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「迷子なのは、オレも一緒だけど。でも、オレ、野良だし。どうにでもなるデショ」
くすんと笑ったサンジの頬を指先で辿る―――暖かな体温と柔らかな肌。

齎された言葉を頭で繰り返す――― 一緒に行こう?
優しい言葉。
そう出来たら、…そう出来たのなら、どんなにいいだろう…?
けれど。サンジを愛しいと思えば思う程、犯した罪が重くなる。
自分を必ずや捕らえる運命の先を思えば―――――。

優しいサンジの心が、救いを齎しながら絶望を気付かせる。
けれど――――その絶望は、サンジが知る必要の無いものだから。
傷痕を見据えてから、目を閉じる。
優しい心に報いるだけの“良心”は、まだ手許に在る。
だから。
「……いいアイデアだよな、ソレ」
溜め息を吐く様に呟けば。にかあ、とサンジが笑って。
「いつも、いつでも飛び出せる用意をしておこう」
そうしたら、一緒にいられるね…?
そう言って、きゅう、と首筋に顔を埋めてきた。

それでも。力強く抱き締められても、抱き締め返すことを戸惑う。
愛そうと決めたけれど、サンジの背後に回した手が赤く血に濡れているようないつもの幻想が見える気がして、今更罪の意識を覚える。
罪と救済が同時に齎されて、両方に絡み取られる感覚に動けなくなる。

そうした逡巡を読み取ったのか、
「ゾォロ、」
サンジの甘い声がからかうように綴る。
「いいんだって。行けるとこまででさ?いつでもオレのこと置いていってもいいって約束、オレ、忘れてないから」

する、と。サンジの身体が離れる。
「オレのことはいいんだヨ。オマエに拾ってもらっただけで、救われたから」
だから、今度はオレがオマエを助ける番。そう言って、サンジがにぱ、と笑った。
「迷子でもいいじゃん?一歩一歩でも歩いていけば、最後にはどこかに行き着けるよ。心配イラナイ」
それに、とサンジが言葉を続ける。
「オマエが背中に背負ってるモノ。オレにその重みが解るとは言わないし、代わりに持ってやる、なんて安請け合いもしないけど。―――オマエが立ち止まった時、倒れちまわないように支えるくらいなら、オレにもできるからさ?」
ふんわり、と。聖母より優しい笑みをサンジが浮かべている。
「オマエの牙にも、爪にも、オレは傷付かないから。だから、いけるとこまで一緒にいこう?」

どこまでも優しさと深い情を明け渡してくるサンジを見詰める。
「―――オマエはどこまで……」
言葉が途切れる。
うん?とサンジが微笑を湛えたまま、覗き込んでくる。
「……どうして、オマエみたいなのが、今オレみたいな人間の側にいるんだろうな」
泣き笑いに近い苦笑を浮かべる―――オマエはオレみたいな人間には善過ぎる存在だ。
サンジに出会ってから、もう何度も思ったこと―――どういう運命の必然なのだろう?

「さーあ?」
ふにゃりとサンジが笑った。
「オレにはカミサマとか運命とかの意図はワカラナイ。ケド―――きっと、ゾロが優しいからだよ」
すい、とサンジが両手を捕まえた。
きゅ、と痛んだ心臓を無視して見詰めれば、指先をきゅっと握り締められた。
「ゾロの過去がどうであれ、この手はおっきくて優しい。だからじゃないかな」
柔らかな笑みを湛えたまま、サンジが続ける。
「オレ、オマエの手、怖くないよ?なんでかよくワカンナイけど、オマエに頭ぐしゃぐしゃってされたり、背中とか撫で下ろされたりするの、結構スキ。キモチイイとか思う」
うん、とどこか自分自身の中で確認するように頷いている。
「それに、オマエにキスされんのも、かなりスキ。オマエすんげえ男前なのにね、全然嫌じゃない―――なんか、胸のどっかがほっとするし」

優しい青が、目を覗き込んでくる。
「もっとオマエと触れ合ってみたいって思うけど―――ちょっとオレ、ヘン?」
サンジ、と。名前を呼んでみる。
一瞬考えてから、今までの行動から答えを導き出したらしいサンジが、そうっと確認するように訊いてくる。
「あ、オマエは―――オマエも、嫌、じゃないよな、ゾロ…?」

「……オマエ、自分で何言ってるか解ってるか、サンジ?」
妙に掠れたような自分の声に、戸惑う。
ぱちくり、と瞬いたサンジが、一瞬逡巡し。
それから、気付いたようにぱちぱちと目を瞬いた。
「あらま、ゾロ。どうしよう……これって、LIKEじゃなくて、LOVE、だね…?」

ドキ、と。ティーンエイジャの頃より素直に、心臓が跳ねた。

「I think I like you too much, that I’m beginning to love you, Zoro」
“ゾロ、オレ多分オマエのこと好きすぎて、愛し始めちまってると思う。”
サンジが真っ直ぐに見上げてきた。
「――――だから、もう思い切って。オマエのこと、愛しちまってもいいかな……?」
両手を握り締めたまま、ダメか?と首を傾げたサンジの青い双眸を見詰めて、答える。

「Too late to say “NO”, isn’t it Sanji?」
ノーと言うにはもう遅すぎるよな…?

手を引いて、再度サンジを抱き寄せた。
ふにゃ、とサンジが笑ってしがみ付いてきた。
「―――うん、お互いもう手遅れだよね」
耳元に届く、甘い囁き。

ぎゅ、と抱き締められても―――不思議と、もう心臓は痛みを訴えなかった。
ドキドキ、と波打つ鼓動が響いてくるのが心地良い。
する、と身体が僅かに離され。
少し照れたようにサンジが笑った。
「―――ウン、オレ、覚悟決めた」
そう呟いてから少し伸び上がり、する、と唇が軽く触れ合わされる。

勝手に口角が上がっていく。
そして―――止める間もなく、言葉が勝手に零れ落ちた。

「……I love you too, Sanji.」
――――オレもオマエを愛してるよ、サンジ。











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