― 11―
二階のベッドルームの間取りも、昔と変わらないままだった。
大きなダブルベッドに、シンプルなウッドの調度品。窓にはレースのカーテンが揺れて、外から差し込む光りと視界を遮っている。
シャンクスが帰った後、一緒に上がってきたサンジは。ダブルベッドを見て、ぱちくり、と眼を瞬いた。
「……ゾロ、オマエ、ヤじゃない?」
なにが、と視線で尋ねれば、指先がピ、と真っ白いリネンのかかったソレを指し示した。
「今更じゃねーの?」
に、と笑えば。
ぱちぱち、と眼を瞬いたサンジが、次にふにゃりと笑った。
「どうした?」
「んーや、別に。……うん、これからもヨロシク」
にゃは、と笑ったサンジが、ごつ、と肩口に額を押し当ててくる。
金色の髪をさらりと撫でて。抗えずに柔らかな感触に唇を押し当てる。
する、とサンジが腕を腰に回してきて、ぽつりと呟いた。
「――――オマエにソレされっと、なんか安心する」
えへへ、と笑ったサンジの金色をぐしゃまぜに掻き混ぜて。
二階のキッチンスペースに猫を引きずり込む。
にゃ、と笑ったサンジもゴキゲンに足を揃えてくる。
「色々揃えてくれたみたいだな」
棚などを一通り開けながら、真新しいキッチン道具や鍋などを確認していく。
冷蔵庫は二人暮しにしては大きな、業務用にしては小さなサイズがどっかりと鎮座しており、ガス台には五徳が4つ乗っていた。
その下にはコンベック・オーヴンがでっかく居座っている。
「なぁなぁゾォロ、」
サンジが今度はオーヴンを指さして、真っ青を煌かせて見上げてくる。
「これってもっとオレに料理作れってことかなぁ?シャンクス呼んでディナーパーティしろってこと?」
「オマエ、あの連中呼んでディナーしたいのか?」
笑って聞き返せば、一瞬きょとんとしたサンジが、ぱちぱちと瞬きをして返してきた。
「ありゃ。オマエ、それじゃダメ?」
「いや、別に。オマエが望むんであれば、オレは構わないよ、サンジ」
「ほんと?オレ、無理言ってない?」
じーっと見詰めてくる青に、に、と笑みを返しながら、トンと額に口付けを落としてみる。
それから、真ん丸い目をしていたサンジの青を見詰め返しながら、承諾する。
「無理じゃないさ」
「……ぞ、ろ」
サンジが一気に顔を赤くして、カチンと固まった。
「なんだよ」
笑って返せば、ぎくしゃくと動き出す。
びっくりした猫のような仕種に、思わず笑えば。ぎ、とサンジが睨み返してきた。
「こンのタラシ男ッ!!さらっとそういうことすんな、ばぁかッ」
うわ〜、と言いながら手をはたはた動かして、懸命に赤くなった顔を冷まそうとするサンジの金色をぐしゃぐしゃと掻き混ぜる。
「されるのは嫌か?」
「そりゃ―――へ?」
「嫌?」
少し首を傾けて訊けば、サンジがまた目を真ん丸く見開いてから、おずおずと視線を床に落としていた。
「―――――そーゆーのは、フツウ、好きなコにするモンだろ」
「ああ、そうだな」
「うん。いくらオマエにとって、オレが野良猫でも―――って、へ?」
またまた目玉が落っこちそうなくらいに目を見開いて見詰めてきた青に視線を真っ直ぐに当て、にっこりと笑う。
「好きだよ、サンジ」
「……あ、…………うん」
見詰め返してきたままのサンジの顔が、またゆっくりと赤くなっていく様を見詰める。
「オマエはいつもみたいに、オレに言ってくれないのか?」
「はぇ?…………あ、」
ますます真っ赤になったサンジが、ぎゅ、と心臓の辺りを握り締めている。どきどきと心音が高まっているのだろう、その音がここまで聴こえてきそうだ。
「あの、ゾロ……?」
「うん?」
す、と手を伸ばして、サンジの片手を手首で捕まえてみる。
とくりとくりと酷く速く脈打っていて、なんだかイトオシイ。
サンジの指をそうっとシャツから引き剥がし。
青い双眸を見詰めながら、そうっとその拳に唇を押し当てる。
ぴくん、と指先が跳ねたけれども、手を引き戻そうとはしない。
「―――――えーっと、」
困ったように見上げてくるサンジの頬にも、空いた方の手を沿わせる。
こくん、とサンジが息を呑み。一度、視線を床に落としてから、また決意したように視線を戻してきた。
煌く蒼穹の双眸を見詰める。
「――――スキ、ダヨ、」
ぽつん、と呟くように応えられ。
思わず、その拙さに笑いが漏れる。
奇妙に、心臓が痛い。
「や、オマエ、笑うなって!結構照れるんだぞ、こうやって正面切って改めて言うのって!」
ぎゃん、と喚いたサンジの額にごつん、と額を合わせれば。
更に何か言い足したそうにしていたサンジが、ふ、と口を噤み。する、と手を頬に沿わせてきた。
目を閉じる。
「……あの、ゾロ…?」
ダイジョーブか?と視線で尋ねてきたサンジの声に瞼を開いて。
どこか潤んだ青に、小さく微笑みを返す。
「……多分大丈夫だよ」
「多分って…なに?」
「や。なんだか心臓が一瞬、ちくっとしただけだから」
「――――え?」
じっと覗き込んでくるサンジの身体を引き寄せ。
その首筋に顔を埋めて抱き締めてみる―――男の身体なのに、どこか優しい柔らかさがある。
そして鼻腔を擽るのは、僅かに甘いような匂い。
驚いていたようだったサンジが、そうっと背中に両腕を回してきた。
くすん、と小さく笑って、すりすり、と頭に頬が摺り寄せられる。
「……なぁんか、オマエ、かわいいの」
サンジがぽそっと呟き。それからまたくすくすと笑う。
それから、とん、と後頭部に優しく押し付けられた唇の感触を感じ取る。
「……なんだか、うん。オマエのこと、スキだよ」
優しい声。
くすくすと笑い続ける声が甘く響く。
「こーしてンのも、悪くないね……?」
「……なぁ、サンジ、」
「んー?」
「オマエ、やーらかいのな」
項にそうっと口付けながら言えば。くすくすと笑いながら、サンジがゴツンと頭を押し当ててきた。
「ゾォロ、オマエ、それオンナノコに言うセリフじゃねぇの?」
くくっと笑ってから、身体をそうっと離す。
「中身のハナシ。オマエ、オレの知ってる人間の中で、一番やぁらかい中身してる」
「……ウォルフィ、オマエ、悪い男なのに、なンでそんなカオしてンの」
くすっとサンジが笑う。
「まるで迷子みたいだよ……?」
愛しくなっちまうじゃねぇの、そう言って。サンジの両手が頬を包んできた。
それからひょいと伸び上がり。
トン、と額に唇の感触を感じた。
それからまた、サンジが覗き込んでくる。
する、と柔らかな頬に手を伸ばす。
「――――実際迷子なんだよ、オレは」
胸がきりきりと痛む―――愛しいから、罪の深さだけ疵が疼く。
ゾロ、と。名前を呼ばれた。
青に目を合わせる―――ふわり、とサンジが微笑んだ。
「――――だったら、オレと一緒に行こう?」
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