぱとかもあるから、がんばって冠にするんですよ…!」
カブにだけヒミツをそうっと打ち明けて、並んで森の奥へと歩いていきます。
そして、お目当ての森の深くまで仲良く進んで、良く切れるすてきなハサミで枝や葉っぱや蔦や木の実を丁寧に切り集めていきました。 ノーマンの頭のなかではもう出来上がりの絵は決まっていて、あとはそれに近づけるだけですから楽しくて仕方ありません。
エルフの王様の冠も素敵でしたが、自分はショォンのためにもっと素敵な冠を作る自信がありました。 なぜなら、ここは魔法の森で、ほんとうの宝石よりも淡い透明な色合いの木の実もあるのです。
ミント色をした柔らかな蔦だってあります。
ふんふん、とお歌を歌いながらぺとりと地面に座ってお道具を広げて夢中になって冠を編んでいきます。
まずはショォンの冠を作って、それから自分の分も作るので頑張ってお仕事をしなければいけません。
のえるくりっすまのご本には、自分用に贈り物をしてはいけませんとは書いてありませんでしたから、ショォンの冠ほど木の実を使わずに作るつもりでした。
「あ、カブにもちゃんと作ってあげますからね」
ノーマンの手元が暗くならないように、とランタンで照らしてくれているカブを見上げてノーマンがにっこりとします。 くりん、とカブが一回転するのに、ふふふとまたノーマンがわらって。冠作りのお仕事に戻ります。
「エルフの王様よりショォンの方がきっと素敵ですよ」
こくりと温かいココアを一口飲んでノーマンがにっこりとしました。

そして自分の冠とカブの冠を作り終えた頃には、ちょうどオヤツにもってきていたクッキーとココアも無くなって、あたりはもう夕方の暗さになっていました。
「あら」
すっかり夢中で、寒くありませんでしたし気がつきませんでしたから、ノーマンは瞬きしました。
「お茶の時間に遅れちゃいましたよ…!」
オヤツのカップをバスケットにしまって、出来上がった冠二つをそうっとバスケットに仕舞います。
「カブ、これこれ!」
カブの頭、お帽子の上に被れるように作った冠を伸び上がって被せてあげます。
「似合いますねえ!」
ひゃあ、とお星様が散りそうな笑顔をノーマンが浮かべます。
くるっとカブが回って、バスケットを二つ腕に通します。 冠の入ったバスケットをそうっと腕に通して、ノーマンがそろりと足を踏み出しました。 雪の中を慌てて走っていって、転んでしまっては大変です。冠が壊れてしまうかもしれません。
ですから、行きより帰りの方が時間がうんと掛かってしまって、ノーマンはどきどきとしながらお城まで向かいました。
雪が夕闇にぼうっと白く浮き上がってキレイなことや、森の深い枝の間から覗くお空にお星様が光っていたことにも、偶にうっとりと見惚れてしまっていましたから余計です。
ですから、カブにお礼をいってお城の玄関に走りこんだときには、ノーマンのほっぺたは火照って赤くなっていました。

「しょおおおお」
バスケットを大事に抱えて、それでも早足でノーマンがお台所に向かいます。 お茶の時間をすっかり越えてしまっているのを、広間の時計が教えてくれます。
「遅れました、お茶ですのに!」
「おかえり」
ぱたぱたとノーマンの毛皮のブーツが石に音をたてます。
「あ!」
ぱふんとショオンにぶつかりそうになって、慌ててノーマンが止まります。
そうしたなら、ショオンが振り返って毛皮のフードを下ろしてくれました。 ちゅ、とオデコにキスが落ちてきて、ノーマンが目を瞑りました。
「ただいまかえりました、遅れてごめんなさい」
バスケットはそうっとイスに下ろします。
そして、大きなテーブルにすっかりお茶の仕度が整っているのに、目を丸くしました。
「平気だよ。でも手を洗って着替えておいで」
ほっぺたにもとん、とキスをもらいます。 うれしくなって、ふかふかの毛皮のままでノーマンはショオンにぎゅうっと抱きつきました。
「森も素敵ですけど、お城がイチバンですねえ」
そう言って、にこにこと見上げます。 にっこりと笑顔で大好きなショオンが見下ろしてきてくれて、ますますノーマンはしあわせな気持ちになりました。
そして、バスケットをそうっと抱えるとお部屋まで着替えにいったのです。 冠は、のえるくりっすまの朝まで毛皮のコートを仕舞ってあるクロゼットに入れておこうと思いつきます。
「たのしみですねえ…」
嬉しくて楽しくて、とんとんと跳ねたいのをぐうっとガマンします。 冠の葉っぱや木の実が落ちてしまってはがっかりですし、大変です。
カブの冠も、ミドリの葉っぱや蔦で作ってありましたから、お帽子ともとても似合っていました。
早くくりっすまの朝になって、ショォンに被せてあげたいなあとノーマンは思って、にっこりとしました。
「エルフの王様になっちゃいますかねえ」
ふふ、と思いつきに笑って。 ちゃんとお着替えを済ませて、バスケットを大事に仕舞ってから、今度は大急ぎでお台所へとノーマンは走っていきます。
けれど、慌てすぎて転んでしまいます。
「ひゃああ」
ころんころんと3回転ほど、階段の最後を転がり落ちましたがお城のなかでは痛くありません。びっくりするだけです。
ぱたぱた、とお洋服を掃ってから今度こそお台所へ向かいます。
「しょぉお」
「こら。走ったら転ぶでしょうが」
「あら」
ノーマンが口許を手で押さえました。ショォンは何でも知っているようです。
くす、と笑って、ショォンが両手を広げてくれましたので、としーんと飛びついて抱きつきます。
「だって、早く来たいです」
脚がぱたぱたとしてしまうくらい、嬉しいのです。 だからショォンの首元に額をくっつけて、はぁと息を吐きます。
「きょうは、もうお仕事オワリですか」
「うん」
「ほんとうですか…!」
ぱあ、と見上げれば、ショォンも頬を押し当ててくれます。
「んんん、」
きゅ、と目を細めてノーマンがほっぺたをくっつけます。
「あのね」
うっとりとした口調でノーマンが言います。 こつ、と額を押し当てられて、ノーマンがくふんと笑いました。
「のえるくりっすま、楽しみですねえ…」